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●第百二十八話 朝比奈驚の猛威と化す肉体美

『第六章‐連』の更新です。

またキリのよいところまで。おそらく六話~七話くらいの更新になると思います。三日置きです。


今回のパートは文字通り、連戦苦戦大苦戦! よろしくお願いします!

   【13 新宿区、とある公園】


現在時刻


2132年4月25日金曜日 午後4時58分




赤閃の鎧(レッドイーグル)』をなんとか振り切った佑真達は、東京内を東へ移動し、新宿区にたどり着いていた。波瑠の目的地がある区だが、一旦公園で休憩を取ることにした。


「流石に進路を変更しすぎて、ナビもこんがらがっちゃったね」


「同じ道をグルグル回ってるな。検索し直すか。どっかで充電もできればいんだけど」


「とりあえずは太陽電池だね」


 公園のベンチに並んで腰掛けると、波瑠は野球帽を外してうちわ代わりに扇いだ。太陽が傾き始めているが、気温は四月とは思えないほど暑い。


「あっついねぇ……」


「ここ三日くらい、真夏並みの異常気象だもんな」


 佑真は波瑠にタオルを手渡す。波瑠の色白な頬は朱色に染まっていて、汗の雫が伝っている。それはヘルメットをかぶっていた佑真も同じだが、背もたれに寄りかかる彼女を見ていると、どうしても心配になってしまう。


 元々運動神経はよくないし、体力だって『ひとりぼっちの五年間』の影響を引きずっているのだ。去年の夏に波動切れで倒れた姿が、頭の中をチラついた。


「波瑠、大丈夫か? 疲れてないか?」


「ん、私は平気だよ。佑真くんこそ。あんな運転して、疲れちゃったんじゃない?」


「体力は自信アリだぜ。心配すんな」


「流石佑真くんだね。頼りになります」


 えへへ、と波瑠は伊達眼鏡の奥の瞳を細めて、扇いでいた野球帽を膝の上に置いた。


「……本当にね、佑真くんは頼りになるなあって、今、一緒に逃げていて思ったんだ」


「波瑠?」


「佑真くんと会う前は、一人っきりで逃げていたから。進む道を考えて、空を飛ぶ分の能力演算も行って、敵の攻撃をかわして、追ってくるのを妨害して。これ全部一人でやってた頃と比べるとね、すごく、心が楽なんだ」


 言葉にあわせて指を折り、四本閉じた左手。その薬指に輝く指輪を、彼女は愛おしそうに撫でた。


「佑真くんを巻き込んだことを、今になっても後悔している私はいる。佑真くんを突き放した方がいいって声は、ずっと心の奥で囁いている。それでも、佑真くんがいてくれるとね、うまく言えないけど、嬉しいんだよ」


 膝に置いた野球帽をかぶりなおした彼女は、いつものように素敵な笑顔で佑真を直視する。


「だから、これからも一緒にいてください」


「……何回同じ約束すりゃ気がすむんだか」


 佑真は波瑠の野球帽に手を乗せ、ぐしゃっと深くかぶらせた。


「ひゃあっ!? な、なにするのっ?」


「やっと素直に頼ってくれるんだな、波瑠」


「……えへへ。だって男の子は可愛い女の子に頼られると、頑張れちゃうんでしょ?」


「懐かしいフレーズをまた……まあ、なんだ。いきなり能力を使わせちまったしな。オレに下手に気を遣って無理するなよ。それだけは約束な」


「うん。ありがとね。今は本当に大丈夫だからっ」


 上目遣いでニコニコと微笑む波瑠。


 その笑顔がある限り、佑真だっていくらでも頑張れる。元気を貰ったところで、佑真はエアバイクのカーナビに向きなおした。


「ところで波瑠、これからどこへ向かおうとしていたんだ? 一応オレ達は『西』へ向かうつもりだったんだよな?」


「ん。本当に寄り道だよ。必要な寄り道だけど」


 波瑠もエアバイクに寄ってくる。


「これから逃げるにあたって、一番に必要なのは資金でしょ? 私達だって一切お金を持っていないわけじゃないけど、逃げている間に残金を確認して節約する余裕なんてない」


「だろうな……その辺は真希さんに我が儘言うんじゃなかったのか?」


「お母さんに負担をかけず、だけどもしも、無限に等しい額が存在するとしたら?」


 波瑠はそんなことを言う。佑真にふと、変な考えが浮かんだ。


「もしかして、日銀を襲うのか?」


「そんなことしないよっ! 私に残してくれた莫大な遺産があるんだよ。元『ランクⅩ』のNо.1……十文字直覇が残してくれたお金が」


「十文字直覇?」


「スグの本名。何回か話したよね?」


 愛称を聞いてピンときた。


 波瑠が唯一救えなかった、『模倣(コピー)』という史上最強の超能力者だ。


 彼女は波瑠を溺愛する……いうなれば『今の佑真の位置』にいた人だ。たとえ血縁者でなくとも遺産を彼女に託す理由は共感し、納得できる。死後も幼い少女を支える方法なんて、むしろ(それ)くらいしか思いつかない。


「でもその人、女子高生だったんだろ? お金持ちなの?」


「うん。私や桜もそうだったけど、高次の超能力は研究価値を持つからね。『超能力研究の謝礼』っていう形で、私達【使徒】や超能力者は安定した収入源を得られるの。もちろん私自身のお金もあるけど、スグのそれは億を超えるくらいある」


「………………直覇さん? が絡むとすぐにお話がワールドクラスになるよな」


「気持ちはすっごくわかるよ。本人が使い道に困って『とりあえず三億円ほど募金したことある』とか言うくらいだし」


 天涯孤独で一般庶民な零能力者には、想像もつかないスケールでした。


「とにかくだ。その直覇さん? の遺産を取りに来たってことでいいの?」


「うん。半年くらい一緒に逃げている最中に、いろんなところにお金を隠してきたんだって。いつか私が役立てるために。使うとしたら、きっと『今』だと思うんだ」


「……ここで『金もオレに任せとけ』とか言えたら格好いいんだが」


「佑真くんは今のままでも十分格好いいよ」


 なんだか不本意な慰めを受けた気がする。顔をしかめた佑真は気分転換に公園に目を向けて――その瞬間、なんかすごいものを視界に入れてしまった。




 裸体だ。


 いや、正確には黒いボクサーパンツを履いている。警察が通りすがれば一目散に捕まえかねないほどの肌色面積の――――男が、走っていた。




 日焼けサロンにでも通っているのか肌は焼けており、ボディービルダーと主張する上腕二頭筋。波瑠の胴体くらいありそうな太い大腿部。幾重にも割れた腹筋に隆々とした背筋と全身の筋肉が、夕日に照らされていた。


 遊具で遊んでいた子供たちがポカンとして、雑談にふけっていた若奥様方も硬直している。道行くサラリーマンもチラ見しては驚き、中高生くらいの者達は携帯端末のカメラを向けていた。


 大注目を浴びて、男は更に加速する。


 なんだかここまで来ると勇ましい。大都会新宿は違ぇな! と感銘に震える佑真が違和感に気付いたのは、数秒後のことだった。


(……あれ? あの人こっちに向かって走ってないか?)


 しかも、一歩一歩踏みしめるごとに速度を増している気がする。単にこちらがコースなのか、実は波瑠の知り合いなのか? 質問する前に波瑠も気付いて「うわあっ!?」と体を震わせた。ズン、ズン、ズン、と男は近づいてきて――――




「ふんぬっ!」


 佑真の目の前に到達すると、何の躊躇いもなく右ストレートを放った。




「――――うおおおおお!!!???」


 持ち前の反射神経で横っ飛びして躱した佑真は、絶叫しながら地面に足を滑らせる。同じく跳ぶように逃げた波瑠との中間で、拳を振るった筋骨隆々の男は止まった。


「……男のくせに逃げるのか!?」


「いや見知らぬ野郎に突然殴りかかられたら、誰だって避けるだろ!」


「ガハハハハ! それもそうか! 至極まっとうな意見だな!」


 男は豪快に笑うと、波瑠をチラリとだけ確認した後、佑真をジロリと見下ろした。長門憂には及ばないものの、コイツも百八十センチは超えているだろう恵まれた身長だ。


「ならば名乗りを上げ、知り合った男の拳は避けないのだな!」


 そして、何だか変な自己完結をして、パンと右手を己の左手に打ち付ける。




朝比奈(あさひな)(けい)! これが天堂佑真、お前と戦いお前を殺すためにここまで走ってきた男の名だ!」




 夕日に照らされた極太の剛腕が、佑真の真横を貫いていく。


 衆目に晒された公園を舞台として、肉弾戦が唐突に幕を開ける。




   【14 新宿区】


現在時刻


2132年4月25日金曜日 午後5時06分




赤閃の鎧(レッドイーグル)』を脱いだ古泉激は、汗を流すために近くの運動施設のシャワー室を勝手に借りていた。


 バイク一体型駆動鎧と呼んでも過言ではない『赤閃の鎧(レッドイーグル)』だが、常識離れした挙動を制御するにはもちろん体力・精神力の双方を消耗する。全身が疲労を訴えている今、シャワーだけでなく入浴したいという雑念がちらついた。


 天皇波瑠の雷撃で二人を見失ったが、自分が疲労を感じるくらいだから相手も疲労して休憩を取るはず、と予測した古泉は『同胞』に大まかな位置を連絡した。


 今頃は朝比奈驚辺りが接触しているだろう。そう考えた古泉は、シャワーを浴びながら長門憂と通話していた。


「やはり天皇波瑠は脅威です。彼女の超能力は優秀――『赤閃の鎧(レッドイーグル)』のような機械では、エネルギー変換能力を打倒することは難しいと思われます」


『やはりか。俺様と戦った時は室内であったからな。「高尾山襲撃事件」とやらで天皇波瑠の残した氷山を考えれば、厳正たる俺様が見たのは言葉通り「氷山の一角」でしかなかったわけだ』


「……対して、天堂佑真もなかなか目を見張るものです。動体視力、反射神経、周辺視野……何気ないエアバイク操縦でしたが、普通の人間とは違う何かを感じました」


 古泉はシャワーを止めた。タオルを手に取り、肢体を流れる水滴を拭う。


「彼自身の戦闘能力は未知数ですが、油断していい相手ではないと考えます」


『ふむ。最強たる、敗北を知らぬ俺様にそのような警戒をわざわざ伝えるとはな。ますます面白い』


 通話の向こう側で、長門の声が好奇心で躍る。きっと強者故の豪快で豪胆な笑みを浮かべているに違いない。


『現在、我が同胞が交戦している。朝比奈驚と言ったか、奴は近接戦闘特化型らしいからな。天堂佑真を測量するにはうってつけではないか』


「歩兵では、天皇波瑠との相性は悪いと思われますが?」


『否』


 即答だった。


『俺様は熟知たる、故に伝えるが、奴の「原典(のうりょく)」は、対超能力者戦の方が効果を発揮する。奴が苦を為すとすれば、天堂佑真の方であるだろうよ』




   【15 新宿区、とある公園】


現在時刻


2132年4月25日金曜日 午後5時08分




 朝比奈驚が真っ先に佑真に殴りかかった時、波瑠の目にはあまりに隙だらけな背中が映っていた。


 愛する人が傷つけられるのを黙って見過ごせるはずもなく、一切の躊躇なしでSETを起動させた波瑠は、朝比奈の全身を氷で絡めとった。


「ぐっ!?」


「流石に油断しすぎだよ。仮にも二対一なんだから――」


「波瑠、頭まで完璧に拘束しろ!」


 どこか焦っている佑真の大声が響いた。言われるがままに氷の範囲を広げようとしたその時には――――バゴッ! と。


 氷の拘束が破られていた。


「嘘……っ!?」


 これでも凍結は容赦なく行っている。絶対零度――正確には『氷』ではなく『窒素まで固形物と化した状態』で皮膚に触れさせているので、凍傷は確実に避けられない。……はずなのだが、朝比奈の筋肉に覆われた体は傷一つついていなかった。


「ガハハハハ。残念だったな天皇波瑠! なかなか痛かったが氷では俺を止められないぞ!」


 右手を振り上げた朝比奈は、波瑠に構うことなく佑真へと殴りつける。ひらりと完璧に避ける佑真は周囲の――民間人に目を配っていた。


 突然の乱闘に驚いて多少の距離は取っているものの、携帯を向けたりしていて、危ないから逃げようと考えるのは子連れくらいだ。


(クソッ、巻き込むわけには――)


「よそ見する余裕があるとはなァ!」


「――おら!」


 朝比奈の鉄槌が下る。左手で受け流した佑真は思いっきり後方へ逃げた。朝比奈の真後ろに、紫電を帯電した波瑠が待ち構える。


 凍結が通じないならば次は麻痺。高圧電流が朝比奈の全身を撃った。


 バチバチッ! と激しい音が弾ける。


 全身から煙を噴き上げる朝比奈が、今度こそ静止した――ほんの一秒間だけ。


 一秒後には映像を巻き戻すかのように皮膚の焦げ跡が消え失せ、夕日に照らされた筋肉がドクンと胎動した。


「そういえばお前の能力は『凍結』だけではなかったな! 一瞬油断してしまったぞ!」


「だったら!」


 右手に氷、左手に稲妻。両方の『無力化』を同時に放つ並行演算。佑真に向かって左腕を伸ばす肉体を氷が覆いつくし、その真上から超高圧の雷を落とす。


「効かなァいッ!」


 ダン! と地面を踏み抜いて、朝比奈はすべての攻撃を耐え抜いた。


 そしてボクサーも顔負けの速度で振るわれるアームハンマー。


 適宜対応できるだけの動体視力を持っている佑真は、真正面から攻撃を受け流しては、波瑠に迎撃の隙を与え続ける。


 けれど、凍結だけでなく雷撃も、風撃も、水撃も、何を与えても朝比奈は一秒未満で切り抜けて、佑真への攻撃を再開した。


 復活する筋肉。


 強固となる筋肉。


 厚みを増す筋肉。


 胎動する筋肉。


 猛威と化す筋肉!


(……これは、使いたくなかったけど!)


 波瑠の表情が曇り始める。佑真にも波瑠にもダメージはないが、波瑠の超能力が通じない時点で佑真の思考から『決定打』のイメージが欠けていく。


 そんな最中、少女は両手に劫! と火炎を纏った。


 火花が唸る。


「……ガハハハハ! 妨害は結構だが俺の肉体はその程度では屈しないぞ!」


 しかしまた、波瑠の炎を背中で受け止めておきながら、朝比奈はわずか一秒で再起した。佑真は師匠、火道寛政とのつい先日の死闘を思い出し、その上で朝比奈の異常なまでの屈強さにおぞましさを感じた。


(波瑠だから心のどこかで手加減しているのかもしれない……だけど、背中一面覆いつくす規模の炎を浴びても平然としていられるとか、もはやそれは人間じゃないだろ!)


 炎系の能力者と交戦する機会は多かった。オベロンには両腕を焼かれ、アリエルには腕一本を熔かされ、寛政には文字通り全身を焦がされた。その痛みは心が覚えている。


「……嘘、でしょ」


 朝比奈の猛攻をいなし続ける一方で、波瑠が愕然とした表情になっていた。


「ただれた皮膚が、一瞬で再生した!?」


「はあ!?」


 マッハパンチを薙ぎ払った佑真は、後方へ大きく飛びのいて距離を取った。


 それは真正面にいた佑真に気づけず、真後ろにいた波瑠だから見えた映像だった。


 そういうことかよ、と佑真は舌打ちする。


「傷一つつかない『頑丈さ』じゃなかった……傷がついてもすぐに再生する『異常な回復能力』が、波瑠の攻撃が通じない理由か!」


「さて、気になるなら試してみたらどうだ!」


 波瑠がとても辛そうな表情で氷柱を撃ち出した。


 それは朝比奈の腕や脚に突き刺さるが――一秒後。


「ぐおおおっ!」


 ドクン、と朝比奈の筋肉が胎動して氷柱を弾きだすと、風穴が即時的に筋線維で埋まった。


 波瑠は続けて鎌鼬を起こす。ブチブチッと朝比奈の腕や脇腹に一文字の傷を刻み、赤い血が舞った。


「なかなかに……痛むな!」


 しかし血が地面を汚す頃には、傷口が塞がってガチガチの筋肉が蘇っていた。


 苦渋の表情のまま彼女が使ったのは、水圧によるウォータージェット。


「だが効かんッ!」


 朝比奈の腕の肘から先を引き裂いたが――一秒後には、地面に落ちた腕とは別の腕が、傷口から生えていた。


「「……ッ!?」」


「「「きゃああああああああああっ!!!」」」


 公園に阿鼻叫喚の悲鳴が響き、津波のように広がっていく。吐き気を催す光景を前に、佑真と波瑠もまた言葉を発せないほどの衝撃に貫かれていた。


「先ほどまでの勢いはどうしたァ!? 固まっていては俺の拳がお前を倒してしまうぞ!」


「っ、がはっ!」


 そして迫力の拳が、佑真の一瞬の隙をつく。ギリギリでクリーンヒットは避けたものの、あまりの腕力に佑真の身体は公園の土を転がった。


「佑真くんっ!」


「来るな波瑠!」駆け寄ろうとした波瑠に叫んだ。「下手に近づくんじゃねえ! コイツの攻撃の餌食になるぞ!」


 波瑠は朝比奈から慌てて距離を取る。体勢を立て直した佑真は、ジンジン痛む左手をさすりながら輝く筋肉を睨み付けた。


「単純な『回復』じゃないな、テメェの能力は」


「その疑問には答えるべきかな? んん?」


「好きな方を選べよ。こっちは勝手に推測しているだけだ」


 土埃を払い、頭を抱える代わりに、蒼く染まった前髪をクシャリと握った。


「――波瑠の攻撃を受けるたびに、お前の体は傷ついた。それを一瞬で『回復』するのがお前の能力だが、正確には『超回復』ってやつだろう」


「超回復……?」


「筋トレ用語だよ。人体……特に筋肉は、負荷をかけて一度『壊される』と、壊された時の負荷に耐えうる強度まで『回復』しようとするんだ。前の周回を超えて回復するから『超回復』。筋トレってのは、根本的にはこの仕組みを利用したトレーニングなんだよ」


 佑真がこれを知ったのは、寛政に師事して間もなくのことだ。


「朝比奈驚にも似たことが起こっている! 波瑠の攻撃を受ける度、奴の腕力は増したし奴の速度は加速した。たぶん奴の肉体は、傷つけば傷つくだけ『超回復』して筋肉が……身体能力が増していく!」


 波瑠がさあっと青ざめる。


 ものすごく簡単に言えば、攻撃を受ければ受けるほど強くなる能力者――。


「そんな……そんな能力、存在するの!?」


「今ここにこうしてあるのだから! 拒絶は無意味だぞ、天皇波瑠ッ!」


 波瑠の疑問をねじ伏せる大声は、朝比奈の発したものだ。


 ファイティングポーズを取った褐色半裸の男は、豪快な笑みで白い歯を輝かせた。


「そして大正解だ天堂佑真! 俺は《肉体再生(オートリバース)》の『原典(スキルホルダー)』、肺を潰そうが心臓を貫こうが再生する、異常で異状な闘士(ファイター)だッ! 俺を止める方法はただ一つ――能力演算領域ごと、脳を捻り潰すことだ!」


「弱点、自分から言うのかよ」


「さあて、本当に弱点だと思うかお前は?」


 朝比奈は自分の頭を指さし、


「脳を潰せば人は死ぬ。さしもの俺でも復活はできないぜ! だがなあ、そんな残虐な仕打ちを天皇波瑠はできるのか? まして天皇波瑠の前に立つお前に、天皇波瑠を愛する天堂佑真(おまえ)にできるのか!? んん!?」


「……その質問は、答えないとダメなわけ?」


「お前が好きな方を選ぶと良いさッ!」


 朝比奈は、ダガッ!! と地面を蹴り飛ばした。


 窪みを穿つほどの勢いで間合いへ飛び込んだ朝比奈は、右ストレートを主軸としたコンビネーションを佑真に放つ。重い右腕、速い左拳、そして砲撃が如き鉄の右拳。佑真をもってしても回避はおろか、防御さえまともにできず呻き声を上げる。


 助けようと手をかざした波瑠――――しかし、彼女にはもう何もできない。


 朝比奈の言う通り、波瑠には人を殺せない。


 たとえ《神上の光》で生き返らせることができるからって、自分の手で他人を殺すことは、波瑠には絶対にできない。


 黙っていれば佑真が蹂躙される。


 何かしようにも朝比奈を止める手段はない。


(……嫌だ、佑真くんが傷つくのは、いやだ、けど、私にはやっぱり殺せない……どうしたって、誰かを殺すなんて絶対にできないよ……!)




「殺す必要なんてない。コイツはオレが倒すから、お前はそこで待っていてくれ」




 そんな時、佑真は地面に血交じりの唾を吐きながら告げた。


「ほう? 天堂佑真、お前は俺を止められるっていうのか? もはや人間とも正常な生物とも呼べない、怪物じみた再生能力を持つこの俺を?」


「ああ、一つだけ手札は残っている」


 ゆらりと立ち上がった佑真の両拳が握りしめられる。


 体の前で交差した腕は、一部が雪のように白く染まっていた。


「ただし、コイツは最上級の切り札(ジョーカー)だったんだがな」


 そんな白い部分から、ジリジリと稲光が走る。


 朝比奈が訝し気に目を細めた瞬間、その稲光は天堂佑真の全身から放出された。




「〝零能力(コード)神殺しの雷撃(ブレイクダウン)〟」




 放出したのは、佑真が得てしまった『力』だった。


 自分に反動が返ってくるとわかっていながら、意識するだけで能動的に引き出せるようになってしまった、異能を一瞬で消し去る力。


《零能力》の雷撃を纏った佑真は、朝比奈へ低姿勢で突進した。


 弓矢のような勢いで真っ直ぐに正面を取ると、接触の数歩前で飛び上がる。全力で振り上げた右脚に〝雷撃〟を全力集中させると、怒号を轟かせた。


「おおおおおッ!」


 重い肉を打つ感覚。腕を交差させて頭蓋を守った朝比奈。即座に自ら跳ね返された佑真は、朝比奈の追従が迫る前に、低姿勢をふたたび作って懐へと潜り込んだ。


 ギリ、と左拳に力を込める。強靭な下肢によって支えられた師匠の一撃――〝黒天龍〟を模した掌底一発。鳩尾を的確に貫いた攻撃に、さしもの筋肉を誇る朝比奈も「むぐお……っ!」と呻き声を上げる。


 一撃を得て、師匠に鍛え抜かれた真骨頂へと突入した。


 水が川を流れるように止めどない、完成された連撃。四肢のみならず全身を駆使した俊敏な攻撃が朝比奈の腕や脚での防御を叩く。


 クリーンヒットしなくとも、ダメージを蓄積していくのが大技を持たない佑真の戦い方だ。


 馬鹿みたいな体力と諦めない執念を両立した彼に相応しい戦闘スタイルは、しかし話を聞いた限りでは、朝比奈との相性が悪すぎる。


 波瑠は、眉をひそめながら佑真の攻撃をいなす朝比奈を見て。


 そして佑真が纏う〝雷撃〟を見て、解答に至った。


(朝比奈驚の異常な再生能力は《超能力》……だから佑真くんの《零能力》は、その効果さえも消し去ってしまうんだ!)


 通常状態(デフォルト)の『三秒間触れ続けることで異能を消す異能』では成し得ない。一瞬で異能を消し去る〝神殺しの雷撃〟だからこそ、佑真は朝比奈にダメージを与え続けることができる。


 だが、伴うリスクはあまりにも大きい。


〝神殺しの雷撃〟が異能を消すたびに、佑真は身体のどこか一部を損傷するのだ。まるで莫大な力に肉体が耐えかねるかのように、骨だろうと筋肉だろうと崩壊していく。


 今の佑真には、拳一発をぶつけるたびに朝比奈と同程度の痛みを感じているはずだ。


 朝比奈に防戦一方の対戦を強いているにもかかわらず、佑真が出血するのが何よりの証拠。


 お互いに血吐き痣を生む、互角の肉弾戦。


「この野郎……流石に頑丈すぎんだろッ!」


「ガハハハハ! なるほどなァ、流石は話に聞いた《零能力》だ、俺がまともにダメージを受けているのは十年ぶり以上だぞ! だがしかし、俺だって闘士(ファイター)! 素手格闘(ステゴロ)で後れを取るわけにはいかないな!」


「こっちだって意地があんだよ。テメェ如きに負けるようじゃ師匠に向ける顔が無い――」


 ほんの一瞬だけ、佑真の視線と波瑠の視線が重なった。


「――それに、守りたい女の子が後ろにいるんだ。ここで負けたら男じゃねえ!」


「良い! 良いぞ天堂佑真! このように血沸き肉躍る戦いは久々だ!」


 殴り合い傷つけあうはずの男達の表情は、どうしてか明るかった。


「皮膚が鈍痛を訴えている! 骨が違和感に悲鳴を上げている! 筋肉が疲労に困惑している! ああ、これが戦い。これこそが闘いだな、天堂佑真!」


 朝比奈は笑い声を上げながら、無数の徒手空拳を放つ。


 攻防をひっくり返すほどの勢いで、佑真に技術の粋をぶつける。


「久しく感じていなかったぞ、このような熱き衝動は! 今俺は生きている! 一人の人間として痛みに耐えている! ああ、俺は、朝比奈驚は生きていたのだな! 決してゾンビになったわけではなかった! 得体の知れない宇宙生物に憑りつかれたわけでもなかった! れっきとした超能力者として、生きているのだな!」


 神速と呼ぶべき鉄拳が、佑真の頬を殴り飛ばした。


 地面を踏みしめる朝比奈。彼は佑真が立ちあがるのを待っている。


 この戦いは、彼の中ではすでに『暗殺任務』というカテゴライズを失っている。


 なにせこの男、背中からナイフで一突きされても『生き返った』男だ。


 四肢をバラバラに引き裂かれても、内臓を引きずり出されても『生き返った』男だ。


 これまでに男が『死んだ』回数は両手の指では収まらない。


 痛みを感じる頃には『死に』、痛みを忘れる頃には『生き返って』いた男が今、全身をジクジク刺すような『痛み』を感じているのだ。


 そう簡単に終わらせていいはずがない。


 限界の限界の限界の先にある限界まで己が肉体を試さねば、終わらせていい理由がない!


「――――何言ってんのか、オレにはよくわかんないけどさ」


『痛み』を与えてきた宿敵が立ち上がる。


 小さな少年は両拳を握りしめると、好戦的な笑顔で朝比奈に殴りかかってきた。


「そんだけ血色のいい筋肉してて、生きてないわけないじゃんか」





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