●第百四十五話 答え合わせはご飯を食べながら
幕の間。
第六章に残ったいくつかの破片を(書ききれなかったので)回収する物語…(笑)
【答え合わせはご飯を食べながら】
「――――――集結、佑真くんの《零能力》が《神上》ってどういうこと?」
数分前に『コーラのないファミレスなんてファミリー向けって言わねえんだよォォォ!!!』という怒号を響き渡らせた佑真達ご一行は、ファミリーレストランの六人掛けの席にいた。
時刻は早朝九時前の頃。ガラガラのファミレスで波瑠(美少女)がひたすら謝っていなければ出禁になっていた。
メンバーは佑真、隣に波瑠、向かいに集結とクライ。
四分の三は《神上》所有者。二分の一はランクⅩ。四分の一は『原典』で、四分の一は落ちこぼれ。
よくよく考えればとんでもない面子なのだが、集結がぶち込んだある話題のせいで異色な面子による会談が実現していた。
ちなみに五十嵐龍神と行橋このえは、同席の端の方で仲良く眠っていたりする。
「朝限定鮪海鮮丼」
「……」
「じゃワタシはフレンチトーストBセットでお願いしマス」
「……」
「おお、普通に食うノリか。じゃオレはこのスクランブルエッグ&トーストかな。龍神とこのえちゃんは……気持ちよさそうだから起きるまで放っておくかぁ」
「……」
「波瑠はどうする? 百円課金すればトーストをパンケーキにできるらしいよ?」
「……じゃあ、目玉焼きとパンケーキのセットでお願いします……逐一突っ込んでいたら私が疲れるやつだこれ……」
「「「???」」」
両手で顔を覆う波瑠に、席についているパネルで注文する佑真達は首を傾げるばかり。
するとすぐに、機械が自動で料理を運んできた。こんな全自動性もまた、佑真達が退席を喰らわなかった理由の一つだったりする。
「イタダキマース!」
「いただきます、と。そういや朝飯も食わずに戦ってたんだな」
「軽食だけだったもんね」
手を合わせていただきます。いい匂いでも嗅ぎ付けたか、このえが少し身じろぎをしたが、龍神に体重を預けて睡眠を続行するようだ。
「で、話ってなんだ。俺ァもうひと眠りしてェんだが」
「ダメだよ集結、あんな爆弾発言放っておかないからね!『佑真くんの《零能力》が私たちの《神上》と同じ』ってどういうことなの!?」
「言葉の通りだが」
「オレも気になってんだよなー、この力の正体。《零能力》って《神上》だったのか」
「潔く納得……佑真サン、非常に面白いデス」
ケラケラと笑うクライ。佑真と波瑠とは初対面だったが、心を読めることを存分に利用した彼女はすぐに二人との距離を縮めた。特に波瑠とは気が合ったようで、先ほど連絡先を好感している。
「な、なにか根拠はあるの?」
「……まァ、いくつかな」
集結はブラックコーヒーを口につけ、
「九十九颯と訳あってしばらく行動を共にしていた間、《零能力》について軽く調べた。それと俺の経験を重ね合わせた推論が『《零能力》=《神上》』だ」
「詳細聞いてもいいか? オレが記憶を失った理由とかの取っ掛かりになるかもしんねえ」
「あう、思わぬタイミングで核心に触れてるから心の準備が」
「構わねェよ。飯時に話すにはきな臭いがな」
千円を超える海鮮丼を頼んだ集結は、まぐろを箸でつかんだ。
「初っ端からあえて言うが、決定打はついさっき見たテメェの右目だ。テメェの眼球にゃ魔法陣が――俺達と同じ、十二星座と六芒星で構成された魔法陣が浮かび上がっていた。その時点で確定だろ」
「マジで? 自分じゃ見えないから気づかなかったな。波瑠、今はどう?」
「赤色のままだけど、魔法陣はないよ」
「戦闘中……あのよくわかんねェ〝雷撃〟を使っている間だけだ。平常時にゃ浮かび上がってねェんだろ」
ほーう、と波瑠の手鏡を借りて確認した佑真は、どこかつまらなさそうに相槌を打った。浮かび上がった魔法陣とかいうちょっとカッコいいもの、自分で見たいお年頃なのだ。
波瑠はパンケーキにフォークを刺しながら、
「納得しづらいけど、でもあの魔法陣があるなら《神上》なのかな。でも佑真くんが、あの孤島にいた十二人の一人だなんて……」
彼女が困った様子なのは、波瑠は『the next children』に選ばれた十二人を一人も記憶していなかったからだ。
かの実験に巻き込まれた十二人に残っている記憶は全員があいまいで、例えば桜は『波瑠や冬乃がいたのは覚えているが、雄助や千花は忘れていた』。《神上の成》の所有者である土宮冬乃は『十二人が男女半々だったのは覚えているが、顔と名前は忘れた』。
そもそも波瑠以外の《神上》所有者が野放しになっているのは、『the next children』に関連する記憶や記録が何者かの手によって〝消去〟されたためなのだ。
《神上》を持つ十二人は、全席が確定していない現状。
「……他にも証拠はある」
集結は箸で佑真を指した。
「一つはテメェの身体構成だ。俺がかつてテメェの波動を吸い取ろうとした時、テメェの体には波動が存在していなかったから『徴税』できなかった。覚えているな?」
「……ああ、鷲掴みにされたけど集結が困惑して、その隙に逃げ出せたって時のか」
「その時は単なる違和感だったが、今なら確信をもって言える。テメェの全身に流れていたのは波動ではなく『天使の力』だった。だから波動を徴税できなかったってな」
「『天使の力』?」
「食いながら喋るなクソ野郎」
「あはは……私たち《神上》の力の源だよ。超能力にとっての波動と同じ」
そういえば、前にステファノから似たような説明を受けた気がする。佑真がトーストを呑み込む一方で、集結がイクラ乗せ大トロを口にした。
「テメェが超能力を使えない理由。そして《零能力》なんてモンを使えんのは、『天使の力』を宿してンのが原因じゃねェのか?」
「…………フム」
「佑真くん、もう少しだけ頑張ってね」
波瑠は苦笑いすると、人差し指を立てた。
「《神上》が奇跡を起こすときにはね、代償として『天使の力』を消費しているの。その『天使の力』は高次元……神様の住む世界に存在していて、この世界には《神上》の魔法陣を通じて引き出さない限り、存在しないはずなんだよ」
「ほうほう」
「それが佑真くんの身体に流れているってことは、佑真くんのどこかしらに《神上》の魔法陣が焼き付けられていてもおかしくない――でいいんだよね?」
波瑠の確認に頷きかえす集結。唸り声を上げたのは佑真だった。
「うむぅ……まとめるとこんな感じか」
適当なペーパータオルを引っ張りだしてペンを握る佑真。
「①オレには波動が流れていないから超能力が使えない。
②代わりに『天使の力』が流れている&《零能力》が使える。
③《神上》の奇跡のエネルギー源は『天使の力』である。
④だから《零能力》の源も『天使の力』だと推測できる。
⑤《零能力》=《神上の何某》でQ.E.D.……???」
一つずつ書き記した佑真はしかめっ面のまま。
そして美味しそうにトーストを飲み込んだクライも首を傾げる。
「でもおかしいデスネ。天堂サンの《零能力》が『天使の力』なら、波瑠サンが気付いていてもおかしくないと思うのデスが」
「だから面倒くせェんだよ、クソッタレ」
集結は『余計なことを……』と頭を抱えた。
「《神上》は起こす奇跡が違うだけで、『天使の力』自体は同質だ」
「例えば集結が《神上の敗》を使った時、私は魔法陣を見なくても白い波動が《神上》だって気づけたんだよね。だけど、佑真くんの《零能力》は『天使の力』の独特の感覚がないと思うの。だから私は《零能力》=《神上》なんて発想さえ浮かばなかったし……」
「俺も同意見だ。《神上》特有の――なんつうかな――日光みてェな感覚がないンだよ。オマケに波動じゃなくて〝雷撃〟だしな」
溜息をつく集結。面倒くさいのはこのせいのようだ。
彼は金髪を掻きむしり、
「だが冷静に考えてみろよ。『あらゆる異能力を零にする力』と『零から現象や物体を創造する力』なんつー説明がつかない理不尽を咀嚼するのに、《神上》ほどお誂え向きなモンねェだろォが」
「た、確かに……」
「〝完全に同一〟ではないが〝全くの別〟でもない。故に九十九颯はこう結論づけた」
集結は箸を置くと、佑真を見ながら告げた。
「零能力は、その性質から〝有無を司る〟と推測される。
暫定での呼び名は《神上の闇》。
天堂佑真も俺達と同じ、十二人の神上所有者の一人である――とな」
佑真は、すぐに返事ができなかった。
深く息を吸って、数秒間息を止めてみる。
「…………そうさな。今まで目を逸らし続けた部分だけに、こうズバッと言われると納得しそうになるわ」
「納得しちゃうんデスか?」
「納得しちゃうんですよ。オレは馬鹿だし、記憶喪失だしさ。理論だてられると正解に聞こえるっつーかさー」
佑真は笑いながら頬をかく。
「これでも、オレなりに考えたこともあったんだよ。《零能力》が《神上の力》に対して有効な理由とか、『the next children』がオレの発見日と一日違いで行われていたこととかさ。目を逸らそうとして、逸らしきれない疑問は胸の奥にあったんだ」
「佑真くん……」
「《神上の闇》かどうかは置いといても、きっとオレは部外者ではなく当事者なんだろう。お前たち《神上》に関係する何かにさ」
そして佑真は、ぽかんと口を開けた波瑠へと振り返る。
「なあ波瑠。この旅にさ、オレの私情をぶち込んでもいいか?」
「あ、もしかして《零能力》……ていうか佑真くんの正体を探す旅?」
「おう。波瑠がよければ付き合ってほしいんだけど」
「もちろんだよ佑真くん! 目的のない旅なんて面白くないしね、私もいっぱい手伝うよ」
「ありがとな、波瑠」
佑真は蒼髪に手を乗せると、くしゃくしゃと乱暴に撫でた。次に丼をかき込む集結と苦笑いのクライに向きなおして、
「集結もクライもありがとな。お前達が来てくれたおかげで、いろいろと変わった気がするわ」
「お役に立てたなら良かったデス」
「……真相がわかったら九十九にでも連絡してやれ」
「おうよ」
ニカッと返答する佑真を、隣の波瑠は眩しそうに見つめていた。
彼のすぐに前を向ける強さに、何度手を引かれたことだろう。波瑠や桜、千花の手を引いた佑真が、今度は自分のために前へ踏み出そうとしている。
彼を支えるのが波瑠の役目だ。
協力しない理由なんてどこにも存在しない。
「でも、どうやって手がかりを探せばいんだろうね?」
「他の《神上》所有者にあたるのが一番早いんじゃないか? つっても雄助も桜も《神上》所有者が誰か覚えてなかったしな」
「あ、そういえばクライちゃんはどう?」
「黙ってたのでお察しだと思いマスが、ワタシも覚えてないデスヨ」
「だよねー。残りの《神上》所有者を探す旅になる感じかなーこれ」
「でも波瑠が一緒なら、オレはどれだけ無謀な長旅になっても大丈夫だぞ」
「えへへ」
「ワタシの《思念伝達》が自動受信ってコト忘れないでクダサイね?」
ブラックコーヒーにすればよかったデス、というクライの呟きに、実は少し前から起きていたこのえがブンブンと首を大きく縦に振るのだった。
☆ ☆ ☆
――――――天堂佑真だけが知った、一つの事実があった。
(《零能力》が《神上の闇》だって? 笑わせてくれる。九十九の野郎、本当はすべてを見透かしているんじゃないのか?)
誰も覚えていないのだろう。
天堂佑真の記憶が失せていたように。
誰一人として、彼の事を記憶している人はいないのだろう。
なんといっても、それは有無を司る奇跡の魔法なのだから。
(…………天皇優樹)
何かを無に還し、何かを有に導く魔法。
どういう運命が働いて『天堂佑真』に流れ着いたのかはわからない。
夢に出てくる夜空色の髪の、名前もない男の子。
夢に出てくる蒼色の髪の、天皇優樹という少年。
まだ答え合わせをするには早い。
正解にたどり着くには、出会うべき人数が不足している。
天皇波瑠。天皇優樹。土宮冬乃。集結。天皇桜。日向雄助。
クライ。――――。九十九颯。――――。――――。戸井千花。
神々の魔法陣が焼き付けられたあの日、日本からはるか離れた人工島で何があったのか。
為すは一つ――全十二の《神上》と出会い、記憶の破片を繋ぎ合わせて『the next children』の謎を紐解くこと。
天皇優樹の物語が明らかとなるのは、きっとその時だ。




