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●第百四十六話 少年の初恋は驚きの筒抜け度




   【少年の初恋は驚きの筒抜け度】



 行橋(ゆくはし)このえは動物の心が読める。


 けれど最初は、人間の心まで読めるわけじゃなかった。


 能力が成長していく過程で、少しずつ読める範囲は広がっていったのだ。防衛本能でも働いていたかのように、遠い鳥類や魚類から少しずつ哺乳類へ近づいていき、人間の心が読めるようになったのはちょうど物分かりがよくなり始めた六歳あたり。


 その時にはすでに、このえは捨てられていた。




 彼女の両親は超能力使用経験こそあったが、分類すれば一般人。言葉を覚えたばかりのこのえが動物と会話する姿を「不気味だ」と思ったのだろう、早々に児童養護施設に放り込まれた。


 そこが『月島園』。


 多くの孤児を引き受ける、穏やかで優しくて――そして穏やかすぎたから間の抜けていた、老夫婦が経営する孤児園だった。


 後々に龍神が「月島園は経営側もクソッタレな大人だ」と勘違いすることになるが、月島園の老夫婦は悪人ではない。


 百パーセントの善意で子供たちを育て、百パーセントの悪意を隠した大人たちに渡してしまう、ただの馬鹿夫婦だ。


 騙されているだけ。


 しかし最高の環境の『飼育場』を経営していたので、その手の者達からすれば最高のカモだったのだろう。


 このえが指摘しても「人を疑っちゃいけないよ」と言われたので、人を疑うことを覚えた方がいいよ、と思いつつ説得を諦めたのは記憶に古い。


 人間って愚かなんだから。


 そんな考えが根底にあるこのえだから、悪魔へ子供を出荷し続けるシステムも端から眺めていた。




 このえは自分の特異性を、大人の心を読むことで把握していたので、それがバレないよう――そして出荷されないように、月島園のはじっこで生活するよう心がけていた。


 友達は動物がいればいい。


 二歳とか三歳ならまだしも、五歳六歳ともなると人間はダメになる。そんな連中とつるむだけでも、聞こえてくる心の声でキモチワルクなる。


 最低限の食事と睡眠できる環境があれば文句はない。


 いつか園を抜け出せる年齢になるまで、大人しくなりを潜めていよう。


 そんな決意を胸に秘めて生きてきて、九歳になって間もないあたりで。




「……」


「……」




 五十嵐(いがらし)龍神(りゅうじん)と行橋このえは出会った。




   ☆ ☆ ☆




 五十嵐龍神の心の中は、このえからすると、とても珍しい様相をしていた。




 表層にあるのは人間や社会に対する呆れや不満、退屈。


 深層にあったのは、ブラックホールのように深い空漠。


 それを言語化するなら、きっと寂しさ。




 本来なら愛とかいうもので埋まるべきなのに、そういった最低限の人間性を保つものが、龍神の中にはいっさいがっさい存在していなかった。




 このえと同じようで違う。


 動物がいたこのえは、彼らから愛情を貰っていた。


 この男の子は、かつて愛を渡していた両親への執着が、消えかけの残り火のように灯っているだけだった。


 愛を失ってから、長い長い時を過ごしていたのだろう。


「……あなた、とてもさびしそう」


 このえはそんなことを呟きながら、龍神が何か言い返すよりも早く、彼の頬を撫でた。


「心が泣いてるよ。わたし、こんなにさびしそうな人に会ったのはじめて」


 そして、龍神をキュッと抱き寄せた。困惑する龍神をよそに、犬でもあやすかのように龍神の頭を撫でおろす。


「……な、なんだよお前」


 自分でもわからなかった。


 ただ、この男の子の心を見ているのは辛いから、なんとかして暖めようと体が勝手に動いていた。


「わたしは行橋このえ――っていうことを、聞いてるんじゃないよね。あなたは頭がよさそうだから説明したほうが早いかな。うん、きっと早いよね」


 おそらく、行橋このえが人間に初めて興味を抱いた瞬間だった。


「わたしはね、動物の心の声が聞こえるの」


「どうぶつ、の……?」


「そう。だからわたしは、あなたの心の声も聞こえるんだよ。すごくつめたくて、とてもしずかで、そしてさびしさに満ちている」


「それが、それがどうして俺を抱きしめる行為に繋がるんだ?」


「あなたのさびしさを、なんとかしてあげたくって」


「…………だから、体が勝手に動いていたとでも言うのか?」


 まるで心が読まれたかのような返答に恥ずかしくなって、このえは人生で初めて照れながら頷き返した。




 その日をキッカケに、このえは龍神とたびたび会うようになった。


 龍神が自分の下にやってくるのだ。このえの能力に疑問を抱いての行為だったようだが、不思議と彼の疑問視は不快ではなかった。


 それが少年の純粋な好奇心だったから、無意識に受け入れていたのかもしれない。ただこのえは、他人の心は読めても自分の心は考えなくちゃ言語化できないのだ。


 龍神に対してだけ存在した妙な好意を模索するように、このえの方からも龍神と接するようになった。


 お互いの最悪な人生を共有した。


 自分の動物に対する気持ちや人間への嫌悪を、龍神は理解してくれた。


 初めて得られた理解者に、このえは距離を縮めていく。


 果たして――このえと龍神は、自分達の気づかない間にとても人間らしい交流をしていた。


 言葉による対話。


 言葉を通じた他人の理解。


 そして、言葉で他人と『友達』になるということ。


 初めての人間の友達への気持ちは、このえの歪んだ人間観と正反対に、とても純粋な方向で育っていった。


 しかしこのえが抱いた感情は人間しか持ち得ない感情だったから、動物に聞いても答えは得られなくて。


 けれど思わぬところで、このえは自分の気持ちを言語化する。




 具体的には、五十嵐龍神本人の心を読んで。


 更に詳しく描写すると、


『……オイオイこれが女の子を好きになるってことなのかよ。このえのこと直視できねーよクソッタレ』


 なんていう龍神君のかわいらしい初恋を読んじゃったので、自分の気持ちも恋だったんだなぁ、と超唐突に知るのでした。




 恥ずかしかった。けれど同時に、嬉しくもあった。


 こんな人間みたいな気持ちを抱かせてくれたことへの感謝。


 こんなにも暖かい感情をくれた人への感謝。


 ただただ、感謝しかない。


 この男の子は、このえの友達になってくれた。


 何もない日常に、明るい色彩をくれた。


 だからこのえは心に決めた。


 龍神を幸せにしよう。


 彼の心の空漠を埋めてあげよう――――なんて。




   ☆ ☆ ☆




(そんなことを決めたけど、本当はどうしていいかわかんなかったんだよね)


 天堂佑真やクライというお姉さんがギャーギャー騒ぐファミレスの隅っこで狸寝入りをしながら、このえは熟睡する龍神に寄り添った。


(りゅーじんは、金城仏様のところにつれていかれたわたしの所まで追いかけて来てくれた。わたしがつらいことをくり返してる間も、ずっとわたしのことを気にかけてくれた。わたしを独りにしないでいてくれたよね)


 佑真や集結(アグリゲイト)と比べるとちっぽけだし、やってきたことは彼らからすれば『悪党』だ。責められてしかるべき男の子かもしれないけど。


(わたしにとってはね、あなたがヒーローなんだよ、りゅーじん)


 このえに対する好意を貫いてきた男の子を、一番近いところで見てきた女の子が、そんな彼をよりいっそう好きになるのは仕方のないことなのだ。




「そういや波瑠、ツインテってしないの?」


「佑真くんが見たいならしてもいいけど、ちょっと恥ずかしいかも」


「見たいからしよう。なんだったら今からしよう」


「えぇ……まあ、うん、仕方ないなぁ」


「しぶしぶを装いつつ提案直後にヘアゴム二つを取り出していた波瑠さん可愛いデス。集結(アグリゲイト)もワタシに要望していいんデスヨ?」


「……」


「寝てんぞソイツ」




 ――――なんかまあ、『愛すること』の最大のお手本とも出会えたみたいだし。


(だからまだ早いのかもしれないけど、わたしをりゅーじんの彼女にしてください。たくさんたくさん、りゅーじんのことを愛してあげたいから)


 それを直接口にするのは、まだ恥ずかしいかもしれない。


 だけど龍神は心が読めないから、いつかこの想いを伝えられる日が来るといいなぁ、なんて。


 触れあう体温に高鳴る鼓動が、不思議なくらい心地よかった。






   【愚者に成り下がった王者の原点】






 長門(ながと)(うれい)


 かの男の持っていた《能力捕食キング・オブ・プレデター》という『原典(スキルホルダー)』は元々、超能力を奪い吸収するという訳ではない。


 より顕著だったのがその面というだけであって、時代さえ違えば別の面が主張されていただろう。




能力捕食キング・オブ・プレデター》は、他者の才能を奪い自分のものとする『強奪』の能力であった。




 その能力を初めて発揮したのは僅かに零歳児の頃。


 母親の乳房を甘噛みした際に、母親の様々な才能を強奪した。


 それは言語機能であり、歩行の方法であり、まだ零歳児が持っていない部分を片っ端から強奪した。


 とはいえ、他の『原典(スキルホルダー)』と同様に、成長していない段階だったのは幸いだろう。


 母親に障害を残すことも気づかせることもない程度に才能を奪ったおかげで、長門憂は単なる天才児として扱われた。


 早々に言葉を発して、早々に歩き始めた。母親から一般常識も奪った長門憂は、他人に怪しまれない程度に成長を演じながら社会を俯瞰し始める。


(なるほど。自分は他の一般人とは違う何かを持っているらしい)


 保育園で周囲のテンションに合わせる演技は大変だったが、長門憂は甘んじてそれを受け入れていた。己を天才だと錯覚していたからこそ、自分の才覚を表すタイミングを図ったのだ。


 ――――しかし、本人にさえも自覚できていない事態はすでに動き始めていた。


 彼の周囲にいる子供たちは、成長が遅かったのだ。


 長門憂が『成長』する分の才能を無意識に強奪していたせいで。


 子供とは、常に『大人になりたい』という願望を抱きがちなものである。精神が成熟した長門憂は肉体の成長の遅さを尚更コンプレックスとしていたため、そのような事態が発生した。


 無論、世の中は『何かの偶然だ』と片付ける。


 しかし長門憂は自分の特異性が原因であることに早々に勘づき、これ以上回りの一般人に迷惑をかけないように、と退園を母親に申し出た。


 その頃には、母親はすべてに「はい」か「イエス」か「喜んで」と答えるくらい思考力を長門憂に奪われていたので退園は受理された。




 この瞬間が、長門憂という人格を築き上げた原点。


 自らは、他者を扱う側にいる。


 自分を特別だと自覚し、他の者を平凡だと認識した。




 長門憂は傀儡と化した母親を気の毒に思い、家を出る。そして始めたのは能力の制御と訓練。雑踏の中で孤独に生活をし、他人の才能をいかに強奪せずに過ごせるか。


 日本中を転々としながら、長門憂が奪った才能の数は知れず。


 アスリートや起業家のトップからも強奪し続けたことで、長門憂は完成された人間となりつつあった。


 そう――非の打ち所なき、全知全能の究極人間。


 即ちそれは、全人類の頂点に立つという意味であった。


 長門憂は王政を執り行うべく、自らを戒める。




(然るべき時に人々を導くためには〝より多くの才能が必要だ〟)




 果たして、長門憂は能力を御すことを目的としていたはずなのに、気づけば才能を強奪することに執着していた。


 本末転倒なようでいて、実は長門憂の中で、極めて人間らしい思考の変化が起こっただけなのだ。




 長門憂は『他人の才能を奪わない訓練』で、より才能を持っていた『天才』と呼ばれる人々を対象に選んできた。


 たくさんの『天才』を目の当たりにすることで、彼はごくごく自然に『天才が持っている上昇志向』に影響されただけなのだ。


 より多いお金を。


 より高い知能を。


 より優れた技術を。


 常に上を目指す思考パターンと交流することで、長門憂は現状に対する『強欲』を抱くようになってしまった。


 それが、彼のブレーキを粉々に破壊した。




 あまねく才能を強奪し、強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し強奪し。


 気づけば人をもぬけの殻としていた。




 長門憂は歯止めの効かない自分に恐怖しながら、一つの疑問に至る。


 超能力を奪うことだけはできなかったのだ。


 現代は超能力が社会の地位にある程度の影響を与える。なれば超能力も必須科目であるが、どうすれば得ることができようか。




 そんな疑問を長門憂は、実践で解決させた。


 能力を右手で抉ることで、一時的な強奪はできた。


 脳を右手で抉ることで、恒久的な強奪ができた。


 連鎖する悪循環を止められなかった。




 止まらず止まれず止める人もなく。


 男は『唯一の王者』という一つの幻想に突き動かされる。




 王者を目指した男の物語は、零能力者という愚者と邂逅してようやく終止符が打たれるのだが。


 それまでとそれからの長門憂の人生を語れるものは、長門憂本人以外に存在しない。






   【アフターサービス】






「――――つー訳でなーんかハッピーエンドっぽく終わってるけどよぉ。一つ重大なことを忘れんじゃねーぜ、天ちゃんの野郎」




 眼意足(がんいそく)繕火(ぜんほ)という女子がいるのは、己の拠点としているラボラトリーだった。


 小野寺誠の追撃をなんとか振り切ったものの、彼女や枝折戸(しおりど)仄火(ほのか)八多喜(はたき)那須火(なすか)の両名は全身に包帯を巻いている。どこか体の部位を切除するほどの事態にならなかっただけ御の字だ、というのが眼意足の結論だ。


「確かにテメェは長門憂を撃破した。九十九(つくも)(はやて)の暗躍によって行橋このえと五十嵐龍神も間接的に救いだされたわけだが、後半の美談に目を向けすぎだぜ」


 そして眼意足の眼下に存在する手術台には、複数個の遺体が転がされていた。


「長門憂の《能力捕食キング・オブ・プレデター》は『脳を抉ることで異能を奪う』とかいうクソッタレなの。そんで長門憂は『天堂佑真暗殺任務』を失敗した奴等を片っ端から『強奪』していった。故に《肉体再生(オートリバース)》や《唯正解耳(アンサラー)》を使えたわけですが――ここで質問タイムだ」


 眼意足は両手を広げる。




「十二人の暗殺者のうち、死んでしまった者は果たして何名いるのでしょーかぁ?」




 包帯の奥に隠れて見えない口元は、しかし確実に歪んでいた。


「無論奴等も忘れている訳じゃねーだろう。だが、しかしだ。悠長に朝飯を食っている間に警察や軍隊の下から死体を運び出すことで『二十四時間(タイムリミット)』を迎えさせ、天皇波瑠に絶望を味わわせようと企む輩がいたって不思議じゃねーよなぁ」


 彼女は自分のものと化した屈強な男の死体を。


 血液を操る魔術の経験者である貴重な死体(サンプル)を。


 刀剣を極めた暗殺者の情報がつまったサンプルを、この上ない光悦をもって見下ろした。


「脳が失われた以上超能力は再現できねーだろうが、その他の部分はすべてこの『天才改造士』が改造(なんとか)してやんよ」




 ――――かつて眼意足繕火は、小野寺絆という名前を持っていた。


 彼女は剣術にそこまで才能があったわけではないが、小野寺流剣術を語るにあたって名前を外せない、とある功績を持っていた。




 超能力と刀剣術を組み合わせ、現代最強の剣術だと評価される技の数々は彼女、小野寺絆によって生み出されたものなのだ。




 小野寺誠に二刀流を仕込んだのも、誠の超能力に最適化された技を考案したのも、実姉の長刀に助力したのも、すべて彼女のもつ『開発』と『改造』の才能が為した功績だ。


 そんな才能をもて余す眼意足繕火が、ひそやかに動き始める。


「小野寺誠と天堂佑真。俺の人生をねじ曲げた愚弟と、俺の人生の希望である愚者」


 それでは改造(しゅじゅつ)を始めよう。


「希望も絶望も粉々に砕ききった時、人はどんな気持ちを抱くんだろーねぇ……」


 避けられないだろう運命の時に備え、眼意足繕火はメスを手に取った。





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