●第百九話 「誇りに思え!」
清水優子さんラスボスシリーズ第一弾。
☆ ☆ ☆
ランクⅩ――【使徒】と呼ばれる、日本で九人しかいない超能力者の最高ランク。
応用力、威力、規模などを総合的に判断して割り出される『最強』の証。
『超能力適合世代』の中でも【太陽七家】子息や【月夜】関係者といった特別な生まれの者達が揃う中、清水優子は【使徒】の第六位の称号を得た。
確かに【水野家】の分家の娘であり、《レジェンドキー》という特別な力も授かっているし、投手の側近を勤めることだってある、普通の女の子とは呼ばれ難い存在だ。
それでも、清水優子が『一般人』であることに変わりはなく。
家というしがらみを持たなかったからこそ、彼女は圧倒的力に振り回されることなく、周囲がドン引くほど真っ直ぐに成長した。
過去に特別な経験がなくとも。
親の意志を引き継がなくとも。
このすごい力はきっと、誰かの役に立つために与えられたものだから。
故に優子は、力を以て正義を掲げる者――。
天堂佑真と真逆のプロセスを歩みながら、正義の味方を目指す者と称されている。
「どうした新入生。お前達自慢の超能力で対抗してみせろよ!」
――――優子の超能力《静動重力》による『重力増加』が一年生の集団を大地に抑えつける中、赤髪の少女、水野秋奈はあえて大地に手のひらを叩きつけた。
「………SET、開放……っ!」
少女の文言に応じてSETが起動され、小柄な身を紅色の波動が包む。
触れたモノを操作する能力《物体干渉》が、どぷん、と優子の足元を液状化させた。
「おっと、秋奈の能力か!」
秋奈の超能力は『ひとつなぎ』でさえあれば、距離や面積、体積を無視した干渉ができる。足場を奪われる前に能力を使って高く飛び上がった優子を、みすみす逃がすつもりはない。
「………形状変化!」
液状化した土が数十本単位の杭となって突き上がった。
優子は空中にいながら、ひらりひらりと左右に舞って器用に躱していく。秋奈の生み出した杭は蛸足のようにまとわりつくが、やがて優子の能力によって大地に沈められる。
「はっはっは、重力増加の中で能力を使えるだけ褒めるべきか――――っと!」
高笑いする優子の全身をドライアイスの弾幕が急襲した。浮遊に用いていた重力操作を解除して猛スピードで地上に降りる優子は、ふと見えた光景に目を丸くする。
数倍に跳ね上げたはずの重力増加エリアで、波瑠が両脚で自立していたのだ。
(馬鹿な!? 波瑠は超能力こそ優れているが、身体能力は平均以下のはず。波瑠に立てるならば、とうに男子や秋奈が立ち上がって――――いや、だからこそ超能力か!)
優子が思考する今も襲い続ける、ドライアイス弾の高速連射。二酸化炭素の熱エネルギーを運動エネルギーに変換して撃ち出す波瑠の得意技だ。
視認し切れない速度は、重力の『圧力』分のエネルギーを余剰に乗せた結果なのだろう。
(だが波瑠でも『立つので精一杯』といったところか。狙いが定まっていないな)
流石は序列二位だが、優子だって数値の上では同格だ。年長者として負けられない意地がある。肉体に影響が出ないギリギリまで重力を強化すると、
「はぐ……っ!?」
波瑠がよろけて膝をついた。
この隙を逃さない。優子は重力をうまいこと操り、すでに《零能力》で自由の身となりながらジッとしていてくれた標的への直線を生み出した。
「今のままでは天堂佑真を守り切れないぞ! 波瑠、どうする?」
「そう簡単にはさせません! 皆、後は任せる!」
そう告げた波瑠はすうと息を吸い、両腕を地面につけた。
四肢すべてを使って身体を支える為に――――
「はあああああ――――っ!」
――――今、このフィールドを覆う重力増加の全を、熱と運動エネルギー変換する。下方向のベクトルを真上へ。摂氏百度をゆうに超える超熱の突風が、波瑠を中心に青空に向かって解き放たれる。
「なっ……!? 私の超能力が生み出したエネルギーまで、変換しただと……!?」
円周上に拡散される余波が土をめくりあげ、優子はおろか同級生や佑真達にまで黄砂の如く猛威を振るう。砂塵を重力の壁で抑え込もうとした優子は、この悪環境下で自身の背後に迫る脅威を察知した。
「重力増加!」
咄嗟に重力で追撃者を地面に落とす。細目でチラと確認したその正体はキャリバン・ハーシェルだ。彼女の《風力操作》なら今の余波の中でも自由に動けただろうし、波瑠と長い事相棒だっただけあって、咄嗟のアドリブへの対応としては完璧と言える。
「だが相手が悪かったな! 私にそう簡単に攻撃を届かせることはできないぞ!」
「いいえ……接近できれば十二分ですぅ!」
ニイ、と口角を釣り上げたキャリバンもまた、両手を大地にぴったりとつけていた。
まさか、と優子が身をよじると同時にキャリバンの技が繰り出される。
空気の弾を叩き込み、あえて地面を爆発させた。
超至近距離での土塊の爆散が優子の目を潰しにかかる。反射的に瞼を閉じ、腕を顔の前で交差させてしまったことを優子は後悔した。
人間的脊髄反射であろうと、それは明確な一瞬の隙。
「秋奈さん!」
「………千花、ナイスタイミング」
千花に手を添えられた状態で、秋奈の《物体干渉》が発動される。
戸井千花の『原典』――《生命の息吹》。
触れた相手の超能力を強化する超能力が、ランクⅨの超能力者を昇華させる。
「………今度こそ逃がさない!」
優子の周囲の土を伸ばして彼女の四肢を拘束する。
しかしキャリバンの起こした爆発で残った土煙が、優子の姿を隠している。どう正確な位置を確認するのか――そこで、千花の『原典』に秘められた二つ目の『波動に関係する力』が鍵となる。
彼女は他の人よりも〝はっきりと波動を視ることができる〟特殊な瞳の持ち主なのだ。
波動が超能力に変換される様まで視認できる彼女が、波瑠や優子の『遠距離の座標を起点に発動される能力』を視た場合、その座標に明確な『揺らぎ』を認識する。
例えば今、優子の立つ位置を示すためにキャリバンが能力を使えば――たとえ土煙の中であっても、千花の視界ではザザザと現実世界にノイズが走るように。
「視えました、爆発とほぼ同地点です!」
「………了解」
コクリと小さく頷き、秋奈は土石流を容赦なく放った。
キャリバンなら自衛できると把握した上で、優子を埋める躊躇いなき一撃。大怪我を負わせかねない大地の津波が木々をも呑み込み、地響きを轟かせる。
「……やりました、かね……?」
「………………いや、なんか至極嫌な予感が……」
千花に対して返答した秋奈は、普段のポーカーフェイスが嘘のように自信なさげだ。
問いかけた千花本人も、どちらかといえば『ダメだったんじゃ……?』という想いが強い。
千花の瞳は、秋奈の猛撃による『揺らぎ』とはまた別の『揺らぎ』を二つ視ていた。
片方がキャリバンの自衛だとして、もう片方は――――――
「ははははは! いやあ、まさか私の衣服に泥をつけられるとは予想もしていなかったな!」
――――二人の嫌な予感に応えるように、土煙が一気に霧散する。
視界を取り戻した木々生い茂る山麓で、千花は驚きのあまり息を止めていた。
優子を要とした扇形の空間にだけ、土石流による被害の跡が一切残っていなかったのだ。
わずか数十センチ間隔でへし折れた木と自立した木が並ぶ光景は、優子が流れ落ちる土石流を左右に受け流した結果を主張している。
「………重力で強引に圧し込んだわけではない……?」
「特別に教えてやろう」優子はニッと口角を上げ、「私の超能力名は《静動重力》であり、確かに『重力を操る超能力』でもある。しかしな、悲しいことに私の能力はそこで終わりだと勘違いされることが多いんだよ」
肩をすくめた優子は、波瑠達をグルリと見まわしてから両腕を掲げた。
ジジジ、と彼女の両手を起点として、特殊な力が発動される。
「改めて紹介しよう。私の《静動重力》は、念動力系統の最高峰としてランクⅩの称号を得た『力を司る能力』だ」
――――引力然り。斥力然り。波力然り。圧力然り。そして重力然り。
『一番手っ取り早く倒せるから重力を多用する』だけで、この超能力の応用性もまた、ランクⅩに恥じない常識外れの多様性を誇る。
先の土石流を防いだのが《斥力》であれば。
今、大地を紙のように容易くベリベリとめくり上げている力は《引力》だ。
「第二ステージと行こうか。波瑠、秋奈、そして新入生諸君。私に重力以外の『力』を使わせることを誇りに思え!」
はっはははははは! と、とても楽しそうに高笑いする生徒会長は――――――ある重大な事実に気づいていなかった。
波瑠と秋奈が大暴れしている最中に、佑真を連れた他のクラスメート達はこっそり移動していた――――――!!!!!
☆ ☆ ☆
『歌穂、そんなわけでこっちは無事に離脱できたよ。波瑠ちゃん秋ちゃん、キャリちゃんと千ちゃん。主力の中核を担う四人も失ったのは痛手だけどサ』
「仕方がないわ。戸井さんの能力を一番活かせるのはあの三人だし、それ以上に生徒会長が相手なんだもの。流石に波瑠達でも厳しいものは厳しいわよ」
合同演習も、早々に一時間が経とうとしていた。
昔の高尾山であれば、急げば登り切れないこともない。しかし無線で連絡を取り合う佐藤歌穂がいるのは、まだ山の半分にも届かない山道に生える樹の、太い枝の上だった。
『じゃ、適当なタイミングで合流よろしくね、歌穂』
「まだまだかかりそうだけどね。安全第一でよろしく。はーい」
通話の相手は大島友子。波瑠が率いていた主力部隊の一人で、上手く清水優子との交戦から抜け出して佑真と共に山頂を目指しているらしい。
友子は演習初日に波瑠から大敗して以来、『弱者なりの立ち回り』を研究していた。その成果がキチンと出せていて、歌穂としても嬉しい限りだ。
(……でも、付け焼刃には変わりないのよね。どうして生徒会長とあろう方が見逃したのかしら? ひょっとしてお情け?)
実は瀬田七海が放置すると目の前の戦いに夢中になっちゃうポンコツな一面がある、なんて秘密を知らない新入生の疑問はさておき。
主力が清水優子と鉢合わせになった時には課題失敗も覚悟したが、首の皮一枚が繋がってほっと大きく息をついた。
溜め息は傍の葉を揺らし、自分で起こした物音にも拘わらずドキッと心臓が跳ねる。
(っとと、落ち着け。向こうが頑張っているんだから、あたしも現状打破しないとね)
胸に手を添えた歌穂は、樹の幹からそうっと様子を窺う。
視線の先では、二年の吉羽涼という先輩が超能力使用状態で辺りを見回していた。
彼は生徒会役員でなければ、部活動でド派手に活躍しているわけでもない。
しかし校内ランキング戦で上位十人にランクインしている、実力ある能力者なのだ。
(超能力は知っている。《素粒子狙撃》……波動を弾丸にして放つ能力。ランクはⅥで応用性があるわけじゃないけど、この前の『東京大混乱』って事件でも活躍したらしいわね)
姉から入学前に聞いていた情報を思い出す。吉羽は能力でわかる通り、遠距離からの攻撃を主としている。歌穂と同じ戦い方だ。
(……ここで足止めを喰らっている時間が長ければ長いほど、波瑠達を欠いた主力部隊が危険に晒される)
迷っている時間はない。
躊躇っている余裕はない。
「――――仕方ないわね。SET開放」
ざわ、と周囲で青葉がさざめく。
数百枚単位の葉っぱが《群衆制御》の使役下に置かれ、三つの塊に区分けされた。その前触れを察知したらしく、吉羽の鋭い視線が背筋に悪寒を走らせる。
乾いた唇を軽く舐める。
吉羽の周囲にフワフワと、サッカーボール大の光る玉が生み出されていた。
「そこか」
カカカカカッ――と、光弾から一回り小さい粒子の散弾が放たれる。
十数発の連射が青葉の塊を貫きバラバラにしたが、即座に集合体に戻った。
複数の物体を『集合体』として操作する能力だからこそできる技。そう簡単には破壊できない群衆制御は、キャリバンや秋奈さえも大きく苦戦させた。
歌穂はさらに増やした青葉数千枚が自分の指揮下にあることを今一度確認し、攻めの一手を打つ。
三つの集合体で吉羽の周囲を取り囲み、逃げ場を奪うように渦を巻く。塊から河川のような奔流へ、そして緑の猛吹雪へと姿を変えて全方位から吉羽に吹き付けた。
ただ彼女の心が躊躇いを見せたのは、これが『演習』という点だ。
複数物体同時干渉版《念動能力》ともいえる《群衆制御》の真価は、葉っぱや紙切れといった薄く持ち運びも容易な物体を念動力によって形状固定し、一枚の『刃』に見立てた上で放つ『斬撃の嵐』だ。
多数のナイフで切り付けるのと同様の致死性の技。
理論上は使える。無機物や自然物に対してなら使ったことがある。
けれど歌穂には、動物に対して刃を向けることへの躊躇いがあった。
その隙は、つけこまれて当然のもの――――
――――吉羽の生み出した光球から散弾・砲弾の嵐が撃ち出された。歌穂が緑の猛吹雪であるならば、吉羽の放った光の重機関銃が猛攻を抑え込む。
歌穂は火力に驚いていたが、動体視力の良い者ならば吉羽が行う御業の技量に目を見開いていただろう。
彼の迎撃は、一弾につき青葉一枚。
一気に薙ぎ払うこともできただろうに、吉羽は歌穂が操る青葉の『塊』ではなく『単体』を細かく撃ち抜いていたのだ。
瀬田七海に次ぐ二年生筆頭の狙撃手。得意戦法をいとも容易く防がれている現実が、歌穂の心を焦らせる。
「…………っ、ならこれでどう!?」
歌穂は更に周囲の草を制御下に置いた。一枚が破られれば三枚、三枚が破られれば五枚。敵の迎撃が追い付かないほどの物量で押し切ってやる。
意気込んだ歌穂の乗る樹の幹を、大きな弧を描いた素粒子弾の連射が貫いた。
第三者ではなく、その攻撃も吉羽涼が放った弾だ。彼の《素粒子狙撃》は超能力だからこそ、その射線が直線に限られない特異性を有している。曲射法はおろか、直角の軌道を描かせることも可能な『自由自在さ』が強みである。
「嘘でしょ……!」
へし折れる木から飛び降りた歌穂は、青葉を一気にかき集めて目くらましの弾幕としながら離脱を図る。吉羽の放つ追撃。三百六十度、どこからでも襲い来る砲撃に対して歌穂も青葉でシェルターのような防壁を作る。
敵はランクⅥ。単純に人口差で考えれば何万人単位も格下の相手。
(数値の上ではあたしの方が上なのに、ここまで一方的にやられるなんて!)
一年間の経験値の差こそが、ランクⅨの少女の心に牙をむく。
「こうなったら身も蓋もなく全力で逃げ切って、主力部隊と合流するしかないか!」
打倒から逃走に思考が切り替わった時点で、彼女は敗北を悟っていた。




