●第百三十四話 眼意足繕火の気だるげな追撃
【35 横浜市、海沿いのホテル】
現在時刻
2132年4月26日土曜日 午前4時00分
枕元に置いていた携帯端末が着信を訴えて、金髪の青年は億劫そうに体を起こ――さずに、寝転がったまま背中から黒いオーラを伸ばす。
波動の先端を錘型にすると、角で携帯端末を貫いて破壊した。
バギッと物騒な音が響くも、隣のベッドで爆睡中のピンク髪少女はビクともしない。金髪の青年は枕もとを見て、溜息をつきながらのそりと体を起こした。
「…………クソッタレ。能力がデフォになってんのにイイ加減慣れねェと、睡眠時に何しでかすかわかんねェぞ」
「むにゃむにゃ」
手に取ったのはピンク髪少女の枕元に置かれた携帯端末だ。こなれたスピードでパスワードを解除し、電話番号を入力する。
数回のコールの後、電話はつながった。
「よォ。悪ィな、あまりに非常識な時間にかかってきた着信にブチ切れて、携帯ぶっ壊しちまった。で、通話相手はテメェで合っているな?」
『あってるよ。破壊音で鼓膜破けるかと思ったわクソッタレ。そんなに俺からの電話が嫌だったか?』
「別れ際にあんな事言っておきながら拒絶するほど、俺ァ残忍じゃねェよ」
『お前の口からそんな台詞が聞ける日が来るとはな。「天堂佑真」の影響か?』
「切るぞ」
『そう急くな。用が「天堂佑真」絡みだとしてもスルーできるのか?』
金髪の青年は、ピク、と体を硬直させる。
その様子が見えているかのように、通話相手はかかかっと笑った。
『お前もあの野郎には幾分か恩があるはずだ。ソイツを返す気はないか?』
「……内容次第だ。テメェが動くってことは――」
『そこは言わずもがなだぜ』
「…………チッ、いいように扱われンのは気に食わねェな」
金髪の青年は、台詞と裏腹に口角を釣り上げる。
「だがまァ、暇つぶしには丁度いい」
『そう言ってくれると信じていたよ。詳細は通話後にメールを用意しているから、その地点へ向かってくれ。送るのは今の端末でいいのか?』
「構わねェよ。どォせ昼頃まで別の端末は用意できねェ」
『しっかし女連れとは羨ましい旅だこと。こんな時間に起きているってことは、もしかしてセッ』
用件は済んだと判断し、勝手に通話を切る金髪の青年。背後のベッドで、少女がもそりと体を起こす気配がした。
「起こしたか」
「……ワタシの端末何勝手に使ってんデスかってツッコミはさておき、急用デスか?」
「まァな」
「そうデスか」
じゃあ、とピンク髪少女は自分の布団を持ち上げて一人分のスペースを空けた。ちょっと頬を赤らめた少女の瞳は、小悪魔的な怪しさを宿していた。
「用に行く前に二回戦といきマショウ?」
「あァ、そォするか」
金髪の青年はニヤリと不敵に微笑み、勢いよく布団に潜り込む。
自分のベッドのお布団に。
「クライ、その端末にメールが来るから内容確認しておけ。そして俺が動く時間になったら起こせ」
「もうっ! 睡眠の二回戦じゃないデスよ、お・ま・せ・さ・ん」
「一回戦もやってねェだろ……眠ィ……」
億劫そうに返答した青年は、まどろみに意識を委ねた。
【36 東京都、某所】
現在時刻
2132年4月26日土曜日 午前4時16分
長門憂はビルの屋上で日の出を待ちわびていた。
彼はもとより早起きであるが、今日はひときわ早く目覚めた。珍しく心が躍っているのかもしれない――天堂佑真と天皇波瑠、非常に興味深い『人材』を得るか、それとも彼らが王に叛逆してくるか。
「どちらだと考える、我が同胞よ」
長門は、後ろに控える少女、古泉激に問いかける。
「王より先に意見する等おこがましいですが、私は叛逆してくるだろうと考えております」
「ほう、なぜそう考える?」
「天堂佑真には火道寛政が、天皇波瑠には軍隊があります。彼らの性格を鑑みるに、師や組織への忠義を裏切ることはできないのではないでしょうか」
「なるほどな。凡百たる、故に等身大の意見である。俺様であれば最強たる俺様に歯向かおうなどと思わないのだが、民衆の叛逆を鎮めてこそ王と名乗れるというものか」
「――――相変わらず、長門はとんでもない理論をかざしているな」
二人の会話に横槍が入る。ため口を利いたことに怒ろうとした古泉を、ため口を嫌うはずの長門本人が右手で機先した。
「眼意足繕火か。朝早いな」
「はっは、長門は毎朝四時には起きているくせに」眼意足はふあぁと大きな欠伸をして、「こちとらアンタが作った遺体改造を筆頭に、五夜連続の徹夜明けだよ。寝るのはこれから。非常に残念ながら天才な俺の脳も限界なんでね、明朝の決戦の場には立ち会えませーん」
額から左目にかけて包帯を巻いている少女は、少女らしからぬ一人称と口の軽さでひょうひょうと告げる。
「天才たる、故に利口な貴様が五夜連続も徹夜とはな。何を企んでいる?」
「企むってそりゃ、天堂佑真の暗殺と天皇波瑠の確保だよ?」
眼意足はニヤリン、と口の端を釣り上げた。
「フリーランスな技術士は、依頼人から依頼料を貰ったからにはそれ相応の力を尽くすさ。失敗する程度の成果を残して、余った分は研究や開発に回せるんだぜ。最高の職場も長門、お前の宣戦布告であと数時間の命だがな」
「それは済まないことをしたな。俺様は善良たる、故に民衆の娯楽を奪い去る真似だけはしたくなかったのだが」
「お前が善良だったら史上の王様はみんな善良だよ」
「相違ない」
長門が高笑いし、眼意足も体を揺らす(徹夜明けのフラフラに見えなくもないが)。異様といわざるを得ない光景に、古泉が言葉を挟めずにいた。
長門憂と対等に会話するには、彼に認められるだけの『何か』を必要とする。
眼意足繕火――包帯巻き巻き少女は、技術力という唯一無二の才能で長門に認められた。不躾な態度や、物怖じしない性格も買われていたのだろう。
あるいは。
常人を超越した天才同士だからこそ、波長が偶然一致したのかもしれないが。
「それじゃ、俺もボチボチ行きますかね」
「眠りに、ですか?」
「やっほー古泉ちゃん。やっと声かけてくれたね、別にコイツの嫁じゃねんだから『男の三歩後ろ』を保たなくてもいいんだぜ?」
ひらひらと手を振った眼意足は、ビルの真下を見るよう指で示す。
古泉が恐る恐る、長門が一切の恐怖もなく覗き込むと、そこには巨大な『車両』があった。
「お仕事だよ。改造するだけ改造したんだ、性能くらい試させてもらうぜ。BMI搭載『赤閃の鎧』でも勝てなかった運転手&超能力者に、眼意足繕火の改造力はどこまで通用するのか? 最後のページまで目が離せない――なんちってね」
【37 東京都、某所】
現在時刻
2132年4月26日土曜日 午前4時28分
軽く仮眠をとった佑真達三人は、明るくなりつつある夜空を見上げていた。
「……さて。籠城するか身動きを取るか、僕らにある選択肢は二つだ」
誠が二本指を立てる。
「一つ目の籠城はリスクも高いけど、こちらは万全の状態で迎え撃てる。何だったらさらに助けを呼ぶことも不可能じゃないだろう。問題があるとすれば、向こうが大人数で一斉に攻めてきた場合対処が難しい。たとえ波瑠がいるとしてもね」
髪をポニーテールにくくった波瑠は、コクリと頷きかえした。ランクⅩの『中隊一つを単独で殲滅できる』という評価は、あくまで戦場真っ只中での場合の話だ。
「全員が一つの統一した意思で動く『軍隊』ならともかく、一人ひとりが無秩序に行動するだろう『集まり』だと思われる今の敵だと、そういった混戦はむしろ避けるべきだろう」
「じゃ、動き回る方を取るのか?」
缶コーヒーをちびちび飲んでいた佑真が問い返すと、誠は眉をハの字にした。ちなみに佑真の左目は《神上の光》でかろうじて見える程度までは回復したものの、片目になると数メートルも離れていない誠がボヤけるレベルだ。
「それもそれで難しい。動き回るといったって敵が狙うのは佑真と波瑠だ。最終的にキミの元へやってくることに変わりはない。うまく立ち回って順番に一人ずつ倒すか、待ち構えて全員と一斉に戦うかの違いだけさ」
「それ聞くと、逃げ回る方が確実に聞こえるけど」
「この選択肢もデメリットはあるよ。逃げ回る最中に疲労がたまるし、どこで致命傷を負うかはわからない。窮地に立たされた瞬間に本命――長門憂と鉢合わせになる可能性だってある」
「うーん、選ぶに選べないね」
波瑠が困った風に呟いた。
こうも迷っている間に、明朝は近づいている。不安を募らせていても始まらないが、どう動けばいいのか判断しかねる。
「一番の当事者は佑真だ。キミが決めてくれ」
「……今までと同じように、逃げつつ敵襲に対応していくのが一番だと思う」
佑真は空になったコーヒーの缶を置いた。
「オレ達側から向こうに干渉するには、動き回って少しでも撹乱するのが得策だと思う。一ヶ所に居座った状態で念入りに準備と対策を練られた方が、詰みやすいんじゃないか?」
「穴熊をするには駒が足りないってところかな。飛車角で目一杯動きまくって敵の思考を少しでも翻弄できれば及第点」
「そういうこと」
元々、佑真と波瑠が東京を離れた理由はこれだ。一ヶ所に留まるのではなく動き続けることで、波瑠を狙う連中の注意を集めながら翻弄する。あわゆくば追っ手を撒く。『暗殺予告』というイレギュラーは発生したものの、当初からの指針をブレさせない方がやりやすいだろう。
佑真の意見に反論はなく、三人は身支度を始めた。
「オレはエアバイクで波瑠がサイドカーだとして、誠はどうすんだ?」
「空から哨戒でもやってるよ。一ヶ所に固まる方がまずいだろう?」
そう言って誠は鳳凰を請願すると、さっさと上空へ行ってしまった。あれだと随分人の目につきそうだが、しばらく見上げていると、空の色に滲んで姿が見えなくなってしまった。
「あ、あれ? そんなに高いとこまで行っちゃった?」
「……いや、誠の超能力で擬態しているんだと思うぞ。三秒経ったらオレは見えた」
長い付き合いの佑真も『誠の超能力が何をどこまでできるのか』把握していないが、空気の圧縮やら光の屈折やらに干渉しているのだろう。波瑠が未だに見えないことを考慮すると、物理的な能力とは考え難いが細かいことは気にしない。
「オレらも行きますか」
「うん。今度こそ西方向だね」
佑真と波瑠のどちらが運転するかは先に決めていた。敵襲があった時に佑真が運転、波瑠が攻防に徹した方が逃げ切る確率は高い。佑真の左目に関しては、エアバイクによる操縦補助機能に全面的に頼る所存だ。
早速バイクにまたがり道路を進んでいく。左折に不安が残るが、エアバイクは快調に高速道路へ向かっていた。
「佑真くん、運転大丈夫?」
「右目はハッキリ見えてるし、意外と大丈夫そうだぞ」
「しんどかったらすぐに言ってね。私だって頑張るし、別に徒歩で移動したって支障はないんだから」
「はは、延々と徒歩で目指せ関西か。気の長い旅になりそうだ」
「佑真くんと一緒なら平気だよ?」
「嬉しいこと言ってくれるね。誠あたりに言われたら面倒なリアクションをされそうだ」
佑真が苦笑いしながら、少し前方を飛ぶ誠を見上げた。
その三秒後。
ぱちん、と――――超能力を消す例の感覚が唐突に訪れ。
「……嘘だろおい。いつからそこにいやがった!?」
佑真の視界にだけ、巨大な飛行物体が出現した。
エアバイクの運転が一瞬乱れて、サイドカーに座る波瑠の蒼髪が大きく揺れた。
「な、なに!? どうしたの佑真くん!?」
「能力が消えてない……ってことは誠の野郎も気付いてないな! 波瑠、とにかくSETを起動してくれ! 今すぐ戦闘状態に入る!」
困惑する波瑠に叫ぶと、佑真は右手をハンドルから放して小さく息を吐いた。
体内の奥底で熱を発するイメージ。この半日で何度も何度も繰り返した《零能力》を喚起するイメージは簡単に成功し、白く染まった右腕に〝純白の雷撃〟が走る。
〝雷撃〟を圧縮して創り出すのは、攻撃力を宿さない〝還元〟の徹甲弾。異能力のみを穿ち破壊する一点集中の刺突が投げ放たれた。
虚空を引き裂き、天を貫通した一撃がある異能力を『零』へと還す。佑真が反動にほんのわずかだけ体を震わせたが、波瑠は、そして上空を哨戒する誠も、突然視界に現れた『それ』に対する驚きのせいで佑真の変化に気づけなかった。
端的に言えば、巨大な戦車が浮いていた。
縦八メートル、横六メートル、奥行き十二メートル以上の超巨体な直方体。上面に備える巨大な二連主砲を筆頭として、車体は副砲と反重力モーターに加えて翼のような部分で構成されている。下面は勿論反重力モーターの粒子が猛烈な勢いで噴出されていて、ゴウゴウと鳴り響く轟音に今までどうして気づかなかったのか疑問に思うくらいだ。
「あの外見……『黄角戦車』!?」
サイドカーで波瑠が思わずと言った風に口にした名前は、佑真も聞き覚えがあった。
確かその名を冠した戦車は何重もの装甲に覆われており、下手なミサイル弾や徹甲弾でも止められない頑丈さと、内部に備えた原力炉にものを言わせた爆発的火力を重ね持つ。
出会ったが最後、核爆弾でも持ち出さなければ戦場で止められる物はないとまで噂された、文字通りの怪物マシーンだ。
「今度の相手も日本軍が『第三次』で使った遺産かよ、チクショウ!」
佑真はやり場のない恐怖を晴らすかのように叫んだ。
「でも『黄角戦車』って本物はこれの数倍の大きさのはずだろ!? それに本来なら空を飛ぶ機構なんて備えていない。地上を闊歩し爆走する姿から『闘牛』の名がついたんじゃないのか!?」
「……外見だけ真似たとかかな? やっぱり改造するにしても、無茶苦茶だもんね」
『御生憎様だけどよー、その無茶苦茶な「改造」をやってのける奴がこの世にいることを忘れちゃいけないぜ、天ちゃーん』
波瑠の希望を打ち砕いたのは、『黄角戦車』のスピーカーから発せられる声だった。
「て、天ちゃん?」
『おっと、安心しろー天皇波瑠。「天ちゃん」って呼んでるけど別に不倫相手とかじゃねー。天堂佑真が不良を満喫していた時代に少し世話をしてやっただけで、元カノでもセフレでもねーよー。正真正銘初めては天皇波瑠だから安心しろー』
波瑠が佑真に目を配る。佑真は一瞬ドキッとしたが、別に怒っているわけではなく単に『誰なの?』と目で訴えかけていた。
「……いやまあ、オレのことを『天ちゃん』って呼ぶやつに心当たりはあるよ」
「じゃ、じゃあ知り合いってこと? ひょっとして味方」
「なわけあるかよ。味方が超能力で姿を隠して接近すると思うか?」
『その通り。さっすが天ちゃんだ、昔《透過能力》の同級生に階段から蹴落とされて腕を折った経験を、この期に及んで活かしてきやがるぜ』
佑真達の会話は向こうに筒抜けらしい。波瑠が静かにSETを起動させる中、佑真は告げた。
「小野寺絆」
息を呑む波瑠に構わず続ける。
「『開発と改造』に異常な才能を持ち、誠の剣術の『型』を開発した剣の師匠。そしてオレが不良だった頃に少しだけすれ違った誠の姉だ」
「誠くんの、お姉ちゃん!? 恋さんじゃなくて!?」
「恋姉以外にもう一人いたんだよ。小野寺から家出して行方不明になっていた姉貴がな」
『おいおい、いくら俺と天ちゃんの仲とはいえ人の履歴勝手に語るなよー。個人情報漏洩で訴えるぞー』
どこか気の抜けたアナウンスに波瑠は混乱する。沈黙は是也。否定されないということは、佑真の推測が正しいということなのだろう。だからこそ佑真はクソッと毒を吐いた。
「ああ、あんたの『改造』能力があれば『黄角戦車』を空に飛ばすこともスケールダウンしながら性能を維持することも不可能じゃねえよな。だが、しかし、よりにもよってあんたがオレを殺しに来たっつうのか!?」
『正解正解ピンポンパーン! 天ちゃんが俺のことを「悪友の姉貴」としか思っていないように、俺も天ちゃんのことは「愚弟のダチ公」としか思っちゃいねー。「暗殺任務」なんて頼まれたら殺さないわけにいかねーだろー』
そんな言葉に合わせて、ギギギギギと闘牛の角のような主砲が傾いた。照準は蒼いエアバイク。まだまだ建物の立ち並ぶ街中だろうとお構いなしに、巨大戦車との戦闘は自己紹介から幕を開けた。
『でもま、俺は家出して名前を変えたんだ。五秒後からはこちらの名前で呼ぶよーに』
小野寺絆だった女性は、どこか空虚な笑い声を混ぜながら言った。
『そんなわけで、今朝のお相手はこの俺「眼意足繕火」と親友約二名が操縦する「黄角戦車」だ。「改造能力」と謳われた俺様の美技がテメーらにどれだけ通じるのか、存分に楽しませてもらうぜー』




