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●第百七話 「釣り合ってなくない?」

お久しぶりです瀬古透矢です。まさか「二か月連載していません」警告が現れるとは……。


第五章【水晶の魔眼編】いよいよ後半戦突入! のっけからラストまでバトルの超連続ですが、よろしくお願いします!

まだ書き終わってないけど隔日で更新します。間に合うかな、さてさて。


 戸井千花は、ごくごく普通の少女である。



 体力テストの成績はC。定期テストは科目ごとの得手不得手があり、学年平均の少しだけ上をいく。身長体重は平均の少しだけ下、胸囲やウエストは平均の少しだけ上。


 すべてが平均の真ん中を射抜かない凸凹さこそが、戸井千花の普通さを際立たせていた。


 そんな彼女の両親はサラリーマンと専業主婦。かろうじて超能力使用経験があるだけで、毎日汗水流して経済を回す社会の歯車、単なる一般人だ。


 ごく普通の両親から生まれた少女の特徴といえば、不幸体質である。

 彼女はついていないのだ。


 自販機のルーレットが外れたり、傘の骨が折れたり、強風でスカートがまくれたり。

 家が火事になったり、乗っていたバスがテロリストに占拠されたり、電柱が倒れてきたり。

 好きな男の子が引っ越したり、女子のいざこざに巻き込まれたり、先生の盗撮の標的にされたり。


 一日一回、大小差はあれ必ず『不幸』に遭遇する。

 それでもめげずに元気に普通に生きてきた戸井千花の好きな話は、幸せの絶対数の話だ。


 いわゆる『幸福の裏には必ず不幸が存在する』というアレ。

 自分が不幸な分、世界のどこかで誰かがラッキーと呟けるなら、これくらいの不幸は受け入れます、と。

 ごく普通の少女は心優しくそう微笑み、強かに生きていた。


 友達を自分の『不幸体質』に巻き込んだ、中学二年生までは。




   【これが奇跡の零能力者(アムネシア)

       第五章 水晶の魔眼編‐後】



 ―――――新入生合同演習を翌日に控えた金曜日の放課後。


『今日は早く帰って体を休めましょう』という歌穂の鶴の一声で解散となり、波瑠達とともに校門付近まで出たところで、千花はメガネケースを教室に置いてきてしまったことに気付いた。


「メガネケースって無いと困るものなの?」

「無くても何とかなりますけど……その、あれは……」

「………プレゼントか、或いは大切なもの?」


 察しのいい秋奈に頷きかえす。千花の幼い頃に貰ったプレゼントで、別にメガネ人工も少ない今時誰も盗みはしないだろうけど、土日を挟むのは不安だ。


「じゃあ待ってるよ。取ってくれば?」

「す、すみません。いってきますね」


 いったっしゃーい、と波瑠や秋奈に見送られて教室へ速足で戻る。途中で生徒会副会長や、九十九颯と箒(まどか)のコンビ(カップル?)とすれ違ったりしつつ校舎の端っこにたどり着いた。


(こういう時、端っこというのは困りますね……)


 ちょっと息を上がらせながら扉を開けようとした、その時だった。



「――――――正直さ、戸井さんが主力部隊でうちらが斥候部隊とかおかしくない?」



「……っ」


 唐突に胸元を抉られたような気がして、千花は思わず手を空中で止めていた。


 たぶん、この先を聞いてはいけない。

 声の主が誰かわかるからこそ、この先を聞いたらまともでいられなくなる。


 だけど、だけど、だけど。

 千花は教室の扉の前から、震える足を動かせなかった。


「それねー。あの娘そもそも鈍臭いし、波瑠や秋奈の足引っ張るの目に見えてるー」

「うちらだって戸井さんよりはまともに動けるじゃん? ほんとなんで戦えもしないあいつが主力に配属されてんだかっていう」


 ウケるー! とケラケラ高い笑い声が響く。

 外に誰がいるとも知らず、でもそれは陰口じゃなくて正しいことで、千花自身、どうして自分が主力部隊に選ばれたのかわかっていないし。


「やっぱあれじゃね? あいつ波瑠ちゃんや秋奈と仲良しじゃん? 最近は歌穂ともよく喋ってるし、ヒイキでもされてんじゃないの?」


 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。


「ああ、結局『本気で勝つ』って言いつつ、千花をボッチにすんのが可哀想だからっつー学級委員サマの慈悲ってコト?」

「一理ーマジ一理ー」


 その可能性だって、何十回も考えたし。


「つうかさ」


 罪悪感のかけらもなく、教室にいる誰かは調子に乗って言葉を紡ぐ。




「なんであんなグズと波瑠達が同じグループにいるわけ? 全ッ然釣り合ってなくない?」




 そんなこと、出会った時からずっとずっと思っている。


「それなーホントそれなー! 見た目も家柄も超能力も全ッ部劣ってるくせに波瑠達が優しいから甘えんだか知らないけどさー! 身の程をわきまえろっつー!」

「地方出身なんでしょあいつ。スクールカーストとか知らないんじゃね?」

「立場わきまえろってのマジ。全然イケてない陰キャラなんだからー」


 ――――わたしだって不思議だった。平凡極まりない自分が、特別の中の特別な波瑠や秋奈と仲良くしていいのかって。身を引いて、教室の端っこで大人しくしているのが身分相応のはずなのに。


「あーもう腹立ってきた。陰キャラがイキってんの見てっと吐き気ヤベーんだよ。あいつ合同演習休まないかなー。あるいは大怪我?」

「……いや、ここいらで調子づいてるあいつに一回勉強させとかね? 明日SETを隠してパニクらせるとか」

「えー流石にイジメじゃーんイジメいくなーい」

「超棒読み。絶対本心じゃないんですケド」


 甲高い嘲笑が扉越しに響く。気づけば視界がぼやけていた。頬が熱い。心臓がバクンバクンと音を鳴らして、頭がゴチャゴチャして、クラクラして、必死に呼吸をしているのに全然息が整わなくて―――――




「お、戸井ちゃんじゃん」




 ――――――小さく座り込んでいた千花の頭を、ポンポンと叩く手があった。

 同時に、ガタガタッと教室内から椅子の倒れる音がした。

 少しだけ顔を上げる。学則違反待ったなしの白いパーカーを着てくる男の子を、千花は一人だけ知っていた。彼は千花にハンカチを渡し、目を合わせて微笑んでくれた。


「戸井ちゃん、波瑠達知らない? 先に帰っちゃった?」

「…………わ、たし、忘れ物、メガネケース、忘れちゃって……取りに戻って、今、みんな、校門で……待っててくれて……」

「そっか。んじゃ一緒に帰ろうぜ。忘れ物を回収してからだけど」

「……で、でも……」

「メガネケースだろ。それくらい取ってきてやるよ」


 もう一度ぽんと頭を撫でた右手で、男の子は――天堂佑真は扉を思い切り開いた。

 バガン! と馬鹿でかい音に焦って荷物をまとめていた女子二人は振り返り、「ひっ」と短く息を漏らす。


「……て、天堂?」

「よ。教室に残ってるなんて余裕だな。それとも部活でもあんの?」

「いや、あの……今日は部活、合同演習の準備で休みで、ええと……」

「ふーん。まあいいや」


 何の躊躇いもなく女子達に近づいた佑真は、教室ど真ん中の千花の机からメガネケースを、そして波瑠の机から弁当箱を回収した。


「メガネケースに弁当箱の回収ミッション完了っと。何の話をしてんのかはわかんなかったけど、お邪魔して悪かったな。お前らもさっさと帰れよ?」


 それじゃあな、と手を振り去ろうとした佑真。


「…………ま、待って!」


 その背中に――一人が声をかける。


「あんた、本当に聞いてなかったの? 本当に何の話をしてたかわかっていないの!?」

「……わからないって言ったばかりだろ。何を必死になってるんだよ」

「普通必死にもなるよ! だってあんた、今にも、う、うちらを殺しそうな目ぇしてんじゃん……っ!」


 彼女の発言は、的を射ていた。

 小野寺誠がいれば断言しただろう――今の佑真は、秋奈の腕をへし折った際と同等以上の殺気を隠しきれずにいる、と。決して態度や口調で見せることはなく、けれど目は絶対に笑わない。


「……別に殺しはしないけど」


 静かな激怒は、同級生に『いつ殺されるかわからない』という程の恐怖を与えていた。


「ご所望と有らば何度だって言うよ。オレはテメェらの話がわからない(、、、、、)。別に波瑠が誰と仲良くしようが、秋奈が誰と友達になろうがテメェらには関係ねえだろうが」


 佑真はメガネケースを弄ぶ。


「そりゃあいつら優等生(エリート)とオレや戸井ちゃんが肩を並べるのは歪なことかもしれない。実力も見てくれも釣り合わない。道化師にしか見えないかもしれない。気に食わないかもしれない。だからどうした(、、、、、、、)


 その言葉を向けられている相手は、本当に女子達だったのだろうか。

 もしかして、千花に向けて告げられた声援(ことば)かも――。


「オレは頑張っている人が馬鹿にされんのだけは絶対に許さない。少なくとも戸井ちゃんは、戸井ちゃんなりに自分の超能力と向き合って、争うことが苦手な癖に演習で足を引っ張らないようにって頑張って、頑張ったから主力部隊に選ばれたんだよ。その努力を否定すんのは絶対に許さない。二度と下らないこと言ってみろ、女子だろうと手加減しねえからな」


 気づけば、千花は涙が止まらなかった。

 瞳からボロボロと溢れて、肩が震えて、嗚咽が止まりそうになくて口に手を添える。


 だけど、涙の意味は違っていた。

 やがて教室から出てきた佑真は、ボロッボロと涙を流す千花にビクゥッと体を震わせた。


「うわっ!? 思ったより号泣していらっしゃる!?」

「………………多少は、空気を読んでいただけると……」

「ごめん……その、泣き止める? 流石に今のまま波瑠達に会うと、心配させちゃうからさ」

「……大丈夫です。その……天堂さん」

「それほどでも」

「…………まだ何も言ってませんよ、もう」


 くすくすと微笑む千花を見て、ほっと胸をなで下ろす佑真。


「天堂さん、ありがとうございます。その、できれば皆さんには内緒に……」

「了解。二人だけの秘密だな」


 二人は小指を結び、小声で指切りを歌う。

 波瑠を通じて出会った二人は、ようやく本当の意味で友達になれた気がした。



     ☆ ☆ ☆



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