●第百十七話 「戻ってきたね」
三日間の休校を経た木曜日。
盟星学園の最寄り駅に降り立った誠と秋奈は、立ち止まっていた。
目の前の光景に驚いて。
「………何事?」
「マスコミ……みたいだね?」
自立式カメラが傍らを浮いていたり、メモ用のタブレットを構えていたり、録音用のマイクを備えていたり。マスメディアの取材陣が、駅前で通学中の生徒を片っ端から足止めしている、という奇妙な光景に二人は顔を見合わせる。
「………一体何が」
起こったの、と秋奈が呟く前に――
「おお、学年首席の小野寺君だね! それに水野秋奈さんまで!」
「ちょっと話を聞かせてもらっていいかな!?」
「この前の高尾山で起こった事件についてコメントを貰えると嬉しいんですけど!」
――向こうの方から、すべてを明かしてくれた。
なるほど、彼らは高尾山での出来事を嗅ぎ付けて、休校明けの盟星学園生徒を捕まえては詳細を聞こうとしているらしい。
「すみません、先を急いでいるので」
「ちょっとだけでいいんで! 一言だけでも貰えれば!」
「………ノーコメント」
「【太陽七家】の子息としてあの事件をどう思いますか!?」
「国防軍の姿勢に関して、高校生の目から意見をお願いします!」
「小野寺君も水野さんもすごい能力者なんでしょ! 戦ったりしたんじゃない!?」
誠も秋奈も断固拒否の姿勢だが、マスコミは諦めようとせず集団でひっついてくる。意地でも一言欲しいのか。確かに学年首席と【七家】令嬢だ、他の生徒とは一言の重さが違う。
(……僕達でさえこれか。優子さんや先生方は苦労したんだろうな)
眉をひそめる誠は、まだこの先に待っていることを知らなかった。
盟星学園の校門前もまた、人の波が押し寄せていた。
事件を面白がるマスコミだけではない。
「生徒達の安全管理はどうなっているッ!」
「これが国営高校のやることか!」
「命の危険に晒された子供達にどう責任を取るつもりだ!」
「親や近所の人々への謝罪はどうした!」
先日の高尾山での事件をきちんと『事件』と認識し、糾弾する集団があった。
生徒達の保護者や有志でつくられた団体は、休校だった三日間も、盟星学園に対して抗議を叫んでいたという。
「語ることは何もない。帰れと言っているだろうが!」
取材陣と真正面より相対する清水優子はすでに敬語が剥がれ、怒号をまき散らしていた。SETに伸ばそうとしている左腕は、瀬田七海が必死に抱きしめて押さえている、というほどの怒りようだ。
「我が校の生徒を見世物にしようなどこの私が許さんぞ! 貴様ら、首が跳ねられていないことを幸いに思うんだなッ!」
「落ち着いて優子! あんたがブチ切れても何も生まないわよ!」
「離せ七海! 間違っているのは奴らだろうが!」
「それはそうだけど、あんたの醜態で先生方の謝罪の言葉を無駄にするつもり!?」
生徒への迷惑を、心の負担を顧みない大人達を前に、優子の堪忍袋は今にも緒が切れかかっている。ここまで荒れる……何より、焦る親友を見たことがなくて、七海も困惑を隠しきれずにいた。
如何なる形で収束するのか、一切の憶測もつけられない。
どこからどのような経緯で情報が外部に流出したのかは定かではない。
しかし、盟星学園の屋上にて。
九十九颯と箒円は、苦い顔を突き合わせていた。
「……《神上の光》で誤魔化したとはいえ、負傷どころか殺傷を受けた生徒が実際に出ちまったんだぞ。そりゃ、これほどの事件を起こせば保護者は盟星学園に子供を置いておきたくないと思うだろう。世間の人々は盟星学園を責め立てるし、国家防衛軍の信頼は『東京大混乱』と重ね合わせて急転直下の大暴落か。カッカッカ……笑えねえな」
学園に対して社会が何も言わないはずがなく、実際に社会は学園、国防軍を責め立てる。
「しかも徐々に、元々一定数は存在していた『反能力社会派』や『反戦団体』まで結束しつつある。国防軍の失態、なんて扱いでは済まされない。国家レベルの社会問題へ繰り上げだ。クソッ、このままだと、俺達が潜入していた意味がなくなるぞ……」
「どうするの、はやて?」
「どうするもこうするも、俺達端役にできることなんて何もねえ」
九十九はツンツンの茶髪をかきむしり、大きなため息をつく。
彼の視線の先には、広く開かれた中庭をゆっくりと歩く、蒼髪の少年の姿が映し出されていた。
「どうするつもりだよ、天堂」
夜空色の髪の一部が、蒼色に変色していた。
視界ははっきり澄んでいるのに、右目の赤が消えていなかった。
体の一部が白色に染まっていて、いくら擦っても肌色が戻ってくることはなかった。
嫌になる程晴れ渡る春の青空の下、そんな風貌の天堂佑真は、二枚の紙だけを持って盟星学園の中庭のど真ん中を歩いていた。
佑真が歩みを進める度に、生徒達は佑真に気付き、視線を次々と投げかけられる。
佐藤歌穂達A組の女子と目があった。彼女達は佑真に怯え、あるいは嫌悪感を隠さずに、あるいは何かを言いたげに手を上げかけて、空中で弄んでいる。
「天堂、さん……」
千花が二階の窓から佑真に気付いてそう呟くが、彼女の小さな声は喧噪にかき消されていた。
ランク戦で戦ってくれた先輩達。同じ学科の友人達。あるいは、教員や職員まで。
やがて気づけば、全員が佑真のことを見ていた。
敵意を以て。
あるいは、恐るべき存在として。
はたまた、失望したといわんばかりに。
表情を変えず歩き続ける佑真の眉間に、突如、鈍痛が走った。
石礫が当たったらしい。右手で抑えると、つう、と血が手の甲まで伝う。
続けて、何かが佑真の左わきから殴りつけた。自然風ではない突風だった。無抵抗な佑真はベンチに激突し、ベンチを粉々に砕くほどの衝撃で地面に叩きつけられた。
騒然とする中庭。
ゆっくりと立ち上がる佑真の前に、五人ほどの上級生が立ちふさがった。
「天皇波瑠を出せ」
彼らは新入生合同演習の参加者だ。
一人が佑真の胸倉をつかみ、超能力で手のひらに小さな火種を生み出した。
「今すぐあいつを出せ、天堂佑真」
彼の声は震えていた。今にも逃げ出しそうなくらいに震え、拳には佑真のパーカーを今にも引き裂きそうな程の力がこもっていた。
「たかが謝罪じゃ済まさせねえ……」
彼らも捉えようによっては、英雄だった。
「俺達はこの耳でハッキリと聞いてんだよ。この前の事件の原因が、お前と天皇波瑠にあるってことを、あのバケモノ連中から、この耳で! ハッキリと! 聞いてんだよッ!」
全生徒が抱いた憎しみを引き受けて、佑真に牙を向ける『悪役』を演じている。
「せめて一発殴らせろよ。俺達、一回死んだんだぞ。生き返れてよかったね、じゃ済まねえんだッ。どれほど苦しかったか、死んだことのないテメェにはわかんねえだろうけどな!」
「……悪いけど」
そんな男に対して、口を開くのが怖かった。
「波瑠は、もう、ここには来ないよ」
だけど正直に、言を告げた瞬間。
ゴッ――と、懐を炎が殴りつけていた。
焼けるように痛い。いや、実際に皮膚は火傷しているだろう。
どよめきが波のように広がる校舎へ目を向ける勇気はもう、残っていなかった。
ああ、また孤独に帰ってきたな、と。
佑真は顔も上げずに、自分を取り囲む上級生たちへ、二枚の紙を突き出した。
そこには、退学届と記されていた。
☆ ☆ ☆
蒼髪の少女は、病院の屋上から青い空を眺めていた。
どこまでも晴れ渡る、青い青い空。
雲が春風に押されて、すごい速さで流れていく。
また、孤独に戻ってきたね、と。
少女は空っぽな心で、青い空を見上げていた。
【第五章 水晶の魔眼編 完】
第五章もようやく完結です。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
説明や補足が足りなくない? と思う方も多いでしょうが、そのあたりは『間章』で回収します。
次回は恒例のグッダグダな後書きです。




