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●第百三十五話 小野寺誠の命を賭した介入


   【38 黄角戦車内部】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前4時34分




 マイクのスイッチを切った小野寺絆――もとい眼意足(がんいそく)繕火(ぜんほ)はドカッと運転席の背もたれに寄りかかった。


 運転席というよりはコックピットと呼んだ方がイメージしやすいだろう。複数展開された立体映像の画面やキーボードに似たパネル、AI制御で勝手に前後する操縦レバーや機首ハンドル。実情としてはほとんどの機能が機械任せで動いているため、眼意足が乗車する意義もあまりなかったりする。


「繕火ちゃんって『小野寺絆』っていう名前だったんだね」


 そんな眼意足の上から、どこか弾んだ声が降ってきた。


 眼意足は広い車内の二階部分から足を垂らしたブレザー姿のおさげ少女、枝折戸(しおりど)仄火(ほのか)を見上げた。短いプリーツスカートは無防備で、一七歳の太ももや、その奥の局部しか隠せていないエロエロ白パンツが丸見えだ。


「仄火ちゃん、これから時速百キロで高速戦闘するんだぜー。呑気にそんなところにいちゃ怪我するぞー」


「ダイジョブダイジョブ。そんなことより」


「俺の名前だろ? ま、家出してから会った仄火ちゃん達に教える必要はなかったからなー」


「冷たいことを言いますのね」


 責めるような口調での横やりは枝折戸とは別の者、眼意足の真後ろの席に座っている八多岐(はたき)那須火(なすか)によるものだ。


 立っても地面につくほど長い黒髪を払う八多岐。


「一応私達のことは『親友』と慕ってくださっているはずですのに」


「おうおう、落ち込まないでくれよ那須火ちゃん。中学校で会った友達に幼稚園児だった頃の話なんて深くしねーだろー? 話す必要がなかっただけだっつーのー」


 弁明むなしく、八多岐はふんっとそっぽを向いてしまった。眼意足はやれやれと頭をかくと、改めて立体映像に向いた。


「本筋に関係ねー話はここまでだぜ、二人とも。敵は《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》と零能力者、そして上空には我らが結城文字を打倒した小野寺誠クンまでついてきた」


 話しながら彼女は運転席に備え付けられた、二十一世紀黎明で流行った立方体据え置きゲームのコントローラーを手に取った。


「本当なら奇襲で一発KOするつもりだったが、流石に接近しすぎて天ちゃんに《音声遮断(サイレントゾーン)》と《視覚干渉(スクリーンアウト)》が破られちまったからには仕方あるまい? 容赦も遠慮もなく『黄角戦車(イエローバイソン)』を見せつけてやろうぜー」




   【39 新宿区~(オフィス街)】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前4時36分




 体積五七六立方メートルの怪物マシーン――『黄角戦車(イエローバイソン)』の主砲が傾く。照準は道路上を走る佑真達のエアバイク。ほんの一秒もかからずに動きが止まると、わずかなノイズの後にふたたびスピーカーが声を発した。


『レーザー砲や電磁加速砲(レールガン)に実弾と選択肢数多な主砲だけど、本日は磁力狙撃砲(コイルガン)だぜ天ちゃん。コイツで射抜かれたくなければ、今すぐに投降せよ』


「……ブラフかもしれないね」


「気をつけろよ波瑠。何にせよこの距離で撃たれたら、防げない限りゲームオーバーになる」


『失礼なこと言うなよなー。本当だからとりあえず一発見てくれよ。じゃ、ポチッとな』




 そんな冗談のような掛け声と同時に。


 磁力狙撃砲(コイルガン)は、上空にいる誠目掛けて発射された。




 主砲の向きを乱暴に上向きにしてすぐさま撃ち抜かれた超高速の一撃。天を貫くかのように舞い上がった弾道は、誠が超能力で捻じ曲げたのか斜めに屈折してどこかへ(、、、、)飛んでいく(、、、、、)


「「……っ!?」」


『おっと、脇役に気を傾けている余裕なんて与えないぜー?』


 誠の安否を確認する暇さえなく、『黄角戦車(イエローバイソン)』の二桁以上ある副砲が一斉に放たれる。実弾十やレーザービームをまぜこぜにした豪雨を前に、波瑠の《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》が機能した。


 運動エネルギーや熱エネルギーを軒並み徴税する『凍結領域(エンドポイント)』だ。第三次世界大戦で天皇真希が対兵器戦における『戦術級能力者』と呼ばれた所以たる技が、物理的な攻撃を無力化する。


『おーおー、流石は天皇波瑠だ。次はこんなんでどーだい?』


 雑な称賛とともに副砲が火を噴いた。


 そう――火炎放射器と呼ばれるそれで物理的に『火を噴いた』のだ。街路樹や近隣の建造物を焼き焦がす焔もまた、波瑠が一瞬で消し去った。


 発火を抑え込む《氷結地獄(コキュートス)》――母親譲りの技が冴え渡る。火の手が残ることさえ許さない凍結を前に、スピーカーが拍手の音を拾っていた。


『かー、やっぱ天皇真希の娘に銃火器で挑んだのは間違いかねー。というわけで俺が用意した百手千術、続いてはこちらをどーぞ』


 副砲の一部が上を向くと、数発の轟音が空気を震わせた。佑真達の頭上を通り越した砲弾がはるか前方の地面に衝突した瞬間、大爆発を引きおこす。


 舞い上がる粉塵をかわしきれず、エアバイクは視界不明瞭な煙の中に突っ込んだ。


「目くらまし!?」


「だったら利用するまでだ!」


 アクセルを踏み抜いて一気に加速する佑真の意図を汲んだ波瑠は、エアバイクの進路に氷の坂を生み出した。エアバイクが即席滑走路を翔け抜けた瞬間、脇より二翼がガゴンと展開する。反重力モーターと揚力によって空を飛んで粉塵を抜けた二人の目の前に、


 先回りした『黄角戦車(イエローバイソン)』が二門の主砲を以て待ち構える。


『お疲れちゃん』


 ほぼ零距離で磁力狙撃砲(コイルガン)が発射された。轟音と衝撃で心臓が握りつぶされそうになった――が、佑真がそのような錯覚を得られたということはやはり。


 波瑠が防いだのだ。後方になびく余波がその証拠。少女は磁力狙撃砲の持つ『威力』をエネルギー変換で完封していた。たとえ零距離に等しかろうと、その攻撃が物理法則の内側にいる限り届かない。


 衝突の寸前で直角に折れ曲がってふたたび地上に向かうエアバイクを追いながら、眼意足繕火の溜め息がスピーカー越しに響く。


『……この距離も防ぐか、天皇波瑠。古泉激ちゃんとの推測通り、お前の戦い方は天皇真希(ははおや)と同じなんだな。第三次世界大戦中じゃ結局突破方法が見つからず「超能力で攻める」という結論に至らせた、史上最強の防壁』


 そう眼意足がブツブツ言う間も副砲による威嚇射撃は続いているが、波瑠の能力を突破する兆しさえ見えてこない。そうこうしている間に佑真はエアバイクを低空まで戻すと一気に加速を仕掛けながら細い脇道へ逸れた。


「ひえぇ……ぶ、ぶつかりそうで怖いんだけど」


「これくらいの無茶は想定済みで訓練済みだよ。時速四百キロで飛び回る戦闘機じゃないんだ、あくまで百キロ前後で飛び回るコイツが建物に衝突するのは、センサーがぶっ壊れた時あるいはオレが操縦桿を手放した時だけだ」


 それに、と佑真は続けた。


「敵はあの巨体だ。こうして細い道を使って高速移動しちまえば、相手はビルの上空から狙撃するしか手段がなくなるだろ? 何十階建てが当たり前のオフィス街で助かったぜ」


「……」


「波瑠?」


 なぜか黙ってしまった波瑠に首を傾げた、次の瞬間だった。




 ドゴバガガガガガッッッ!!! と聞いたこともない超巨大な爆音が炸裂した。




 最初は何が起こったのかわからなかった。


 気づいた時には真横のビルが(、、、、、、)粉々に(、、、)砕けていて(、、、、、)、瞬く間に目の前まで迫った衝撃の塊を波瑠の超能力が無力化していた。慌ててアクセルを踏み抜いて倒壊するビルの瓦礫から逃げ切った佑真は、不自然に開けた視界でようやく事の惨状を理解した。


「『黄角戦車(イエローバイソン)』の、磁力狙撃砲(レールガン)!?」


 崩れ去ったビルのおかげで見えた上空――すなわち、射線上にホバリングしていたのは主砲をこちらに向けた『黄角戦車(イエローバイソン)』だった。奴らはビルがあることをお構いなしに、ただ佑真達を殺すためだけに磁力狙撃砲を使ったのだ。


 他の誰を巻き込む可能性があるとも知らずに。


「……や、やっぱり、そうだ」


 波瑠が震えた声で呟いた。


「何かおかしいと思ってた。昔私を狙っていた敵は、ホテルの壁を壊すような真似も、勿論今みたいなことも、絶対にしなかった。事が大きくなりすぎるのを嫌がったから」


 だけど、と続けられた声色は悲鳴に近くなっていた。


「この人たちの目的は『佑真くんを殺すこと』に特化しすぎたせいで、何かが致命的にズレている! 周囲に被害が出ようがお構いなしに攻撃してくるのは……っ!」


 ――もしも、ラブホテルのあの部屋以外にも被害が出ていたら。


 ――もしも、ビル内で夜を明かそうとしている勤勉なサラリーマンがいたら。


『ハハハハハハハハハハ!「もしも全く関係ない誰かが死んでしまったら」なんて気にしてたのは、唯一「プロの暗殺者」だった結城文字ちゃん以外誰一人としていねーっつーの!』


 波瑠に追い打ちをかけるように、眼意足繕火が笑った。


『ああ、せっかくだから教えてやるよ天皇波瑠! 他人を巻き込むイフを一切考慮しない、個性的(マイノリティー)特徴的(アウトロー)暴力的(クレイジー)異常性(スペシャリティ)――「原典」なんてモンのせいで人生を狂わされたド畜生十二人がテメェらの敵だ!』


 とても楽しそうな笑い声に応えるように、『黄角戦車(イエローバイソン)』の主砲副砲が照準を定めた。


 でたらめに。


 主砲までもが波瑠達を無視して、三百六十度に。


『そして俺が用意した天皇波瑠を倒す作戦は非常に簡単。「関係ない一般人を人質に取る」――たったそれだけだ』


 だから全砲門は、波瑠と関係ない方向へ向いていた。


 早朝なのが幸いして周囲に人影はない――だからどうした。ここはオフィス街だ。ビルディングが破壊されれば中にある多くの資料やコンピュータも同時に押し潰され、多くの社会人が失業と多額の負債を渡される。


 追い詰められた社長が自殺するかもしれない。


 家族を失うサラリーマンがいるかもしれない。


 それは間接的な殺人であり、なまじ物理的な実感がわかない分だけ精神を追い詰める。


 眼意足はなおも笑っていた。


『前例は「七月二十一日」や「高尾山襲撃事件」であったんだから、古泉ちゃんや朝比奈クンが思いつかなかった方が不自然な話だよなー。当時は第三者に過ぎなかった天堂佑真が特別なだけで、顔も名前も一致しない盟星学園一年B組の諸君や先輩方を巻き込み「敵意」で「女子高生としての天皇波瑠」を殺した手腕……ああ、思いついたゲス野郎とは一度酒を交わしてみたいところだぜ』


「や、めて」


『タイミングをアナウンスするだけ温情だと思えよNо.2。というわけでポチッとな』


 スピーカー越しに、軽快な調子でカチッとボタンを押す音が鳴った。




 だが、全砲門から破壊の限りを尽くされる直前に零能力者が動いていた。


 具体的には、左腕に纏った〝純白の雷撃〟を、『黄角戦車(イエローバイソン)』を呑み込むほど大規模な光線として放出したのだ。




〝零能力・創造神の波動〟は零から現象・物体を創造する力である。佑真の意志によって含有する効果が異なる〝雷撃〟は、今回は『砲門の機能停止』という効果を伴って噴出された。


 起こるべき惨劇を少しでも食い止めようと能力を構えていた波瑠は、いつまでたっても鳴り響かない轟音にリアクションを返せず。


 総数にして三桁に及ぼうとする砲門が一斉に機能を停止したせいか、眼意足繕火は『あ、あれぇ!?』と本気で困惑し。


 そして。




   【40 新じゅkkkkk???】


現在時刻


2?年4?26xxxxxxx日土よよよよy日 午ぜぜzえええfourfourfourよんじゅうナナナナナナナナナナナナナナナナナナ奈々七なななななななななななななnanananananananana




《零能力》による反動は『一度』何かを起こすごとに身体の『一ヶ所』が損傷する。


 佑真は『三桁』に届こうという砲門を止めたが、即ちそれは『三桁』に届こうという箇所で一斉に自壊が発生したというわけで。


 パキッ――――、と。


 天堂佑真の中で、何かが壊れる音がした。




   【41 新宿区~(オフィス街)】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前4時48分




 何の前触れもなしに――いや、結果から見れば『零能力を行使した』という因果があるが――少なくとも波瑠からすれば何の前触れもなしに、佑真がエアバイクのハンドルを手放した。


「佑真くん? ゆうま、くん……っ!?」


 ダランと手を垂らしたかと思えば、次の瞬間にはゆらりと身を投げるように、エアバイクから落ちていく。サイドカーから手を伸ばしてなんとか腕を掴んだものの、完全に脱力した男子高校生を支えきれないと判断した波瑠は気流のクッションを使い、自分諸共エアバイクから飛び降りる方を選んだ。


「っ、はあぁ!」


 ボウッ! と一瞬の突風が柔らかなクッションとなり、波瑠は佑真を庇うように地面に不時着した。固い表面とこすれて肌が焼けるように痛む。しかし受け身も取れなかった佑真は頭をもろに地面にぶつけた。


「――っ!?」


 心臓がキュッと委縮する。下手をせずとも脳に障害を残しかねない、なんて思考が回るより先に波瑠は反射的に《神上の光(ゴッドブレス)》を使っていた。純白の波動が佑真の全身を包み込み、外傷を一瞬で回復させる――はずなのに。


 佑真の体にできた傷が、なかなか治らない。


「なんで……どう、して!?」


「………………ぁ、う」


 ショックが大きすぎて、涙を流すこともできない波瑠は『黄角戦車(イエローバイソン)』が背後まで迫っているのもお構いなしに《神上の光(ゴッドブレス)》を与え続けるが、佑真の傷が治る兆しは見えなかった。かろうじて上げる呻きだけが、彼の命が繋がっていることを証明している。


 だけど。


 けれど。


 だからといって。


 波瑠の絶望はより加速の一途をたどる。


 佑真の全身を観察して気づいたのだ。


 先ほどの《零能力》の反動によって、彼の『侵食』は完了した。


 髪は完全に蒼に変色し、元の夜空のような黒髪は一本として存在せず。


 その全身は、色素が抜けたかのように真っ白だった。


「いや、どうして、そんな、そんなの、いやあああああああああっっっ!!」


 波瑠の絶叫が、夜明けを待ちわびるオフィス街にこだまする。


 一方で――眼意足繕火の操る『黄角戦車(イエローバイソン)』は飛ぶ意味を失ったためか、道路に着陸した。


 側面の扉が開き、中から眼意足繕火と思しき女性が降りてくる。


「……今のが天ちゃんの《零能力》なのか? 砲門を物理的に故障させるのではなく、概念的に『使えなく』させる理不尽(チカラ)……単なるアンチ異能じゃねー。性質は《神上》寄りじゃねーか!?」


 彼女はそこまで述べると、口元をニタァと歪ませた。


「……ああ、殺すなんてやっぱ勿体ねーことできるかよ! 天ちゃん、お前は俺の期待通り『普通の人間』なんかじゃなかった!『意味ワカラナイ存在』だった! あぁ今すぐに解剖して解析して改造し尽したい! 今ここで天ちゃんの(はらわた)引き裂いて全身くまなく改造(いじくり)てーじゃねーかよ!」


 頬を上気させた彼女は、おもむろにスカートの裾を持ち上げた。黒タイツの上に巻かれたホルスターからレディースの拳銃を取り出すと、彼女は銃口を波瑠に向けた。


「お前は邪魔だ天皇波瑠。金城仏からの依頼なんてどうでもいい、俺にとってはお前の死者を生き返らせる力なんかより、天ちゃんの正体不明(チカラ)の方がよっぽど面白い! さあそこをどけ、俺に天ちゃんを寄こせ!」


 眼意足は何の躊躇いもなく引き金を引いた。


 しかし、あくまでそれは実弾銃だ。たとえ動揺していようと、波瑠は反射的に運動エネルギーを徴税しようとするだろう。傍から見れば意味のない攻撃――だからこそ。


 その攻撃の意味を理解する同乗者が、眼意足の攻撃をサポートしていた。


 八多岐那須火の『原典』である《視覚干渉(スクリーンアウト)》は、その名の通り周囲にいる人物の視覚に自由に干渉する能力である。例えば『眼意足が引き金を引いた動作』を視えなくしたり、『車外に出た自分たち』を視えなくしたり。


 枝折戸仄火の『原典』である《音声遮断(サイレントゾーン)》は、その名の通り一定範囲内で発生した音を遮断できる能力である。例えば枝折戸と八多岐が車外に出てきた『足音』を消したり、『発砲音』を消したり。


 発砲に気付かれなければ、動揺しきっている波瑠の虚を衝いた奇襲は成功する。


 事実、弾丸が肉体を貫いた証拠である血しぶきが路上を汚していた。


 しかし。




「………………ゆうま、くん」


 銃弾を右肩に受け止めたのは、蒼い髪をなびかせた、天堂佑真のような何かだった。




『彼』は呻き声さえ上げずに右肩を押さえ、前髪の隙間から眼意足繕火を睨み付けた。


 その目線に重なるラインに〝純白の雷撃〟が弾け飛ぶ。


〝雷撃〟が彼女の背後にいた枝折戸仄火と八多岐那須火の超能力をかき消し、二人の隠密を解いた。眼意足は尚も銃口を向け続けるが、『彼』は波瑠と眼意足を結ぶ射線上から退こうとしなかった。


「……は、ハハハ。そんな状態になっても天皇波瑠を守ろうとするのか。つくづく恐れ入るよ天ちゃん……お前、本当に(、、、)人間か(、、、)?」


「人間だ……」


『彼』が口を開く。


「オレは、オレだって人間だ……超能力が使えなくたって、みんなと同じ『人間』だ」


 しかし口にしたのは、眼意足への返答とはズレた叫びだった。


「…………この娘は傷つけさせない、この娘は絶対に、オレが守る……!」


 どこに向かって言っているのか。どういう目的で言っているのか。眼意足が眉をひそめたが、背中を見ていた波瑠の頭は一瞬で真っ白になった。


 この娘。


 ああ、確かに佑真は時々、自分を名前ではなくそう呼称することもあった。


 だけど今のは違う。なぜかそう確信が持てた。




「私の名前が――わからないの?」




 だからといって、思わず声に出して問いかけたのは致命的なミスだった。


「……ああ、思い出せない」そんな返事があった。「キミを守らなきゃって思うのに、キミの名前が思い出せない。忘れるはずないのにどうしても思い出せないんだ」


『彼』自身、正直に答えるのが辛そうだった。だけど『彼』は一旦振り返ると、佑真のように微笑んで両の拳を握りしめた。


「だから、オレに構わず逃げてくれ」


「……そんなこと、できるはずない! 佑真くんを置いていくなんてそんな」


佑真(、、)って(、、)誰だ?(、、、)


「……っっっ!?」


 すでに『彼』の中に、天堂佑真は欠片ほども残っていない。


(……それでも、私は佑真くんを置いていくことは……)


 今の彼を突き動かしているのは『天皇波瑠を守る』とかいう、佑真の残響だ。


(……本当に、『彼』を佑真くんと呼んでいいのかも、わからないくせに……?)


 波瑠の瞳が限界を迎えて、ついに涙という形となって絶望が零れ落ちる。


 その雫が道路に当たって弾けた瞬間、




「――――波瑠、佑真(、、)を頼んだよ」




 上空から吹き付けた突風の轟音の中に一つ混ざり、道路に飛び降りた誠がそう微笑んだ。


 波瑠と『彼』が繰り広げる悲劇を楽しんでいた眼意足繕火は、急に冷めたように銃口を下ろすと、


「……小野寺誠。何しに来やがった」


「他人行儀な呼び方するなよ、絆姉。せっかく弟と再会したんだから、ハグの一つでも交わさないかい?」


「うるせーな。今最高に滑稽な舞台の最中だったじゃねーか。邪魔すんじゃねーよクソ愚弟」


「まあそう言うなって。ていうか絆姉、お前もこの舞台には必要ないから僕と一緒に移動してもらうよ」


 誠は穏やかに微笑むと、右手を上空に掲げた。


 まだ夜明けを迎えていない紫色の空を飛翔する鳳凰が、灼熱紅蓮の焔を道路に叩き付ける。『黄角戦車(イエローバイソン)』や眼意足達を巻き込む炎の渦の中で、誠はもう一度だけ波瑠に微笑みかけた。


「コイツらのことは任せて」


「誠くん……」


「大丈夫だよ波瑠。キミの愛した天堂佑真は、そんなに弱いやつじゃない」




   【42 新宿区~(オフィス街)】


現在時刻


2132年4月26日土曜日 午前4時59分




 炎が晴れた視界には、誠の姿も、もちろん『黄角戦車(イエローバイソン)』や眼意足、枝折戸らの姿もなくなっていた。


 残されたのは波瑠と『彼』。


 新たに登場したのは、二人の少年少女。





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