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●第百四十二話 天堂佑真の願いを顕す零能力


   【57 新宿区~(オフィス街)】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前5時38分




 ばちん、と。


 集結(アグリゲイト)の波動による檻が、唐突に消え去った。


「ふむ。未来が視えるというのはとても便利だ。最初は驚きこそしたが、たとえ《集結(アグリゲイト)》であろうと俺の『原典(スキルホルダー)』で強奪できる超能力にすぎないようだな」


 右手を前に差し出した長門(ながと)(うれい)が淡々と告げる。


 超能力を奪う《能力捕食キング・オブ・プレデター》に例外は存在しない。あの《集結(アグリゲイト)》をも吸収してしまう絶大のイレギュラーを前にして、波瑠は息を呑む。


 しかし、超能力を消された張本人、集結(アグリゲイト)は至って冷静だった。


「であれば、俺様がいながら日本最強を謳う、下賤たる超能力者よ! 貴様の《集結(アグリゲイト)》も俺様のものとさせてもらおうか!」


 長門憂が振るう剛腕を見もせずに、立ち上がって一歩分の距離を取った。


 まるで、誰かのためにスペースを空けるかのように。




「もォいけんのか?」


「ああ、迷惑かけた」




 長門の腕をパアン! と弾く右腕があった。


 腕の主を見た長門憂が不敵に口角をつり上げる。


 右目の紅はそのままに、けれど日に焼けた肌色が戻っていた。獰猛な野生を秘めた眼光――そして夜空のように深く黒い髪の少年が、真正面から対峙する。


「……は、ハハハハハハハハハハハ!!! 何が起こったかは知らんが、そうでなくては面白くない! 否ッ! そうであるからこそ、俺様は貴様を買ったのだ!」


 長門の高々とした笑い声を聞き流した少年は、ある少女に振り返った。


 信じられないといった風に目を見開いた彼女は、ボロボロに傷ついて顔を上げるのがやっとという状態で。自分が勝手に壊れていた間も、無茶を承知で戦っていたのだろう。


「ごめんな、波瑠。遅くなった」


「……ううん、そんなことない。そんなことないよ……」


 首を振る彼女に微笑みかける。


「お前の声、ずっと聞こえていたよ。オレがここに戻ってこれたのは波瑠のおかげだ」


「……言葉にされると、すごく恥ずかしいんですけど」


「あはは、確かに波瑠の持つイメージは情熱的で過大評価だったけどね。オレはそんなに立派じゃないし、強くもないぜ」


「そんなことないってば」


「ありがとう波瑠。気持ちはすげー嬉しいよ」


 彼は微笑み、波瑠に完全に背を向けた。


「だけど一つ、お願いがあるんだ。これからもオレは迷い続ける。何度も立ち止まるし、道を踏み外すことだってあるかもしれない。そんな情けない男の側にいて、支えて続けてやってほしいんだ……いいかな?」


「……もちろんだよ、佑真くん」


 すう、と息を吸って切り替える。




 正面に見据えるは打ち破るべき強敵。


 背後には護るべき最愛の少女。


 両の拳を握りしめて、初めの一歩を力強く踏み抜いた。




「王者に叛逆する愚か者よ! 貴様の名を名乗るが良いッ!」


「オレの名は天堂佑真! 正義の味方を目指す男だ!」




 直後、激突があった。


 長門憂の剛腕を回避して懐に潜り込んだ天堂佑真の左拳が、鳩尾を貫いた。


「っ、ごふ――」


 全体重を以ての一撃だが、長門憂は恵まれた体躯を利用して堪えるとすぐさま反撃を放つ。天堂佑真の中央を砕く右ストレート。命中必至、兆速の一手を天堂佑真は躱した。


 まるでそこに拳が放たれるとわかっていたかのように、ひらりと体を回転させるだけで。


 重心を下げた佑真の足技が長門の下顎を抉り、そこから流れるような蹴りの連撃が巨体を襲った。対処しようとする長門を嘲笑うかの御業。終幕となる回し蹴りが腹部を貫く。


 ッド! と轟音が炸裂した。


 一寸の反撃も許さずに、長門憂の体が吹っ飛んだ。


「面白いな、天堂佑真。聡明たる俺様の眼はやはり狂ってなどいなかった」


 受け身をとって器用に立て直した長門は、前髪をかきあげた。


「だが甘い。俺様には《肉体再生(オートリバース)》がある。貴様の武術では俺様に傷一つつけられんぞ」


「……朝比奈(あさひな)(けい)から奪ったのか?」


「すでに敗北した男に持たせておくには惜しい能力であるからな。これは最強たる俺様にこそ相応しい能力だ」


「他人の命を奪ってまで、その力を得たというのか」


「民は元より王者たる俺様の手足である」


「朝比奈驚は望んで命を捧げたのか?」


「さあな? だが王につくすのは民の幸福であろう。きっと奴も光栄に思っているに違いない」


「……許さねえ」


 佑真はグッと姿勢を下げると、弾丸のような勢いで突進した。


 師匠に『癖だね』と指摘された攻め方だ。長門憂は余裕をもって構えていた。どうせ傷つきまいと高を括っているのだろう。だから佑真は、突っ込みながら両手を開いた。


 その両腕に〝純白の雷撃〟を迸らせながら――。


「届かんよ。貴様の動きは視えている(、、、、、)


 長門憂は静かに一歩後退して、右腕を振り上げる。手を掌底のように構える佑真を、真上から叩き潰すべく振りおとされたアームハンマー。


 しかしソイツは佑真にあたらず、虚空を貫通した。


 長門憂は目を走らせる。右、左、下、前、背後――――


「上だとッ!?」


 飛び上がっていた佑真の踵落としが炸裂する。長門憂がヘッドバックで威力を相殺するが、腕さえ出させない時点で、天堂佑真の技が一歩上を行く。


(未来は視えていたはず……俺様が視た『天堂佑真がコンビネーションを繰り出す未来』は何だったのだ!?)


 すぐさま飛びのいた佑真は、跳ね返って接近を続けた。左右に俊敏に動く佑真を長門は目で追うが、それはすでに未来視の能力《唯正解耳(アンサラー)》が機能していない証拠。かつて確定された未来(アカシックレコード)さえ欺いた《零能力》は、未確定の未来(アンサラー)を完膚なきまでに破壊する。


 翻弄されるままに接近を許した長門の顎に、〝雷撃〟を纏ったアッパーが突き刺さる。


「ラァァァッ!」


「んぐうッ」


 脳震盪を起こしかねない衝撃を喰らいながらも、長門は反れた上体を戻した。しかし顔は驚愕に染まっている。


「《肉体再生(オートリバース)》が機能していない! 何故だ!?」


雷撃(これ)がありとあらゆる超能力を消す異能だからだ!」


 佑真は反動で(、、、)痛む(、、)右目(、、)を抑えながら、


「《零能力》に例外は存在しない。其れが超能力である限り、すべてを無力化させる『例外(イレギュラー)』なんだよ!」


「なるほど。なれば聡明たる俺様は違う手段で行かせてもらうとしよう」


 長門憂は、今度は自ら接近を図る。


 手を除けた佑真は目を凝らし、長門憂が一歩目を強力に踏み抜いた。


 次の瞬間、彼の手中に複数本の刀が出現していた――


結城(ゆうき)文字(もんじ)の『暗器術』か!?」


 五十嵐(いがらし)龍神(りゅうじん)の驚愕の声が響く。佑真に迫る日本刀は結城文字と同様にワイヤーを通じて、空中を躍るような挙動をたどった。


 同時三本、防御手段なき佑真だからこそ為すべきことは唯一つ。


 優れた動体視力に全神経を委ねた――反射による回避。


 一瞬の逃道、三本の日本刀の間へともぐりこむ。


「それこそ誘導だと気づくがよい」


 佑真の頭上に銀色の閃が待ち構えていた。佑真を評価していた長門憂のそれは、決して過大評価ではない。佑真の持つ、アーティファクト・ギアに匹敵する動体視力や運動神経を買っていたからこそ、長門憂は『避けた先』にも暗器を配置していた。


 回避は不可能。


 だがそれも視界に入っている。


 故に佑真は迎撃する。


「―――らあッ!」


 体を回旋して薙いだ左腕。上腕に巻かれた攻防一体武装『梓弓』が日本刀を弾いた。


 弾かれた日本刀の軌道をも捉えた瞳が、左手で柄を握りしめる。


「馬鹿め!」


 ワイヤーを引く長門憂。


 佑真のバランスを崩すべく行われただろう行動に対し、佑真は〝純白の雷撃〟を流しながら日本刀を投げつける。


 自ら引く力プラス投擲。加速に加速を重ねた日本刀が長門憂の右肩を抉った。


 本来なら《肉体再生(オートリバース)》で治る傷も、今回はそう簡単に塞がらない。《零能力》が乗せられた日本刀が生み出した傷は血しぶきを起こした――。


「ならばこの能力だ」


 長門憂は血しぶきに手を伸ばした。


 彼の指先に触れた瞬間、長門の血が長く細い曲刀へと変形する。


瀬戸和美(かずみちゃん)の、《鮮血飛沫(ブラッドストーカー)》も……!?」


 波瑠の腕の中で、行橋このえが小さな驚愕をもらした。血を操る能力は瀬戸(せと)和美(かずみ)が有していた『原典(スキルホルダー)』だ。長門はその刀を振り上げると、自分の腹へ(、、、、、)ド派手に突き立てた。


「なっ!?」


「《肉体再生(オートリバース)》を利用すれば無限に血を流せる。この組み合わせは全能たる、故に最強である俺様にのみ許された戦い方だ!」


 長門はザクリ、ザクリと自らの身体に刃を突き立てる。


 その都度彼の武器は増えていく。曲刀が、槍が、鉾が、双剣が、手裏剣が、苦無が、薙刀が、大鎌が。


「痛覚は誤魔化せねえはずだ! やめろ長門、自分の精神を追い詰めるぞ!」


 それは佑真だからこその怒声だった。今まで無茶苦茶な強者との戦いを繰り返してきた男の警告を無視した長門は、両手に持った禍々しい紅の剣を投げ放つ。


「……クソ野郎!」


「ハハハハハ! 何とでも言え愚か者! 俺様の心配をする前に己を保身せよ!」


 長門は生み出した武器を手にとっては投擲し、そして流血を操っては得物を投擲した。その弾数はさながら制圧射撃並。本来であれば遮蔽物への足止めを主目的とする制圧射撃を開かれた道路で行われれば、佑真はひとたまりもない。


 佑真の身体が刻まれていく。一文字の傷が十か所を超える前に、佑真は〝純白の雷撃〟を全身にまとわせるよう趣向性を持たせた。


 能力の無効化が、血の刃から身を守る鎧となる。


 そうして佑真が足止めを喰らった隙をついて、長門は血の翼を用いて足音なく眼前まで迫っていた。


 突き出された右手のひらキング・オブ・プレデターから、出現するは《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》。


 波瑠の最大級・対軍クラスの一撃が零距離で天堂佑真を襲った。


 思考する余地など存在しない。


 佑真は無我夢中で右腕を突き出したが――自衛のために全身に纏わせていたことが災いした。濃度の低い〝雷撃〟の処理速度では《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》を抑え込めない。氷と炎の塊に押し潰される前に、佑真はそれを右へと強引にずらした。


 質量を強引に投げたせいで肩関節に激痛が走り、


「ッ、」


「なんだ、消去せんのか?」


霧幻焔華(コールドシャンデリア)》の先で待ち構える長門憂の拳。


 額を強打する一撃が、零能力者をふっ飛ばす。


 悲鳴を上げる余裕も残っていなかった。意識が消えかけ、背中を地面に強打して意識を取り戻す頃には、暗器術で投げられていたであろう日本刀が上空から降り注ぐ。地面を転がって避けた先に、長門の右手から飛来する血の剣。ふたたび〝雷撃〟を全身に纏って防ぐ。


 一撃一撃を防ぐたびに、体のどこかで悲鳴が上がる。


 右目の視界が紅に染まっていく。


《零能力》の反動が、佑真の体を蝕んでいく。


「ハハハハハハ! 最初は驚いたが大したことないな、貴様の《零能力》とやらも! 攻略方法はただ一つ、千手万術をもって攻撃し続けるのみよ! 賢将たる、万能たる、無際限たる――――故に崇高たる俺様の敵ではない!」


 長門憂は周囲の『血の武器』を、自分の血流を鞭状にして接続。それらすべての矛先を佑真へと向けた。その上で右手には紅の焔。左手には蒼の氷。全日本Nо.2の大技が構えられる。


「貴様は奪う『能力』さえなき愚か者だ。俺様が直接手を下すことに感謝せ




「ビビッてんじゃねェよ、天堂佑真!」




 長門憂は、怒号の主である集結(アグリゲイト)が介入しないことを《唯正解耳(アンサラー)》の未来視で確認済みだった。けれど佑真の《零能力》によって未来改変が行われた可能性を危惧し、集結(アグリゲイト)へと意識を傾けた。


 それが『単なる助言』であると気付くまで、残り数秒――――


俺達の(、、、)神上(チカラ)は所有者の感情が『(プラス)』に振り切れた時、真の力を解放する。ビビッたままじゃコイツの真価は掴めねェぞ!」


集結(アグリゲイト)……!?」


力を(、、)受け入れ(、、、、)そして(、、、)呼び起こせ(、、、、、)! この俺にだってできたンだ、テメェにできねェ訳がねェ!」


「戯れ言を!」


 ――――その数秒が過ぎ去り、長門憂は天堂佑真に攻撃のベクトルを定めた。


 両腕の《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》を中核として、血の武器を伴わせた面制圧。


 逃げ場はない。本来であれば対軍である《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》を前にして、そも個人たる佑真に逃げ場などあるわけがない。


 故に進める道があるとすれば、真正面のド真ん中。


 一瞬先の未来への道を、本能の全で切り開け。




「〝零能力(コード)――――」


〝純白の雷撃〟を一度使用するたびに、天堂佑真の肉体は傷ついていった。


 けれど冷静になって考えてみよう。


 初めてこの力を使った時、果たして反動なんて存在していたか?


 そんなものは、一ミリたりとも存在しなかった。


 波瑠を救いたいと願った力は、己の味方として共に戦い、未来を切り開いてくれた。




 故に、今ここで改めて定義しよう。




 其は最弱の蔑称ではない。


 零能力者とは、救いの担い手の呼称である。


 其は戦うための力ではない。


 零能力とは、誰かを救いたいという天堂佑真の〝願い〟そのものである。


「――――神殺しの雷撃(ブレイクダウン)〟!!!」




 夜明けを迎える大都会を、純白の巨龍が飛翔する。


 ありとあらゆる異能力を食い潰す(あぎと)が、氷炎のオブジェクトを噛み砕いた。




 行橋このえを抱いていた波瑠は、天へと昇る龍を見上げながら。


「…………今のは、神的象徴シンボリック・アームス……?」


 クライを庇うように立つ集結(アグリゲイト)は、揺れる夜空色の髪に向かって。


「やっぱりテメェも、そォいうことみてェだな」




 そして。


「……な、ん、だ……」


 天堂佑真の全身は改めて〝純白の雷撃〟に包まれた。


 十二星座(ゾディアック)の魔法陣が浮かび上がる右目が、唖然とする長門憂の一挙一動を完璧に捉える。


「逃がすかよ!」


 握りしめた左拳が、長門憂の顔面を殴り飛ばした。


 狼のように身を伏せた佑真は弾丸のごとく跳躍した。吹っ飛ぶ長門憂を逃がしはしない。天へと蹴り上げ、回転蹴り、左腕の突き、そして右腕を杭のように構える。


「これが火道寛政直伝の体術だ、覚えとけ」


 其は一点を穿つ(とげ)――一点必殺〝月虎牙(ゲッコウガ)


「オオオオオ!」


 (いなな)く純白が長門憂の鳩尾を抉り、二メートルの巨体をぶっ飛ばした。


 地面を派手に転がる長門がアスファルトに激しく地面を擦らせる。《肉体再生(オートリバース)》で傷が治ろうと、《鮮血飛沫(ブラッドストーカー)》で血が操れようと、自分が地面に体をつけた、その事実には変わりない。


「…………何故だ。何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!」


 長門憂が()えながら立ち上がる。


「俺様は最強たる! 俺様は聡明たる! 俺様は万能たる! 俺様は至上たる! 貴様ごとき零能力者に敗北してよい理由など存在しない! 何故貴様が俺様を殴る! 何故貴様は未だに生きている!?」


「お前が万能(、、)だからだよ、長門憂」


 佑真はパーカーを整えながら、告げた。


佐々木消(セックスドライブ)古泉激(レッドイーグル)朝比奈驚(オートリバース)結城文字(アンサラー)瀬戸和美(ブラッドストーカー)五十嵐龍神(ブレスド)行橋このえ(テンプテーション)も! 全部が全部、あいつらの生涯が込められた唯一(、、)だった。だからオレ達は苦戦したんだ!」


「……何を言う……敗北した愚者共に、俺様が劣るとでも……ッッ!?」


「『劣る』と言っている」


 佑真は右拳を握る。


「奴らに共通した強さの要因である戦闘技術。それらは全て自分の『原典(のうりょく)』を理解し、受け入れ、突き詰めた上で成り立っているものだった。長門憂、お前のように他人の能力を振りかざして、胡坐をかいているような奴とは違ってな」


「戯れ言を!」


「ならかかってこいよ。少なくとも長門憂、お前は奴らの中で最もオレを傷つけられていないようだが?」


「天堂佑真ァァァァァああああああああああ!!!!!」


 佑真の挑発に乗った長門憂が両腕を広げる。二メートルの巨体を起点として豪炎が、水流が、雷撃が、風斬が、吹雪が、岩石咆が、地割れが、衝撃波が、光線が、念動波が、プラズマ咆が――《能力捕食キング・オブ・プレデター》が今までに奪い去った、ありとあらゆる攻撃が嵐となって路上を爆ぜた。


 中には漆黒の波動――《集結(アグリゲイト)》も混ざっていた。


 しかしその能力の本来の所有者は、絶望的な砲撃を前に右拳を構える天堂佑真を見ると、小さく呟く。


「その程度の攻撃で殺せるンだったら、俺にだって零能力者は殺せていた」


 佑真の右腕を迸る〝純白の雷撃〟。それは小さな徹甲弾へと変化する。


「ソイツは身一つで世界最強の能力者に挑むような男だぞ。有象無象で止められたら苦労しねェンだよ」


 徹甲弾は一筋の流星として、超多重能力の嵐の中央を貫いた。


《零能力》がありとあらゆる異能を『零』へと還元していく。


 それが超能力である限り――


「――まだだ! まだ俺様には《絶対親和(コイツ)》が残っている!」


 長門憂は己の右腕を地面に突き立てる。


 それを合図として、行橋このえが連れていた改造動物たちが一斉に、佑真に向かって跳び出した。


「王者たる俺様の命令に従え。天堂佑真を抹殺しろ、畜生共よ!!!」


 三百六十度、逃げ場のない一斉攻撃。波瑠は氷塊を以てこれを無力化した。


 佑真は〝純白の雷撃〟を右腕に集中し、地面に思い切り叩き付ける。


 攻撃性を持たない、ただ純粋に異能力を無効化する〝雷撃〟が波状に広がり――動物たちに触れた(、、、)


 その瞬間、ぱちんっと。


 何かがシャボン玉のように割れる感覚がして。


 動物たちはしなやかに道路に着地し、あるいは羽ばたいて滞空を続けた。誰一匹として佑真に攻撃する者はない。


「抹殺せよと言っているではないか??? 王の命令が聞こえんのかッッッッッ!!!!!」


「その命令(のうりょく)なら、もう消したよ」


 零能力者は告げる。


「もしも指示を出した(、、、、、、)のが行橋このえなら、結果は違っただろう。だけど長門憂が恐怖によって命令を下した(、、、、、、)だけなら、命令さえ消せば攻撃には繋がらない」


「黙れ愚民! 王に指図するでない王に反論するでない王に意見するでない!! 俺様は絶対たる最強たる無敵たる頂点たる王者になる男だ!!! 貴様ごときに止められると思うな零能力者ああああああああああ!!!」


「だからこそ王者(テメェ)の妄執に引導渡してやるよ、オレがこの手で直々にな」


 そして呆然と立つ長門憂の前で、利き手である左拳を握りしめる。


 今までいくつもの戦場を切り伏せてきた、全身全霊をこめた零能力者の一撃が貫かれる。




「オレの勝ちだ、歯ァ喰いしばれよ愚か者(クソッタレ)!!!」




 或いは、十二人の暗殺者との戦闘に終止符を打つ強力な一打が。




   【58 池袋のビル、奥の間】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前5時45分




 空撮で長門憂の敗北を確認した金城(かねしろ)(たすく)は、驚愕のあまり立ち上がっていた。所謂『腰が抜けるほどの驚き』が老齢の翁を襲っている。


「……集結(アグリゲイト)の到着から嫌な予感がしていましたが、まさか長門憂が敗北するだなんて……ッ! ありえない、あり得てよいはずがないッ! 偶然鉢合わせた……はずがないでしょう! 誰ですか集結(アグリゲイト)なんかを誘導したのはッッッ!」


「ですがこれが結果。受け入れるしかないのでは」


「黙りなさい猪鹿蝶(いのしかちょう)牡丹(ぼたん)! これでは朝比奈驚(オートリバース)結城文字(アンサラー)瀬戸和美(ブラッドストーカー)を長門に食わせた(、、、、)意味がありません! 無駄死にじゃないですか!」


 顔を真っ赤にした金城仏は、白髪が抜けかねないほど激しく掻いた。


「こうなれば眼意足(がんいそく)繕火(ぜんほ)さん達を呼び戻しなさい! そして猪鹿蝶、貴方も征くのです! 計画が破綻するほどのイレギュラーが発生した今、頼れるのは『異常な普通さ(ノーマライズ)』を持つ古泉さんと『あらゆる事項の平均化(ホストディーラー)』が行える猪鹿蝶君、貴方達だけなのですから!」


「……とは申されましても、(わたくし)にはやるべきことがありまして」


「私の命令より優先せねばならないことですか!?」


「ええまあ。具体的には、こういうことです」


 猪鹿蝶はおもむろに立ち上がると、手元のタブレットを軽くいじった。


 連絡用に使っていたそれは、この部屋の扉の開閉承認権も操作できるようになっている。彼の手つきに合わせて開いた扉の先に、男子高校生が立っていた。




「初めまして、金城仏。お前の野望はここで打ち止めだ」




 茶髪ツンツン頭の彼の足音は、レッドカーペットに吸収される。


 金城仏には現れた少年の正体がわからなかった。しかし猪鹿蝶牡丹が頭を下げたことで、彼が自分の敵であると判断するなりトラップを作動させようと


「おっと、抵抗するのは構わないが《下手な動きはやめておけ》」


「っ!? か、体が……!?」


「だがまあなんだ。俺も人の子だからな。《ご高齢が立ちっぱなしというのは気が引けるから、ソファに座っていただこう》か」


 少年が言葉を紡ぐだけで、なぜか金城仏の体はその通りに動いていた。動かなければいけないと、脳が勝手に処理判断を済ませてしまう。


「御足労感謝します、九十九(つくも)様」


「様付けはやめろ、猪鹿蝶。平均を司る《絶対公平(ホストディーラー)》だろ?」


「言葉で強制しないあたり、満更でもないご様子ですが」


「カッカッカ、まあな。敬われるのは悪いもんじゃないってことよ」


「……猪鹿蝶君、貴方は裏切り者だったのですね?」


「裏切り者っつうかスパイだよ。【天皇家】が【金城家】の不審な動きを察知して、懐の最も深い部分に忍び込ませた。そうしたら『原典(スキルホルダー)』を利用したクソッタレな計画と天堂佑真の暗殺任務なんてモンを知れたから、遅ればせながら介入させてもらったって訳だ」


 少年はカッカッカと笑いながら、ポケットに手を突っ込んだ。


「ちなみに集結(アグリゲイト)やクライを送り込んだのも俺だ。恨み呪うなら俺にしておけよ、爺さん」


「………………」


「しっかしまあ恐ろしいよな。今回の一件、あらゆる場面で《神上》というイレギュラーがなければ、全てアンタの思惑通り行っていたんだからよ。それらを繋ぐ中心点にいて、そして【天皇家】に片足だけでも所属している天堂佑真を真っ先に叩こうとしたアンタは、【金城家】としては正しかったと思うぜ」


 少年が接近する。金城仏は最もリラックスできる体勢でソファに腰掛けていて、これまでの人生で最も脳が熱を発して、心臓が悪い感情で加速していた。


 そして茶髪の少年(つくもはやて)は、十二星座(ゾディアック)の魔法陣が刻まれる舌を見せびらかしながら告げた。




「だがな、俺達の《神上(これ)》は本人たちにも予測できない奇跡を起こすから〝魔法〟って呼ばれてんだよ。敵に回した時点で悪手を引いたと後悔しながら、檻の中で余生を過ごすんだな」





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