●第百五十三話 選択せよ、女子的攻撃力
☆ ☆ ☆
――――そんな『警察』と『軍事』による異例の会議が行われたのが、三時間前のこと。
『軍事』サイドは主に、横浜や神奈川県の街を見回りへ向かった。
『警察』サイドである松岡は部下の冥加たちを連れて小田原市で検問を開いていたが、近所でエアバイクやエアカーによる暴走が発生したため、部下の冥加を派遣。
冥加の超能力にモノを言わせて事件を鎮めてもらい(民間バスを大破したのになぜか道路交通法違反の現行犯だが)、四人ほどを連行して、小田原の警察署に戻っていた。
「――――――だーかーらぁ、オレは【ウラヌス】所属でご令嬢の『守護者』やってて、暴走も任務の一環みたいなモンでぇ!」
「嘘をつくのはダメだぞ少年。天皇家のご令嬢がキミみたいな『守護者』をつけるわけないだろ? そっちの娘も本人なの? 実はそっくりさんのコスプレじゃないのか?」
「波瑠にまでケチつけるのかアンタ!? この超絶的可愛さは正真正銘本物の波瑠だろ!?」
「あははー……」
戻ってきたはいいのだが、冥加がエアバイクの操縦者だった少年と言い争いをくり広げており、小田原警察署はちょっと賑やかになっていた。
「お疲れ様です、松岡警部」
「おお、本田か。【中華帝国】の二人はどうした?」
コーヒーを飲んでいる松岡の下に、刑事の本田が戻ってくる。本田は慧能と程玲の二人を取り調べ室へと連れていたのだ。
「現在取り調べの最中ですが、なかなか口を割らないですね。日本語が理解できないようですが……」
「演技の可能性が高ぇが、中国語でアプローチしてみるのが早いんじゃないか?」
「現在所内に中国語を話せる者はおりません!」
「翻訳機使えよ翻訳機!」
「冗談であります。現在翻訳機を介して取り調べの真っ最中であります」
本田は口元を緩めながらビッと敬礼する。
「こちらの様子はどうでありますか?」
「ま、うちの冥加がガキ共で遊んでいる真っ最中でありますな」
松岡は笑いながら、賑やかな箇所へ目を向けた。
神奈川県警所属の刑事、冥加兆が高校生カップルで遊んでいる。
取り調べ室ではなく普通のフロアーな辺りでお察しの通り、すでに彼らの素性は、彼ら自身が提出した身分証明のIDチップで掴めていた。
【天皇家】のご令嬢兼《霧幻焔華》の超能力者、天皇波瑠。
彼女の『守護者』であり【ウラヌス】の二等兵でもある、天堂佑真。
二人とも若いながらに【ウラヌス】に所属していたため、今回共同戦線を張る【ウラヌス】の確認も取れたのだ。
「IDも見せたじゃねえかよ! 学生証も見せたし運転免許証も見せたし!」
「あーそうそう。道交法違反で罰点だからな。たまると免許はく奪もありえるから気を付けてね、若葉マーク君」
「論点ズラすな刑事さん!」
なのであそこでギャースカ騒いでいるのは、冥加の遊びでしかない。
「じゃあま、【ウラヌス】と連絡がつくか【中華帝国】の奴らが動きを見せたら一報くれ。俺はいい加減アレを静かにしてくるよ」
「お疲れ様であります」
松岡は重い腰を上げ、いよいよ椅子から腰を浮かせた天堂佑真達のもとへ向かった。
「おうおう、どうしたどうした?」
「あ、警部さん! この刑事が全然オレの話聞いてくれないんすけど!?」
先に大声を上げたのが天堂佑真。夜空色の髪は長くて襟元を隠しきっていた。少し鬱陶しそうだ。
「一応確認したいんですけど、佑真くんって軍事行動の特別扱い受けられるんですか?」
彼の隣でおずおずと質問したのが天皇波瑠。
長い蒼髪に最近続く猛暑でも白雪のようにきれいな肌だ。松岡は年齢が離れすぎていて『別嬪な娘だ』としか思わないが、若い刑事たちがどこかソワソワするくらいには可憐な顔をしている。
波瑠は【天皇家】のご令嬢であり、『東京大混乱』『高尾山襲撃事件』を引き起こした原因である『生死を覆す魔法』の持ち主――というが、松岡はやはりそんな魔法を、噂に過ぎないと思い込んでいた。
(こうして実際に【中華帝国】とバトルしたってこたァ、噂は全部真実なんだろうな)
十中八九は嘘であろうと、時に噂は真実も語る。何十年生きようと、世の中は松岡を退屈させないらしい。
「ああ、無罪放免とはいかないが特別措置は行われるだろう。それと――天皇家のお嬢様。さっき確認が取れましたよ。修学旅行のバス乗客をはじめ、一連の戦闘での死傷者は『零』だ。無論アンタの《神上の光》……? とやらの功績ですがな」
「本当ですか!?」
「俺は冥加じゃないから。嘘はつかないですよ」
「よかった……本当によかったぁ……」
波瑠が大きな安堵の息をつきながら、ヘナヘナと背もたれに寄りかかった。そんな彼女の頭を佑真が撫でる。どうやら『守護者』云々以上の関係らしい。
「男女で旅してんだから、当たり前っちゃ当たり前か」
「な、なんですか?」
「おっと、思わず口にしていたか。なんでもない。末永くお幸せにな」
「……っ!」
感づいた波瑠がカアァッと頬を赤く染めるが、佑真はキョトンとナデナデを続行した。いかに長い付き合いであっても、大人にこういうところを見られると恥ずかしいお年頃なのだ。
「バスが完全に爆発したにもかかわらず死傷者無し? んな馬鹿な」
なごみかけたムードに容赦なくツッコミを入れたのは、オモチャを奪われた冥加だった。
「俺はこの目で実際に見たが、あの現場に残された血痕や爆発の跡から察するに、乗客は全員死亡していてもおかしくなかったはずだ」
「その不条理を覆すのが、お嬢様の力なんだろ?」
「……はい」
松岡の問いかけに、波瑠はわずかにためらってから頷いた。
「おいおい松岡さん、冗談抜かすなよ」
冥加が立ち上がる。
彼の表情が一転して重苦しいものに変わり、佑真と波瑠は顔を見合わせた。
「まさかあの『生死を覆す魔法』が実在するとでも言うつもりか? あんなの嘘っぱちの噂に決まってんだろ。正義をかざす『警察』が、んなオカルト話を信じるのかよ」
「上司への口の利き方ではないな、冥加――実在するから全員助かった。違うか?」
「………………そんな奇跡が存在してたまるか。松岡さん、くだらない話を続けるようなら、俺は一旦休憩させてもらいます」
冥加はデスクの上に置かれたタバコとライターを手に取り、去ってしまった。
「……すげーテンションの差。オレをからかっていた時と口調も全然違うし」
唖然とする佑真に没収していた『籠手のような防具』を返却しながら、松岡は冥加の背中に目を向けた。
「すまねえなァ。アイツは奇跡や魔法といった話が嫌いなんだ」
「しかしテンションが違いすぎる」
「しかしまぁ、口調に関してはあっちが『地』だ」
「そういえば私達を捕まえた時のテンションも、今みたいな感じでしたね」
あはは、と苦笑する波瑠。苦笑いも可愛いなあと緩みきっている小田原警察署。
「つうかオレ達、あの刑事さん一人に一網打尽にされたんだよな」
「すごい《念動能力》だったねぇ。私達と【中華帝国】の二人を一網打尽」
「身動きが一切取れなかったな。あの拘束力はびっくりするほど警察向きだぜ」
「本人には伝えてやるなよ。冥加は褒められると機嫌を悪くする」
「ツンデレさんですか」
波瑠の感想は少しズレているような気もした。
「でも、オレ達が何時間も撒けなかったヤツを一発で仕留めた事実は変わらない。あの人実はすごい人なんじゃねーの?」
「横やりだけどね。私だって不意をつければ」
「え? なんで拗ねるの波瑠ちん」
「ははは、ランクⅩの意地ってヤツかい。お嬢様も可愛いところあるじゃないか」
「お嬢様っていっても波瑠はあんまり『お嬢様』してないもんな。――で、警部さん。あの人はすごい人なんすか?」
「気になるのか?」
「一応は」
佑真はコクリと頷きかえした。
冥加は超能力で空中を飛行しながら、離れたエアバイクとエアカーをまとめて拘束した。さらに拳銃を佑真達に突きつけた時、冥加の目線は確実にエアカーから離れていた。
超能力は人間の脳によって発動される力であり――無論超能力の種類によるが――視覚は五感の中でも、超能力に与える影響が大きい。
『目を離す』という単純な行為が、優秀な超能力者である証なのだ。
「あいつはランクⅨの《念動能力》なんだよ。……それも聞いた話じゃ、一度はランクⅩ選出の候補にまでなったらしい」
「ランクⅩ!?」
「すげぇなあの人……」
「しかしまあ、やる気のない性格でな。未だに神奈川なんかの刑事で足踏みしてやがる。本来なら『軍事』側で正義の味方をやるべきなんだが、あいつにも色々あるみてぇでな……」
松岡は顎髭を撫でた。
「それで天皇家のお嬢様。これからどうするつもりだ?」
「とりあえず【中華帝国】の二人を回収しに来る【ウラヌス】の誰かと、話をしようと思います。私達は少なくともあと一人と交戦しましたし、密入国者を捕らえる作戦について、もう少し詳しい話を聞いておきたいので」
「承知。特におもてなしをするような施設じゃないが、他のヤツの邪魔をしない限りは自由に待っていてくれ」
☆ ☆ ☆
【中華帝国】からの密入国者を探すにあたって、『警察』は検問を敷いたり聞き込みをしたりすることで力となっていたが、『軍事』側はそういうことが不得手だ。
苦手なことは表社会の専門家に任せればいい。
そんなわけで、現在『軍事』サイドは戦闘が起こった際などのために、私服で神奈川各地の視察を行っているのだが――。
「どうにも、私服任務というのは慣れませんね……」
【ウラヌス】第『〇』番大隊に所属しているアリエル・スクエアは、横浜市内で身を縮こまらせていた。
幼少期は戦争孤児であり一張羅、青年期は常に従軍していたため軍服か最低限支給される衣服のみ。いわゆる街中に溶け込む私服は苦手というか、気恥ずかしいものだった。
「赤レンガ倉庫って有名な観光地でしたけど、思っていたより普通の建物にしか見えませんねぇ、アリエル先輩」
同行者であるキャリバン・ハーシェルに恥ずかしさは微塵もないらしい。高温に相応しい白いシャツにホットパンツと肌色面積多めなのもアリエル的には非常によろしくないのだが、キャリバンは若さゆえに瑞々しい肌を露出することに抵抗がないようだ。
「アリエルせんぱーい? 聞いていますかぁ?」
「は、はい! なんですかキャリバン?」
呼びかけられていることに全く気づかなかった。覗き込むように見上げるキャリバンの襟元は無防備で、もう少しで胸が見えてしまいそうだ。同性で仲良しな先輩故とはいえ、この無防備さが私服の怖ろしさを物語っているのです! とアリエルは熱弁する。
「……先輩、まだ私服が恥ずかしいんですかぁ?」
熱弁は顔に出ていたようだ。
「そ、そんなことないですよっ!?」
「思いっきり声裏返ってますけどぉ……アリエル先輩美人だし、よく似合ってますし恥ずかしがることないですよぉ」
キャリバンはにしし、と目を細めた。
アリエルの服を選んだ張本人的には、彼女の高身長を活かしたロングスカートのお嬢様スタイルは完璧にハマっている。人工皮膚を貼っているとはいえ『改造人間』である彼女を気遣い、露出が少ないよう選んだ配慮つきだ。事実、周囲の人達からは『どこぞの国の美しきご令嬢が横浜観光に来ていやがる!?』的視線を集めきっているので大成功。
「しかし、こういう攻撃力の低い衣装はわたしには……」
「女子力的な攻撃力はマックスですぅ!」
「というかキャリバン、あなたいつの間にこういうことを!?」
なぜか責めるような目で見るアリエルに対し、キャリバンは赤レンガ倉庫へ目を戻した。
「アタシもハルやアキナに色々と仕込まれた側ですよぉ」
「な、なるほど。あのお二方とご友人になったせいでキャリバンに余計なスキルがッ!」
「『女の子には必須スキルだから!』って仕込まれたんですけどぉ」
ところで、とキャリバン。
「アリエルさん今更ですけど、修道服を着て街中に出る方がよっぽど変人ですよねぇ……?」
「あれは何というかそもあの服は真希様のご趣味でしてわたしが自ら望んでチョイスしたわけではないといいますかいえサイズはピッタリですし身体を隠せますし肌触りも正直心地よくていえ気に入っているワケではないのですが本当にあれを着ると真希様も喜んでくださいますし何よりシスターさんなのかな? と周囲が勝手に勘違いするのでむしろ私服じゃなくても許される的心地よさがわたしにとっては楽というかマシというか今も正直修道服着たいなーって思うんですけどね」
「わかりました! 聞いてはいけないことだとわかりましたから落ち着いて下さいぃ!」
「でもキャリバンがせっかくオススメしてくれたから今日はこの服を着たわけでああいえ気に入っていないわけではないのです正直なところわたしを姉のように慕ってくれたキャリバンから貰えた服はとても嬉しくて」
ダメだこの先輩、もう止められない。絶望しかけたキャリバンに天啓あり。
「あ、おーい! アリエルさ~ん! キャリバンちゃ~ん!」
この間の抜けた声は――そう。我らが第『〇』番大隊の癒し担当、小野寺恋!
「小野寺さん?」
「超グッドタイミングですコイ先輩ぃ!」
ブンブンと大きく手を振るキャリバン。恋はとてもほがらかな笑顔で歩み寄ってきた。小野寺流剣術の使い手である彼女も、今日は流石に『おっとり刀』ではないらしい。背中にギターケースに似たようなものを背負っており、その中に日本刀がしまってあるようだ。
「ねぇねぇ聞いた~? 佑真ちゃんと波瑠ちゃん、警察に捕まっちゃったんだって~」
「ええ、ですがその部分だけだと語弊があるかと」
「もうカツヤさんが軍事関係者だって説得したんですよねぇ?」
「そうだよ~。びっくりしちゃったねぇ~」
このホニャホニャ具合、真夏並みの炎天下に晒された横浜での救世主である。混乱しきっていたアリエルもしっかり先輩に元通りだ。
「……アリエルさん、復活したところで一つ確認したいんですけどいいですかぁ?」
「ええ。わたしも一つ気になっていたことがあります」
二人はスッと顔色を暗くした。
「ユウマとハル、つい数時間前に騎士団長メイザースと戦ったばっかりですよねぇ?」
「その通りです。わたし達の疲労が確かな証拠です」
「あっはははははは、ほんと佑真ちゃんと波瑠ちゃんはトラブルメーカーだよね~!」
((笑い事じゃないのに、この人が言うとシリアス半減にッ!))
だがしかし、笑い事じゃあないのである。【中華帝国】は明らかに波瑠を狙って動いている。日向克哉の狙い通りに事態は進んでいるものの、佑真と波瑠が危険に晒されるのは、本人たちの同意アリでも心配なのだ。
「誰が小田原に向かっているんでしたっけ?」
「伍島さんトコの小隊だよ~。後でわたしの隊も行くけどね~」
「アタシも行きたいですぅ……」
「ふふっ、キャリバンちゃんは波瑠ちゃん達の親友だもんねぇ。連れてってあげよっかぁ?」
「いいんですかぁ!?」
「小野寺さん、一応作戦中なので勝手なことはしないでいただけると……!」
「あはは、冗談だよじょーだん~」
ホニャホニャと笑う小野寺恋。
彼女はこう見えて一つの小隊を率いる隊長だ。公私の使い分けが素晴らしいなぁ、とアリエル達は眩しい笑顔に目を細めるのだった。
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