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●第百十四話 「本当にありがとう」


強化兵創造計画(プログレッシブ)能力付与実験(アポステリオリ)』において、【使徒】の九種類の超能力のうち、最強の波動を操る能力《集結(アグリゲイト)》は数百名に移植され、その上で数百名が身を滅ぼした。


 波動を操るという超能力は、能力演算領域の拡張自体にはほとんど問題が存在しない。

〝生命力を操る〟という点において、大きな問題が存在していた。


 過剰な波動を使用するこの超能力は、完璧に制御しない限り己が身を滅ぼす原因となる。

 故に数百名の死体を量産し――結果として《集結(アグリゲイト)》に関した『能力付与実験』は別段階として隔離された。


 その名も『第一位複製計画アナザー・アグリゲイト』。

 集結(アグリゲイト)の演算領域の一部に限定して移植された、複数名の不完全な複製が限界であった。


 生島つぐみもその一人である。《集結の片割(アグリゲイト・パーツ)》――集結(アグリゲイト)の『波動を探知する』という面を中心に複製した後天的超能力(アポステリオリ)は、その代わりにつぐみが本来の超能力を使えなくなる、というデメリットを生んだ。


 そして現在、高尾山にて暴れる男も『第一位複製計画』の一端である。


劣化集結(マイナスアグリゲイト)》――集結(アグリゲイト)攻撃面(、、、)に特化して超能力を移植された男は、元の名を失った。


 言葉は為せども意味は成さず。

 反応は為せども思考は成せず。


 超能力を使用するたびに男の脳は集結(アグリゲイト)に侵食され、男の理性は集結(アグリゲイト)に押し潰される。


 脳が攻撃性指向に占領され、寄る辺とするのは破壊のみ。

 果たして彼が怪物と呼ばれるまで、そう時間はかからなかった。


 地下に最も頑丈に幽閉された男。

 男の心の内には、煮え滾るべき人類への怨讐さえも存在していなかったという。




 右目が激痛を訴えていた。

《零能力》がこの段階になるといつもこうだ。〝純白の雷撃〟で力を貸してくれる代わりに右側の視界を赤色に染め上げて、全身のどこかしらを自傷する。


 自分の肉体(からだ)は《零能(この)()》に耐えられないと悲鳴を上げている。

 自分の精神(こころ)は《零能(この)()》を渇望していたと歓喜を叫んでいる。


 果たして、どちらを優先すべきかと聞かれれば。

 当然、精神(こころ)の方だった――――


「――――――おおおおおッ!」


 波動の鞭が横合いを貫く。杭を撃つ武器、パイルバンカーを彷彿とさせる一撃を佑真は、己の右腕で迎え撃った。


〝神殺しの雷撃〟が波動を一瞬で()へと収束させる。

 回避すれば周囲に被害が出るが故の無茶な迎撃。普段の《零能力》の三秒間の制約があってはできなかっただろうが、今は異能の力であれば如何なる力も消し去れる。


「ハッ、面白ェなァ天堂佑真。俺の波動を消し去るなんてよォ!」

「そのくだりは、本物さんと一回やってんだよ!」


 言葉を交えながら、二撃目、三撃目と止めどなく襲う波動を右腕で迎え撃ち続ける。その最中、佑真はあることに瞬時に気付いた。――集結(アグリゲイト)と持久戦を繰り広げ、最終的に集結(アグリゲイト)の全攻撃パターンを把握し切った彼だから気づけたことだ。


(攻撃も集結(アグリゲイト)に似ているが、ヤツと比べれば威力も技も大幅に劣る……!)


 佑真の動体視力で容易に捉えられる攻撃の軌道。

 執拗なまでに振るわれる『波動の鞭』。


 集結(アグリゲイト)も長期戦慣れしていなかったが、奴は五百人の超能力者に勝利を納めた『最強』だ。戦闘経験の差が如実に表れている。手数も威力も速度も思考も、本物の方がよっぽど恐ろしい。


「……、クソッ!」


 ――しかし、二十手ほど交えた佑真の全身は、彼の分析に反して傷だらけになっていた。


「どォしたどォしたクソタレガキ野郎が! 反撃してみろよ! それとも大口叩いといて、んな余裕ないってことか? アァ!?」


 ぞわ、と波動がわずかに浮く。

 佑真は開いた右手に〝純白の雷撃〟を局地集中させる。いうなれば還元の徹甲弾を三発装填し――不規則に襲い掛かる波動に向かって、全力で腕を振り抜いた。


「ふっ――!」


 純白に輝く三の徹甲弾が、黒の波動の嵐を霧散させる。

 ピリ、と右肩に痛みが生じつつあることを無視して、佑真は集結(アグリゲイト)もどきの攻撃に食らいつく。



   ☆ ☆ ☆



 一方上空では、波瑠が再び《神上の力(GOD KNOWS)》と対峙していた。

 再び、というが目の前の《神上の力(GOD KNOWS)》は、波瑠の記憶する『桜のそれ』とは外見が似て異なる。


 背中の翼は三対六本の水流。得物は光る弓であり、漆黒の魔法陣は胸元で黒く輝く。

 桜のものは翼が電だったし、ステファノ曰く、波瑠は翼が氷で覆われていたという。

 十二種の《神上》が司る奇跡が異なるように、ここにも多少の違いがあるのだろう。


 もっとも――――だからといって、目の前の脅威が脅威であることに違いはなく。

 超能力だけでは敵わないと知っていながら、少女は果敢に疑似神格へと挑戦していた。


「くっ――――」


神上の力(GOD KNOWS)》の放つ矢が、幾千本の光の直線へと枝分かれして空中を貫く。隙間をなんとかくぐり抜ける波瑠だが、光速の後から吹き付けた衝撃波が彼女の背中を無慈悲に押し出した。


 もはやレーザービーム。エネルギー変換の勘定に入れられない『天使の力』の猛撃は、なんとかバランスを立て直した波瑠の背中を狙って放たれる。


「はああッ」


 咄嗟に身を翻した波瑠は、右手と左手を同時に突き出した。左右が生み出す紅の炎華と蒼の氷塊は一つのオブジェクトとなり、幾千本の光線を迎え撃つ。


 その攻撃の名こそが《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》。

 炎熱と凍結、相反するエネルギー変化の現象を組み合わせた波瑠の必殺の一撃は、光の矢と同じく広範囲殲滅攻撃の筆頭だ。広大な攻撃範囲で互いに相殺させ合う氷炎と光線は小爆発を連鎖し、突風が吹き荒れた。


 突風の中でも《神上の力(GOD KNOWS)》は平然と弓に矢をつがえ。

 突風をもエネルギーとして、波瑠の両手が新たな現象を生み出す。


 大気が嘶く青白い雷鳴。

神上の力(GOD KNOWS)》が矢を放つと同時に、波瑠は莫大な雷鳴を一筋の電撃波として射出した。


 しかし、天使が繰り出したのは絶対必中の弓、《不可視の一閃(エルフィン・ショット)。千本に分かれてなお小隕石の威力を残す矢を、一本の状態でそのまま撃ち出す神の御業だ。波瑠の撃ち出した雷撃では撃ち落とすことは愚か、威力を削ぐことすらかなわない。


「っ、ああああああああああ!」


 咄嗟に氷の壁を数千枚と張ったが、いとも簡単に光の矢は中央を貫いて波瑠の身を抉る。正中線を死力で逃れたものの、右肩の一部が抉れて灼熱が神経を刺激する。


 その右肩をも、氷で強引に止血する。

 顔を青ざめさせた波瑠の脳裏には、アストラルツリーで対峙した桜の《神上の力(GOD KNOWS)》がちらついていた。


霧幻焔華(コールドシャンデリア)》だけでは一切太刀打ちできなかった敵。

 佑真が到着して、彼にいっぱい無茶をさせて、ようやく均衡を生み出せた脅威。


 あの時も、波瑠は佑真の足を引っ張るだけだった。

 ある一線を超えるまでは――――


(…………お願い、《神上の光(ゴッドブレス)》)


 波瑠は追撃の手を緩めない《神上の力(GOD KNOWS)》に必死に反撃しながら、背中の魔法陣に祈る。


(またあの力を……私にも、神的象徴(あのちから)を貸して!)


 呪いだと罵った。長い髪で背中にふたをして、小さい頃は背中に自分でナイフを突き立てたこともあった。


(もう足手まといにはなりたくないの。私は、佑真くんの隣に立って戦えるようになりたい。千花ちゃんを救う力が欲しい! ……散々我が儘を言ってきた。これまでも《神上の光(ゴッドブレス)》に頼り切ってきたし、不満とか好き勝手言っているのはわかっている)


 この力は佑真に『すごい』と褒められた。

 背中の魔法陣は秋奈に『綺麗だ』と肯定された。


 そうして、ようやく生死を司る《神上の光(ゴッドブレス)》が、呪いではなく奇跡だと思えてきた。


(それでも、今の私には《神上》が必要なんだよ! 私の身体はどうなったって構わないから――――友達を助ける力を貸して!)



《神上》の第二段階であるという《神上の力(GOD KNOWS)》。

 その引き金を引く条件は、所有者の感情が『(プラス)』あるいは『(マイナス)』のどちらかに振りきれることである。


 千花(ともだち)を救いたいという、少女の純粋なまでに一途な願い(わがまま)

 この世にもしも、本当に神様がいるとしたら。

 こんなにも真っ直ぐな願いを見放す真似は、するはずもないだろう。


 魔法陣がドクンと胎動する。

 純白の『天使の力(テレズマ)』が波瑠の身体を装飾(、、)する。

 頭上には天使の輪。六対十二の翼は、暁に望む金星の如く暖かな光を燈す。

 其の翼は、聖書における裏切りの堕天使のみが宿すことを許された十二枚。


 ――――――神的象徴(シンボリックアームス)完全開放(フルオープン)

「〝世界に仇(ルシファー)為す()黎明の翼(ストライク)〟!!!」


神上の力(GOD KNOWS)》が矢を放っていた。

 必中の恩恵を宿した《不可視の一閃(エルフィン・ショット)》。字義通り光速で迫るレーザー光線を、神々しい白の翼は一振りで消滅させた。


『――――――、』


神上の力(GOD KNOWS)》が……戸井千花だった何かが、初めてわずかな動揺を見せる。疑問を解消するために放った矢は、再び一枚の翼に薙ぎ払われた。

 そんな翼を操る少女は、静かに唇を動かしていた。


「…………千花ちゃん、たぶん今のあなたに、私の言葉は届いていないんだと思うけどさ」


 自分があれになった時も、佑真達の声は届かなかった。

 自分と身体が乖離していく感覚と、よくわからない破壊衝動に囚われているだけだった。


「私さ、千花ちゃんと友達になれて、すっごく嬉しかったんだ」


 届かないと知っていながら、波瑠は言葉を紡いだ。


「私が【天皇家】だと知っても、《霧幻焔華(ランクⅩ)》だと知っても、千花ちゃんは『普通の女の子』として接してくれた。特別扱いしないでくれた。私はね……ただそれだけで、心の底から嬉しかったんだよ」


 何を告白しても、千花はびっくりするだけだった。

 最初から一度たりとも波瑠との接し方を変えずに、隣に寄り添ってくれた人は初めてだった。


「……ごめんね、千花ちゃん」


 幸せな気持ちが大きかったから……こんな事態を引き起こした罪は、より深く刃を立てた。

 大切な友達を、取り返しのつかない最悪に引き込んでしまった。


「全部終わらせたら、私が隠していたこと、全部話すよ。たぶん千花ちゃんはびっくりするし、千花ちゃんでもきっと、友達辞めたいって思うんだ」


 だからこれだけは言わせてね、と。

 儚い微笑みを浮かべる少女の瞳から、一筋だけ、煌めく雫が流れた。


「千花ちゃん。私の友達でいてくれて、本当にありがとう」


 ――――《神上の力(GOD KNOWS)》は、つがえた矢に『天使の力(テレズマ)』を凝縮していた。翼と同様に『水』の力を集中させたそれは、おそらくこれまでとは比べ物にならない威力になるだろう。もしも波瑠が(かわ)せば、高尾山全域が吹き飛びかねないほどの。


 それ故に。

 波瑠は六対十二の白い翼を携えて、真正面から突撃した。


世界に仇(ルシファー)為す()黎明の翼(ストライク)〟――『光を運ぶ者(ルシフェル)』に相応しき、超新星爆発(スーパーノヴァ)もかくやという程の光量を伴った捨て身の特攻。一筋の流星と化した少女は、やがて放たれた矢の熱を肌で受け止める。津波を一条に凝縮したような勢いで矢が迫る。激突までコンマ一秒も存在しない。


 互いの身を滅ぼしかねない神技と神技がぶつかり合おうという、瞬間だった。




 虹色の霊力を纏った少年が、双刀で二つの攻撃を受け止める。


「――――――小野寺流剣術、二刀流・裏式」


 柔よく剛を制す。

 この剣技は、一瞬でもタイミングを違えれば己が身を亡ぼす〝柔〟の極致である。


「《テンペスト》」


 嵐の如き勢いで回旋した二枚の刃は、二つの流星を無力化して弾き飛ばした。




「っ、うわあああああ!?」


 激突の衝撃に備えていた波瑠は、急にグルリと回転した視界と莫大な慣性に至極情けない――本当に、今までの葛藤をバカにしたレベルで情けない悲鳴を上げる。自分では制御しきれない衝撃を抑え込んだのは、九つの紅い尻尾であった。


「………お、重すぎ……!」

「あ、あれ……秋奈、ちゃん?」

「………少しは自制を!」


 嘆く秋奈に、波瑠は反射的に翼を跳ねさせた。逆側への羽ばたきは瞬間的に波瑠の勢いを殺し、今度は逆方向に引っ張られそうになった秋奈が虚空に四肢を踏ん張らせる。彼女の全身を覆う『九尾の衣』から伸びた九つの尾がガッチリと掴み、波瑠はなんとか停止できた。


 ほっと思わず胸をなで下ろす波瑠。〝黎明の翼〟ごと全身を絡み取っていた九つの尾がほどかれると、程なくして二刀を携えた誠も近くまで寄ってきた。

 虹色の衣――背中には二枚の翼――を纏う彼の両腕には、深紅の液体が滴っている。神の激突をいなした代償だろう。すぐに《神上の光(ゴッドブレス)》で癒そうとした波瑠は、




「ふっざけんなよ、波瑠ッッッ!」

「………あたし達を、千花をバカにするなっ!」




 同時にぶつけられた怒号に怯まされ、上げかけていた手を止めてしまった。

 声が重なった誠と秋奈は顔を見合わせ、目だけで『お先にどうぞ』と意思を交わす。


「波瑠、端的に言う。いい加減にしろ」

「ま、誠くん……?」

「キミが責任感が強いことは知っているさ。一人で抱え込みがちなことも、人一倍優しいことも知っているさ。それでも言っただろう、僕達はキミの味方だって! キミに何があっても絶対に見放さないって……友達でいるって言っただろ!」


 彼は崩壊した両腕も無視して激怒していた。

 これほどまでに誠が感情を露わとしているところを、波瑠は見たことがなかった。


「一人で無茶するなよ、波瑠。僕達にも背負わせろよ!」

「………それに」


 言葉を継いだ秋奈の声音も、聞いたことのない鋭さを携えている。


「………『千花が友達を辞める』とか、他人の気持ちを勝手に決めるな!」

「秋奈、ちゃん……」

「………あたし達が波瑠ちゃんをどれだけ好きかも知らない癖に、二度とあんなふざけたこと言わないで! 次言ったらもう一生、口きかないから!」


 ふい、と背を向けた秋奈は小さな両手をギュッと握っていた。

 親友を叱る辛さを我慢して、それでも、波瑠の隣にいてくれていた。

 誠も同じだった。自傷を覚悟で波瑠を助けて、今も同じ方向を見てくれていた。


「わ、たしっ……誠くん、秋奈ちゃん……」

「大丈夫だよ、波瑠」

「………大丈夫、波瑠ちゃん」


 波瑠の位置から二人の顔は見えないけれど、あの三人の幼馴染は、こういう時、決まって同じ表情を見せるのだ。

 自分たちの勝利を信じて疑わない、強気の笑みを。



「「だってあの娘は、(あたし)達の友達なんだから」」




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