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●第百四十七話 異常気象はキャミソールと共に

お待たせしました。出会いの春、皆さんの新生活スタートを応援しつつ休みの章、もとい【休章 害為す光焔】スタートです!


全四話になります。四月第一週の多忙にあえて重ねるスタイルでよろしくお願いします!






 若葉マークを堂々と掲げた蒼いエアバイクが、真夏の横浜をモイイイインと翔る。


「――――いや真夏じゃねーんだけどな。まだ四月なんだけどな」


 ハンドルを握る零能力者、もとい天堂(てんどう)佑真(ゆうま)がぶつくさと愚痴る。久々に速度違反もせず、車に挟まれて走行中だ。


「四月二十八日では史上最高気温だって」


 サイドカーに収まる超能力者、もとい天皇(てんのう)波瑠(はる)も苦笑い。


 二一三一年四月二十八日の月曜日、まだゴールデンウィークすら迎えていない日本列島は全体的に謎の高気圧に覆われ、連日快晴&真夏日と、超高温の異常気象を迎えていた。


 だからといってキャミソールの上に何も羽織らない波瑠のせいで、佑真は目のやり場にひじょーに困る。


 今更確認することでもないが、波瑠のおっぱいは同年代の女子より一回り大きい。そりゃ谷間があるくらい大きいので、キャミソールだと景観が公俗良序違反なのだ。


 雪のような素肌は熱で朱色に染まっているし、汗の流れる鎖骨も大変けしからんし、暑いからとポニーテールにしているせいでうなじがうなじで大変けしからん。


(嫌でも前方見てないとダメだから、運転手としては助かったのかもな……いや他の奴らに丸見えなのはいただけませんが!)


 ただでさえ暑いのに可愛いエロい独占したいの煩悩が、佑真の集中力を削ぎまくる。


「っかし、車道はめったに影にならんからしんどいのぅ。波瑠、水分補給してる?」


「佑真くんこそ運転しっぱなしじゃないですか。どっかで休む? そろそろお昼時だし」


「そうするか。どっかいい店はありませんかー……いや待てよ、この旅の間ってひょっとして波瑠の手料理食べられない!?」


「気づいてしまったか佑真くん。そうなのです、私はしばらくお料理できないのです」


「そんな……しばらくコンビニとファミレス飯続きということか!? オレの人生の楽しみの三割がッ」


「ご飯が三割も占めてるんだね、佑真くん」


「三大欲求ダイジ」


「昨日も佑真くん、ベッドで激しかったもんね」


「寝相がね! ごめんね睡眠欲満たしてる最中に抱き枕にしちゃって!」


 ギャースカ騒ぎながらカーナビでお食事処を探す、天堂さんご一行。お食事処なあたり、せめて誰かの手料理を求めようという意地が垣間見える。


「あ、なんか良さげなお店あるよ。地元では有名な定食屋さん。人間が料理するお店だって」


「わざわざ『人間が』っていうあたり、ファミレスのみならず料亭や寿司屋まで飯の『機械化』が進んでることに佑真さんは悲しみを覚えるよ」


「私達が生まれる前からそうだったのに何を今更」


「でも波瑠ちんは手料理派」


「だって料理楽しいもん。旦那さんが『美味い』って喜んでくれるから最近は尚更楽しいです」


「おいこんなこと言ってくれる嫁さん現代に早々いねーんじゃねーの! 機械化よくない! 手作りで・愛を育め・現代人!」


「おお、五七五だね!」


 ノロケながらノロノロ進むエアバイク。


 東海道五十三次を行く佑真と波瑠の長旅は、三日目にして日本の港、横浜に突入していた。




【これが奇跡の零能力者(アムネシア)


   休章 害為す光焔】




反能力社会派(アンチスキルド)』と呼ばれる派閥がある。


 端的にいえば『超能力至上主義を今すぐやめろ! 戦力放棄!』を訴え続ける低能力者の非公式団体の総称だ。


 いつ戦争に転ぶかわからない面倒くさい時代なので、超能力戦力の放棄を訴える声は弱者側にある。


 けれど『東京大混乱』や『高尾山襲撃事件』を通じて恐怖を知った民衆の一定層は、反能力社会派に合流しつつあった。


「デモ行進や『政治』への訴え、あるいは『軍事』に対する反対行動も最近は過激さを増しつつある。今の南関東はどこを歩いても嫌な空気が流れているな」


 そんなことを呟くのは、松岡という男性だった。


 ただの成人男性というわけではない。彼は神奈川県警・捜査一課の警部である。今も身を制服に包み、照りつける太陽を睨み付けている。


「ほーん、俺はなかなか神奈川県から出ないから知らないけど、そんなモンですか」


 松岡が連れる部下、冥加(みょうが)が適当に返答した。


「神奈川だって大したもんだ。横須賀の辺りなんかスゲェぞ、海軍に対してデモ行進してやがる」


「戦艦で一発ほふれないんですかね」


「んなコトしたら『反能力社会派』の思うツボじゃねーか」


 何てことない世間話をする二人がいるのは、横浜市に位置する神奈川県警察本部前の駐車場。


 本日、県警内で行われる『とある会議』に招かれた来賓を待っているところだ。


「――『警察』と『軍事』が手を組み、横浜に潜んでいると思われる【中華帝国】の密入国者をあぶり出す、か」


 パトカーに寄りかかった松岡は、煙草に火をつけた。


「その話、超きな臭いです。本当に密入国者なんているんですか?」


「姿が撮れたらしい。この後の会議で発表だが、混乱を避けるために情報規制が取られてるんだとよ。よっぽどの大物が潜んでるに違いねぇ」


「…………『世界級能力者』とか?」


「かもしんねぇな」


 冥加は冗談のつもりだったが、松岡が笑い飛ばすどころか神妙な顔で誤魔化したので、思わず空笑いさせられる。


「はは、だとしたら『軍事』が動くのも納得ですわ」


「その『軍事』サマが到着したみたいだな」


 駐車場に現れる、三台の車。


 先頭車の助手席に座る小野寺(おのでら)(こい)が呑気に手を振るので、松岡と冥加も手を振り返してみた。




   ☆ ☆ ☆




 エアバイクで移動すること十分程度。


 佑真と波瑠は、お目当ての定食屋に無事たどり着いていた。意外と混んでいるのは、地元の知る人ぞ知る、という評判の所以(ゆえん)だろう。


「すずしーねー。エアコンは人類の叡智(えいち)だよねー」


「波瑠は肌がすぐ赤くなるから、見てて少し心配になるよ。熱中症とか」


「熱中症って《神上の光(ゴッドブレス)》で治せるのかな?」


「流石に試したことないのか」


 ほにゃりと微笑む波瑠は、お冷やをくぴっと飲み干した。エアバイクにボトル飲料くらいは常備しているものの、今日の暑さは汗だくものだ。


 女の子たる波瑠は制汗スプレーをした上でボディタオルも使ったが、それでも自分が汗臭くないか心配だったりする。


「……ていうか佑真くん」


「なんだい波瑠」


「さっきから端末いじりっぱなしですが、彼女との会話をないがしろにするほど重要なことでもしてるんですか?」


 ムゴフッ、とむせる佑真。


 責めるような視線を向けていた波瑠さんは、ぷくっと頬をふくらませた。


「ゆーうーまーくーん?」


「い、いいじゃねえかよ少しくらい」


「まあね、私は愛人の一人や二人を受け入れる覚悟がある超寛容な嫁ですけどね」


 それはそれでどうなのよ、と佑真は思う。どうせ波瑠以外見向きもしないだろうけど。


「それでもね、二人きりの時くらいは私のこと見てくれてもいいなって思うんですよ」


 波瑠はそんなことを言って、ぷいとそっぽを向いてしまった。


「………………いや波瑠ちん、構ってアピールも可愛いんですけど、この旅ずっと二人きりだからね? オレにもオレの都合がありまして、つうか四六時中波瑠のこと気にかけてたらオレももたない(、、、、)んすけど!?」


「そういう言い訳を許すのも私だけだと知りなさい、男の子。世の中の女の子は面倒くさいのです」


「でも許す波瑠は本当に寛容。オレ以外が彼氏だといいように利用されて簡単に浮気されるタイプ」


「佑真くんが相手じゃなきゃ私だって厳しかったかも、なのです。とにかく彼女が目の前の椅子に座ってるんだから、端末とにらめっこする時は一言断るのがマナーだぞ」


「はーい、すんません。ところで愛人の一人や二人を受け入れるってマジ?」


「いないに越したことはないけど、佑真くんに一番愛される位置だけは譲らないもん。負けないもん」


「確かにそんなこと言う嫁に勝てる愛人なんて絶対いない。てか今日の波瑠やけにデレ度高いけど、暑さのせいなの? 異常気象が波瑠をこうしているの???」


 人目がなければ抱き締めていた。それだけは間違いない佑真さんなのでした。



   ☆ ☆ ☆



「で、佑真くん何をやっていたの?」


「話戻すのな」


 佑真は端末を波瑠に見えるように差し出した。


 九かける十のマス目に並ぶ駒。それは日本の伝統的なボードゲームだ。


「将棋?」


「そう、ネット将棋。【ウラヌス】に入隊した時に真希さんと日向克哉さんに勧められてな。一日一局くらいやってんだ」


「頭使うのに?」


「波瑠ちん一言目からそれはひどくない?」


 キョトンとしている様子を伺うに、佑真と将棋はよっぽど結び付かないらしい。


「たぶん『頭を使うから』オススメされたんだろ」


「それだけじゃないと思うけど、一番の目的はそうかもね」


「え? 他にも目的あんの?」


 つうか負けそうなんだけど、と佑真は将棋盤に目線を落とした。


(佑真くんの場合は『視点を増やすこと』だと思うな。佑真くんが戦う時って例えるなら常に『香車』か『飛車』みたいな役割で、少し引いた位置……『金将』や『玉将』には滅多にならないもんね)


 教えないよ、と波瑠ははぐらかす。


(前衛ではなく後衛の考え方や立ち回りを擬似的に学ぶ。お母さん達は、佑真くんを前衛じゃなくて後衛……ううん、ひょっとしたら大将クラスの指揮官に育てたいのかもしれない)


 佑真の運動神経を考慮すると勿体ない気もするが、彼の周辺視野や機転の利く発想力は、指揮官側に活かせるかもしれない。


 それに佑真は、なんだかんだ言って『零能力者』だ。客観的に考えれば、直接戦闘するのは配役ミスにも程がある。


「でもネット将棋って言っても『〇』番大隊でのローカル対戦だから、相手は主に狐顔(ステファノ)か克哉さんか、軍医総監の……」


白神(しらかみ)さん?」


「そうそう、その人だよ」


 佑真と波瑠が所属する【ウラヌス】第『〇』番大隊。


 ステファノはその参謀的立場であり、克哉こと日向克哉(ひなたかつや)と軍医総監の白神惣一郎(そういちろう)は【ウラヌス】きっての五十歳超え(ベテラン)だ。将棋では基本的にボッコボコである。


「たまにログインするオベロンには勝てるんだけどな」


「あはは……オベロンはボードゲーム苦手そうだもんね」


「堅物だからなぁあの人。ストイックなところは尊敬できんだけど」


 好き勝手に言っていると、店長が料理を運んできた。待った時間は五分と少し。定食屋の鑑たる待ち時間だ。


「お待たせいたしました。オムライスとハヤシライスです」


「おお、美味そう」


「ありがとうございますっ」


 丁寧に頭を下げる波瑠に、微笑み返す店長。


「お二人は旅行中ですかな?」


「まーそんなことっすね。新婚旅行の真っ最中っす」


「おやまあ、こんな若いのに夫婦でしたか。何かサービスでもすればよかった」


「じょ、冗談ですよっ」


 きさくなノリに、波瑠は慌てて首を横に振った。店長は大人の余裕でニコニコと微笑んでいる。


「ははは、では夫婦になったらもう一度来てほしいですな。その時まで当店が残っているかは怪しいものですが」


「ご謙遜を。お客さんメチャクチャ入ってるじゃないっすか」


 佑真は店内に目を配る。常連さんなのかはわからないが、老若男女が和気あいあいと話す姿が全席で見れるのだ。佑真達が入店してちょうど満席。閉店なんて考えがたい。


「喜ばしいことなんですけどね、流石に時勢に逆らうのは難しいのですよ」


 しかし店長は、眉をハの字にした。


「今や機械の方が料理が巧みな時代。我々料理人の味を推してくれるお客様もいるけれど、年々売り上げは減っています」


「厳しい世界なんすね」


「おっと、まだ若い君たちの食事時に話すことではないですな。ごゆっくりどうぞ」


 店長は柔らかな笑みを浮かべて、厨房へと下がっていった。


「苦労してるわりに楽しそうだな」


「繁盛してるしねぇ。じゃあ早速いただきます」


 佑真達は早速箸、もといスプーンをつける。


美味(うま)っ!? このハヤシライス、ビーフの柔らかさが絶妙すぎるぞ……! 舌の上でとろける極上肉だ」


「オムライスも最高なんだけど……フワッフワな感触の中からトロットロなタマゴが口中に広がって幸せ……!」


「箸……もといスプーンが止まらん!」


「これ600円は安すぎるよ……作り方教わりたいレベル」


 後に彼は語る、この定食屋は天堂佑真の人生でランキングトップに入る美味であった、と。


 楽しむだけ楽しんでお皿を空っぽにした二人は(少食の波瑠も同速なあたりにこの店のレベルの高さが伺えよう)、定食屋といえばお馴染みのテレビに目を向けていた。


 お客さんに見せているようで実は店長のお好みのチャンネルが流れるそれは、今はニュースを流している。学生である前に軍人である波瑠の注意が向くだけのニュースが流れていた。


「【中華帝国】による佐渡島接近か」


「領海に不審船の観測とか、近海での軍事演習とか。やり方は『第二次(セカンド)』寄りなんだけど、明らかに牽制をし始めてるんだよね」


「『第三次(サード)』での戦争と今の戦争もまた違う……って前にステファノから教わったんだけど、その影響か?」


「うん。『第三次』での大規模化した戦争やサイバー戦争と違って、今は超能力者同士による歩兵戦がメインだからね。…………うんまあ、歩兵戦って言っても超大規模なんだけど」


「戦い方は原始時代、手段は最先端ってな。笑えねえや」


 とかく、佑真達にとって【中華帝国】の接近は嫌な話題だ。戦争となれば《神上の光》に需要が生まれるし、何より波瑠の心をむしばむ事態が発生する。


 最悪の場合、佐渡島に行かせろと泣き叫ぶ未来があるだろう。


(世の中はオレ達を中心に回ってるわけじゃない。だけど、中心に限りなく近い位置に波瑠は呼び寄せられちまう。…………クソッタレ、昼メシくらい呑気に食わせろってんだ)


 佑真がテレビを睨み付けると、パッと画面は切り替わった。最近流行りの三人組アイドルグループ『CCC』だ。


「ふむ。波瑠の方が可愛い」


「最近冷静に思うんだけど、アイドル見るなり発言がそれって男の子としてはどうなの?」


 波瑠がツッコミを入れたと同時に、カランカランとベルが音を鳴らした。


「いらっしゃいませ――ってこりゃ、久しぶりですね!」


 店長が声を弾ませる。


 なんとなく顔を向けた波瑠は――――端的にいって、硬直していた。


「………………波瑠? はーるー?」


「………………」


 佑真がブンブン手を振るも、波瑠の視線は入口側から離れようとしない。仕方なく佑真も振り返り――そして硬直した。


 入口に立つ男も『こりゃ驚いた』といった表情をしている。


 鮮やかなオレンジ色の短髪。黒いスーツを着た高身長な彼の肌は白く、鼻の高さは西洋人のそれだ。年齢四十代とは思えない若々しい美貌だが、波瑠が呆気に取られているのは勿論そんな理由ではない。


「……これは参ったな。本当に参った。今日は観光で日本に遊びに来ただけだったのに、神は妙な悪戯をする」


 流暢な日本語で頭を抱える男。


 奇妙な硬直状態にある佑真達と男の顔を何度か伺った店長は、オレンジ髪の男の方に声をかけた。


「もしかして、この子達はメイザースの知り合いでしたかな?」


「いえマスター、彼らは知り合いというか、なんというか……」


 言いあぐねるオレンジ髪の男が後頭部に手を回した瞬間、佑真と波瑠は立ち上がって臨戦態勢を取った。




「騎士団長メイザース……! よりによってこんな定食屋に現れるなんて!」


「ざけんなよ、昼メシくらいゆっくり食わせやがれ! つうかどうせ寄越すなら【中華帝国】の刺客を寄越せやクソッタレ!!!」




 騎士団長メイザース。


 現在の英国(イギリス)が保有する最強戦力『世界級能力者』が、なんの前触れもなく二人の昼飯時を破壊する。





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