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●第百四十一話 LINKAGE -Hero's Myth-


   【55 新宿区~(オフィス街)】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前5時38分




 ぐにゃり、と空間が波紋を広げた。


「《神上の敗(ゴッドブレス)》は、当事者のイメージによって結果が左右されマス」


 波瑠の隣に突然現れたピンク色の髪の少女は、しゃがみながら述べた。


「……あなたは……?」


集結(アグリゲイト)の友達デスヨ」少女は微笑み、「デスが今、この男の子は心が空っぽデス。あの状態では『世界があるべきだと判断した姿』になってしまう……ええとデスね、ヘタをすれば『天堂佑真』ではなく『記憶を失う前の彼』になるかもしれないのデス」


 であってマスかね? とピンク髪の少女は不安げに集結(アグリゲイト)に目配せする。漆黒の波動の渦を維持し、その上で《神上の敗(ゴッドブレス)》も行使する集結(アグリゲイト)は舌打ちしながら言葉を引き継いだ。


「天皇波瑠。すべてはテメェのエゴ次第だ。テメェが『天堂佑真』を取り戻してェなら力を貸せ。『記憶を失う前のコイツ』になってもいいってんなら話は別だがな」


「…………どう、すればいいの?」


 波瑠が協力の意思を示すと、集結(アグリゲイト)は小さく口角を上げた。


「クライ――そこの女の超能力は《思念伝達(テレパス)》だ。コイツを中継器(ルーター)にして、天皇波瑠(テメェ)のイメージする『天堂佑真』を送り込む」


「……なんだか、とても恥ずかしい事を頼まれた気がするんだけど」


「ノロケても口外しないから大丈夫デスヨ」


 ピンク髪の少女が呑気にウインクをして、集結(アグリゲイト)にため息をつかれていた。


 本当に雰囲気が変わった。前に佑真と再戦して、彼の中でも何かが変わったのだろうか。


「とにかく、天堂佑真を一番近くで見てきたのはテメェだろ、天皇波瑠。アイツのことを支えてやれ。この役目だけは、世界中でテメェにしかできねェんだから」


「……うん」


 波瑠は頷きかえすと、そうっと瞼を閉じた。


 自分が佑真に対して抱いているイメージを、頭に思い浮かべながら。







   【56】







「問一。

 天堂佑真ってなんだ?」




 ――――――二一二六年七月二日。


 夜空色の髪の少年は、水野家の私有地の山中で発見された。


 小野寺誠と水野秋奈の二人に拾われた少年は、目を覚ました時に記憶を失っていた。


 二人に質問された時に覚えていた名前が『てん◯◯ゆう◯』の一つしかなかったから、とりあえず当てはめて『天堂佑真』と命名した。




「そこがお前のスタート地点なのか?」




 いいや、違う。


 本当の意味でのスタート地点なら、オレが記憶を失う前まで遡る必要がある。


『天堂佑真』ではない、記憶を失う前のオレの出生。


 それこそが、オレのあるべき本来の姿……?




「オーケー。よく疑問を抱けたな。


 それじゃあ問一の答えにならない。


 それは『天堂佑真(、、、、)ってなんだ?』の答えにはならないんだ」




『天堂佑真』のスタート地点。


『天堂佑真』のあるべき姿。


『天堂佑真』を定義するものとは何か。




「その『何か』を問いかけている。


 天堂佑真を『天堂佑真』と呼ぶには、何が必要なんだ?」




 オレが『天堂佑真』と呼ばれるのに、必要な条件。


 外見?




「なるほど、それも一つの答えかもしれない。


 だが今のお前は『天堂佑真』の外見ではないのに、自分を『天堂佑真』だと主張している」




 そういえばそうだった。


 今、髪の色は波瑠達と同じ蒼色に変わってしまった。


 肌だって色素が抜けて真っ白だ。


 周りのみんなは、オレを『天堂佑真』だと認めるのを躊躇っていた。




「だからある意味、『天堂佑真』を定義するのに外見というのは必要なのかもしれない。


 けれど視点を変えてみよう。


 お前の外見が変わっても、お前のことを『天堂佑真』と呼んでくれる人がいたよな」




 ああ、その通りだ。


 みんな躊躇していても、オレを『天堂佑真』と認めていた。




「お前を『天堂佑真』と定義づけるのに、外見では弱いということだ。


 では他に思い浮かぶものは?」




 性格とか?




「性格か。いい着眼点だが、冷静に考えてみてほしい。


 お前は小野寺誠に接する時と戸井千花に接する時と天皇真希に接する時、態度を変えていないか?」




 ……言われてみれば。


 誠には気を遣わずにきつく当たれる。


 戸井ちゃんには優しく接するよう心掛けている。


 真希さんはうまいようにやられて、自分を出せている気がしない。




「相手によって見せる自分が違う以上、性格でお前を『天堂佑真』だと定義するのは不十分だ。


 別の『誰か』が全く同じ態度を取ったら、その『誰か』も『天堂佑真』になってしまう」




 難しい話だな。


 頭がこんがらがってきた。




「自己同一性の証明なんて、常にそんなものだ」




 自己同一性……。


 あ、オレを定義づけるものか。


 馬鹿とかはどうだ?




「ははは、面白いことを言うな。


 だがそれだと、お前が通っていたあの中学校全員が『天堂佑真』だ」




 何気に失礼なことを。




「……そうだな。


 つっかえたのなら、ヒントをやろう。


 視野を広げて考えてみたらどうだ?」




 視野を広げる?


 ……『自分』ではなく『他人』とか。


 ……『現在』ではなく『過去』とか。




「すぐにそう考えつくお前は本当に馬鹿なのかね。


 さておき、正解だ。


 お前を『天堂佑真』と定義づけるのに、自己主張なんてものは弱すぎる。


 他の誰から見ても『天堂佑真』だと言わしめる何かが、必ずあるはずだ。


 お前の根底に存在するべきもの。


 お前の原点。


 お前を『天堂佑真』たらしめていたものを、考えろ」




 オレを『天堂佑真』たらしめていたもの。


 オレの原点。


 オレの根底に存在するべきもの。






 そういえば。


 オレはどうして、こんなところまで来たんだろう。






 どうして十二人の暗殺者から生き延びなきゃいけないんだっけ。どうして高尾山で死闘をする羽目になったんだ? どうして東京のパニックの当事者になった? どうしてアストラルツリーまで行った? どうして地下街で殴り合いをした? どうして世界級能力者に喧嘩を売ったんだ?


 どうして、神様と殺し合いをしてきたんだっけ。




 精神も肉体もボロボロになるまで戦ってきた理由。


 自分の外見が変わってしまうほどの無茶を続けてきた訳。






 ああ、確か。


 誰かが傷つくのを見たくなかったから。


 苦しんでいる誰かを救える『正義の味方』になりたかったから。


 そんな『願い』に憧れて、自分も()のように(、、、、)なりたい(、、、、)と思ったからだ。






 ――――――中学三年生になる直前の冬だ。


 オレは誠と殺し合いをした。




『零能力者』とバカにされて、社会の除け者にされたオレは腐った。


 一匹狼を気取った不良として、超能力者に喧嘩を売っては返り討ちにあう日々。


 そんな日々を、一年と半年くらい続けていた。




 不満と苛立ちのやり場を失い、腐り果てたオレは薬物に手を出した。


 一時的に快楽に溺れられるそれは、オレの体を蝕んだ。


 幻覚に惑わされて、なんの関係もない一般人に重傷を負わせるほどになった。


 頭も体も心も壊れきったオレに、価値なんて存在しない。


 自分でもわかっていたし、何より社会がオレを許さなかった。




 正真正銘のゴミクズに成り果てたオレを――それでも諦めない奴らがいた。




『きっといつか、超能力が使えるようになる! わしはいつまでも付き合うから、これ以上自分を責めないでくれ! もう壊れていくおんしを、見とうないんじゃ……!』


 そう腕を掴んだ恩師の顔面を殴り飛ばした。




『………あたしが側にいる。世界中のみんなが見放したとしても、あたしは絶対に佑真の味方でいるから! だからもうやめて! お願いだから、あたし達の所に帰ってきてよ!』


 そう説得する幼馴染の腕をへし折った。




 そして。


『秋奈を傷つけたらどうなるか、わかっていてやったんだよな、佑真ッ!』


 親友と殺し合いをした。




 誠の本気の刀術によって、オレの身体はズタズタに引き裂かれた。


 そうでもしないと止められないくらいには、当時の天堂佑真は壊れていた。


 だからオレを斬る度に顔を歪めながらも勝利を収めた誠は、その場に崩れ落ちた。




 零能力者は超能力者に勝てない。


 その構図が明確になっているのが、最高の皮肉だった。




 散々な結果だ。


 恩師を殴り、親友を傷つけ、親友の心をへし折った。


 その上で、オレ自身はいつ死ぬかわからないほどの重症を負った。




 何も残らなかった。


 記憶もない。家族もない。名前もない。超能力も使えない。


 何一つ持っていなかった少年の、誰の記憶にも残らない最期。


 迷惑をかけるだけかけて、下らない五年間の人生は終わるはずだった。






『――――しっかりして、キミ!』


 見知らぬ誰かが、路上にぶっ倒れるオレに手を差し伸べた――その瞬間までは。






 路地裏に倒れていたオレを、道に迷った女性が偶然発見した。


 そして、彼女は迷うことなく助けを呼んだのだ。


 何の関係もない赤の他人が、勝手に路上で死にかけていただけなのに。






 それから、たくさんのことが起こった。


 近所のコンビニの店長は、商品であるはずの綺麗な布をたくさん持ってきた。通りかかった医大生が、これから彼女とデートであるにもかかわらず応急措置を行った。出張中で忙しいくせに女性は救急車を呼んで、偶然(、、)立ち会った(、、、、、)多くの人がオレの命を繋ぎ止めようと声をかけあっていた。


 名前も知らない少年を助けるために。


 社会にろくに貢献もせず、勝手に死にかけた不良を助けるために。






 そうして、オレの命は繋がった。






 病院で目を覚ましたオレの下に、その時助けてくれた人たちはお見舞いに来てくれた。


 無事でよかった。


 あの時はもうダメかと思った。


 口々に言う彼らは、みんな笑っていた。




 オレを応急措置してくれた医大生の人とだけ、話す機会が得られた。


 生きててよかったと微笑む彼に、オレは疑問をぶつけた。


 どうしてオレなんかを助けた。


 見捨てたってアンタ達には関係ないのに、なぜ手を差し伸べた、と。




 すると、医大生の彼は笑ってこう言った。




『困っている人や苦しんでいる人を目の前にして、見捨てることなんてできないよ』




 彼は恥ずかしそうに、自分の事を語ってくれた。


 自分には強力な超能力がない。


 だけど小さい頃、戦争でたくさんの人に助けてもらったことは鮮明に覚えている。


 僕も彼らみたいに、他の誰かを助けられるような人間になりたいんだ。


 たとえ自分に力がなくたって、どんなに小さなことでも、目の前に辛そうな人がいたら。


 とりあえず、手を差し伸べよう――そう決めたから、僕はキミを助けたんだよ。




 なんてね、と冗談めかして終わったその言葉。




 ああ、それはあまりにも尊くて、とても面倒な生き方だろう。


 だけど格好いいと思った。


 己の無力を受け入れて、その上で誰かに手を差し伸べる彼の生き様に憧れた。


 自分も彼のように生きたいと切望した。






 天堂佑真が『正義の味方』を目指し始めたのは、この瞬間からだった。


 そして天堂佑真は、はじめの一歩を踏み出した。






 超能力も使えないオレが、いきなりスーパーヒーローになれるわけもなく。


 やっていたのは、ひたすらに地味な人助け。


 猫を探したり、掃除を手伝ったり、荷物を運んであげたり。


 誠や秋奈には「不良の更生かよ」と笑われた。


 寮長には「学校の雑用も手伝え」と無償で働かされた。


 だけど、人助けをした最後には必ず、笑顔で言われる言葉があった。




 ありがとう、と。






 ――――それから今日まで、ガムシャラに走ってきた。


 願いを得てから一年が過ぎようとしていて、たくさんのことを経験した。




 アーティファクト・ギアに真っ向から勝負をしかけ、敗北した。


 もう二度と負けないと誓った。




 桜を救い出すために、アストラルツリーに乗り込んだ。


 死闘の末に、一人の研究者を犠牲にしてしまった。




 東京のど真ん中で、集結(アグリゲイト)と意志を激突させた。


 あいつの言うことも正しいと思ったから、本当の意味で強くなりたいと心に刻んだ。




 高尾山での強襲を凌ぎきった先に、待っていたのは自分達への怒りだった。


 まだまだ自分はダメなんだ、と骨の髄まで実感させられた。




 師匠が自分をここまで育ててくれたから、オレは強くなれた。


 あの人から教わったたくさんのことが、今のオレに繋がっている。




 いっぱい傷ついた。多くの悪意と向かい合った。何度も悲劇を突き付けられた。


 それでも、オレはここまで来た。


 何も恐れることなんてない。天堂佑真は、天堂佑真としてここまで来たんだ。


 だからまだ、走り続けられる。


 今日までの道のりがあるから、明日からだって前を向いて進んでいける。




 やるべきことは変わらない。


 困っている人や苦しんでいる人を見かけたら、たとえ赤の他人であろうと手を差し伸べる。


 そこに困難の大小は関係ない。


 ただ手を差し伸べて、少しでも力になればいい。




 …………なんだ。


 簡単な話だったじゃないか。


 いつだって天堂佑真の根底にあったのは、たったそれだけの願いだった。




 何も持っていなかったオレだから、その願いを掴むことができたんだ。




「――――――答え合わせは済んだか」




 ……ああ。


 もう自分を見失ったりしない。


 諦めが悪いのだけが、オレの取り柄だからな。


 オレは天堂佑真(オレ)らしく、『正義の味方』を目指し続けるよ。




「ならよかった。


 他人の助けを借りたとはいえ、オレが出しゃばった甲斐があったってもんだ」




 あれ。


 そういえば、お前は誰なんだ?




「む、今更そいつを聞くのか。


 そうさな。


 せっかくだし、名前だけでも教えてやるよ」




 ――――――そう言って。


 ずっとオレに問い続けてくれた蒼い髪の男の子は、ニカッと無邪気に笑った。




「天皇優樹だ。もう二度と会う機会はないだろうけど――覚えていてくれ」




 もうじき時間が来る。


 天堂佑真が自ら身を投じた、戦いの場に戻る時間だ。




「オレから言うべきことなんて、あと一つしか残ってない。


 さあ行け、天堂佑真!


 お前の馬鹿げているほど真っ直ぐな願いを、全世界に見せつけてやれ――――!!」









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