●第百八話 「この清水優子に挑める機会など」
そうして、土曜日は訪れた。
盟星学園高校一年A組、B組及び一部上級生は大型バスに揺られること数十分。
日本国軍が保有する大規模演習場――高尾山に集合していた。
緑生い茂る霊山を前に、集合場所の駐車場をうろついていた小野寺誠はほうと感心の息をつく。
「意外とでかいんだね、高尾山」
「なんだ誠、来た事ないのか?」
「普通にないよ。軍事施設になってからは一般人の立ち入り禁止になったんじゃないっけ? 山の周囲に柵があって、柵を乗り越えようとすると二十四時間稼働のセンサーと防犯システムの餌食になるって聞いたけど」
「外周の柵に沿ってセンサーが張られていて、顔とか所持品とかIDパスとかを認識するらしいぜ。オレとキャリバンと波瑠は軍側のIDも持ってるから、いつでも出入りできる」
「そういや二等兵だったね……別に羨ましくはないな。今や観光地だった面影はないもんね」
隣にいた佑真と適当に会話していると、朝礼台のような台に生徒会長の清水優子が上がった。整列もせずにバラバラと雑談していた生徒達の注目が集まり、徐々に静かになっていく。
「お、いよいよ始まるみたいだね」
「始まっちまうなあ。戸井ちゃん大丈夫かな」
「ん? 波瑠の心配じゃないの?」
「いや波瑠も心配だけど、心配の種類が違うな。まあ昨日の感じなら大丈夫そうだけど」
「昨日の感じ? そういえば昨日戸井ちゃんと一緒にいたけど、二人で何か話でもしたの? ひょっとして浮気?」
「オレは波瑠一筋です。まあちょっとな」
「内緒話か。僕と佑真の仲でも教えられない?」
「オレとお前なんて高が知れてるだろ……二人だけの秘密だしね」
「えーいいじゃん別に。僕言いふらしたりしな」
『いつまで話しているんだそこの二人! 静かにしろ!』
ピシャリと優子の怒号が響いた。どうやら最後まで雑談に興じていたのは佑真と誠だったようだ。
「(テメェのせいで叱られたぞ)」
「(佑真が話しかけてきたんじゃないか)」
互いの足を踏みにじりつつも小声で雑談をやめない辺り、筋金入りの問題児だ。
『それでは本日、新入生合同演習を開催する。この会場は一年A組対B組の護衛任務だが、間違えてきた生徒はいないな? ……よし、大丈夫そうだな』
優子につられて佑真もぐるりと見回してみると、ここにいる生徒は大体百人くらいだ。その全員が戦闘可能レベルの超能力者というのは改めて驚くべきことだ。
『皆もすでに知っているとは思うが、本日の課題は「別学科の生徒を護衛して高尾山の山頂まで無事に送り届ける任務」だ。該当生徒とはすでに昨日顔合わせと打ち合わせをしただろうが、その生徒には現在、パスコード入りのリストバンドをつけてもらっている』
そうなの? と目で訴える誠に見せびらかす。佑真の左手首にあるのは『梓弓』ではなく黒のリストバンドだ。本人的には防衛手段が減って心底困る課題である。
『それを山頂に設置した機械に読み込ませれば課題クリアだ。どちらかのクラスが山頂にたどり着いた時点で演習は終了となる。勝者にはご褒美が待っているので頑張るといい――――が、そう簡単にゴールできるとは思うなよ』
ニヤ、と優子の口の端が不敵につり上がる。
『この高尾山には先入りした我ら盟星学園の二年、三年が待ち構えている。あえて予告しておこう――――今代の生徒会、火道寛政・瀬田七海・黄金愛花・八神龍二の全員が自ら望んでこの山を戦場と選んだ。貴様らは奴らを、そしてこの私を乗り越えなければならぬぞ。それ相応の覚悟を以て、強者の胸を借りるとよい!』
「(…………軒並みやる気を削いでるって気づいてないよな?)」
「(うん。そして優子さん本人はご満悦みたいだ)」
ランクⅩからの宣戦布告に、一気に気落ちした周囲の同期がいたたまれない。
その後、事務的な通達が学年主任兼A組担任の神童尚子より告げられ、各自移動となった。
「さて本番だ。気合い入れないとね」
「誠は別動隊だっけ。気張ってこいよなー」
「うん、気張ってくるけど今日の佑真はお気楽ムードすぎない?」
「お気楽にもなるっつうの。音楽科の生徒に美術館行かせているようなもんだぞ?」
「微妙にわかりにくいけど何となくわかったよ。ところで火道先輩からリークとかされてない? 事前情報があれば嬉しいんだけど」
「残念ながら『生徒会メンバー全員で高尾山行くよ!』ってことしか聞かされてないぜ。その辺はテメェらも自力で何とかするんだな」
「頼りにならないなぁ」
二人も雑に言葉を交わしながら、スタート地点へ移動を開始した。
☆ ☆ ☆
二一三二年四月一九日、午前十時。
盟星学園高校の新入生合同演習――開幕の合図が鳴り響くと同時に、西村綱吉率いるA組斥候部隊が正規の山道ではなく森の中を動き始める。
五人小隊の一人、神楽坂一心は木の上に跳び上がりながら、地面を歩く部隊長の西村に声をかけた。
「斥候部隊に自ら志願したとはいえ、先行を任されるのは怖ぇなこれ。西村、そろそろ周囲の探り入れられないか?」
「了解だ。SET開放」
西村の波動が可視化し、超能力が発動される。
《領域視野》。西村の超能力は、自分の周囲数十メートルを『上から覗くかのように把握する』能力である。いわゆる鷹の目で、空間把握や偵察には持ってこいの能力だ。
「ふむ……そこかしこに罠が仕掛けられているな。ついで上級生が九時の方向で三人ほど待ち構えている。B組の姿はまだないな。具体的な位置を共有する」
西村は端末を操作し、位置情報を地図に書き込んでいく。クラス全員がこれをネットワークで共有しており、更新された情報を基に神楽坂は自身の超能力を行使した。
《透視能力》――物体を透かして視る能力を、双眼鏡と掛け合わせて使用する。
「近いポイントから報告行くぜー。ベッタベタな落とし穴からインク爆弾、捕縛ネットにセンサーと各種取り揃えてやがる。どうやらこの高尾山、今やトラップハウス状態らしいぞ」
「ハウスではない。マウンテンだ」
お堅いツッコミに(冗談通じねえな……)と苦笑いしつつ木から降りる神楽坂。斥候部隊は二人の能力で発見した罠や上級生を迂回しつつ、索敵範囲を広めるべく移動を開始する。常に能力を使って移動する西村や神楽坂に代わり、通信を担う姫ノ宮蓮が「お!」と声を上げた。
「どうした、姫ノ宮?」
「遊撃部隊と対B組部隊も行動を開始したみたいだよ。主力はもう少し様子見って感じだね。ちょっと山に踏み入れたくらいかな」
「ま、小野寺と九十九がいるから大丈夫だろ。あの二人だけ生きている次元が違うっつうかさ」
「あー、わかるよ神楽坂の気持ち。ボク達と経験値に絶対差があったもん」
「こら、無駄口を叩くな。演習とはいえ本番なのだぞ」
「大丈夫だって。周囲に敵影無し、罠を避けつつ進むだけだろ」
と、生真面目な西村に神楽坂が肩をすくめた瞬間だった。
彼の真横を一筋の閃光――荷電粒子砲が貫き、大地が爆発した。
「うおわッ!?」
「攻撃だと!? バカな、上級生とはまだ三十メートル以上の距離があるんだぞ!」
「――――いや、距離だよ西村!」ハッと顔を上げて姫ノ宮は叫んだ。「索敵をものともしない怪物じみた狙撃が行える上級生がいるじゃないか……『電光の射手』、瀬田七海先輩だ!」
情報を交換している間にも、二撃目、三撃目が周辺の大地を抉り飛ばす。命中させないのは『これが演習だから殺すわけにはいかない』とかその辺の慈悲だろう。
「或いはこれが『洗礼』ってやつなのかもな……どうする西村!?」
全力で移動しながら、耳につけた無線を使って神楽坂は声をかける。実戦ではここで命が絶えていたと、神楽坂はまだ気づいていない。
一方で即座に気付き、ゾッと全身の産毛が逆立った西村は、十秒の沈黙の末にこう口にした。
「……とりあえず散開し、機会を図って合流する! 他の三人は遊撃部隊、小野寺と連絡を取りつつ俺と神楽坂に出来るだけ早く合流しろ。周辺の情報収集は継続するぞ!」
「チクショウ、初っ端からアドリブかよ! 容赦ねえな副会長!」
神楽坂は道にもなっていない崖に足を滑らせながら、荷電粒子の嵐に毒を吐いた。
☆ ☆ ☆
いきなり斥候部隊が瀬田七海の餌食にかかったと聞き、対B組部隊として六つの組を指揮する九十九颯は、早々に苦笑を漏らしていた。
「瀬田七海か……キロ単位の現役スナイパーっつっても高尾山、森林だぞ? 化け物かってんだよ」
「……透視や遠視の能力者とペアを組んでいるのかもしれないよ?」
颯の独り言のような愚痴に、相方を勤めるランクⅨの小柄ながら実力ある少女、箒円が返事をした。
「いくら瀬田七海といっても、流石にこの環境でスコープだけで命中させるのは不可能。だけど位置情報さえ割り出せれば、何百メートル離れていようが『暗殺』じゃなくて『攻撃』だけなら可能じゃない?」
「まど……箒がそういうなら」
「バレちゃったら、まどか達の居場所も瀬田七海の射程範囲内になっちゃうよね?」
「ああ。だからこそ俺達はでき得る最速で山の裏側まで迂回し、狙撃範囲を脱出。B組襲撃の役割を果たす必要がある。もっとも、奴が全域を見渡せる場所でスコープを覗いていなければ、の話だけどな」
「……それはないみたいだね。西村君が瀬田七海を発見したって。本丸は小野寺君を向かわせるか迷っているみたい」
「小野寺か。確かに副会長は叩いて損なしだが、うちの最大戦力を手放すのと同義だぜ、それ……佐藤と天皇波瑠の状況判断能力が試されてやがる」
無線を聞いて勝手な感想を呟く颯がまどかと共にいるのは、湧き水が流れる崖の上の木だ。山の外周を移動して、位置的には開始十数分ですでにA組とB組のスタート地点の中間まで来ている。
「それはそうとして、俺達の方の被害状況が割とシャレにならないんだよな……」
「先走った不知火君の組はトラップに引っかかって首以外が土の中。本田さんの組は上級生と交戦して二分で降参。まどか達を含めて残り四組だね」
「最悪の場合俺とまど……箒で何とかするしかないか」
「はやて。戸井さんには聞かれちゃったし、もう隠さないで名前で呼んでもいいんじゃない?」
「俺と箒で何とかするしかないか!」
意地を張った颯の頬は軽く赤く染まっていた。
くすくすと肩を揺らすまどかが、ふと真剣な表情に戻る。
「……西村君から伝言。まどか達の近くに上級生が二人いるって。どうする?」
「カッカッカ、奴も逃走中なのに働くもんだ。避けて通るのもありといえばありだが、下手にスルーして背中を刺されるのも嫌だしな。俺達だけで仕留めるぞ、箒」
「そう言うと思ってたよ、はやて」
返事をしながら、SETを起動させずに手のひらから白い奔流を生み出すまどか。
奔流はやがて六本の輝くナイフを形状し、まどかの周囲を漂い始めた。
「SET開放――箒、殺すなよ」
「手加減ぐらいするって。心配しないで」
颯の超音波を利用した索敵も木々のせいで精度が幾分か落ちているが――西村から受け取った情報と照らし合わせれば、フォローは十二分に可能だ。
まどかが放つ純白のナイフと共に、颯は一気に接近を仕掛ける。
突然真横の茂みを引き裂いた斬撃に、男子の上級生は二人同時に振り返った。なるほど――奇襲を受けても冷静に方向を確かめて対処しようとする辺り、訓練が出来ている。
その中途半端な実力を信じていた。
振り返った上で背中側――つまり元々は正面だったはずの方向に、颯は回り込んでいたのだ。その距離わずかに一メートル。至近距離でありながら、上級生二人は無防備な背中を晒してまどかを警戒し続けている。
音を操る能力者である颯は、自身の出す足音や呼吸音を意図して消すことが可能である。人間が視覚の次に意識の容量を割く感覚は『聴覚』。死角に回り込めさえすれば、颯は至近距離まで接近しても気付かれないのだ。
颯はスッと手を差し出す。
鳴らした超音波が上級生たちの脳をかき回し、バタリと力を失って倒れた。
二人が完全に気絶したことを確認し、颯は『沈黙』を解除する。
「……ぬるいな」
「上級生って言っても、はやてとは年季が違うもの。ぬるくなきゃ逆におかしいよ」
合流したまどかはどこか得意げ。颯は面倒くさそうに頭を掻いた。
「カッ、しゃーない。小野寺の代わりだ。敵を潰しつつ先を目指すぞ」
緊張感の薄い空気で、しかし確実に結果を残して、二人は次なる標的へと向かう。
☆ ☆ ☆
颯とまどかの背中をスコープで覗きながらも、瀬田七海が引き金を引くことはなかった。
しなかったのではなく、できなかったのだ。
「……無防備に移動しているようで、きっちり三百六十度に警戒している。狙撃しようものなら逆にこっちの居場所がばれちゃうわね。困ったわ、波瑠ちゃん達以外にも実戦経験のありそうな一年生がいたのね」
「七海先輩がそんな判断を下すなんて、よっぽどなんですね」
七海の護衛を勤める二年生、森下恵が驚きを口にした。スコープから目を外した七海は苦笑を返す。演習で、スコープ越しに『自分が殺される恐怖』を抱くことになるなんて思いもしなかったのだ。
気を取り直して、七海は能力補助のスナイパーライフルを背負った。
「さあて、他の一年生はどこかしら? そろそろ波瑠ちゃんや秋奈ちゃんが登ってきてもおかしくないんだけどなー」
「全然見つからないっすよ、その二人」
げんなりしつつ答えたのは、視覚強化の能力者である二年男子だ。
「おまけに俺達の目標である天堂佑真の姿もなし。連中、どこに身を潜めてやがるんですかね」
「……天堂君が見つからないのは当然として、他の人も見つからないっていうのは不自然ね」
「一年生の超能力で妨害されているのでは?」
「めぐちゃんもそう思う? あの娘達に自由に動かれるのが嫌だからA組サイドに回してもらったのに、見つからないんじゃお役御免かしら」
「偵察隊と思しき生徒への撹乱はできたんですから、及第点だと思いますよ」
「ま、元々威嚇砲撃が役割だったものね。ありがとーめぐちゃん」
「『めぐちゃん』と呼ぶのはやめてください。これでも私は武家の娘でして」
「可愛いからいいじゃないの」
呑気なやり取りを繰り広げる七海だが、実際、斥候部隊を散り散りにした上でA組の動きを制限した七海はすでに十二分の仕事を果たしたといえる。七海は撃退されなければ、『いつどこへでも狙撃できるぞ』と警戒心を割かせ続けることが出来る。
いるだけで厄介な存在。
暗殺ではなく乱戦だからこそ生み出せる狙撃手の意味。
そんな厄介極まりない存在を、放っておくわけがない。
ザザザッ――。
と、遠くでごくわずかに葉を撫でる音がした。新入生かと警戒する七海は二年の男子に目で訴えかけるが、彼は七海に気付く余裕もなく、ただでさえ強化しているはずの瞳を凝らして音源を見つめていた。
七海も慌てて彼の視線を追おうとするが、左右に忙しくブレているらしく音を鳴らす『何か』を認識できない。
「どうしたの!?」
「動きが速すぎてこの距離では捉えきれません! まずいです先輩、何かが急速にこちらへ近づいている!」
「めぐちゃん戦闘準備!」
森下恵はすかさず腰のベルトにくくりつけられていた鞘から模擬刀を引き抜く。七海が二丁拳銃に持ち替え、三者で背中合わせに全方位を警戒する。
しかし襲撃者は木々を飛び――――三人の真上から襲い掛かった。
わずかに差し込む日光によって逆光となった人影は、一本の刀を振り上げて真っ先に七海へと攻撃を仕掛ける。一筋の太刀は、割り込んだ森下の払いが弾き飛ばした。
「めぐちゃん伏せて!」
すぐさま後方へ飛びのき、七海は躊躇いなく二本の荷電粒子砲を放つ。大気を震わせる驚異的な一撃を、襲撃者はわずか一刀の刃で迎え撃った。
左から右への真っ直ぐな一閃。
刀が生み出す真空波は、荷電粒子砲をも引き裂いた。
「……流石、やるわね小野寺君!」
七海は臨戦態勢を維持したまま、わずか単騎で登場した襲撃者――小野寺誠を褒め称えた。
誠は刀を中段で構えつつ、目で森下を牽制する。
「七海先輩と視覚能力者が共にいることは予想済みでしたが、護衛まで用意しているとは」
「予想外だったかしら?」
「いないといいな、でしたね」
にいと皮肉っぽく口角を上げる誠に、七海も好戦的な笑みを浮かべる。
「彼女は森下恵ちゃん。二年生だけど、今の盟星学園女子の中では近接戦闘において彼女の右に出る者はいない剣豪よ。そして勿論、この娘の太刀筋は男子にも劣らない」
「一振り見ればわかりますよ、それくらい」
「あはは、余計なお世話だったか。めぐちゃんからは何かある?」
「武士に言葉はいりません。ですがあえて語るとすれば――小野寺流とは本気で刃を交えてみたいと、昔から願っておりました。小野寺君、女性だからと遠慮はいりません。全力できてください」
「勿論です、先輩」
ほんの一回の呼吸を挟み。
誠が超能力を起動しながら踏み込んだ。《跳躍》がその一歩を強化し、森下との間合いを一瞬で詰める。下段から振り上げようという一筋は七海の荷電粒子砲が阻止し、バランスを崩した誠の面に躊躇いなき森下の太刀が襲う。
しかし模擬刀は届かない。誠が《硬化》で張った『空気の壁』が受け止め、そのまま頭を動かして器用に受け流す。予想外の防御に一瞬のスキが生まれた森下に、誠の横薙ぎが迫った。
「ふっ――!」
森下は超能力を行使する。
誠が違和感を覚えた頃には刀を振り抜いており、しかし間一髪、刃は身体に届かなかった。
(あれ、斬れていない!?)
首を傾げる間もなく七海の援護射撃が再び放たれ、誠は派手に飛びのいて距離を取る。
引き裂かれた制服の腹部付近を押さえ、森下はわずかに顔を引きつらせた。
「……ギリギリか。流石は学年首席……否、小野寺家です。七海先輩は今の内に移動を! ここは私に任せてください!」
「そうはさせるか!」
後退していた誠は樹の幹を蹴り飛ばして方向転換した。
今度は真正面からではなく、木々を使って上下左右に翻弄しながら三人との距離を詰める。上級生組唯一の遠距離攻撃が可能な七海の荷電粒子砲は当たらず、また視覚強化能力をもってしても簡単には焦点を合わせない高速三次元駆動。
一瞬の迷いでもあれば撃ち抜けるものを、彼が止まることはない。
際限なき空間把握能力に、七海は驚きを通り越して尊敬の念を抱いていた。
しかしその動きは当然のもの。小野寺誠は山育ちであり、自然の中は、幼い頃から駆け回った自分の土俵。
高尾山という演習場は、誠に最も適した戦場である。
「小野寺流剣術、一刀流」
いつの間にか鞘に収められた刀の柄に、小野寺家長男の手が添えられる。
「居合抜刀、下弦月」
瞬く光速の斬撃が瀬田七海の身体を捉え――――その瞬間、誠はまた違和感に襲われる。
捉えたと思ったはずの刀に感触はなく、七海は五メートル先で両手を構えていた。
(どうして……いや、森下先輩の超能力か!)
森下恵の超能力、光の屈折に干渉して敵に幻覚を見せる《幻影管理》。
誠には常に、森下や七海が本来立っている位置とは別の位置に見えていたのだ。
生存率が跳ねあがる、地味ながらかなり優秀な超能力。
「これでわかったかしら? だからめぐちゃんがあたしの護衛役なのよ、小野寺君」
自分の事のように誇らしげな七海の両腕の周囲で、大気が呻きを上げる。
スナイパーライフルや二丁拳銃は、あくまで『超能力の使用を補助する道具』に過ぎない。能力を発動するのは彼女自身であり、彼女の全身が銃口となるのだ。
「とりあえず、この場は逃がしてもらうわね」
(――――やばい、本気で逃げないと死ぬ!)
誠が全力で《加速》と《跳躍》を掛け合わせる。
彼が飛び立った直後、高尾山の一角を抉り取る荷電粒子砲が一条を結んだ。
☆ ☆ ☆
轟音を響かせる一撃に、天堂佑真を連れた主力部隊の面々は思わず歩みを止めていた。
「うっは、ド派手だな。ありゃ瀬田先輩か?」
「………たぶん。誠が接触していたから、少し不安」
「あいつなら大丈夫だろ。どうせ無傷で乗り切ってるよ」
言葉を交わすのは防御が得意なので護衛役を任された水野秋奈と、護衛されているご本人だ。
主力部隊は十六人いるが、一定の陣形を保ちつつ広がって移動しており、呑気に会話できるほど近くにいるのは中央にいる佑真と秋奈、そして顔を青ざめた戸井千花くらいである。
「あう……わたしじゃ絶対に死んでますよ……」
「………あんな攻撃あたしでも死ぬ。誠だから撃ったんじゃないかな」
「ハハハ、誠からすりゃたまったもんじゃないだろうな」
「そこ三人、楽しそうに話してないで進んでくださーい」
先陣を切る波瑠とキャリバンに(ちょっぴり羨ましそうに)睨まれ、ジェスチャーだけで謝りながら岩場に手をかける。
主力部隊も例によって例の如く、舗装されていない山の中を進む方針だ。西村や神楽坂の尽力、遊撃部隊の活躍によって罠や上級生の不安は解消されたし、B組からの妨害が何度かあったが今のところは突破できている。
同級生同士の戦いでは、演習で『実戦経験者』と手合せできたA組の生徒に分があったようだ。主力部隊は今のところ一人も欠けることなく山の中腹に差し掛かろうとしていた。
「ほい戸井ちゃん、掴まって」
「………後ろは大丈夫。あたしがいる」
「あ、ありがとうございます」
佑真と秋奈の手を借りながら壁のような斜面を登る千花。登るのに苦戦しているのは彼女だけではなく、山育ちの佑真と秋奈、空を飛べる波瑠とキャリバン以外は、男子でも手を貸し合いながら進行している。
「でも、どうしてこんなに険しい道を進むんですか? それにこっちはトラップがある方角ですよね? せっかく西村君達が調べてくれたのに……」
「………あえて、らしい」
秋奈は先陣を切る波瑠とキャリバンの背中を見て、
「………『罠や上級生を避けた先に生徒会長が待っているんじゃないか』って考察してた」
「配置こそがトラップ。オレ達を誘導するのが上級生の目的ってことか?」
コクリと首だけ動かして肯定する秋奈。
「………実際、山の上の方は斥候や偵察も追い付いていない。どこに会長がいるかわからない以上、『まさかここは通らないだろ』っていう道を選ぶのはアリ」
「あ、馬に乗って崖の上から敵陣に奇襲するあれですね!」
「………そんな感じ」
「何をおっしゃってるんです? 馬?」
「はるか昔に武将が使った戦法だよ、天堂佑真」
そんな返答と同時に。
ズゥン! と全身を上から抑えつける強烈な圧力が、佑真達を叩き付けた。
「『罠や上級生を避けた先に生徒会長が待っているんじゃないか』――か」
「…………っ!?」
重すぎる圧力に全力で抗いながら周囲を見やる佑真。前方の波瑠とキャリバンも地面に落とされ、秋奈と千花も膝をつき、他の仲間たちでも立っていられる者はいない。
「案として悪くはないが、もう一考が足りなかったな、波瑠。私もそう考えたからここに来た」
声の主は、波瑠でも秋奈でも千花でもキャリバンでもなければ、他の一年生でもない。
「読み合いの上では私の勝ちだったが、今回は新入生合同演習だ」
そして三秒が経過して、佑真を襲う重力増加だけが解除された。
「全員でかかってこい。全力でかかってこい。全身全霊でかかってこい。この清水優子に挑める機会など、そうは得られんぞ――――!」
ランクⅩ《静動重力》――清水優子。
制圧力日本最高峰の怪物が、山頂への道に立ちはだかる。
☆ ☆ ☆




