●第百二十六話 金城仏の特徴的な十二騎兵
登場キャラ総数と文字数の比率を冷静に考えると、確実にweb小説向きではありませんね。
例によって例の如く、後の戦闘パートで名前を認識してもらえれば大丈夫です
【7 盟星学園、校門前】
現在時刻
2132年4月25日金曜日 午後0時40分
佐々木消を清水優子と瀬田七海に託し、佑真達は用も済んだので、早々に盟星学園を去ることにした。見送りは火道寛政だけだ。誠や千花あたりは来てくれてもいい気がしたが、彼らにも学園生活がある。佑真達よりそちらが中心にあるのは、当然のことだ。
「そういや師匠、勝手に『休学』に変えたんすね」
「あっバレた?」
「バレてますよー。火道先輩、流石に職権乱用です」
「波瑠ちゃんにまで言われるとはなぁ」
寛政は視線を逃がしながら、ポリポリと頬をかく。佑真と波瑠は笑みを交わすと、波瑠がくるんと蒼髪をなびかせた。
「でも、正直嬉しかったです。全員が全員認めているわけじゃないけど、まだ帰る場所があるんだなーって言われているような気がして」
「うん、そういう意味なんだけど、実際に言葉にされるとキツイな」
「照れないでくださいよー。でも先輩、さっき佑真くんのことは『門下生』って言ったのに私のことはスルーしましたよね?」
「いや波瑠ちゃんは門下生とは感覚が違うっていうか、弟子じゃないんだけどただの後輩でもなくて……うまく言えないなあ」
「微妙な関係っすからね。【天皇】と【火道】だし」
「それもあるんだけどね。あんまりご令嬢と親しくすると、家柄的に面倒くさいから。まあ、婚約者がいるから扱われても『愛人』なんだけど」
適当に言葉を交わしている間に、盟星学園の校門にたどり着いていた。寛政は門から広がっている道路へ目を向け、
「これからどうするんだい?」
「とりあえず、寮長……中学の頃の担任に会ってきます。最近いろいろあったんで、報告しないといけないことが多くて」
「その後のことも、寮長さんに相談しておこうと思いまして」
「そうかそうか。二人の保護者っていったらあの人だもんな」
「保護者っつうか、歳の離れたお節介な姉貴?」
「私にとっては、もう一つの家族です」
軽く顔をしかめる佑真。波瑠はきゅっと目を細めた。
師匠である寛政よりも、担任だった寮長を頼ることへの小さな嫉妬心のようなものはあるけれど――寮長の方が、寛政よりもこの二人を見守っていた期間は長いのだ。
「じゃ、いってらっしゃい。帰ってきたら連絡してくれよ?」
「もちろんです、先輩」
「リベンジマッチまでには強くなっててくださいよ、師匠」
「よく言うよ」
グッと親指を立てた波瑠と佑真に、サムアップを返す。ぐるりと背を向けた二人が駅の方へ歩いていく背中を見ながら、小さく息をはいた。
長門憂から殺害予告を受けていながら、二人は前を向いている。
「まったく頼もしいな」
二人が二人でいられる限り、きっと折れることはないんだろう。寛政は二人が見えなくなるまで、校門に寄りかかっていた。
【8 とある中学の学生寮】
現在時刻
2132年4月25日金曜日 午後2時13分
三月に退寮して以来、来ることのなかった中学校の学生寮。
「ここに戻ってくる時は良い知らせを持ってこい、なるロリババァの別れの言葉が耳に痛いでやんすね」
「悪い知らせしか持ってないからねぇ」
躊躇っていても仕方がない。何度も何度も出入りした寮長の部屋は、今も変わらず同じ場所にあった。一階入ってすぐの部屋。相変わらずの手動扉。
ぴんぽーん、と未だにカメラのついていない古風なインターホンを押す。しかし内側からは音がしない。
「まだ学校か?」
「普通に考えたらまだ授業中だもんね。あがって待ってよっか」
ごく平然と合鍵を取り出す波瑠。『いつでも帰ってこい』とは言っていたものの、本人不在の家に上がるのは躊躇われる――なんて『一般常識』が存在しないのが、寮長と佑真達の関係だ。
「はっはっは、何も変わってねえな。自分の部屋より見た畳部屋」
「布団干しちゃえ。洗濯もしちゃえ」
「カレーの材料しかねーや。作っちまうか」
自宅より、勝手知ったる担任部屋。
二人は寮長のプライベート空間だと承知の上で、好き勝手に家事を開始した。
【9 池袋のビル、奥の間】
現在時刻
2132年4月25日金曜日 午後2時47分
長門憂と古泉激は呼び出しを受け、西東京の盟星学園から池袋へ、東京を移動していた。
都市再開発で建造された高層ビルの一つに入り、エレベーターで七十階まで一気に上がる。都会の光景をガラス張りのエレベーターで眺めながら、長門はふと嘆息をついた。
「同胞よ。権力ある者は、何故高所を好むと思う?」
「王、この世で最も権威たるのは王です。私の口に解を求めるよりも、己の心に問えば、解は自然と得られるのではないですか?」
「それもそうであるな――ふむ。他の愚か者と共通しているとは思えんが、俺様の場合は天が太陽に近いからであろうな。かの威光と最も近い位置にあるべき者は、最高たる、故に有象無象ではなく俺様であるべきだからだ」
「その通りです。太陽という恒星と釣り合いを保てるのは王のみでございます」
古泉が淡々と文字を並べると、エレベーターは七十階に――最上階に到着した。
薄暗く、物音ひとつしない静粛な廊下を躊躇いなく進む。一面に敷かれているレッドカーペットが足音を吸収しているのだ。
「お待ちしておりました、長門様、古泉様。中でご当主様がお待ちです」
大きな木製の扉が、ドアマンによって開かれる。
中で待っていたのは――――白いヒゲを蓄えた、老齢の男性であった。男性用の着物を着こみ、巨大なテーブルの奥でソファに腰掛ける老人は、細い眼光で長門を見据えた。
「長門憂、そして古泉激。あなた達、ずいぶんと余計なことをしてくれたみたいですねぇ?」
「フハハ、貴様にとって不都合だろうが俺様にとっては都合であったからな。俺様の気まぐれで久方ぶりに大地を闊歩したが、収穫は得た」
早速老人は長門を責め立てるのだが、白い大男は気にした様子もなく胸を張る。老人は長く深いため息をつき、顎髭を撫でた。
(よりにもよって『暗殺任務』についてまで明かすとは思いもしませんでしたけどねぇ……長門憂を利用するからには、これも覚悟の上であるべきでしたか)
「それで、金城仏。権力たる、故に多忙な俺様を呼び出すほどの話とは何か?」
「『顔合わせ』ですよ。事前にお伝えしていた十二名の『同胞』全員と改めて顔合わせをしていただきます」
まあ一人先走って敗北しましたが、と続ける老人――――金城仏、現【金城家】当主。
「あなたはすでに全員と会っているでしょうが、個々で会わずの者も多かったですからね。こういった場を設ける必要があるのですよ」
仏の細い瞳が部屋中を巡る。七十階のフロア全体を使った広すぎる部屋には、老人を除いた九名の子供達が待ち構えていた。
「そうかそうか。佐々木消は先走ってしまったが、礼節たる、故に上に立つ俺様と任務を共にする同胞共よ。名乗るがよい」
ドガッと金城仏の真正面のソファに、背もたれを飛び越えて座る長門。
『コ』の字を描くソファの一端に腰掛ける女性が、鋭い眼光で長門を睨んだ。
「これ長門憂よ。礼節を謳う癖に、背もたれを飛び越えるなどという不作法を行うとはな。正気か?」
浴衣を露出多めに改造したような服で、腰に刀を帯刀する彼女の名は結城文字。不満そうに老人言葉を使うも、長門は気にした様子もなく鼻で一蹴した。
「ガハハハハ! この男に一般常識を期待するのが間違いだろうよ! なにせこの男、オレタチとは違う『世界』に生きているのだからな!」
結城の二つ隣に座すタンクトップで筋骨隆々の男――朝比奈驚は、体格に見合う豪快さで笑ってのける。
「……うるさいですうるさいです面倒くさいですここにいる人達は面倒くさいです」
二人の間でちぢこまる少女がいた。目の下にたくさんのクマをつけた彼女は、瀬戸和美という。
「長門様、ないしょごとはないしょにしないとダメだよぅ」
『コ』の字の角にすっぽり収まっているのは、まだ十歳かそこらかの行橋このえという少女だった。
お手玉をヒョイヒョイする少女の反対の角で、ケッと口角を上げる少年もいる。
「このえ、テメェなら覗けばすぐわかンだろうが。長門様は自分が正義、自分が正当、自分が理だ。他人に『黙れ』と言われて黙る器じゃねェよ」
乱暴な言葉遣いでありながら、少年の年齢もまた少女と同じか、わずかに上でしかないだろう。五十嵐龍神の悪魔のような笑顔を見て、結城たちと反対側のソファで頭を抱える者がいた。
「場の空気をわきまえてくださいな、皆さん方。このような静粛な雰囲気を汲み取るくらいはしていただかないと、今後社会で生きていけませんよ?」
ソファをなぞって床まで届く長い長い黒髪の女子、八多岐那須火が額に手を添える。
「『どうせあたし達は異端児なんだし、無理に社会に適応する必要ないんじゃないかー』とあたしは叱られるのを承知で声を張り上げてみるー!」
対照的に声を張り上げたのは、枝折戸仄火だ。茶髪の彼女は、グッと白い腕を上げた。
「………………」
無言を貫くのは眼足意繕火。深くフードを被る彼女の瞳は、何を見ているのだろうか。
「わたくしは公平を司る者。傾向した意見を有しません」
ブカブカな服を着てアイマスクをしている異様な格好の男性――猪鹿蝶牡丹は、深い感情なく淡々と言った。
「相変わらず騒々しい連中であるな。佐々木消を含め、俺様の同胞としてはいささか小粒であるが――凡百と比べれば合格点。妥協する他あるまいな」
ソファの中心に座った長門憂の仰々しい言葉も、周囲の者達はさらりと流す。
「この世に王と匹敵する者など存在しません。王に求められるものは、常に己より劣る才の扱いなのですから」
そして、長門の後ろにしずしずと立つ古泉激。
十一人を一望して、金城仏は白髭の下に苦笑いを浮かべていた。
(…………我が【金城家】が他の【七家】にも明かさず極秘裏に集めた『原典』達――その中でも、異常で異状な精鋭十二人! 一斉に集うのは初めてですが、やはり癖がありすぎる!)
髭を撫でながら、苦笑いは光悦へと変化する。
(ですが癖がなければ意味がない! 常人には理解できない、個性的で特徴的で暴力的な異常性! そうでなければ、私の『プロジェクト』には相応しくありません!)
十一人の子供達は、金城仏の内心を知らず好き勝手に言葉を交わしている――残念ながら、和気あいあいという形容だけはつかない険悪な雰囲気だが。
「して長門憂。天堂佑真に『暗殺予告』をしたわけですが、あなたはこれからどうするおつもりですか? 彼の『暗殺』と天皇波瑠の『確保』に、勝手に翌朝までと猶予を作ったわけですが」
「なに、俺様は豪快たる、故に言葉足らずとなりがちでな」
すくっと立ち上がると、長門は周囲の面々の顔一つ一つを見て告げる。
「『俺様は明朝に向かう』と言ったが、『俺様以外の者達まで合わせる』とは告げていない。貴様ら下民にやられるようなタマでは、俺様の配下とする意味がないからな」
「なるほどなるほど」
「つまり妾らは仏殿の言伝通り、『暗殺任務』を遂行しても構わんのじゃな?」
「その通りだ。俺様は雄大たる、故に決して同胞の任務の妨害はしない」
枝折戸仄火、結城文字の確認に大きく首肯し、
「貴様達は天堂佑真を殺し、天皇波瑠を捕えろ。俺様が征く明朝まで生き残れんなら、所詮天堂佑真はその程度の価値しかない凡百だったということだろうよ」
「では、長門憂を除く十名の皆さん」
金城仏は腰を上げる。
「私の『任務』、くれぐれも成功させてくださいね? 長門憂が動けばことは済むでしょうが、早いに越した事はありません……必ず、天堂佑真の首を取ってきてください」
百万人に一人の偶然を持つ十一人は、返事もせずに広大な部屋を後にした。
【10 とある中学の学生寮、寮長の部屋】
現在時刻
2132年4月25日金曜日 午後3時42分
寮長こと才波有希、二十五歳。見た目は子供なのに四捨五入すると三十なんですね! と新たに受け持ったクラスの女子生徒に笑顔で言われて怒る気力も失せてしまった彼女は、その鬱憤を寮の自分の部屋で解消していた。
「勝手に人の部屋に上がり込んで人の服を洗濯して布団を干して夕飯まで作りおって……最初は『ついにわしの目も狂ったか』と思ったが、おんしら、不審者というレベルを超えておるぞッ!」
「す、すみませんっ」
畳に座布団なしで強制正座させられた波瑠が、慌てて頭を下げる。隣に正座する佑真は一切反省した様子なく、
「いいじゃねーかよ。どうせ忙しいんだろ、手間が省けてお得じゃんか」
「今夜はカレーではなく、肉じゃがの予定だったんじゃがのう」
「じゃあカレールーの箱を台所に放置するなよ!」
「しまう時間が惜しいほど忙しいんじゃ!」
「じゃあ家事してもらった方が助かるだろ!」
「正直助かるわ! しかし本人不在で家を……というか二十代女性の台所や寝具を無断でいじるのは、どう考えても倫理的にアウトじゃろ!?」
「よく言うぜ。もう四捨五入すると三十」だろ――という続きは、残念ながら発せなかった。
寮長の小さな拳が顔面のど真ん中をクリーンヒット。あえなく畳に転がった佑真を放置して、ちゃぶ台にはカレーライスのお皿が三つ並んだ。
「久しぶりじゃの、波瑠、佑真。何かと大変だったようじゃが、こうして元気そうな顔が見れてなによりじゃ」
「忙しくてまともに連絡もできず、すみません……」
「連絡できんかったのはお互いさまじゃ。わしの方も、新入生の対応でドタバタしておる真っ最中じゃ。卒業生たちのことも気になるが、今は中学一年生の悪ガキ共で手一杯でのう」
「佑真くん以上ですか?」
「いいや、流石に天堂岩沢鈴木を超える奴はまだおらん」
目元にわずかなクマがある寮長の、聞きなれた子供のように高い笑い声に、波瑠はほっと安堵していた。やっぱりここは第二の実家だ。安心感が幾分も違う気がする。
「して、何用もなくここに来たわけではあるまいな?」
カチャリとスプーンを置く寮長。佑真と波瑠は顔を見合わせると、波瑠の方から事情を説明した。『高尾山襲撃事件』と盟星学園の休学、そしてついさっき長門憂から受けた『殺害予告』のことを簡単にまとめて教える。
話を聞き終えると、寮長はふたたびスプーンを手に取った。
「また《神上》とやらの所有者と出会い、今度は堂々と『殺害予告』か。少し目を離すだけで遠くへ行ってしまうのう、おんし達は」
「あはは……」
「退学届けまで出して、これからどうするつもりじゃ? 何かすべき指針は見えているのか? 行く先は存在するのか?」
「とりあえず、西へ向かおうと思います」
答えたのは波瑠だった。
「五年前――スグと一緒に逃げていた時、そして一人きりになってからと、やるべきことは変わりません。他の誰にも迷惑はかけない。これは私の問題ですから、その先のことは、西へ逃げながら考えます」
「………………と、お前の嫁は申しておるが?」
「逃げること自体は、五年前とは変わらないかもしれない。……いや、変えたかったけど変えられなかったって言うべきなんだろうな」
スプーンをくるりと回し、カレーをすくう佑真。
「だけど、今回はひとりじゃない。オレは絶対に、波瑠一人に抱え込ませたりなんかしない」
台詞はのんびりカレーをほおばる姿とは全然かみ合っていないけれど、今更二人の前で格好つける必要はない。幾度となく口にして、幾度となく確認してきた『意志』を改めて言っているだけなのだから。
波瑠が辛さと嬉しさを半分ずつ混ぜた、微妙な微笑みを作る。『本当は佑真くんでも巻き込みたくないんだけど』なんてことを、性懲りもなく思っているに違いない。
彼女も佑真も、方向は違うけれど『望まない状況』にいる。
だけど波瑠は、佑真が『助ける』と言ったらもう捻じ曲げられないことを知っている。
「波瑠の十字架は一緒に背負う。波瑠を地獄の底から救い出すって誓って、もう九ヶ月も経ってんだよ。今更コイツの手を放すことなんて、できるわけがねえ」
寮長はとても嬉しかった。今も尚、天堂佑真が折れずにいることに。
どれだけ遠い存在に感じてしまっても、根っこのところはいつまでも変わらない。
「長門憂なんかに波瑠を奪わせやしない! あいつはオレがぶっ飛ばす!」
ようはいつも通りの佑真に、寮長と波瑠はコクリと頷きかえした。
「……しっかし、つまるところは今回も『波瑠が愛されている』というノロケか?」
「い、今はそういう話じゃありませんっ」
テレテレしていては説得力も存在しない。こちらも変わらないな、と寮長は頬のゆるみをこらえきれなかった。
「ならばわしも、いつもと同じことを言うまでじゃな」
ぱくりと残りのカレーを頬張って、寮長は言う。
「ここはお前達の家みたいなもんじゃ。何か困ったことがあったら、いつでも帰ってくるがよい。大層なことはなにもできんが、暖かい飯とシャワーくらいならいくらだって提供してやる」
だから、元気で帰ってくるんじゃぞ。
グッ! とサムアップして見せる寮長に、ビシッ! と敬礼を返す佑真と波瑠。
小さな、だけど誰よりも心が大きな先生から分けてもらった元気はとても暖かい。
帰る場所がある限り、これは果てしない逃亡劇なんかじゃない。




