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●第百十一話 「日常を」「壊しに来たよ!」


 ――――――場所ははるか遠く、富士のとある施設に移る。

 ソファに深く腰を据える白衣の男の前で、月影一歩と月影百歩は揃って首を傾げていた。


「《無為召喚(ノンセレクト・サモン)》?」「何それ?」

「コイツの超能力だ。指定した座標から半径一キロ以内のエリアに転移(テレポート)させるっつー欠陥品だよ。奇襲にゃ持って来いだがな」


 白衣の男は目線だけで『コイツ』を訴える。

『コイツ』は手枷足枷口枷で拘束され、乱雑に白の無機質な床に放置されていた。


「ふうん」「何やら不便そうだけど」「それを使えば」「高尾山に潜り込めるってこと?」

「端的に言やあそうなるな。人数や体積に制限を持たない転移(テレポート)って面は利点だが、街中じゃ何の意味も持たない。しかし高尾山ほど広域であれば『とりあえず転移(テレポート)させる』だけには使えるってわけだ」

「えー」「それってさ」「転移後は一歩たちに押し付け」「って」「ことだよね?」

「厳重警備されている高尾山に一瞬で侵入できるだけマシだと思いやがれ。それに、今日貸す連中に『計画性』を求めたところで話を聞く耳がねェから無駄だ。それは手前らもわかってんだろ? あ?」


 面倒くさそうながらも高圧的な白衣の男に、一歩と百歩は顔を見合わせて肩をすくめた――寸分のズレもなく同時に。


「わかってるけど」「百歩たちまで無作為に飛ばされるのは」「任務的に」「ご迷惑だよ」「バラバラにされたら」「使い物に」「ならないもん」「だから」「一人くらいは」「まともな転移能力者を」「用意したっていいと」「思うんだけどな」

「俺だって用意できたら用意している。ただ今回、俺達の方はあくまで陽動作戦……つうか余興にすぎねえからな。故に自由に使える材は『欠陥品』だらけ。ま、この『欠陥品』共がどんだけ面白いモンを見せてくれるか、楽しませてもらうとしようぜ」


 クハ、と口元を歪ませる白衣の男。


「……一歩たちは」「現場に行くから」「楽しめないんだけどなぁ」

「手前らは混乱に乗じて手前らの役割を果たせ。いざ顕現したら劫一籠様がなんて言うかはわからねえが、天皇波瑠じゃない方でも俺としては構わない。あれの準備はできてんだろ?」

「一応ね」「使用権限は」「百歩にすでに渡されてるよ」


 双子が顔を見合わせ頷き合う。白衣の男は満足げに立ち上がり、施設に集められた総勢二百の『欠陥品』に向けて声高に告げた。


「さあ手前ら、宴の幕開けだ!

 標的は天皇波瑠と天堂佑真。奴らを殺し、或いは生け捕りにした奴には褒美をやろう。

 殺す過程で周囲のゴミカスを消し飛ばすのは大歓迎だぜ。

 存分に暴れ尽くせ。存分に壊し尽くせ。存分に殺し尽くせ。

 若き希望を摘み取る殺戮ショーを始めようか……!」


 ――――――勝どきを上げるだけの『理性』を持つ者は、もう残っていない。

 集ったのは、日本の地底で何十年と封印されてきた第三次世界大戦の遺産である。


強化兵創造計画(プログレッシブ)能力付与実験(アポステリオリ)

 手術で身体を、そして脳内の能力演算領域を強引に改造し、より強力な超能力者を生み出そうという、第三次世界大戦中・後に行われていた人体実験。


 わずか十数名の成功者と引き換えに、数千名の人間が『失敗例』として保存されてきた。

 鉄先恒貴が幕開けを謳うは、そんな失敗作のお片付けも兼ねた『計画(シナリオ)』外の余興にすぎない。


【天皇】【金城】【木戸】の三家が残した数多の怪物は、西東京へ一斉に転移された。



   ☆ ☆ ☆



「………………大量の乱入者、ですか?」


 高尾山頂、ゴール地点で待機している学年主任、神童尚子は火道寛政から届いた一報に、眼鏡の奥の瞳を丸くしていた。

 ここは厳重な警備の敷かれた軍事施設である。《瞬間移動(テレポート)》系の能力を使えば乱入すること自体は容易いのが現代の警備体制の穴だが(軍事施設に限らず『どこだって』防ぎようがないのだが)、山中に出現したのならば、即座に監視・防犯システムが作動して排除に移る。

 警報が鳴り響くなり、自分や【ウラヌス】に連絡がいくなりするはずなのだ。


「それは確かな情報なのですか、火道君!?」

『間違いないですよ、先生。俺だけですでに三人と戦ってますし、一年生の中にも襲われている輩がいる。上級生がなんとかフォローに入っているが、人手が足りないってレベルじゃないですよこれ。高尾山中、全体にコイツらがいると考えてもいいんじゃ……ないですかね!』


 焦る質問に対し、火道から冷静な返事がくる。もっとも彼も移動しながらの報告なのだろう。木々を蹴る音が聞こえるし、あまり会話に割く余裕はないようだ。

 尚子はたったの三秒で独断し、通話から全体アナウンスに変更した。


「…………緊急連絡です! 謎の乱入者がこの高尾山に複数観測されました! 演習は中止! 新入生はバラバラにならずに、近くの上級生に従って一刻も早く高尾山を脱出するよう伝えてください! 教員は即座に生徒の保護へ! 清水さん達『実戦経験組』も教員のフォローに入るように! 黄金愛花さんは今すぐ【ウラヌス】へ連絡を!」


 返事を聴く前にアナウンスを切り、火道との個人回線に戻す。


「火道君、あなたは波瑠ちゃんの下へお願いします!」

『……おやおや、私情を優先させるつもりですか?』

「どうせ行きたいのを我慢しているんでしょう? あなたの分も私が働きます。ですから――私の親友の娘を、よろしくお願いします」

『先生も私情でしたか。足の方は?』

「【ウラヌス】の『強化兵創造計画(プログレッシブ)』って計画、ご存知ない?」

『……マジですか先生……』

「春休みって地味に長いですからね」尚子は少し口元を緩め、「私は火道君を信じています。あなたの愛弟子の為にも、憂いなく向かってください」


 数秒の迷いの末に、『わかりましたよ』という渋々の返事が届く。

 そうして個人回線が途絶えると同時に、山頂にも『異変』は訪れた。



「ギイイイイイイイイイ!」

「FOOOOOHAAAAA!!」

「、、、、、、、、、!!!」



 三人の人間(、、)が、何の前触れもなく目の前に現れたのだ。

 一人は右腕だけが膨れ上がっていた。

 一人は蜘蛛のように長い四肢で地に這いつくばった。

 一人は足が四本生えていた。


「SET開放――なるほど、これらが火道君の報告にあった『乱入者』ですか」


 尚子は極々冷静にSETを起動させ、眼鏡を少しだけクイと押し上げた。

『巨大な右腕』が地面を抉る。


「テンノウ、ハルヲ、ダセ!!!」


 そこから超能力でも発動されたのか、ゴバッッッ! と大地が抉り上げられた。

 尚子は冷静に能力を振るう。《閃光散弾(ホワイトバラージ)》――光を操るランクⅨ相当の超能力。指揮するように振り上げた右腕の周囲に浮かび上がった光弾から、光線が一文字に撃ち抜かれた。

 持ち上がった大地を、極一瞬で屑となって消し去る。


 その間に、『長い四肢の一人』が膝と肘をスプリングとして高く高く飛び上がった。蜘蛛の見た目に反さず、その跳躍力は蜘蛛譲りらしい。空中で構えられた手足を始点に雷が轟いた。咄嗟に展開した光の防壁が雷を弾き、周囲に散った残撃が山を抉る。


「はっ!」


 そんな掛け声と同時に、尚子の前にあった防壁は一筋の交戦に変貌した。


「FOOOO――!?」


『長い四肢の一人』を貫き、右腕と思しき箇所を抉り取って地面に落とす。

 そいつの四肢を交戦で抉り取る間に、『足四本の一人』が背後に回り込んでいた。流石、脚力を倍増すれば速度も倍といったところか。


「、、、、。、、、、、!」


 急接近から繰り出される正拳突きを、尚子は腕ごと吹き飛ばす形で凌ぎきる。

 拳の感触無く、バランスを崩して前のめりに倒れる『足四本の一人』の足を一本残らず削ぎ落とし、無力化した。


「――――まあ、舐められては困るんですよね」


 返り血を払いつつ、尚子は三人の敗者を一瞥して告げる。


「『陸海空軍独立師団【ウラヌス】陸軍第〇番大隊「特尉」』――私、神童尚子はかつてこのような肩書を持っていました。今は盟星学園の教師をしていますが……だからこそ、私の生徒達に手を出すなんて真似は許しませんよ」



   ☆ ☆ ☆



「――――――皆さん、後ろ!」


 千花の悲鳴に近い叫び声が届く頃には、あろうことか空中にいた優子、波瑠、キャリバンの三人全員の背中が強打され、地面に叩き落されていた。

 秋奈が受け止めたことで強打は免れたものの、背中の鈍痛に苦悶する三人。秋奈が謎の奇襲者を探そうとキョロキョロ周囲を見回す首を、ガッと掴む手があった。


「あっちです!」

「………うお」


 ぐい、と強引に顔を向けられた。こんな気の強い子だっけ、と疑問符を浮かべつつ視界に捉えた人影に焦点を合わせる。


 突き上がる土の杭。何百回と使った得意技を指針に、波瑠からは氷柱の連射、キャリバンからは無数の空気の弾、そして優子からは斥力の槍が放たれる。強者強襲、四方を囲う総攻撃は漆黒の波動(、、、、、)によって、跡形もなく消し去られた。


 そう、漆黒の波動によって――――


「………………まさか」


 ゾクゾクゾクッと背筋を這う悪寒に、優子は憶えがあった。

 記憶はそう遠くない四か月前。雪積もる海上都市で、超高速の殺し合いを繰り広げたあの怪物と向き合った時と寸分たがわず等しい、絶望に満ちた悪寒が……。


「アハハハハハハハハハ! マヂかよマジかよ本気(まじ)かよッ! この俺様が一番ノリってかァ!」


 漆黒の波動を纏った『人影』が、地上にド派手な音を散らして着地する。

 黄金色の髪。紅の瞳。狂気に満ちた笑み。



「天皇波瑠、見ィつけたァァァ!」



 耳をつんざく金切り声が聞こえた頃には、漆黒の波動が三本の鞭になって周囲を蹂躙した。衝撃波が秋奈と千花を吹っ飛ばし、爆発した土がキャリバンと優子の視界を塞ぐ。

 唖然と立つ波瑠に向かって、三本の鞭が振り降ろされる。


「………波瑠ちゃん!」

「っ!」


 秋奈の声でギリギリ正気に戻った波瑠は慌てて飛び退くが、地面を穿った鞭は蛇のように跳ね上がって追従してくる。


「このっ!」


 氷の槍の豪雨で迎撃するが、どれだけ過激な攻撃を放とうと漆黒の波動によって、攻撃自体がかき消されてしまう。


「そんな」

「止まるな波瑠! 波動に触れたら死ぬぞ!」


 ギュオ、と波動の鞭が三度方向を変えて跳ね上がる。波瑠を殴る寸前で横合いから飛び込んだキャリバンが突き飛ばし、なんとか回避した。

 謎の人影に対しては優子の《重力》が圧し掛かる。その倍率は十五倍。周囲の木々が軋みを上げる中でも人影が大地に屈することはない。どころか、全身から溢れる漆黒の波動の量が目に見えて増していく――。


「やはりか!」


 優子は早々に《重力》を解除し、《引力》で大地を畳返しのようにド派手にめくり上げた。

 ドゴバッ! と人影を生き埋めにする大地のプレート。


 その隙に、と優子は手招きで全員を呼ぶ。波瑠をキャリバンが、千花を秋奈が抱えて集合した時、四人の新入生は全員が目を疑った。

 あの清水優子が、顔を真っ青にしていたのだ。


「……なあ波瑠。お前、あの波動に見覚えはないか?」

「……優子さんもですか。秋奈ちゃんはどう?」

「………ばっちし記憶通り」

「な、なんですか? 皆さんだけで何か納得を……ていうか、生徒会長さん、あれは演習の一部じゃあないんですか!?」

「残念ながら演習とは無関係だよ、戸井千花」


 優子は懐から護符を引き出しつつ、新入生を守るように背を向けた。


「あれは恐らく日本最強の超能力者……【使徒】Nо.1の集結(アグリゲイト)だ。噂位は聞いたことないか? 五百人の超能力者を殺していた怪物の噂を」


 ふるふる、と千花が目をパチクリさせつつ首を横に振った時だった。

 覆い被せた厚さ数メートルにも及ぶ大地のプレートを爆散して、漆黒の波動を操る怪物が姿を現したのは。

 右腕には黒い拘束具。首は太い首輪に制御され、灼眼はゆらりと殺意を燈す。




「Nо.2にNо.6だったか。テメェら如きの能力で俺を止められると思ったら大間違いだ。俺を殺してェなら全力で来やがれ。時間稼ぎなんざできると思うなよォ……天皇波瑠を喰らい殺し嬲り尽くし破り壊し、地上に出るのは俺様だッッッ!」




 怪物の咆哮がビリビリと大気を震わせる――しかしその声を聞くなり、波瑠と優子は眉をひそめた。


「………声が、違う?」


 同じく首を傾げる秋奈の、つい漏れたといったような呟きを、


「テメェらモブに構っている暇はねェ。早速ぶち殺させてもらうぜ、天皇波瑠ゥ!」


 漆黒の怪物が上から塗りつぶす。

 ()の者を中心として、波動の鞭六本がハンマー投げのように円を描いて振り回された。木々を薙ぎ虚空を裂く乱暴な攻撃を前に、優子が素早く対応した。


「全員跳べ! 重力弱化!」


 月面レベルまで弱められた重力を使い、五メートル近い跳躍で鞭を飛び越えた。そのままキャリバンが千花を抱きとめ、波瑠は束の間の息をつく。


「千花ちゃん大丈夫!?」

「な、何が何だか……話にさっぱりついていけないっていうか、えと、その……」

「うう……私もよくわかっていないんだけど……」


 ――――――たぶん《神上の光(ゴッドノウズ)》絡みだよね。

 その続きは、喉の奥に押し留めた。


 波瑠は今一度『敵』を見据える。黒い波動に包まれていてよく見えないが、黒い波動は集結(アグリゲイト)のそれと一致している。ただ、体躯が集結(アグリゲイト)より一回り大きい巌のような存在だし、声も彼よりか低音域だ。

 波瑠は向こうを知らないが、向こうは明確に自分を狙っている。

 正体なんてどうだっていい。だったら――――




「『だったら私一人で特攻しよう』とか」「考えてるなら」「無駄だよ」「てんのーはる」




 声は、飛んでいる波瑠の更に上から注いできたものだった。


 燕尾服と黒い着物の裾をなびかせ、高速回旋しながら短刀と短剣を振りかざすのは双子の人影。咄嗟に振り返った波瑠の柔肌を削ごうかという刹那、氷の弾丸が横やりを入れ、幼い双子は空中で器用に身をよじりながら剣と刀で銃弾を弾いた。


「大丈夫か波瑠!?」

「ありがとうございます、優子さん!」


 氷の弾丸は、《レジェンドキー》の聖獣である《雪女》と契約融合を果たした優子のハンドガンから放たれたものだ。これがなければ波瑠の背中は切られていただろう。

 息をつく暇もない。波瑠は気合を入れなおして『敵』を見据えた。


「あなた達、この前の……」

「覚えていてくれたんだ」「嬉しいな、一歩」「嬉しいね、兄様」


 双子はくるくると体操選手のように回転し、衝撃を完全に殺して着地する。

 燕尾服の少年は、ご丁寧にハットを下げ。

 着物の少女は、律儀に裾を持ち上げて見せた。


「月影百歩と」「一歩だよ」「こーきのお使いで来たんだ」「言うまでもないけど」「てんのーはる」「早速お前の」「日常を」「壊しに来たよ!」

「……正々堂々私だけを狙え、なんて言っても意味ないんでしょ」

「よくわかってるじゃない」「キミを追い詰めるのに一番手っ取り早い方法は」「周囲の人間を追い詰めること」「てんのーはる一人じゃ守り切れない規模で」「攻め込むこと」「そうすればキミは」「自己犠牲に走ってくれる……!」


 二人が交互に語る間にも、漆黒の波動の鞭が優子や秋奈を狙って暴力をかざす。

 童話を語るように楽しそうな双子は、ぴたりと背中を合わせて手を繋いだ。


「キミには教えておこうかな」「時間が自ずと知らせるだろうけど」「敵の口からはっきり聞いた方が」「わかりやすいこともあるもんね」


 きしし、と完全に一致した仕草で可愛らしく目を細めた。


「今この高尾山に」「百歩たちが『実験動物』を二百体くらい」「連れてきたんだ」「全員にはこう命令してあるの」「『見かけた人間はとりあえず殺せ』」「『てんのーはるはできれば生け捕り』」「『てんどーゆーまは念入りに殺せ』」「ってね!」


 舞台の演目前のストーリーテラーのように、純粋無垢な笑顔で――一体、何を語っている。


「一番ヤバい奴が最初にてんのーはるに当たっちゃったから」「ややこしくなったけど」「集結(アグリゲイト)モドキ以外にも」「愉快な『駒』はたくさん」「連れてきたんだ!」


 彼らの語りに応えるように、『蛇腹剣の男』が秋奈の脇腹を蛇腹剣で引き裂いた。


『二丁拳銃の女』が狙撃し『焔の男』が業火をかざし『八本足の軟体人間』が優子を背後から押し潰そ『鎌腕の男』が奇声を『複眼の女』が忍び寄り『三つ頭』が『四本足』に『ろくろ首』が『稲妻の女』を『隻腕の巨体』で『包帯の一体』に『拡声器』を『四つん這いの巨人』が――――有象無象が、五人を取り囲んでいた。


「ああ、今頃はすっごいだろうなぁ」「一体何人の前途ある能力者が」「死ぬことに」「なるんだろうね!」

「…………ッ!?」

「おっと」「逃がさないよ、てんのーはる!」


 すぐさま他の場所の救援に向かおうとした波瑠の進路は、月影百歩の投げた短剣(ダーク)によって阻まれてしまった。

 前髪を短剣に持っていかれた波瑠は、苦しみに満ちた表情で双子を見下ろす。


「あなた達!」

「大丈夫だよ」「だってここは超能力者の集う学園」「盟星学園だもの」「それなりにいい勝負くらいは」「できるって!」


 双子の子供らしい悪意無き微笑みに、突然影が差した。

 比喩ではなく物理的な影だ。

『隻腕の巨体』があっという間に距離を詰め、波瑠に剛腕を振るっていたのだ。


 ズオウ! と空気を裂く重い音が響くが、速度は巨体相応に遅く回避は余裕だ。気流を背中に起こして腕の外周をなぞるようにかわすと、その腕から銃口火が光る。

 氷の盾で防ぎ発砲元を確認すると、『隻腕の巨体』に登っていた『二丁拳銃の女』によるものだった。よく見れば彼女の背には羽モドキが生えている。


 人間の外身ながら人間とは程遠い彼らは、一体何者なのか。

 その疑問に答える相手も猶予も、存在しないらしい。


 背後で地面を踏み抜く震動が起こったと思えば、『四つん這いの巨人』が背中に『鎌腕の男』と『ろくろ首』を乗せてゴキブリのように這い進んでいた。三メートル近い巨体が両手両足をカサカサと動かして、圧倒的速度で崖を這い上がる。


「ひっ」


 異形の極まりない奇行に、全身に鳥肌がぞわぞわと走る。思わず退きそうになった波瑠の方を、『四つん這いの巨人』はギョルリと首を九十度回転させて凝視する。


「キャシャシャシャシャシャシャ――――!」


『四つん這いの巨人』の背中を蹴り飛ばし、『鎌腕の男』が黒銀に光る両腕を振り上げた。岩をも引き裂きそうな光沢が届く前に、波瑠は火球で迎撃する。

 その火球を、突如伸びてきた『ろくろ首』が、大口を開けて呑み込んだ……!?


「アツイ……アツイ? アツイツイツイ!」


 やがて火球が爆発し、ろくろ首の口の中から溢れた火の粉が舞った。


(な、何がしたいの……!?)


 顔面に大火傷を負って落ちていく『ろくろ首』の身体を足場にして蹴り飛ばし、『鎌腕の男』が再接近する。今度は竜巻を真下から。突如吹き付ける乱気流に『鎌腕の男』は為す術もなく吹き飛んだ。


 この隙に大規模な凍結を起こし、『四つん這いの巨人』と『隻腕の巨体』を硬直させる。

 パキパキパキ、と全身を凍傷させて停止した二体の巨人。波瑠はようやく一旦の息をつく。

 そんな彼女の左腕を、漆黒の波動が掠めた。


「っ!」

「惜ッしいなァ! 捉えりゃ後は波動を徴税するだけで任務完了ミッションコンプリートだったってのによォ。Nо.2は流石に一味違うってことか?」


 わずかに波動を奪われて力が抜けた左腕を抱きしめる。地上ではまだ数多の敵が、そして集結(アグリゲイト)モドキが蹂躙の限りを尽くしている。


(気を抜いている暇なんてない……!)


 冷や汗が止まらない。戦いに集中しなければいけないのに、体が震え始めていた。


 地上では秋奈が『蛇腹剣の男』や『包帯の一体』を相手に千花を守りながら立ち回っていた。手数が圧倒的に劣り、また千花を庇う彼女の身体はドンドン傷ついていく。

 清水優子が相対する集結(アグリゲイト)モドキも、彼女一人では意識をわずかに逸らす程度の働きしか生んでいない。


 確かな実力者である彼女達でさえこれだ。

 つい数か月前の『東京大混乱』の記憶が蘇る。

 あの時も、沢山の人が犠牲になった。

 目的は結局よくわかっていないが――波瑠と佑真に対して過剰な反応を見せ、一時は佑真を殺しかけた大騒動。


 今回はどうだ。敵は明確に自分を狙っている。

 自分が日常を選んだばっかりに、盟星学園の人々を巻き込んだ。

 傷つく必要のない人まで傷つけた。


(ああ――――――やっぱり、間違いだったんだ)


 波瑠の顔から表情が消え、波動がこれでもかとあふれ出す。


(やっぱりダメだよ、スグ。私は日常にはいられない。秋奈ちゃん達と一緒にいたくても、皆が傷つく姿を見てはいられない……!)


 真希の申し出に、佑真の善意に、秋奈の想いに、キャリバンの想いに甘えた。

 優子や寛政、七海から歓迎されて心の底から嬉しかった。

 千花と出会えて、歌穂やまどかや沢山の人と友達になれて楽しかった。


 心の底から選びたかった現在(いま)は、ある意味彼女の予想通り、選んではいけない選択肢だった。


 思考が一方向に傾いていた彼女は故に、気づかなかった。

 背後に忍び寄る、月影百歩の気配に――――



 ――――月影一歩と月影百歩は、生まれつき超能力が使える『原典(スキルホルダー)』の双子である。

 双子といえ、彼らに顕現した超能力は全くの別物である。


 月影一歩は《精神感応(テレパス)》。百歩限定であるが、思考や感覚を距離無関係に、最大で百パーセントまで共有できる。彼女達が交互に喋るのは、ほぼ常に思考を共有しているからだ。


 そして月影百歩の超能力は《平均化(アベレージ)》という固有名を得ていた。

 周囲のありとあらゆるものを『平均化』する超能力。得意技は、空気の振動や足音、人体の熱といった所謂『気配』を『平均化』した上での隠密行動。


 余談となるが、初対面時に佑真が一番に百歩たちに気が付いたのも、《平均化》が《零能力》によって無効化された結果だったのだ。


 あまり激しく動くと『平均化』も崩れてしまうが、動揺し切った波瑠の背後へ迫るのは、この能力者である百歩には容易いことである――――




 ――――トン、と背中に手を添えられて、波瑠はようやく百歩に気付いた。


「なっ」

「《四代元素大天空魔法陣(エレメンタルコード)》、起動!!!」


 月影百歩の右腕に幾何学的な模様が走り、手の甲より巨大な魔法陣が天空へと展開される。

 元素を司る四種の魔法陣が中央の六芒星から伸び、ギュルギュルと回転を始めた。


 不気味な輝きを伴って、魔法陣はその面積を広げていく。

 外周には十二の星座(ゾディアック)。中央には天王星(ウラヌス)紋章(マーク)


 その役割は、現世を乖離し、地上から隔離した超常のエネルギーにも耐えうる特殊結界の構成である。


「あぐっ……!」


 波瑠が脳髄に響く激痛に顔を苦しめる。

 百歩もまた、右腕に迸る高次元エネルギーの鈍痛を堪えながら短剣を取り出した。


「っ……はぁ、はぁ、さあ来いてんのーはる! あの力を、裏切りの熾天使の力をもう一度引き出して、当主様の願いを叶えるんだ!」

「そうは、させない……させてたまるか……!」


 背中の魔法陣が焼けるように熱を発し、混じりけのない白のエネルギーが漏れ始めている。《神上》のエネルギー源である『天使の力(テレズマ)』が《四代元素大天空魔法陣(エレメンタルコード)》に呼ばれているのだ。引き剥がれそうな意識を決死で堪える。


(――――――《神上(ゴッドブレス)》?)


 それは気付くべくして気付いた、忘れてはならない大切なことだった。

 この場にいる《神上》所有者は波瑠だけではない。


 もう一人、戸井千花も地上に残っている……!


「千花ちゃ」

「残念だけどもう遅い(、、、、)


 徐々に身体を包み込む純白の『天使の力(テレズマ)』に抗いながら地上を見た波瑠は、呼吸を忘れた。

 千花の背後で、月影一歩が短刀を突き立てていたのだ。


 秋奈が歯がゆそうに『蛇腹剣の男』と交戦していた。キャリバンが血塗れになった優子を抱いて、集結(アグリゲイト)モドキから必死に逃げ回っていた。


 波瑠が戦っている間にいかな惨状が起こったか、想像する必要はない。

 一歩に背を刺された千花と、目が合った。

 ほんのわずかに微笑んだ彼女の笑顔の意味が、波瑠にはわからなかった。


生命の樹(セフィロト)の系図【第十一の球(ダアト)】に対応せし惑星、天王星(ウラヌス)紋章(マーク)に接続! 穢れに満ちた現世に終止符を打ち、新世界創造をも是とする無限の奇蹟を顕現せよ――――――!!!」


 戸井千花の全身に、《四代元素大天空魔法陣(エレメンタルコード)》より純白の光線が放たれる。それに攻撃力はない。何故ならそれは『天使の力(テレズマ)』が凝縮された光線であり、神々に匹敵する高次元エネルギーを少女の身に内包すべく放たれたものであるから。


 大気中の水蒸気が変質し、二枚の翼となって背中から伸びる。

 千花の全身から色が奪われ、ただ一ヶ所、胸の付け根の魔法陣だけが黒々とした光を放っていた。

 天使の輪が虚空から切り出されて、少女の全身を水流が包む。

 右手には、千花の数倍の大きさを誇る剛弓が具象化されていた。




 神的象徴(シンボリックアームス)完全開放(フルオープン)


「――――――〝小神族の宝物庫(デザイナーズ・エルフ)〟!!!!!」




神上の現(ゴッドブレス)》――対応せし属性は『水』。


 太陽光を屈折させて虹色の光を纏った神格が、東京の霊峰に堕ちた。



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