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●第百十二話 「勇気を振り絞れ」

実はこういうサブキャラのシーンを書くのが一番好きだったりします。


皆さんからすれば邪魔かもしれませんが……。

 時は、わずかに巻き戻る。

無為召喚(ノンセレクトサモン)》が発動され、高尾山に悪鬼羅刹と化した人間が大量放出されて数分後のことである。


 何人かの人間を無力化しつつ誰かとの合流を目指していた小野寺誠の前に、狙いすましたかのごとく一人の男が立ちはだかった。


 逆立った髪に痣だらけの肉体は屈強であり、猛々しい筋肉を主張するかのごとく上半身は裸。野獣のような眼と戦意滾った高揚を露わに、言葉を発することもなく真正面から殴りかかって来たのだ。


 振り上げられた拳に、誠はすぐさま反応した。

 右手に構えた刀を使って攻撃を受け流す『柔』の動き。洗練された動作は咄嗟の判断とは思えない完璧な打ち合いになると、第三者がいればそう語っただろう。


 しかし男の拳は刀を粉々に破壊し、誠の真後ろに立っていた木を一撃で殴り倒したのだ。


 流すのではなく受け止めようと思っていたら、あの拳を喰らっていた。

 ゾゾゾッと背筋に走る寒気を受け止め、誠はベルトに括りつけられている金属塊に手を伸ばす。木を倒した男は、「フィー」と息を吐きながら、痛みを冷ますように右手をひらひらと振っていた。


「ヤハハ、オレの攻撃を避けるたァやるじゃねえか、アンタ」

「全く状況が掴めてないんだけど、少なくとも盟星学園の先輩方の一人ではなさそうですね?」

「ああ。オレは盟星とは関係ねえよ」


 素手をパン、と平手に打ち付け、屈強な男は歯を見せた。


「アトウッド。昔はそう呼ばれていた。大分クレイジーな連中と一緒に飛ばされてきたが、オレの理性はそれなりに残ってんゼ」

「……あのバケモンみたいな連中は、お前の仲間なのか?」

「いいや違ェ、そうだな、きょ、キョウリョク、いや違うな、ヤハハ、そう、競争相手だ」


 誠の超能力の一つ《変形》を使い、金属塊を刀へと変形させる。数は二振り。言わずもがな――誠が最も力を発揮する二刀流である。


「誰が最初にテンノウハルを捕まえられっかっつー競争をしてンだよ」


 聞かずとも、先の人間たちも気が狂ったように波瑠と佑真の名前を叫んでいたから知っている。生憎ながら、当の本人である波瑠とは連絡がつかないが……。

 誠は二刀をそれぞれに手に納め、じり、と下肢に力を込める。


「一つ言わせてもらうけど、それを僕に教えちゃうって時点で、お前の理性も大分危ないんじゃないかな」

「ヤハハ、そうに違いねェ。だってよォ、オレだってテンノウハルを殺しに行きてェのによォ、お前達人間を見ているとよォ――――今すぐにでもサンドバックにしたくなっちまうんだからよォォォォォ!」


 刹那、雄叫びを残してアトウッドの姿が消えた(、、、)

 第六感が首筋にひやりとした感覚をもたらす。それこそが殺気であり、誠の動体視力で追い切れない超速度でアトウッドが真横に到達していたのだ。


 拳が大気を捩じる。

 まさに肉弾なる一撃を、誠は最小限の動きで躱す。


 クリーンヒットを確信していたのか、アトウッドが眉をひそめた一秒に満たない時間で誠の反撃は始まっていた。


 懐へ潜り込み三連続で蹴り上げ、宙に浮いたアトウッドを回し蹴りで吹っ飛ばす。空中で器用に身体を翻したのも束の間、木に垂直に足をつけたアトウッドの眉間を剣閃が掠めた。間一髪脳を抉られなかったのは、アトウッドの反応速度もまた一般人の限界を超えていたからだ。


 木をポールのように利用して回転力を上げ、アトウッドの膝打ちが迫る。前宙と呼ばれる体操の技で蹴りを飛び越えた誠は、能力を利用して更に回旋。平行に並ぶ二本の刃が大樹ごとアトウッドを狙う。

 それを、アトウッドの右腕の痣が受け止めた。


「くっ……そ!」

「ヤハハ、ビックリしたか!?」


 まるで鋼鉄に刃を突き付けたかの手ごたえの無さ。アトウッドの左腕が誠の脇腹を貫き、とっさに張った『空気の壁』を容易に貫いて細い体を吹き飛ばした。


「ガハッ!?」


 内臓が捻れるように熱を発する。吐血した誠に休息の隙は与えられなかった。

 更なる加速を施したアトウッドが虚空で脚を薙ぎ、それだけで大気が大砲のごとく撃ち出される。音使い、九十九颯との戦いで学んだ『相殺の風』で威力を弱めつつ、超能力の一つ《移動》で強引に体を地上へ引き戻す。


《移動》は特定のものを、誠が指定した座標へと運ぶだけの能力だ。義姉、小野寺恋の《真空微動(クイックムーバー)》に奇しくも性能が似ているが、誠に出せる移動速度は走った方が速いレベル。

 おまけに今のように吹っ飛ばされていれば慣性に反する挙動となり、全身を自傷する羽目になる。誠自身、最近ようやく練習し始めた、滅多に使わない回避方法だ。

 そんな技を使わせるほどの脅威。誠はある好敵手を思い出す。


(十六夜鳴雨……《臨界突破(リミッターアウト)》に、戦い方が似ているな)


 ――――流石は小野寺誠といったところか。

 冷静な戦況分析は、超能力を後天的に植え付けさせる実験『能力付与実験(アポステリオリ)』を知らないにも拘わらず、解の手前までたどり着いていた。


 似ているどころか、アトウッドの超能力は『《臨界突破(リミッターアウト)》の劣化品』そのものである。


 Nо.3に至る十六夜の超能力を百パーセント移植(コピー)することはできなかったが、劣化版として植え付けられた其れは十二分に力を発揮する。ただ一つの難点は、全身の痣が示す通り超能力に耐え切れず、肉体がボロボロになってしまうところくらいか。


 戦い続ければアトウッドはいずれ自滅するが、理性を欠いた彼は自滅を恐れない。

『倒れる前に倒せ』という姿勢に対し、この超能力は相性が良すぎた――――


(クソッ! さっさと波瑠と佑真のところへ行きたいのに!)

「ヤハハ、逃がさねえぞサムライ!」


 もっとも、アトウッドが召喚された先に小野寺誠がいた、というのも事件の後々に考えれば幸運であっただろう。Nо.3と唯一引き分けた少年だ。その劣化版には、苦戦こそすれ敗北はしない。無意識に十六夜との戦闘経験が引き出され、最適解を以て迎撃する彼の剣技は――結果的に、この戦闘に対する最適解となっていた。




「〝月光牙(ゲッコウガ)〟」




 二人の高速の戦闘に、突如横やりが入った。右腕に紅蓮の炎熱を纏わせた青年が音速に迫るアトウッドの挙動を読み切り、その顔面に炎の杭を叩き込んだのだ。

 吹き飛ぶアトウッドを、青年は逃がしはしない。全身に焔を纏うなりジェットのように噴出させて加速すると、激しく回転するアトウッドに容赦なく拳を叩き込んだ。

 一撃にして六撃。その拳術の名は、


「〝秘拳(ヒケン)――――金剛夜叉(コンゴウヤシャ)〟ッ!」


 火炎の弾幕が、奇襲とはいえ獣のような反応速度を誇るアトウッドを蹂躙した。


「ぐおあ……ッ!?」

「これ以上抵抗すると焼け死ぬけど、どうするかい?」

「……ヤハハ! 馬鹿を言え、オレの図鑑に撤退の二文字はない!」

「オーケイ。ならば俺も全力でお前を叩き潰そう」


 火道寛政――盟星学園が、そして【太陽七家・火道家】が誇る近接戦闘のエキスパートの目つきが変わる。

《加速》を止め、助力する間もなく傍観していた誠は、あ、と思わず声を上げていた。


 その瞳は、悪友がある状態に突入した際とよく似ていた。

 百二十パーセントの集中状態と十全のパフォーマンスを得る《ゾーン》に――――。


 地面をはたいて状態を立て直したアトウッドの、破壊の右腕が寛政の額に迫る。単にそれだけの動作なのに、目で追えない爆発的な加速力を包有していた。

 誠でも目で追い切れない。戦闘中であれば、第六感で感じ取るのが精一杯であろう攻撃。

 寛政はそんな右腕を流れるように掴み取り、体をアトウッドの下に潜り込ませる。


(っ!? ま、まさか!)

「おおおおおッ!」


 雄叫びと共に、アトウッドを豪炎と共に地面に叩き付けた。

 背負い投げ。焔を伴っていたとはいえ、実質的には身体的技量のみでアトウッドを倒してみせた。


「……これが『柔よく剛を制す』ですか」

「ま、そんなところかもね」


 火道はアトウッドの気絶を確認すると(瀕死の間違いじゃないの? とは誠の談)、テープで手早く拘束する。そして誠に振り返った。


「勝負の邪魔しちゃってごめんね。奇襲で一気に仕留めた方がいいと思ったからさ」

「いえ、むしろ助かりました……」

「ならよかった。それじゃあ誠クン、行こうか」


 場違いなくらい爽やかな笑顔に、誠は力強く頷きかえした。

 行き先を確認する必要はない。

 もっとも激しい爆音を轟かせる一角に、必ず彼女達はいる。



   ☆ ☆ ☆



 対B組部隊の一員としてB組の生徒を次々と無力化していった三日月達樹は、今になってその行為に激しい後悔を覚えていた。


「(くそっ、しっかりしてくれ! 止まったら死ぬぞ!)」

「……き、気持ち悪い……」


 木陰に隠れてB組の女子に囁きかけるが、彼女はげっそりと顔を青ざめて動こうとしてくれない。それもそのはず――彼女はつい十分前に、三日月の《振動能力(バイブレーション)》が起こした空気の振動で『酔った』ばかりなのだ。


 同級生にして上位互換の能力者、九十九颯から教わった技。

 この演習で次々と成功させてきたが……まさか『身動きを取れない生徒を量産してしまった』なんて形で裏目に出るなんて思わなかった。


(何が起こったかは知らないが、まさか先輩達が叩きのめされる『乱入者』が出現するなんて想像もしていなかったぞ、チクショウ!)


 三日月はどこかを殴りたい衝動をグッと堪え、恐る恐る茂みから顔を覗かせる。

 その先では――二年生の生徒会役員・八神龍二という男が『乱入者』達とたった一人で交戦していた。


 八神は身長百九十センチ・体重百キロを超える巨大な男子生徒だ。速度や技量で吉羽涼に学年最強の座を譲っているが、二年生ナンバー2であることは誰もが知っている。


 そんな彼の超能力は《鋼鉄装甲(アイアンシールド)》。

 全身を鋼のアーマーで覆うという、珍しい超能力である。


「――――ふん!」


 八神の拳が振り抜かれ、ガギィン! と甲高い音が響いた。右拳は『敵』の繰り出した鉄拳と真正面から激突したのだ――クロスカウンターになることなく、『敵』は八神の拳に的確に合わせてきた。


「……ッ!」


 拳から肘へ、肘から肩へと流れる衝撃に八神が歯を食いしばる。

 相対する『敵』もまた巨大な体をしている。全身の体毛が伸び切って皮膚がほとんど見えないその様は『熊』のようであり、『熊』は腫れあがった拳を気にせず追撃を放った。


 八神の全身を『熊』は連続で殴るが、八神は全身を鋼で覆っている上、身体動作で的確に威力を削いでいる。徐々に腫れは青あざとなり、内出血でぱんぱんになり――刹那、ギラ、と『熊』が口角を上げた。


(なんだ!?)


 三日月が上体を少し持ち上げ、八神が警戒するように構えた瞬間。


 ズバッ、と。

『熊』の拳から複数本の血流が放出され、先端を尖らせて八神の肩を貫いたのだ。


「む、むう……!」

(血流を操作する能力者か!)


 八神がすぐさま『熊』を殴り飛ばそうと拳を振るうが、懐に貫かれた鋼の一撃を『熊』はほとんどノーダメージで受け止めていた。さすがに八神があっけにとられ、ふたたび『熊』の両手の血流が八神の巨体を串刺しとする。


(……そうか、体毛だ! 普通の人間じゃ実感できないだろうけど、あいつほど伸びた体毛なら衝撃を緩和してしまう!)


 なお致命傷とならないのは、八神の超能力が防御系の特性を持っているからだろう。今度はラグビーのように全身でタックルをかまして、『熊』を足元から揺るがせた。


「……ぐっ……長くは戦えんか……!?」


 一方で、八神は全身に空いた穴の痛みに耐えられないのか、地に腕をつけて崩れ落ちそうになっていた。

 バランスを崩した『熊』は今にも立ち上がろうとしている。


 八神の顔に焦りが浮かんでいた。必死に痛みを堪え、両の拳を握ろうとしていた。

 なぜなら彼は、三日月や九十九が次々と無力化したB組の生徒を介抱し、安全なところへと移動させている真っ最中だったからだ。今も体調の悪いB組の後輩が十人以上、八神の戦闘を見守っている。


「……屈するわけにはいくまい……俺の背後には、何人もの後輩がいるのだ。お前を通せば奴らが死ぬ。そうは、させまい……ッ!」


 やがて八神が立ち上がり、

 同時に『熊』の突進が起こった。


 二人は獣のように頭突きをぶつけ合い、お互いに近接戦闘を選ぶ。全身のどこから血を噴きだそうと、拳を開くことはなく、瞼を閉じることはない。決定打の叩き込めない壮絶な殴り合いを――――三日月達樹は、とある光景に重ねていた。


『東京大混乱』にて、近くの図書館に避難していた三日月が偶然見た勇姿に。


 年端もいかぬ少女達を守るため、SETも起動させずに飛び出していった、二人の男子中学生の背中が蘇る。

 あそこに立つ者が『戦士』であり、たった一人の女子も満足に介抱できず、隠れて身を震わせる自分は『弱者』に過ぎない。あの時も、今も。


 足りないものは実力か、経験か。

 ああ、そうかもしれない。

 だけど、もっと明確に足りないものがあるだろう。


 勇気(、、)を振り絞れ、三日月達樹。

 今踏み出した小さな一歩が、やがて戦況を変える大きな一歩になるかもしれないんだから。


「SET、開放ッ!!!」


 三日月はB組の女子を背に、SETを起動させた。

 己の波動があふれ出し、脳が活動範囲を超能力演算領域まで拡張する。


 超能力の名は《振動能力(バイブレーション)》――流動体を振るわせる、シンプルな力。

 彼の大声に気付いた『熊』は、即座に八神から自分へと標的を変えた。迫りくる巨体の威圧感は傍から眺めていては想像できないほど心を委縮させ、思考を消し去ろうというほどだった。


 それでも三日月は右腕を突き出し、


(三重波!)


 三重の振動の津波を放った。目に見えない空気の激しい揺れが三か所を起点として同時に発生し、互いにぶつかり合って更に波を複雑にしていく。その交点の中央に『熊』がいた。


 文字で表し難い悲鳴が『熊』より上がる。彼の破れた拳にまで振動は作用し、血管内の流動体(、、、)まで振動の餌食となったのだ。


「八神先輩、今だ!」

「――おおオッ!」


 崩れ落ちる『熊』の真上に影が覆う。渾身の力を込めて飛び上がった八神が、踵落としを以て『熊』を押し潰したのだ。


 ズゴシャアッ!! と肉の潰れる音が響いた。

 返り血をその身に浴びながら、三日月は背後を確認する。


 B組の女子に怪我はない。どころか、自分を心配してハンカチを差し出してくれていた。

 演習にハンカチってどうなのよ、と思いながら三日月はありがたく受け取ることにした。


 戦線は決して良い方向に向いていない。

 けれど三日月達樹という小さな力が、戦況へと影響する駒となる。



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