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●第百十話 「演習でなければ」

清水優子さんラスボスシリーズ第二弾。

 もはや、そこには演習開始時点での高尾山の面影は残っていない。

 大地は変形し、そこかしこに氷塊が生まれ、木々は薙ぎ倒されて山奥なのに日光が燦々と注いでいる。この一角に踏み入ろうという者はおらず、監視用の自立小型カメラも相当の距離からズームで様子を観察するほどだ。


 清水優子対天皇波瑠、水野秋奈、キャリバン・ハーシェル、戸井千花。

 構図で言えば一対四の圧倒的不利なのに、優子の顔から笑みが消えることはなかった――――


「ははははは! ここまで胸躍る戦闘は久しぶりだぞ!」


 優子が右腕を薙ぐ。《圧力》が大気を押し出し、実質的な突風となって千花に吹き付ける。


「ひっ」

「………千花はやらせない!」


 小さい悲鳴を上げた千花を庇うように飛び出した秋奈は『大気の硬化』で対抗した。三か月前は『気体の操作』に苦戦したが、《生命の息吹(ギフトパス)》を持つ千花のおかげで容易に風を押し留められる!


「す、すみません秋奈さん!」

「………礼はいらないというか、礼を言う暇はないというか!」


 叫んだ秋奈は即座に固定を解除し、逆に気流を跳ね返した。

 大気が描く螺旋の槌。霧散させようと手を開く優子が見たのは、風の中を突き抜けるキャリバンだ。交差した両腕が構えるのは空気の弾。背後からの加速を得た二撃がわずかにタイミングをずらして投擲される。


「面白い、だが届かない!」


《圧力》が空気の弾を強制的に圧し潰し、離脱を図るキャリバンを《引力》で引き寄せる。

 首をつかまれ、キャリバンはわずかに呻き声を上げた。


「はぐっ……」

「ははは。不用意な接近は死と悟れ、キャリバン。演習でなければ貴様はすでに死んでいるぞ?」

「…………それは、こちらも同じ……! 演習でなければ、すでに優子さんの周囲に、酸素は存在していませんよぅ……!」

「それもそうだな!」


 生徒会長は容赦なく膝を鳩尾に叩き込んだ。蹴り飛ばされたキャリバンは華奢な体を九の字に曲げ、けれど意識は手放さない。

 接地直前に、優子を巻き込む上昇気流を巻き起こす。


 ゴバッ! と吹き上げた風の噴火は優子とキャリバンを空中へと誘った。


 キャリバンは秋奈の操る泥が確保し、

 優子の上空に、蒼き雪姫が冷気を纏って待ち構える。


「せやああああっ!」


 台風もかくやという気圧で吹き荒れる猛吹雪。獲物を絶対に逃がさない広範囲殲滅の一撃を前にして尚、優子の顔から笑みが途絶えることはない。


「その程度では届かんと言っているだろうが!」


《波力》――熱波が吹雪を迎え撃った。冷却された大気が一気に熱を帯び、水蒸気と化した雪が破裂を起こす。吹雪と熱波の追突点を中心に気流の爆発が起こった。球状に拡散する突風は高尾山全体の木々を揺らす。

《重力》や《斥力》を使っているのか、優子はその激風の中でも平然と空中に浮遊していた。


「追撃の手を止めちゃダメ!」

「………わかってる!」「任せて下さいぃ!」


 はるか上空からの波瑠の声が届く前に、秋奈とキャリバンは動き出していた。大地が秋奈によって変形し、幾本もの立体的な足場を作る。三次元に広がった土の足場を利用して縦横無尽に飛び回るキャリバン。その速度は優子も目を見張るものがあった。


「速いな……火道と同等、いやそれ以上か?」


 両目を凝らしてようやく追えるだろう俊敏な動き。今までの学校生活で隠していた軍人としての『爪』が露わと為りつつある。それは、もう一人の少女にも言えることだ。

 波瑠が猛スピードで、秋奈の作ったフィールドまで下降してきた。彼女は秋奈の生み出す足場に加えて自ら氷塊を作ることで、優子の予測から外れる挙動で翻弄してくる。キャリバンを巻き込む恐れはないのか? という疑問は抱くだけ阿呆らしかった。


 確固たる信頼と絆が織りなすチームワーク。

 波瑠とキャリバンはもはや言葉を通じずとも、息をするように互いの行動を理解しているのだろう。


(私と七海のように――か)


 ニッ、とわずかに口角を釣り上げた優子は自身を中心として《斥力》を展開した。

 斥力――ものすごく大まかに捉えれば『ものを引き離す力』が、秋奈の作った足場や波瑠の生み出した氷塊を粉々に砕き、キャリバンと波瑠を弾き飛ばす。


「うわっ!」「くぅっ!?」


 突然明後日の方向から殴り飛ばされたような感覚に、二人は驚きを露わとしながら体制を立て直――――す前に、更なる追撃が全身を蝕んだ。


 優子の十八番、《重力》の増加。

 全身を下から引きずり落とす不可視の腕何十本は、どれだけ抗おうとも二人が空中にいることを許さない。ふたたび強引なエネルギー変換を行おうとした波瑠は、そうこうしている間に優子が秋奈と千花との距離を詰めていることに気付いた。


「まずっ、秋奈ちゃん!」

「………心配は、御無用!」


 そう告げた秋奈の周囲より、土塊の杭が何百本単位で射出された。身動きを止めた優子は《斥力》で土塊の悉くを破壊していくが、秋奈は攻撃の手をむしろ加速させていく。千花の《生命の息吹(ギフトパス)》によって、ランクⅩに匹敵する超能力と化した『|ランクⅩに最も近い能力ファクトブラウザ』の猛威。流石の優子も顔に余裕がなくなっていく。


「やるな秋奈! そろそろ全力で行くべきか!?」

「最初っから、手を抜いている暇なんてありませんよ!」


 能力演算で顔を真っ赤にした波瑠が叫びと同時に氷塊の嵐を穿った。優子のかけた重力をも己の力に変換してしまう、Nо.2に相応しき超能力の牙が迫る。


「何度も同じ攻撃では芸がないぞ!」

「同じ攻撃だと思ったら大間違いです!」


 ――――凍結はあくまで『熱エネルギー』を確保するため。

 氷塊に乗せた『運動エネルギー』は演算式内の極一部。本命はそちらではなく、今から両手に生み出す紅蓮灼熱の大火である。


 ゆめ忘れるな――《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》は凍結と炎熱。

 波瑠が得意とする、相反する現象同時操作から名付けられた至高の超能力であることを。


 ただし今回、波瑠一人では完結しない。

 焔を強化する莫大な気流が、すでに相棒(キャリバン)の腕に構えられている。


 視線を交わすこともなく、二人の攻撃は同時に放たれた。

 紅蓮の業火が大輪を咲かせる。山火事を気にして今まで躊躇い続けていた焔と気流操作の合わせ技。幼い頃に何度も使用した対軍レベルの一撃に対し、優子は秋奈の攻撃を背で防ぎながら向き合った。


「なるほど――抑え込まねば高尾山は地獄絵図と化すというわけか! 面白い……つくづく面白いなお前達は!」


 両腕を前へとかざす。背後に《斥力》の防壁。自身を浮かべる《重力》の操作。そして三重目の能力を使い、彼女は灼熱の嵐を迎え撃つ。


《重力》――――偏にくくれば、彼女がふたたび行使したそれは《重力》の操作である。

 しかし、指で弾いたパチンコ玉を座標として行われた能力は波瑠にも再現不可能な、ありとあらゆる超能力を凌駕する超常の御業であった。


 極致に重力を集中させて空間を歪め、三次元的『空間』を屈折させ、世界に『穴』を開く。

 ありとあらゆる物質を吸収する《重力》の穴、ブラックホール。


 無論、恒星や惑星がなるそれのように大規模なものではない。視認が難しいレベルで極小のブラックホールである。

 けれど周囲の大気を、そして氷塊や薙ぎ倒された木々、あるいは土塊までも呑み込む極小の『穴』は、波瑠とキャリバンの合わせ技を一瞬で無きものとした。


「………………嘘、でしょ……」

「流石に、意味ワカンナイですよぉ……」


 空中を浮遊しながら、唖然と呟く波瑠、そしてキャリバン。

 優子本人は過剰な能力行使による反動か、脂汗を滲ませ顔を真っ赤にしていた。

 弾き飛ばすでもなく、防ぎきるでもなく、消し飛ばす。

 もしもこの一手を使う余裕があったら、あの集結(アグリゲイト)でも一瞬で死に至るだろう……。


「……ふふふ、これで私の『自己紹介』は終わりだぞ、波瑠。私だってランクⅩの一角。お前達の予想を乗り越えるだけの手札は何千枚と持っている」


 戦慄し、背筋に悪寒を覚えた波瑠は、そんなことを言う優子と目があった。

【使徒】の能力者全員が等しく携える、己が能力へ誇りを抱いた真っ直ぐな瞳と。


「そろそろ私に傷をつけてみろ。でないと、物足りない私はこの山を跡形もなく消し去るぞ」

「「「………………っ!」」」


 ――――暴力的な言の葉を合図に、三度戦闘が幕を開けようという刹那だった。




「…………………………え?」




 戸井千花の『瞳』が、四人の戦闘とは全く関係ない地点に何百もの『波動の揺らぎ』を捉え。

 清水優子の背後に、この世の何よりも黒いオーラが迫っていた。



   ☆ ☆ ☆



「――――――おー、ド派手だなぁ」


 おそらく優子が起こしたであろう一撃に、火道寛政は呑気に感想を呟いていた。

 彼が立つのは正規の山道のど真ん中だ。昔は駅から上級者コース、初級者コースなど数多の道に分かれていたらしく、その頃の呼び名を借りれば初級者コースの山道にいる。

 A組もB組もバカ正直に山道を突っ切ろうとは思わなかったらしく、ちらちら偵察の影は見えたものの、仕掛けよう、或いは正面から挑んでくる輩はいない。


 端的に言えば、暇をしていた。


「確かに俺一人でこの山道を抑えて、他の連中が山の中で待機するっていう布陣だったけどさ。そりゃ真正面から仕掛けようなんて思わないよな。佑真クンくらいだよな、俺に真正面から挑む馬鹿なんて」


 どこかで「へっくし」とくしゃみをする弟子を思い浮かべつつ、寛政はベンチに腰を下ろす。


「あー……眠くなってきた。実は山道を直進が一番敵数の少ないルートでした、なんて一年生が聞いたらびっくりするだろうなあ。佑真クン辺りはマジギレしそうだなあ」


 と、彼が端正な顔に似合わない欠伸をした時。

 目の前に、唐突に何かが現れた。


 それは巨体だった。

 二メートルをゆうに超え、巨大な石斧を丸太のように太い右腕で持ち上げている、岩石のような人間(、、)だった。


「………………どちら様? 部外者は立ち入りき」


『何か』は何も答えず、石斧を真っ直ぐに振り降ろす。

 右腕が五センチと動く前に、炎熱を纏った寛政の脚が『何か』の鳩尾を捉える。一の挙動で繰り出された三連発の蹴りが『何か』を吹っ飛ばした。


 木々を薙ぎ倒してのびた『何か』を一瞥する寛政の顔には、陰りが差していた。



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