●第百五十一話 開幕せよ、中華帝国戦
本日より第七章【東亜の影編】開幕です!
驚くべきことに約二十日間連続投稿。途中までは再掲なので、できるだけ新着作品に影響が出ないよう懺悔の早朝投稿です。好きな時間にお読みいただければと思います…苦笑
それでは、一年ぶりの本編をどうぞ。お楽しみいただければ幸いです。
まずは挨拶をしよう。
俺の名は天皇涼介。この大隊を仕切る『大将』である。
そして諸君。
集まってもらって早々で申し訳ないが、俺の話を聞いてほしい。
我々は『正義』ではなく『悪』である。
ここに集いし者は、救うのではなく終わらせるために徒党を成した。
最悪に最悪を上塗りした第三次世界大戦において、もはや『正義』の二文字は意味がない。
ハンムラビ法典ではないが、この言葉を念頭に置いて剣を執れ。
血には血を。
悪には悪を。
殺戮には殺戮を。
我ら義勇軍【ウラヌス】は、武力を以て第三次世界大戦を終わらせる。
諸君には、武器を持つ全兵士を殺害する任務が与えられた。
……その通りだ。武器を下ろし降参するまで、徹底的に殺戮を続けよ。
諸君の果たすべき役割は、最新鋭の武力、超能力の脅威を全世界に知らしめることだ。
全世界が武器を手放し束の間でも平和を取り戻すまで、戦線を走り続けろ。
武器ではなく言葉を取り戻すその時まで、我々に帰還の命令は与えられない。
超能力で兵士を殺し続けるのだ。
理性を維持したまま、人間を殺し続けろ。
それができない者は今すぐこの場を去れ。
地獄へ向かう覚悟ある者は俺の後に続け。
いいか、もう一度言うぞ。
我々は『正義』ではなく『悪』である。
我々が人間として責任を持ち、第三次世界大戦を終わらせる。
★ ★ ★
「………………」
遠い昔に聞いた演説を、金世杰は思い出していた。
第三次世界大戦が『休戦』となった『パリ平和会議』が行われた――2126年。
その数年前、戦火の中に突如として顕れた義勇軍【ウラヌス】。
天王星の紋章を掲げたその軍は、ドイツを舞台にした一つの戦争をわずか三日で終わらせた。
全軍を『殲滅』する、という残酷な結果を伴いながら。
「………………」
戦争が終わると同時に【ウラヌス】は世界中へ向けて名乗りを上げ、義勇軍の指揮官――『大将』天皇涼介の名はすぐに全世界へ知れ渡った。
金世杰も、戦線に立っていた。
彼は元々【中華帝国】に従軍していたが、天皇涼介に誘われ【ウラヌス】に移った。
軍人であったため、人間を殺すこと自体に躊躇はなかった。
無数の人間を殺すことに対してはどうだったかと聞かれると、今でも返事はできない。
猛獣と呼ばれた同胞は、象徴的英雄として自分を張り続けた。
騎士と呼ばれた盟友は、血痕に失意して聖剣の柄を手放した。
大将と呼ばれた兄分は、精神が破壊するまで戦場を疾駆した。
軍神と呼ばれた自分は、正義と悪とその他諸々を抱えたまま。
結論を出し『第三次世界大戦』と折り合いをつける彼らを後目に、自分は未だ明確な答えを持たぬまま、無為に無用に進んでいた。
【中華帝国】に命じられるままに。
英雄にも狂戦士にもなりきれず。
ここ数年は、一つの任務を続けた。
ある少女を生け捕りにして、自国へと連れ帰る、という任務だ。
この世に大きな変革が起こるだろう任務へ――金世杰は、ついぞ疑念を抱いていた。
本当に、その任務は遂行すべきであろうか。
ある少女を【中華帝国】に持ち帰ったところで。
本当に、それは祖国のためになる行為なのだろうか。
「金世杰よ」
物思いに耽っていた金世杰は、老人の呼びかけに顔を上げた。
「《神上の光》は小田原に突入した。【天皇家】の犬どもはすでに汝らを嗅ぎ付けているようだが、接触するには好機だ」
老人はどこか愉し気な口調だった。表舞台に出ない彼からすれば、金世杰がどう動こうと危険が及ぶことはない。エンターテインメントとでも思われているのだろう。
「かつて『軍神』と呼ばれた貴殿の眼は、現状をどう捉える?」
「……好機か。確かに好機だな。メイザース殿が手を出したために、現在、《神上の光》は疲弊しているだろう。重ねて我と拮抗しうる戦力、天皇真希・天皇涼介は日本海へ出向いている。盤面は優位と言わざるを得ん。
故に仕掛ける、というのもいささか短絡的であろう」
「ほう?」
「『零能力者』がいる。あのアーティファクト殿や涼介殿が一目置く存在を警戒せねばなるまい」
「『零能力者』……天堂佑真か。私には大した脅威に思えんが」
「あらゆる異能を消す彼の能力は、必ず計算を狂わせる。策を練れば練るほど予想外に振り回されるのが常である」
「かつて『軍神』と呼ばれた貴殿が言うと説得力に満ちているな。しかし、あの少年は『世界級能力者』を妙に惹きつけるようだな?」
「……彼らの好む人格をしているのだ。自然なことを」
「クク、なるほど。『零能力者』は貴殿等が第三次世界大戦を終わらせるために切り捨てた夢物語を追っているわけだからな。嫉妬か羨望か?」
「さてな」
金世杰は適当な返事をしながら立ち上がった。
「《神上の光》を捕らえに行くのか?」
「否」
部屋の外には、金世杰の信頼する部下達を待たせていた。
第三次世界大戦が終わり、中華帝国軍で出会った優秀な超能力者達。
彼らを引き連れ、金世杰は今一度、戦場へと帰還する。
「我は《神上の光》を殺害する。そのために、この日ノ本へと来たのだ」
【これが奇跡の零能力者
第七章 東亜の影編】
過去に小田急線と呼ばれた車線の側に広がる高速連絡路。
トラックなどの大型車はもちろんのこと、一足早くゴールデンウィークを堪能しようという乗用車で混雑する下り車線の隙間を縫うように、一台のエアバイクが走行していた。
蒼いボディで車の隙間をすり抜ける様は、まるで地上の流星だ。
しかし無茶な追い越しを延々と続けるエアバイクは、高速道路であろうと速度違反。
時速百三十キロ近くで突っ走るエアバイクの後方には、二台の車がつけていた。
地上を走行する車両と、『反重力モーター』で制空権を奪うエアカーの挟み撃ち。
空を飛ぶ能力を持ち合わせた改造エアバイクながら、地上を走っていたのはエアカーを警戒してのことだった。
「――――あれが『零能力者』か」
上空から追いかけるエアカーのハンドルを握る中国人、慧能は小さく呟いた。
「あのエアバイク、自動走行じゃなくて自分で運転してんだろ?」
「らしいな。だからこその機動力。サイドカーこそ諦めたみたいだが、後部座席に立つ《神上の光》の能力支援をうけながらカーチェイスをやってのけている。運動神経……特に動体視力や反射神経は噂通りらしい」
助手席に座る程玲が言葉を返す。彼の超能力発動端末はすでに起動されており、藍色の波動が全身を包んでいた。
「俺達の仲間はどうだよ?」
「向こうは後を追うので精一杯みてぇだぜ。『零能力者』が頑なにトラックや乗用車のある地上を走り続けているのは『それ』もあるだろ」
「……ぼちぼち、被害気にせずぶっぱなしたいところだがな。許可は下りないのか?」
「あの人だって、あくまでどの国かはバラしたくないんだろ。だが神奈川に《神上の光》が自らやってきたんだ、このチャンスを逃すのも――」
「どうした、慧能?」
「――程玲。『軍神』サマの許可だ、周囲の被害を気にせずぶっ放せ!」
慧能はアクセルを踏みしめる。エアカーは加速し、高速道路の道なり、エアバイクより前に躍り出た。蒼いエアバイクはあくまで『周囲への被害』を気にしている。関係ない車両を巻き込まないよう走行しているのが、俯瞰からはよく理解できた。
程玲は後部座席に飛び移り、遠視ゴーグルをかけながら蒼いエアバイクを見据える。
そして程玲は右腕を構えた。
彼の周囲の大気がゴゴゴと蠢く。
正確に言えば、程玲が操っているのは原子『O』だ。
酸素をオゾンに作り替え、それを槍状に圧縮して投げ放つ程玲の技は《獅子吼》と呼ばれている。
圧縮された大気によって陽炎のようなものが生まれる――その数は三本。
「ハハッ、んじゃ始めるぜ! 後方の奴らに伝えろ慧能、生き延びろってな!」
程玲は特に狙いも定めず、まずは『零能力者』達を動揺させるためにデタラメに『オゾンの槍』を投げ放った。
目に見えない槍が虚空を引き裂き、二台前のトラックに突き刺さって大爆発を起こす。
そうなるはずなのに、高速道路に異変は訪れなかった。
「……程玲、流石にコイツは生き延びれるだろ」
「うるせぇな慧能! ヤツの超能力だよ……テンノウハルの『エネルギー変換』だ!」
蒼いエアバイクに乗るコンビはとても歪だ。
超能力が使えないが『異能を消す異能』を有する、天堂佑真。
物理法則を掌握する『エネルギー変換』の能力者、天皇波瑠。
エアバイクの運転は運動神経に優れた零能力者が、超能力絡みの戦闘は超能力者が引き受けている、といった具合だろう。
しかし単純で安直な役割分担こそが最適解。慧能達が掴んだ情報が正しければ、彼らはつい数時間前に英国の騎士団長メイザースをも撒いたという。
「目に見えない能力なら狙いが定まらないと思ったが、《霧幻焔華》には関係ないのか?」
「だとすれば攻撃の方向性を変えるまでだぜ! 程玲、明後日の方向にいる連中を攻撃しろ!」
「はあ? なんでだよ!?」
「テンノウハルは一般人の死でさえ見過ごせない――その隙をつけ!」
「なるほどな。任せろ!」
程玲は再び右手を豪快に構える。質ではなく量に訴えた攻撃、数十本単位の『オゾンの槍』をタイミングをずらして降り注がせる――あえて対向車線に。
「これならどうだ!」
ブオウ、と右腕を薙ぎ払う。
しかし程玲の期待にそぐわず、天皇波瑠は手を指揮者のように振り上げて程玲の『オゾンの槍』すべてを無力化した。
「対向車線でダメなら、次はこっちだぜ!」
三度生成する『オゾンの槍』を、数十メートル先にある高速バスに向かって投げつけた。
一瞬の閃光の直後、黒い煙が膨れ上がった。
遠視ゴーグルで天皇波瑠の表情が歪むのが見て取れた。
後続車が続々と急ブレーキをかけていく中で、蒼いエアバイクだけは黒い煙の中に突入していく。
「何をする気だあいつら!?」
慧能がエアカーを減速させてホバリングさせつつ、驚きの声を上げる。
「驚くなよ慧能。《神上の光》で被害者を救出するのが目的――つまり今の間は連中、無防備ってわけだぜ!」
煙の中からエアバイクが出ないことを確認すると、程玲は自信満々に右腕を振りかぶり、爆煙の中に『オゾンの槍』をこれでもかと叩き込んだ。今度こそ逃げ場はない。奴らが無力化されたところで地上にいる同胞に捕らえてもらおう――そう考えたのだが。
パキ、と地上で小さな音がした。
その音はパキパキパキッ! と一気に広がり――黒煙を吹き飛ばす突風とともに空気中の水蒸気を凍りつかせて、氷のドームを生み出した。
『オゾンの槍』はドーム天井を突破する前に液体へ――そして固体へと変貌させられてしまう。
「……確かにあの少女が何もない空間から液体窒素を生成した映像は見たことあるが、テンノウハル、酸素まで凍り付かせるのかよ!」
「おい黄豹、テンノウハルを逃がすなァ!」
慧能は無線機に怒号をぶちまける。様子を窺っていた後続車の中から紫電を纏った男が大きく跳躍した。慧能たちの同僚が磁力を操って、人間離れした動きを見せて氷のドーム内へ突入する。
あくまで程玲の推測だが、あの氷のドームは上側からの攻撃を防ぐようにできている。黄豹が突入したところから明らかなように、横側からならば突入可能なようだ。
「俺達も行くか、慧能!?」
「いいや、億が一でも無関係者を置き去りにする可能性を捨てるな。俺達は空中で待機だ。もっとも、テンノウハルが一般人を見捨てられる訳がねえけどな――」
慧能がニヤリと口角を釣り上げたのと、彼の持つ無線がジギャジギッ! と謎のノイズを響かせたのは同タイミングだった。
「――なんだ!? 程玲、下見えるか!?」
「『零能力者』だ……アイツが黄豹を氷のドーム外まで蹴り出しやがった!」
「近接戦闘能力は噂通りってか。火道寛政の弟子ってのは真実みたいだな」
「黄豹って全身が帯電する能力だろ? 触れたら痺れるのに、どうやって殴るんだよ?」
「噂の《零能力》じゃねーの?」
「《零能力》なのかね?」
首を傾げた二人が、んなことどうでもいいんだよ、と思い至ったのは氷のドームが変形してすぐのことだった。
ドームは氷山のようなスロープに姿を変えて、蒼いエアバイクと『零能力者』達が猛スピードで接近してくる――!
「うわっ、ヤベェ!」
「『凍結』させられる前に車出せ!」
程玲は『オゾンの槍』で迎撃しながら慧能を促す。天皇波瑠のエネルギー変換のせいで牽制の役割も果たせず、彼女の『氷の槍』が逆にエアカーを襲う。
「防げ程玲!」
程玲の《獅子吼》が氷の槍を相殺する。幾重にも起こる衝撃風を置き去りにして、慧能はエアカーのアクセルを踏み抜いた。
「テンノウハルは諦めるぞ! 今すぐ離脱する!」
「『軍神』命令か!?」
「勝てないと見るやすぐに判断する、その辺が『軍神』の必須要素なのかもな……ッ!?」
しかし、アクセルを踏み抜いたはずのエアカーは、ガクウン! と大きな衝撃を受けた。
空中で、慧能たちはピトッ――と、強制的に静止させられたのだ。
誰かに強制的に抑えつけられているような感覚。
厚い壁に覆われてしまったかのような、あるいは錘を括りつけられたような、あるいは見えない糸でガンジガラメに縛られたような。
『……はーい、はい。乱闘騒ぎは構わないけど修学旅行中のバスをぶっ壊したのは、俺の立場的にどうしても見逃せないんだよなぁ』
事態に反応できない慧能と程玲は、車外からの声を聞いた。
エアカーについているカメラは常に天皇波瑠と『零能力者』を映していたが、あの二人のエアバイクも静止していた。三秒後に『零能力者』だけが動き出すところを見ると、慧能達を縛っているのは超能力なのだろう。
(なるほど、これは《念動能力》の介入か! だが『零能力者』達も影響下にいるってことは、増援じゃあねぇみたいだが……!?)
慧能が思考を巡らせる間に、『零能力者』が天皇波瑠の肩に触れる。さらに三秒が経つと天皇波瑠も動き出すが、そんな二人の背中に銃を突き付ける青年がいた。
『こっちはタダでさえこのクソ暑い中検問させられて、イライラしてんのよ。これ以上荒事を続けようってんなら、ガキだろうと撃ち殺すんでおとなしく手ェ上げてねー』
高校生コンビは大人しく手を上げる。青年はそれを見送ると、エアカーを見上げた。
長時間にわたるカーチェイスをわずか一度の《念動能力》で終わらせた青年の正体は、神奈川県警の一警官に過ぎない。
『警察だ。道路交通法違反の現行犯で逮捕する』
そしておそらく、彼ら四人の罪は道交法違反だけじゃない。




