●第百三十二話 瀬戸和美の解析し難い魔術
そんなわけで更新再開ですが、一度掲載した話を二話だけ再投稿してのリスタートになります。
この二話の中身もいじりつつ、その後の展開が以前掲載したものと大幅に異なるための措置です。ややこしい行為をして非常に申し訳ございません。
第六章完結まで毎日投稿しますので、しばらくの間よろしくお願いします!
【28 新宿区、ホテル・キャンドル付近】
現在時刻
2132年4月26日土曜日 午前0時26分
超能力で突風を起こして鳳凰の背中から飛び出した波瑠は、瀬戸和美を無視してある方向へ真っ直ぐに突っ込んだ。向かうは十キロ近く離れた位置。ミサイルが飛んできた方向を目がけて、狙撃者の撃破を引き受ける。
狙撃者の基本は、狙撃後に移動して敵に位置を知られないようにすること。FPSゲームの流行などで一般人にも広く知れ渡った鉄則を、狙撃者が行っていないはずがない。
けれど生身を晒して接近する超能力者を見て、狙撃者が動揺しないわけもない。
突風を背中に伴いながら感覚を研ぎ澄ませる。思い出すはわずか一年前の感覚だ。この世の全てを『敵』と認識し、敵意や悪意に最も敏感だった当時の感覚。
束の間の日常でなまくら刀となった感覚が――捉える。
本当にごくわずかな空気の変動。夜空の冷える空気を引き裂き、長距離を飛来する鉛弾。
「――――っ」
波瑠の眉間を的確に捉える銃弾は、彼女の数メートル手前に入った瞬間、凍結された。
まるで時が凍り付いたかのように。
《霧幻焔華》によるエネルギー徴税。一瞬で前方向への推進力を奪われた鉛弾は地面へ落下していき、波瑠は鉛弾の方向から敵の位置を推測する。
ッゴ!! と大気が爆発した。
狙撃位置を脳内で割りだして一気に飛翔する。角度、距離、威力。向かうは十キロ先の屋上。信じがたい距離だ。
トップスピードに乗った波瑠に対して、狙撃弾がふたたび襲う。波瑠は超能力でことごとくを防ぐが、実に時速百キロに迫る波瑠の速度を捉え続ける敵の技術は背筋が凍った。
狙撃ポイントの上空――ビルの屋上を取った波瑠は、ついにそれを目撃した。
機械に取り付けられた、ハイパワー式のライフルを。
(囮!)
迷うことなく氷漬けにした波瑠の四方で、カチッと銃口火が瞬いた。
屋上に突風を叩き込んで急上昇する。飛来した四の狙撃弾を凍結させた波瑠は、背後に迫るミサイルを認識する。それもまた『凍結』させながら、波瑠はあることに気が付いた。
(すべての狙撃位置が違う……本人さえいない可能性が存在する!)
機械による遠隔操作。あるいはAIによる自律行動。今や人体で手ぶれ補正を気にするくらいならオート照準を素直に頼った方が早い。
(……でも、秋奈ちゃん達を好き勝手やられるよりは!)
波瑠は敵と対面できない可能性を念頭においた上で、全機撃破を目的に動くことに決めた。
【29 新宿区、ホテル・キャンドル付近】
現在時刻
2132年4月26日土曜日 午前0時30分
戦輪が頬を掠めたと同時に、結城文字が日本刀を逆手に構えて接近していた。
通常刀を逆手で持つなんてありえない。身構える誠の手前まで踏み込むと、結城は足を軸に激しく回旋した。
ベーゴマの如き勢いで鉄の斬撃が散らされる。
誠は一撃一撃を二刀流で受け流すが、回旋しながら誠の周りを回転する結城の全方位攻撃は、誠の手数をすり抜けて『不可視の鎧』に到達していた。
『跳躍』で刃を跳ね返された結城は回旋したまま跳びあがり、日本刀を投げ放つ。
誠は右の刀で的確に弾く。日本刀はアスファルトに転がった――かと思いきや、結城が手をグイと引いた。軌道を百八十度曲げ、迫る長い鉄。よく目を凝らせば、結城の手と日本刀がワイヤーで繋がっているのだ。背中に刃が刺さる前に、全力で結城へ突っ込んでいく。
「面白い判断じゃのう」
結城のがら空きの左手に、いつの間にか別の刀が存在していた。
「――ふっ!」
体を九十度曲げて左手の刀で正面と打ち合い、右手の刀で背後を切り伏せる。
二連の金属音が響いた。
「流石は小野寺流。刀じゃ敵わんなあ」
打ち合いになるかと思いきや、結城は誠の右刀と打ち合わせるなり左手の刀を手放した。予想外の行動にわずかにバランスを乱される。一瞬の隙が生まれた誠の背中に、新たな得物が向かっていた。
「苦無……!?」
真上から突き立てられる。背中の『硬化』した空気で受け止めるが、威力を落としきれずにダメージが背中まで伝わってきた。刃は届かなくとも打力によって息が漏れる。
「空気の鎧といっても濃度は一定ではない。特に動いている最中は物体の『硬化』や『跳躍』の座標指定に能力演算がついていかんから、どうしても穴ができてしまうようじゃなあ」
低姿勢になってしまった誠の顔面めがけ、膝蹴りが肉薄する。
「っくそ!」
膝が当たる前に、『加速』と『跳躍』を組み合わせて体当たりをぶちかます。結城がガホッと息を絞り出しながら吹っ飛んだ。受け身をとって器用に体勢を立て直す結城の懐に、誠が踏み込み剣閃を振るう。
ノンストップで繰り出される十八連撃《悲愴》の調べ。
しかし、いつの間にか両手に複数の刀を取っていた結城は六撃につき一本を消費する形で。強引に防ぎきった。吹っ飛んだ三本の刀がアスファルトに転がる。
結城は浴衣でも気にせずに足を振り上げ、踵落としを繰り出した。
誠は大きく後ろへ跳んで躱す。
「多刀……ってやつとは毛色が違うか。ていうかどこにそんなに刀を隠しているのさ」
「浴衣の中身が隠しどころになるんじゃよ。分類的には『暗器』とかいうヤツかのう」
結城が両手をグイと引くと、誠が地面に弾き飛ばした刀が軒並み回収されてしまう。
彼女はそれら大量の日本刀を、ワイヤーを器用に操って周囲のアスファルトに突き立てた。いずれも業物なのに惜しいことを……!
「くっくっく、そないな顔をしなさんな。剣豪とか名乗ったが結局妾は暗殺者の一人。武器に思い入れを抱くより先に、殺さねばと思ってしまうのじゃよ」
故に彼女は一本の刀に執着しない。誠を翻弄するトリッキーな戦い方の由来はそこだ。
「あっそ。水野だなんだ言われたって、僕の育ちは『ラストサムライ』の家なんだよ。刀をぞんざいに扱われるのって簡単に見逃せることじゃないというかさ、普通に腹立つんだけど」
誠は左手を下段、右手を上段に構えて半身となる。下肢に力を込めるなり、道路を全力で蹴り飛ばした。
「いうてこれも一つの剣技の極致なんじゃがな――おぬしに妾の『剣舞』が攻略できるかの?」
結城はくつくつと笑いながら、目にも止まらぬ高速の右刀切り落としを、手近な刀を地面から抜いて弾き飛ばす。
高い音が響き渡る頃には左刀の横薙ぎ。結城がワイヤーで寄せた別の日本刀が軌道を逸らし、誠は一旦持ち上げた左刀を振り降ろすも、あらかじめ結城が構えていた刀が受け止めた。
「軌道が素直じゃって言われたことないか? まっすぐ過ぎては難を極めるぞ」
無駄口に構う必要はない。連撃の手は止めないが、ことごとくを阻まれる。
結城の日本刀が一本や二本であればもう少し楽に戦えたであろう。しかし二桁にのぼる本数が、誠の手数の多さによる利を奪っている。
あらゆる軌道で攻めようとも、的確に弾き飛ばされる。
「おぬしは今まで、剣の素直さを速度でカバーしてきたんじゃろう。あの十六夜鳴雨を打倒した一撃は光速だったと聞いておる」
ワイヤーを駆使した多刀を引き寄せると、結城は跳びあがって回旋した。
六本を所持しての大回転。三百六十度から連打される斬撃。弾き飛ばせば、ワイヤーを用いた予期せぬ軌道で何度でも戻ってくる。
ならば正解は『受け流す』。
誠は一本一本を刀で受け止め、穏やかな川のように丁寧に後方へ流していく。決め手は打てない、しかし結城に焦りは生まれない。
(そりゃそうだ――彼女の目的は『僕の足止め』! 止められれば止められるほど彼女の思うつぼなんだから!)
だから誠が焦ってはいけない。冷静さを保ちつつ敵の刀を抜け、決定打を叩き込めば――今まで決定打を何発も撃ち込んでいたのに?
「――――――だったら!」
《月光》が躱され、《悲愴》をいなされた。残る手札は一枚。
小野寺流剣術、二刀流《熱情》。
刃に密接する大気を『振動』させ、斬撃性を持った衝撃波を放つ遠距離の二閃。
交差した二刀から繰り出された十字の鎌鼬を、結城は日本刀の一本を投げつけて中央から霧散させた。
誠は距離を取って《熱情》を連射する。移動を続け、ビル壁を蹴ってあらゆる方位から高速で撃ち出す斬撃を、結城は周囲に突き立てた日本刀やワイヤーで操る刀を的確に選択しては、切り伏せてみせた。
「……」
「――――ぼちぼち頃合いかのう、小野寺坊」
結城が突然、くつくつと笑い出した。拍子抜けて誠は動きを止めてしまう。
「どうしたのさ、急に」
「そろそろ質問したい頃かと思うてな。なんなら妾の方から答え合わせを振るのもよいかと思ってのう――気づいたんじゃろ、妾の『原典』の正体に」
「……ということは、僕の推測は正解ってことなのかな」
誠は二刀を持つ腕を下ろした。
「多刀によるあまりにも正確な剣裁き。僕の攻撃の一発一発に丁寧に対処するから、最初は『僕の心の中を読んでいる』のかと思った」
「けどそれは不正解じゃな。根拠は」
「僕の《悲愴》や《月光》を防いだからだ」
誠の剣術は所謂『体が覚えている』を実演している。考えなくとも、体に染みついた動きを再現すればよい――のだが。
「無心で振った刀をも的確に防がれた以上『僕の心を読んで防いでいる』説は破棄。技量説もあったけれど、着目したのはワイヤー付きの多刀流だ」
結城はニィ、と楽しみを隠さずに口の端を釣り上げた。
「あれだけ複雑な動きを制御するのに、単純な『技術』でカタをつけるのは無理だろう。そこで視点を類推に変えた。僕の剣術も十六夜の体術も、超能力がなければ再現できないものだ」
「『お前の剣術も超能力があるからこそ成り立っているはずだ。そう――例えば「未来が視える」から複雑に挙動するワイヤーも的確に制御できる、とかね』か。見事な推理力じゃな、小野寺坊」
どうやら正解らしいが、正解したからといって勝機が見えるわけではない。
「妾の『原典』は《唯正解耳》。数手先の未来とそこに至るまでの過程を視ることができる、ちと面倒な能力じゃ」
むしろこればっかりは、不正解の方が気が軽かったのではないだろうか?
【30 新宿区、ホテル・キャンドル付近】
現在時刻
2132年4月26日土曜日 午前0時32分
赤い血を大きな翼に見立てて飛ぶ様は、蝙蝠や吸血鬼を彷彿とさせた。
黒い外套も相まって伝奇的なインパクトをもたらした瀬戸和美と相対するは、こちらは幻想に身を固めた秋奈である。『九尾の衣』に身を包み、鳳凰の背中を足場として空中戦を繰り広げる様は、何も知らない者から見れば映画撮影のワンシーンのようだろう。
けれど、これは魔術戦である。
超能力戦とは一線を画す、現代ではめったに見られない非科学による衝突は、激しさを増しつつあった。
「………っ、ユイちゃん大丈夫!?」
「だいじょーぶっ」
鳳凰の背中に乗る佑真とユイを庇いながら立ち回る秋奈。バランスを取りつつ空中を舞う鳳凰は流石『風を司る聖鳥』だ。
そして、九尾の《千里眼》の恩恵がなければ、秋奈はかなり苦労させられていただろう。
例えば――背中を向けたままでも、瀬戸和美が放つ血の鉄球を弾き飛ばせるように。
「全方位視野なかなかに面倒ですねしかも闇夜に紛れないと効果半減の私の魔術に対して闇夜まで見透かすその〝魔眼〟は本当に煩わしい」
血の翼を器用に操って翻った瀬戸は、両手に持つ八本の『血の刃』を交差するように構えると、虚空を蹴り飛ばして鳳凰の真上へ回る。そして小声でつぶやくと、『血の刃』はグニョリと形を歪ませた。
「〝糸のように垂れ歪め〟」
いうなれば『血の鞭』。
変幻自在の軌道をたどる八本が一斉に振り降ろされる。四方八方に降り注いで鳳凰の逃げ場を断った攻撃は、秋奈の『九つの尾』が対応した。
それぞれの『尾』が的確に『血の鞭』を弾く。瀬戸が何度打っても、タイミングや軌道を変えようとも、秋奈は《千里眼》と元より高い処理能力で、適宜跳ね返してみせた。
「〝檻のように囲い詰めろ〟」
鞭を振り降ろしながら呟く瀬戸。九尾の尾が薙ぎ払われるタイミングで『血の鞭』はクッと軌道を捻じ曲げ、鳳凰ごとまとめて包囲する『血の檻』に変化する。
「………!?」
三百六十度が一瞬で包囲された。秋奈の顔に小さな動揺が生まれる。
鳳凰が火炎で脱出路を生み出そうとする前に、瀬戸は畳みかけたた。
「――――〝内へ突き立て無限の牙〟」
『血の檻』を構成する鮮血すべてが刺となり――中央へ、一斉に突き立てられた。
「人呼んで〝偽・鉄の処女〟――まあ発想はどちらかといえば黒ひげ危機一髪に近いんですけどね」
刺はもはや中央を貫通し、集合してウニのような外観になった『血の塊』を見据える。
何気ない攻撃の流れの中で、さっさと確実に殺害できる『技』を繰り出す暗殺術。
『暗殺』と呼んでよいかは微妙なところだが、変幻自在な血液による予想不可能な攻撃を、これまでまともに攻略できた者はいない。
自傷覚悟で『檻』から抜け出した者。圧倒的な爆発力で『血』を吹き飛ばした者。強固な防御で『刃』の貫通を防いだ者。今目の前にあるのは、いずれにも該当しない成功状態、針の筵が完成してから三秒が経った『血の塊』だった。
そう――三秒間が経過したことで、ぱちん、と。
「黒ひげ危機一髪ってさ」
瀬戸の能力の制御下にあった血液が弾け飛ぶ。
単なる液体に戻った血液が地上へ流れゆく中、秋奈たちは十全の姿で鳳凰の上に立っていた。
そして天堂佑真の右手は、赤い液体を握りしめていた。
「昔は黒ひげを出した人が勝ちだったらしいぜ」
バカな、とショックを受ける前に瀬戸は意識して追撃を放った。先ほどまで『血の刃』の起点となっていたナイフを投擲し、背中の『血の翼』から血流散弾を雨のように降らす。
解説パートも無駄口も必要ない。
勝者だけが生き残るという理性で放った攻撃は――つるん、と。
秋奈たちどころか、鳳凰の翼の手前で急に軌道を変えて――まるでレールでもあるかのように滑っていってしまった。
「………波瑠ちゃんや誠みたいに『SET開放』ということで『戦闘用の思考回路』を入れる人もいるけど、あたしは物静か勢だからそういうことはしない」
彼女達を取り囲むのは、空気でできた摩擦係数ほぼゼロの球体の壁。
秋奈の超能力《物体干渉》で情報を変化させられた、不可視の防壁だった。
「………ただ『最もランクⅩに近い超能力者』と呼ばれているあたしを前にして、超能力を一切警戒せずに《レジェンドキー》ばかり気にかけるのはよくないと思う」
「な」
「………ちなみにすでに『詰み』なので」
秋奈の超能力は、触れたもの全体が干渉範囲。
顔で触れている空気を操るのに手を使う必要はなく、彼女の両手は青い狐火を携えていた。
どころか――瀬戸和美の周囲に七つの狐火が浮遊していた。
「………あなたの能力じゃ《物体干渉》には勝てないことに、気付いておくべきだったね」
「物静か勢はそんなに喋らねえよ」
「………決め台詞なのに」
慌てて離脱する瀬戸の動きを《千里眼》で見切った秋奈は、狐火の円環で逃げ場を奪い去る。
隙だらけとなった彼女を九つの尾で縛るまでに、そう時間はかからなかった。




