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●第百十八話 「元気そうだしいいんだけどさ」

お久しぶりです、瀬古透矢です。


間の章ではなく、転じる章。第六章への数話をお送りしますぜ。


身も蓋もないことをいうと「更新していません」警戒のため、一週間に一本くらいのペースで間を繋がせていただきます。

また今回から多機能フォームの「自動改行」をお借りしています。なんだかんだ、この方が読みやすかったりして。


まずは3サイド。思ったより長くなりました。

生徒会の先輩方の一覧表でも、あとがきに載せておきますね。

 二一三二年、四月二四日。


「さあ、始めようか佑真クン」


「全力で行かせてもらいます、師匠」


 これは。


 少年と少女の、旅立ち前のお話である。






   【これが奇跡の零能力者(アムネシア)


       転章 挨拶回り編】




[SIDE‐1


  《生命の息吹(ギフトパス)》‐その1]




『――――――それでは、実験を始めたいと思います』


 国防軍【ウラヌス】の軍事施設の一角。高さ二階分、広さはテニスコート三面分ほどある演習室に立ったキャリバン・ハーシェルと戸井(とい)千花(せんか)は、アナウンスに顔を上げた。


『まずはキャリバンがSETを起動』


 アナウンスを勤めるのはステファノ・マケービワ。演習室に隣り合うモニタールームには、多くの機材を扱うスタッフの他に、立会人として日向克哉が足を運んでいる。


 キャリバンと千花がこんなところにいる理由は、千花の超能力の解析を行うためだった。


 本人もずっと悩んでいた、正体不明の『原典(スキルホルダー)』こと《生命の息吹(ギフトパス)》。


 今回、キャリバンの申し出を受けて、最高レベルの施設を誇る【ウラヌス】にて万全の形でチェックすることになったのだ。


 二人の少女は頭を始め体の各所に機械を装着し、心拍数やシナプスの伝達速度といったあらゆるデータを採集する。つい先ほど、全身スキャンで身長体重どころか体内の水分量まで測定されたくらいだ。


『先にキャリバンの現状の超能力の測定。その後に、戸井様にキャリバンに触れていただいて改めて超能力を行使していただきます』


「は、はいぃっ」


『その際の波動の状態やキャリバンの身体の変化などを確認したいので、無茶な申し出とは思いますが、キャリバンはなるべく落ち着いた状態で能力を使ってくださいね』


「ようは気楽にってことですよね? 了解ですぅ」


 キャリバンは、というがガッチガチなのは、突然軍服だらけの施設に連れてこられ、全身隅から隅までデータ化された千花の方だったりする。


「センカもリラックスしましょう。アタシに手を添えるだけでいいんですからぁ」


「そ、そうですよね……そもそもわたしの為に大人の方がこんなに協力してくださっているんですし、し、失敗は、許されない……」


「マイナス思考はよくないですよっ。リラックスリラックス!」


 キャリバンはつとめて笑顔に振舞うが、千花の表情は硬いままだ。


(こういう時、ハルやアキナはうまくやるんでしょうけどぉ……)


 大人ならともかく、同年代とは未だにどう接すればいいのかわからない。千花とも世間一般で言う『友達』くらいには仲が良いだろうが、緊張のほぐし方なんて知る由もないのだ。


 なんだかこっちまで緊張してきそうになった時、ふとなぜか、ある男の顔がちらついた。


(……ユウマなら、どうしますかねぇ)


 普段からヘラヘラしているせいか、誰とでもすぐ打ち解ける奴。キャリバンも最初こそ壁を作っていたが、気づけば壁がなくなったどころか、一番仲の良い同僚(、、)になっている。


 あいつなら、表情の硬い女子がいれば――――


「…………だ、大丈夫ですよっ」


「キャリバンさん……?」


 キャリバンは、千花の頭に手を伸ばしていた。身長がどっこいどっこいなのでやや不自然な体勢だが、頭をゆっくりと、不慣れな手つきで撫でる。佑真がよく波瑠や桜にやっているところを見てきたが、自分でやると、想像以上に恥ずかしい……ッ!


「いくらセンカがドジっ娘(、、、、)体質でも、アタシがついていますから! 頑張りましょうっ!」


「キャリバンさん……そうでした、わたしはもう『失敗(、、)体質』だからといって、すぐに逃げたりしないって決めたんです。頑張ります!」


 グッと拳を握る千花。いつの間にかにそんな決意をしていたようだ。


(これもまた、ユウマ達と出会った影響なのかもしれませんねぇ)


 自然と頬を緩めたキャリバンに、ステファノより一撃目の測定準備に入るよう指示が飛ぶ。


 SETに手を添えながら、十メートル前に接地された的を見据えた。大きさは厚さ三十センチ、直径五十センチの円柱が筒に入っている。これを風のハンマーで押し出し、どれほど動かせるか、という測定だ。今の演習室は外から見れば、ボウリング場のような外観にセッティングされていることだろう。


「頑張ってください、キャリバンさん!」


 千花からエールを貰い、キャリバンは準備完了のサインを送る。


 筒の横に設置されたランプが点灯し、測定開始。


「SET開放っ」


 キャリバンはすべるようにSETを起動させ、黄金色の波動を周囲に撒き散らし始める。波動を他者よりもはっきり視認する『水晶の瞳』を持つ千花は、その鮮やかさに思わず目を細めていた。


 波瑠のサファイアカラーといい、秋奈の深紅といい。


(上位の能力者だから波動の色が綺麗、というわけではないでしょうけど……キャリバンさんは特に、とてもきれいな波動をしていますね)


 黄色や金色に近いからかもしれないが、そんな波動が陽炎めいたうねりを起こす。


 千花だけが捉えられる『超能力の予兆』だ。


 すでにキャリバンは、周囲の気体を制御下に置いていた。彼女がふっと息を吐きながら突き出した右腕に応じて、気流がゴウと響く。纏まった空気は筒を勢いよく殴りつけ、数十メートルは離れた反対側の末尾まで余裕で押し出してしまった。


『…………キャリバン、短期間で随分と強くなりましたね』


「ふんっ、最近測定していなかっただけで、今やこれくらいの出力調整は余裕なんですよっ」


『頼もしいですね。では次の機材準備に入ります。少々お待ちください』


 誇らしげに鼻を鳴らすキャリバン。どこか意地を張っている子供のようで、千花はくすくすと肩を揺らすが、彼女の瞳はキャリバンの技巧の高さをより明瞭に見届けていた。


 彼女は集めた気流のほぼすべてを、一点集中で、面にバランスよく当たるよう調整を施した上で、的にぶつけていたのだ。


 比較対象にするのもなんだが、とりあえず飛ぶために気流を吹き出させる『質より量』な波瑠とは大違いの『質&量』を見た気分だ――千花が心中で申し訳なく思うように、《風力操作》専門と気流操作もできる能力を比べるのは間違っていることだろうが。


「お疲れ様です、キャリバンさん。流石ですね!」


「一発放っただけですけどねぇ。それにハルかマコトだったら、一人で壁を貫くくらいはできたんじゃないですかねぇ……」


「そんなことないですよ。繊細な技巧だったら、キャリバンさんはお二人よりも上ですから!」


「…………そ、そんなことないですよっ」


 思いがけない絶賛に、顔を赤くしながら同じ台詞を返すキャリバン。


「ア、アタシは小さい頃から【ウラヌス】にいて、超能力ばっか使ってましたからねっ。あの人たちより多少使いこなせるのはまあ、当然かもしれませんがっ」


「そう照れないでください。――そういえば、キャリバンさんもこの、えっと、国防軍に所属していらっしゃるんですよね?」


「そうですね。アタシの他にはユウマとハルもですし、先輩ですが瀬田七海副会長も階級持ちですよぉ」


「いつごろから所属しているんですか?」


「っ」


 それは、ふと気になった話題にすぎないだろう。


 けれどキャリバンは、返事をすべきか迷って言葉に詰まってしまった。


「……あ、こ、答えにくいことでした?」


「いえ、隠すようなことでもないですし……センカになら話してもいいでしょう。準備も少し難航しているようですし、時間つぶしにはちょうどいいです」


 キャリバンはボトルのドリンクを一口飲んで、ベンチに腰を下ろした。千花に座るよう、隣をトントン叩いて促す。




「アタシは『戦争孤児』なんですよぉ」




 ボトルから口を離しての一言は、教科書の例文を述べるように感情がこもっていなかった。


 千花はやがて目を真ん丸に見開くが、すぐに驚きを呑み込んだ。


「………………わたし達と同い年なのに、ですか?」


「最初に突っ込むところがそこって……ハルの言っていたことがアタシにもわかりますねぇ」


 キャリバンは破顔しそうになるのを堪えつつ、


「同い年でもギリギリありえるんですよ、センカ。第三次世界大戦が終了したのは、二一一六年七月二日。アタシ達世代の生まれた『年度』ですぅ」


「あ、そっか。七月以前に生まれれば、同じ学年でも『戦争孤児』になる可能性はあるんですね。でも、赤ん坊ですよね?」


「はい。アタシは赤ん坊のまま置き去りにされていたんですが、そんなアタシを、隊長……ハルのお母さんが、偶然見つけてくれたんです。頑丈な壁の中で、空中の焼け跡の中で、母親と思しき人の亡骸の中で……唯一いた、生存者として」


 少し重い話で申し訳ないです、とキャリバン。


 千花は頭を振った。


「素敵、とは決して言えないですけど……運命みたいな話ですね。波瑠さんのお母さんに発見されるなんて……ん? 七月ってことは」


「そうです。ハルの誕生日は七月二十日で、隊長はハルを出産するまさに直前。だから赤ん坊だったアタシを放置することなんて、できるはずもなかったそうですぅ」


「……もしもその時、波瑠さんのお母さんに見つかっていなかったら、今こうしてキャリバンさんと話すこともできなかった。そう思うと、あの、うまく言い表せないですけど……くすぐったいというか、もどかしいというか、不思議な気分です」


「アタシもですね」


 とはいえ、キャリバンは【天皇家】の長女の下に残らず『月島園』という孤児園に引き取られ、しばらくの時を過ごし、八歳になる頃から【ウラヌス】と関わり始めている。


 波瑠との初対面が十歳になってからなのはそんな経緯が理由だが、真希とだけは、長いこと交流していたのだ。


「それで、軍に所属したのはいつなんですか?」


「うっ……人がうまいこと煙に巻いたつもりだったのにぃ……」


『お二人方、御歓談のところ申し訳ないですが準備が整いました。これより第二撃目の測定を行いますので、所定の位置についてください』


 問い詰められるキャリバンに、珍しく天啓(満面の笑みバイ(by)狐顔)。


「ほ、ほら! 待たせると悪いですし、続きはまたの機会ということでっ!」


「教えたくないことまで根掘り葉掘り聞くつもりはないですからね?」


 千花はキャリバンに手を引かれて立ち上がる。先ほどと同様、筒と円柱の測定器が周囲に多数のセンサーを構えて蘇っていた。キャリバンが同じ体勢で構え、その後ろで千花が背中に手を添える。


「そういえば、手を繋いだり背中に触れたりした場合、何か変化があるんでしょうか?」


「その辺も調べてもらいますか? 今日は幸い、時間に余裕がありそうですしぃ」


 などと呑気に言葉を交わしていると、測定開始のランプが輝いた。


「SET開放っ!」


 キャリバンはSETを起動させるが、先天的能力者『原典(スキルホルダー)』の千花にその過程は必要ない。彼女はただ、自分の超能力を頭の中でイメージするだけで発動できる。


「どうですか、キャリバンさん?」


 千花が少しだけ不安げに問いかける。キャリバンはなぜ不安げなのか疑問に思う程の自分の強化に、もう何度か経験している《生命の息吹(ギフトパス)》に驚く肉体を静めていた。


(この感覚……お堅い言葉を並べるならば『能力演算領域』の拡張、あるいは『生命力の活性化』とでも呼ぶべき現象なのでしょうねぇ)


 グググッと自分が巨大化するような感覚だ。脳が回転数を速め、思考からゴミが取り除かれて、明瞭となっていくのが実感できる。


「いい感じです、センカ。いきますよっ」


 キャリバンは一発目と同じ感覚で《風力操作(エアロキネシス)》を発動した。しかし集まる気量も穿つ威力もコントロールの裁量も、一発目とはケタが違う。


 どれほどケタが違うかというと。




 ズガアアアッ!! と。


 演習室の壁に巨大な穴を開けちゃうくらい、ケタが違った。




「「…………………………どうしましょう」」


『…………とりあえず、測定できているか確認しましょうか』


 めでたく廊下と繋がった巨大な穴に、キャリバンと千花は冷や汗を大量に浮かべるのだった。








   ☆ ☆ ☆




[SIDE‐2


  悪友対談]




「というわけでお見舞いに来てやったぞ、佑真」


「男に来られても嬉しくないんだが、誠」


 都内のどこかにある、ごくごく平凡な二階建て一軒家。


 かつては『天皇』というトンデモ表札が掲げられていたお家も、今では『天堂』とかいうその辺にいる苗字が掲げられている。


 そんな家の暫定家主・天堂(てんどう)佑真(ゆうま)は、わざわざお見舞いに足を運んだ五年来の友人・小野寺(おのでら)(まこと)に減らず口を叩いていた。


「そう言わないの。僕だって付き添いなことには変わりないから。これ、桜ちゃんと楓ちゃんにお菓子の贈呈」


「秋奈嬢とユイちゃんのか。すっかり保護者様ですな。ありがたく貰っておくぜ」


「お前だって楓ちゃんの面倒とかたまに見てるんでしょ? 結構高かったから雑に扱うなって」


「主に波瑠が、だよ。オレは未だにシャンプーうまくできないし。お、うまそう」


「あー、わかる。ユイのシャンプーに慣れるまで一か月近くかかったし。波瑠は百歩譲るけど、お前が食うなよ?」


「オレももう一月経つんだがな。オレのお見舞いじゃないのかよ」


 器用に二つの会話を同時進行しながらリビングに向かうも、そちらは女性陣が占拠してしまったのでしぶしぶダイニングへ向かう二人。


 ちなみにリビングにいるのは、波瑠(はる)(さくら)(かえで)の天皇三姉妹に秋奈(あきな)と、誠がひょんな縁で預かっている迷い子、ユイだ。現在お年は五歳と判明。次が六歳になる歳なので、今は『月島園』という佑真紹介の孤児園に保育園っぽく通っている状態だ。


 未だに実親のわからない彼女だが、誠の義姉や家族、それに秋奈の愛を受けて毎日元気に食う寝る遊ぶの三連コンボ。元気が何よりである。


「何飲む? コーラコーヒー緑茶麦茶液体のり……液体のり!? オレンジジュースにリンゴジュースがありますが」


「コーラで。ていうか液体のりはボケじゃなくて本当に入ってるのか……。楓ちゃんのためにどかしておけば?」


 そうする、と佑真はコーラの入ったコップ二つに液体のりをテーブルに置いた。


「んでさ、お見舞いって何の?」


「自分の鏡見た? あまりにも外見が変化している知り合いが心配だから、仕方なく足を運んでやったの察してくれないかな?」


「質問に質問で返す奴は嫌いだ」


「質問っていうか皮肉だけどねー。で、その外見はマジでどうしちゃったのさ、佑真」


 誠がふと声のトーンを下げる。


 佑真は〝蒼色に染まった前髪〟をクシャとかき上げ、


「知るかよ。高尾山の一件の後、病院で目覚めたらこうなってたんだから」


「やっぱりキッカケはあの時なんだね」


「髪はご覧の通り、前髪を中心に〝一部が蒼くなっちまった〟。黒染めしようとしてもカラーを受け付けない、謎バリアを標準装備してやがる」


「あ、黒染めしようとしたんだ」


「一部染めは好きじゃないからな。今回の場合逆だけど」


「ふーん。んじゃ、そっちの〝紅色になっている右目〟はどうなのさ? 視界も赤色なのかい?」


「ああこれ? そんなことはないぞ。視界は明瞭、今の波瑠のパンツは水色で桜のカチューシャも水色だぶごへっ」


「ナイスコントロール、桜ちゃん」


「ぬ、ぬいぐるみ投げるなよ……。ま、視界が赤みがかった、なんて事態にはなってないから安心してくれ。新手のオッドアイだぜ」


「まあオッドアイみたいなものだけど、呑気だなぁ相変わらず」


「危機感持ってる部位だってあるんだぜ?〝手の甲とか胸とか背中辺りの肌が真っ白になっちまった〟上に、なんとこの辺〝痛覚も触覚も残っていない疑惑〟が発生中だ」


「あら、なんと」


「服脱ぐか。しばし待たれよ…………ほい、こんな感じ。下半身も一部が似たような状態だが、桜がキレそうだから脱がないでおく」


「秋奈はともかく、波瑠まで許容状態まで飼いならされている!?」


「そりゃ同棲してたらこうなっちゃうでしょ」


「性欲真っ盛りの男子高校生が同棲とかマジラノベかよー、って思ってたけど、流石は佑真だよ。やることはキッチリやりやがってクソッタレ」


「秋奈だったら押し倒したって文句言わないと思うけどなー!」


「しかし話が逸れちゃったね」


「逸らしたのはテメェだがな。そして否定はしないのか」


「…………」


「おい、なぜそこで黙るなぜそこで赤面する!?」


「で、痛覚ないって本当かい?」


「え待てや滅茶苦茶気になること残しやがってコンチクショウこん畜生ッッッ! 後で根掘り葉掘り聞いてやるが、まあいいか。ためしに背中をつねってみろよ。やせ我慢でなく痛みを感じねえから」


「了解っと。なんか翼の生え跡みたいな白さだなあ」


「オレも思った。ところでつねってる?」


「あ、ごめん」


「なぜ謝る!?」


「つねりすぎて血が出てきたから」


「うおおおい!? 物事の限度を知れ!? 波瑠ちーん《神上の光》をお一つプリーズ」


「これくらい唾つけときゃ治るよ」


「オレからはどんくらいか見えないんだが!?」


「ともかく、本当に痛みどころか〝触っているかすらわからない〟んだね……」


「おう。これが背中二箇所と心臓付近、大腿部に手の甲と右腕数か所に広がっていらっしゃる。実に気味が悪い外見でも、波瑠ちんは営みに付き合ってくれた」


「時たま自慢を挟むのやめません?」


 いそいそとシャツを着なおす佑真。外見的には大きな変化を迎えてしまったようだが、精神面での変化が一切見られないので、誠はばれないようにこっそりとため息をついた。


「原因はやっぱりわからないのかい?」


「残念ながら、な。心当たりすら存在しねえ」


「そうか……何事もないといいけどね」


「……まあな。心配かけて悪かったよ」


「元気そうだしいいんだけどさ、まだ止血してないのにシャツ着ていいの?」


 よくなかったー! と叫びながら慌ててシャツを脱ぐ佑真。


 二人はコーラを飲み、同時にふうと一息。


「盟星学園に退学届け、出したんだってね」


「ああ。流石にあれだけのことをやっちまったしな。波瑠とキャリバンと相談して決めたよ。これ以上、本当の意味で関係ない人達の生活を脅かすことは許されないってな」


「……本当の意味で、か。確かに、盟星学園に純粋に入学したかった人たちが大多数だろうからね。そこに波瑠が勝手に入学して、勝手に事件を起こして、勝手に巻き込んできたんだから。御立腹も無理はないか」


「そういうこと。……オレもようやく理解したよ。どうして今まで、波瑠が『普通の生活』を拒んでいたのかをさ」


 佑真は無意識に、コップを握る手の力を強めていた。


「昨日、退学届けを出しに行った時の『皆』の顔を見て、嫌という程わかったさ。波瑠は『ああいう顔』を他の人にして欲しくなかったから、できるだけ『ひとりぼっち』になろうとしていたんだなって」


「後悔、しているかい?」


「してるさ。嫌という程している。……この前みたいなことが起こる可能性は、ずっと理解しているつもりだったんだよ。それでもオレは、賭けたかったんだ。波瑠が『普通の女の子』と同じように笑って、泣いて、楽しく過ごせる生活を送れるって方に。でもダメだった。これが悔しくなかったら、この世に悔しいなんて存在しねえだろってくらい、悔しいよ」


「……」


「でも、波瑠が許してくれたから」


 ――――これ以上、顔を上げていては涙が零れそうだったから。


 顔を伏せる佑真を、誠は何も言わずに見守っていた。


「あいつが、もう大丈夫だよって……もう、たくさん貰ったからって……いつか来ることだって、わかってたから大丈夫だよって…………オレ、そんなこと、言わせたくなかった……あいつにそんなこと言わせるために、高校入学を決意したんじゃ、ねえんだよ……ッ!」


 きっと、休校を挟んだ三日間を含めて、誰にも言えなかったんだろう。


 ずっと胸の内でぐるぐると渦巻く黒い感情を、波瑠達の前で押し込んでいたに違いない。


 コイツは、そういう男だから。


「悔しいなんて言葉で収まるわけねえ……退学なんて、させたくねえよ……」


 誠はテーブルに落ちた一滴の雫を拭って。


 佑真の後頭部をつかむと、グイとテーブルに押し付けた。


「僕からは、何も言わないよ」


 そう言って誠は、テーブルに肘をつく。


 突っ伏す佑真は抵抗せずに、そのまま言った。


「……だからテメェに話してんだよ……来てくれてありがとな、クソッタレ……」


「はいはい」


 誠は思う。


(こうやって、本音を打ち明けてくれるようになっただけ、お前も変わったよ。……変えたのはやっぱり、波瑠なのかな)


 ――もう一年も前になる。


 天堂佑真と小野寺誠が、本気で殺し合ってから。


 あの時にも、佑真は変わっただろう。ある医大生から貰った『誰かを救える正義の味方になりたい』という、夢物語のような憧れを大切に、大切にするようになったけれど。


 佑真を本当の意味で変えてくれたのは、やっぱり、波瑠との出会いなのだ。


「……ちょっと悔しいかもね」


「……別に、誠が罪悪感を覚える必要はねえぞ……」


 その話ではないのだけれど、否定するのも面倒なので誠はコーラのおかわりを取りに席を立つことにした。




   ☆ ☆ ☆










[SIDE‐3


  先輩方の恋模様 part:1]




 盟星学園、生徒会室。


 天堂佑真と天皇波瑠の退学という大ニュースは、提出二日目を迎えてもなお、この部屋の話題となっていた。


「天堂も波瑠も本当に退学するんだな……学園内が静かだ……」


 開いた窓から吹く春風に、生徒会長・清水(しみず)優子(ゆうこ)は長い黒髪をなびかせていた。


 その表情は切なさに満ちているが、そこはかとなくアホらしい絵面に生徒会の面々はしかめっ面を浮かべるしかない。


「かいちょ~、虫が入ってくるので窓閉めましょ~よ~」


 生徒会会計・黄金(こがね)愛花(あいか)が不満そうに呟くが、


「そうは行くか、愛花。私はあいつらの声がふたたび聞こえるまで、窓を閉めるわけにはいかない……!」


「永遠に開けていることになりますよ~」


「いいや、あいつらは必ず帰ってくるのだから……! 私は信じているぞおおお!」


 生徒会長の咆哮に、中庭をランニング中の生徒達がビクビクッと驚いている。困ってあわあわする愛花は、自分専用の机で黙々と作業を続ける先輩に振り返った。


「ななみん先輩、火道先輩、かいちょーを止めてくださいよ~」


「無理よ無理。あのモードになった優子を止められるヤツはこの世に二人しかいないわ。そうよね、カン君」


 生徒会副会長・瀬田(せだ)七海(ななみ)は一蹴。


「ああ、七海。俺達も幾度となく挑戦したが、無理だった。真に暴走した奴を止められるのは――――清水優子の両親だけだ」


 生徒会書記・火道(ひのみち)寛政(かんせい)も一蹴。


「…………さいですか。くそう、かいちょーを説得するよりムシコネーヨを購入した方が早いだなんて……また生徒会予算が切り崩されるぜい……」


「今期の会計さんは、無駄な出費は避けるんじゃなかったのかしら?」


「最近すっかり暑くなってきて虫さんも元気になりますからねー。虫さんの来ない健康的な部屋で生徒会を運営できなければ、予算持って逃げ出すレベルです。マジで苦手です」


「あたしもそんなに得意じゃないけど。カン君や八神君が潰してくれそうじゃない?」


「だそうだ八神。いい加減手紙に向き合ってないで、話に加われっ」


「なっ」


 寛政は立ち上がり、隣席の生徒会庶務・八神(やがみ)龍二(りゅうじ)の大きな手の中から一枚の便箋を奪い取った。


「む、先輩、やめていただきたいのだが!」


 普段は物静かで淡々と作業する彼の狼狽に、会長を除くメンバーの目が光る。


「うわっは、八神が声荒げた!」


「へい火道先輩、パス! 全力で! 全ッ力でパス!」


「今時便箋なんて珍しいわねー。ひょっとして、絶滅危惧種の」


「「ラブレター!」」


 うるさいっ! とセンチに浸る生徒会長ガン無視で、七海と愛花が寛政の手の中からも、するりと便箋を奪い取った。女性陣はもはや漫画アニメの中でしか見なくなった幻の一品に、テンション有頂天である。


「先輩、黄金、本当にやめていただきたいのだが……!」


「あら、本当にラブレターね。カン君ならともかく、八神君がもらうなんて珍しいわねー」


「普段は二年目のクラスメイトにさえメチャクソ怖がられてますしねー」


 好き勝手言われながら自分宛のラブレターを開かれる現状。


『コイツら人間じゃねえ!』と顔を真っ青にしている八神は、ポンと寛政に肩を叩かれた。


「火道先輩……?」


「八神。デリカシーのデの字もない連中の前で、ラブレターを取り出していたお前の自業自得だぜ」


「まさか俺に対して恋文だとは思わず…………先輩も、ですか?」


「……ふっ」


 言わずもがな、であった。


 きゃいきゃい騒ぐだけ騒がれて、先輩方からラブレターを返上される八神氏。


「つか八神、なんで作業もせずに手紙を読んでいたんだ?」


「今朝机の中に入っていたのを今更ながら思い出し、急用ではまずいと開いたら恋文で、初体験だったもので扱いがわからず、」


「硬直していたのね。外見に裏切らずカタブツなのねぇ八神君」


「重ね重ね、俺には縁がないことだと思っていたもので」


「高二の男が言う台詞じゃないわね」


「コワモテ故の弊害ですかね~」


 ふむう、と困りっぱなしの八神。


 七海は寛政の脇腹を小突き、


「ねえねえ、カン君からアドバイスないの? 百戦錬磨、盟星学園のプリンス様ならラブレターの経験くらいあるでしょー?」


「ふっ、まああるけどね」


 あるんかい、と七海。


「火道先輩、どうか助言を……」


「あはは、そりゃ、八神が相手をどう思っているかを最重視すべきではあるけどさ。相手は緊張しながら一文字一文字を書いてくれたんだ。その想いと向き合って、どうすべきか、自分できちんと考えなよ。俺も毎回そうして」


「毎回断ってきたのよね、プリンス様は」


「七海お前、ここ俺の決めシーンだから。台無しになること言わないでくれよ」


 流石先輩っすねー、と二年生の愛花、八神はうわべだけ驚いて見せる。


 火道寛政といえば容姿端麗文武両道、つけ入る隙無しで『プリンス』や『アイドル』の称号を得ている学園一のモテ男だ。


 ラブレターどころか直接告白されること、その人生で三桁に上る。


「ふんっだ。王子だのプリンスだの呼ばれているけど、カン君はその分だけ何百人もの女子を断って泣かせている事実にも気づきなさい」


「告白されるのは俺に止められないんだが!? とにかく八神、返事はよく考えな。お前が恋愛が苦手だろうと、不器用なりに向き合って返事をすれば相手も納得してくれるさ」


「むむむ……頑張ります」


 八神はそう頷きかえすと、便箋を封筒に折りたたんで丁寧に机の上に置いた。


「あー面白かった。ほーら優子、そろそろ定例会議始めるわよー。マスコミ対応や今後の学園の動きについて、先生達との話し合いもあるんだから」


「てんどー! はるーっ! 私はいつまでも待っているからなーっ!」


 七海は窓際から生徒会長の襟首を強引に掴み、ズルズルと生徒会長の椅子まで引っ張っていく。実は優子の両親以外に七海も制御しているのだが、七海に自覚はなかったりする。


 溜め息をついた寛政の横に、ススス、と愛花が近づいてきた。


「……なんだよ愛花」


「ふふふ、今日も先輩方のやり取りは面白いです」


「なんなんだよお前は」


「七海先輩、相変わらず『プリンス』には見向きもしないなーって思っただけですよ~」


 コロコロ笑って、愛花も自分の回転椅子に飛び乗った。


「…………なんなんだよ、まったく」


 火道は首の後ろに手を回し、何気なく七海に目を向ける。


 彼の頬がほんの少しだけ朱に染まっていることを、愛花だけが知っている。







需要があるんだかないんだか。

【盟星学園生徒会】の簡単な紹介でございます。


生徒会長:清水優子

《静動重力》の使い手の三年生。

残念な美人。


副会長:瀬田七海

《電子操作》のお姉さんで【ウラヌス】所属の三年生。

射撃が異様に得意。恋バナと後輩が大好きなJK。


書記:火道寛政

言わずもがな佑真の師匠。転じる章でまさかのスポットライト。


会計:黄金愛花

第五章まさかまさかの出番なし。小さな二年生。

気さくに先輩方と付き合うお調子者。


庶務:八神龍二

第五章にちょこっと出番あり。大きな二年生。

うるさい愛花と静かな八神。小さな愛花と大きな八神、という凸凹コンビ。恋愛感情はお互いなしのお友達。


転じる章はもうちょい続きます。


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