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●第百三話 「日常にいることを許さない」

「――――戸井ちゃんが《神上》所有者、ねえ」


 とりあえずジャパニーズ・ドゲザで許してもらった佑真は、波瑠から告げられた言葉に訝しげに腕を組んだ。当の本人、千花にこんな話は聞かせられないので帰り道の途中で別れている。


「波瑠、マジで言ってんの?」

「本当だよ。この目で見たもん」

「あんな普通な女の子だぞ?」

「『普通かどうか』って見方だけなら、センカだって《神上》所有者の可能性はありますよぉ」


 ようやく合流したキャリバンも、正直信じられないと目で語りながらも冷静に、


「ユウマにも一度話しましたが、日本軍どころか【天皇家】も全《神上》所有者を把握していないんですよ。具体的には《現》《夢》《宙》《負》。そして『the next children』で選ばれた子供達の中には、一般人の生まれの子供もいたそうです」


 それに、とキャリバン人差し指を上げ、


「センカは『原典(スキルホルダー)』――一般の家系とはいえ、希少な存在であることには変わりません。ついでに言っておきますが、ハルの目を疑うんですかぁ?」

「……波瑠を疑うつもりはねえよ。キャリバンも段々オレの使い方上手くなってきたな」


 佑真は行き場のない感情をぶつけるようにドラム缶に飛び乗った。ちなみに『下校中に用事ができた』という体で千花たちと別れたので、学校の最寄り駅付近の路地裏で言葉を交わしていた。


「なんにせよ、アタシ達が取れる選択肢は二つです」言葉に合わせて二本指を立てるキャリバン。「センカに《神上》のことを話してみるか、或いはこのまま黙って同級生を演じるか」

「……黙っているしか、ないんじゃないかな」


 そう答えたのは、千花と別れて『作り笑顔』の剥がれた波瑠だった。


「《神上》と……この力と関わっていて、いいことなんて絶対にない。千花ちゃんに所有者の自覚があるのかは聞いてみないとわからないけど、もしも所有者だってわかっていなくて、そのおかげで『普通の生活』が送れていたとしたら? 私達が真実を伝えて、千花ちゃんの運命を変えてしまうくらいなら、黙っていたほうがいいと思うんだ……」


 不安げに両手を結ぶ波瑠を見て、佑真は出会った頃の彼女を思い出していた。綺麗な蒼髪を伸ばして背中に封をしていた、心の底から《神上》を嫌悪する彼女を。


 佑真も多くを見てきた。波瑠、桜、雄助、土宮冬乃、集結(アグリゲイト)、そして彼の出会った少女。波瑠達姉妹は数か月前まで地獄のような人生を歩んでいたし、集結(アグリゲイト)は悪の道を突き進もうとするくらい壊れていた。雄助や冬乃も、直接聞いたわけではないが彼らなりに苦労して生きている。


 波瑠の言葉に無言で頷き返すと、キャリバンもコクリと首を動かした。


「そうですね。できれば適当なタイミングで『自覚しているか』だけでも確認したいですが、センカには打ち明けない方向で行きましょう」

「波瑠も今まで通り《神上の光》は隠しておけよ」

「うん」

「――――――そんじゃまお二人さん。早速『ろくでもない運命』と対峙しよっか」


 佑真は立ち上がり、キャリバンが寄りかかるビルの屋上に鋭い視線を向けた。佑真の発言に驚きつつも、キャリバンと波瑠は動揺を微塵も仕草に見せずにSETに手を添える。


「……敵ですかぁ?」

「たぶんな。気づくのが遅すぎた、話を全部聞かれちまったかもしんねえ」佑真はガシガシと黒髪を掻き、「おい、尾行なんて趣味悪ィことしてねえで出てこいよ。素直に出てくりゃ特別サービスだ、三人で相手してやるぜ?」


 声を張り上げあからさまな挑発をふっかけると、敵はすぐに姿を現した。


「――――――なら、お言葉に甘えて」「出てみましょーか!」


 ビルの屋上に現れたのは、瓜二つの外見の少年と少女――小学生くらいの子供(、、)だった。

 予想だにしない幼いストーカーだが、佑真達は決して気を緩めない。路地裏を構成する多数の建物の窓や屋上や非常階段から、銃器を構える黒ずくめの男たちも顔を覗かせていたのだ。あたかも、お前らに逃げ場はないぞと言わんばかりに。


「てんどーゆうまとてんのーはる」「学校から出たあたりから後をつけさせてもらってたけど」「面白い話をしてたから」「奇襲はやめよっかなーって考えてたんだ」「しばらく泳がせて情報収集するのも」「一つの手だからね」


 黒い着物を着た少女と、燕尾服に身を包む少年の口が交互に言葉を紡ぐ。まるで一人の人間が喋っているかのようにスムーズで、だからこそ歪で気持ち悪い。

 そんな二人は、背中合わせて無邪気に微笑み、


「だけどせっかく増援無し宣言してもらえたんだ」「この機に戦果を挙げて」「こーきからご褒美をもらって」「ついでにストーカーなんて面倒くさい任務」「終わらせてやるんだから!」


 ダッ! と屋上を蹴り飛ばして飛び降りた。

 同時に周囲から激しい銃口火(マズルフラッショ)が散った。全方位から一斉に銃弾が降り注ぐが、その全てを包み込む竜巻が佑真達三人を包み込む。


 キャリバンの《風力操作(エアロキネシス)》が起こす旋風は銃弾を吸収し、しかし弾かずに気流に乗せて弾速を加速させていく。『東京大混乱』で猿真似だと告げたアーティファクトの『敵の攻撃を竜巻に乗せて逆に撃ち出す』技は、この二か月の訓練を経てすでに彼女のものと化している。


「アーティファクトの技、完璧にものにしたんだね!」

「…………」

「まだ話しかけられて返事する程の余裕はないぞ。訓練で言ってた」

「あ、そうなんだ」


 まだまだ『劣化版』には変わりないが、親友からの称賛に口の端を釣り上げつつ指を鳴らすキャリバン。

 刹那、竜巻は開放され――気流で十二分にまで加速された銃弾の悉くが、敵への鉛弾の嵐となって襲い掛かった。

 そこら中で鳴り響く金属音が敵の動きを阻害する。その隙にキャリバンと波瑠は超能力で舞い上がり、周辺の敵兵の迎撃へ向かった。

 そして、地上では飛び降りて来る子供達を佑真が待ち構える。


「一人で二人を」「相手にするなんて」「大層自信があるようだね」「てんどーゆうま!」


 空中で靴の裏を合わせ、少年が少女を蹴り飛ばした。推進力を得て落下速度を急に加速させた少女は着物の袖から短刀を抜き出し、容赦なく一閃を刻む。

 が、あまりに真っ直ぐなその攻撃は飛びのくだけで回避できるものだった。


(――――器用な芸風だな! ランク戦で師匠に似たような技使われてなかったら、絶対切られてたぞ!)


 応用性はないが単純故に恐ろしい。何より初撃から首をかっ切ろうという躊躇いなき殺意。平穏なまりしたつもりはないが、佑真は短い呼吸で気合いを入れなおす。


「今の攻撃を(かわ)すだなんて」「やるじゃない!」


 攻撃が外れるなりすぐに後退する少女。彼女の隣に少年も器用に着地する。冷静に考えて、五階建て程度とはいえビルの上から飛び降りて無傷な彼らも普通の者ではない。

 彼らは互いに背中合わせになると、小さな両手に得物を取り出した。黒の着物の少女は衣装に合わせた黒の短刀、燕尾服の少年は、各四本ずつ計八本もの短剣(ダーク)――


「じゃあ次は」「百歩兄様も合わせた」「二対一の」「徒手空拳と」「行きますかぁ!」


 今度の攻め方は直線ではなく曲線。大きく回り込むように左右両側に分かれて接近を図る。

 グッと下肢に力を込める佑真。

 いかなる手にも応じる構えの彼に向けて、少年は右手の短剣を振り投げた。


(武器持ったら徒手空拳って言わないだろ!)


 四本の銀閃が襲う。飛びのく佑真の着地点にはすでに、短刀を振りかざした少女が待ち構えていた。先の短剣は位置調整と注意逸らし。佑真の着地場所は少女にとって必殺の領域。


「捉えた!」「てんどーゆうま」「討ち取ったりぃ!」


 黒の短刀が振り抜かれ、

 ガイィン! と響く金属音。

 頸動脈を裂くはずの黒の刃は、佑真がギリギリで入れた右腕に止められていた(、、、、、、、)


「なっ、なんで!」「一歩の短刀で切れないなんて」「そんなの」「おかしいよ!」


 困惑を口にする少女の腹に容赦なく蹴り入れた。見た目通り軽すぎる体は吹っ飛び、ぐしゃりとコンクリートに身を打ち付けた。


「「っ……いたぁい!」」


 そして腹部に手を添えながら顔をゆがめた――何故か短剣を持つ少年も同時に。

 少年は苦痛を堪えながら左手の短剣を放る。しかしその攻撃も、佑真の動体視力と反射神経をもってすれば回避は容易い。


 少年に接近を図ろうと踏み込んだ佑真は、一瞬の直感を信じて背後へ体を回しながら腕を突き出した。偶然のタイミングでいつの間にか回り込んでいた少女の刃と腕が激突し、互いを弾き飛ばす。


 すべるように着地した佑真の着地点を襲う新たな短剣。気づけば燕尾服の少年の手には短剣(ダーク)がまたも握られていた。咄嗟に上体を後ろへ倒し、地面に受け身を取りながら短剣を凌ぐ。


 地に背中をつけた佑真に、少女のハイジャンプからの下突きが迫った。重力の力を借りた身軽な一撃を転がってギリギリ避けるも、転がった先を狙ってすでに短剣が投げられている。


 回避不能な斬撃は――上から飛来した空気の弾(エアーブレット)が相殺した。

 それはすでに周囲の敵を殲滅したキャリバンからの支援攻撃。空気の弾が爆発し、ブアッと気流が球状に広がった。間近にいた少女が呻き声を上げる。


「喰らえ」


 風が散る中、佑真は右腕を引いて構えていた。

 掌底一撃、杭の如く一点に集中した攻撃は――間一髪飛び込んできた少年が少女を押し倒し、虚空を貫いた。勢いそのまま地面に倒れる少年たちの背後にキャリバンが舞い降り、佑真もすぐさま身を翻す。囲まれていながら、少年と少女はそれぞれの得物を握りしめた。


「なかなかやるじゃない」「てんどーゆうま」「すっかり日常生活に寝ぼけて」「隙だらけかと思ってたのに」

「ハッ、舐めんじゃねえよ。こちとらいつ襲われるかわかんねえご令嬢に恋しちまってんだ。瞬間的にスイッチ入れる訓練くらいしてんだよ」

「ひゅう」「カッコいい」

「テメェらこそ、人のこと気にしてる場合じゃねえんじゃねえか? 奇襲は失敗。仲間はすでに拘束され、ランクⅨとランクⅩの能力者に囲まれている。勝ち目はないぞ?」

「確かにね」「そろそろ引き際かもしれない」「判断を誤ったよ」「てんどーゆうま」「きみは想像以上に強くなっているみたいだ」「超能力が攻撃系じゃない僕らだと」「どうしても身体能力で差が出ちゃう」


 少年と少女は同時に肩をすくめた。つくづく、気味が悪いまでに息ぴったりだ。


「……ダメ元で聞くぜ。テメェらを差し向けたクソ野郎はどこのどいつだ?」

「答えるわけがないじゃない」「ってまあ」「ダメ元って前置き」「してくれたけどさ」「主に言われてるんだ」「決して自分の身元は明かすなって」「でないと」「てんのーはるを嬲る楽しみが減っちゃうからって」

「ま、そうだよなあ。じゃあ譲歩する、テメェらの名前で構わないから教えて貰えないか?」


 すると、少年と少女は困惑したように顔を見合わせた。


「あれ?」「そういえば自分の名前は」「隠せって言われてないね」「じゃあ明かしても」「いいのかな?」「明かしても」「いいんだよね?」「明かそうか」「てんどーゆうまの名前は知ってるのに」「向こうは知らないのも」「不公平だもんね」


 そうして、彼らは子供らしい純粋な笑顔で自らの名を口にした。


 月影一歩、と少女は微笑みを添えて。

 月影百歩、と少年は礼節をもって。


「じゃあまたね」「また近いうちに再会しよう」「その時はもうきみのいる場所は」「日常じゃない」「僕らの主は」「きみが日常にいることを許さない」「僕らの主は」「てんのーはるが生きていることを」「許さないんだから!」


 二人はおもむろに拳を掲げると、黒い球体を地面へ投げつけた。

 球体から煙があふれ出し、すぐに路地裏を埋め尽くす。瞳を頼りとする佑真には致命的な目潰し。慌ててキャリバンが煙を風で払うも、すでにあの少年少女は姿を消していた。


「波瑠! 連中がどこに行ったかわかるか!?」


 佑真はすぐに屋上で待機していた波瑠に呼びかけるも、申し訳なさそうに首を横に振った。


「ごめん見逃した……というよりは、見えなかった! 何か超能力を使ったのかもしれない!」

「『戦闘用の能力じゃない』って言ってたしな。この前の《認識阻害》に近い能力でも使ってやがったのかもしれねえ」

「煙幕なんて古風な手段も使いよう、というわけですかぁ」


 SETを停止させつつ、キャリバンが感心した風に呟く。煙幕の中、最悪耳に頼ろうとした佑真だったが、路地裏といっても下校時間の駅前だ。喧噪によって足音もかき消されていた。

 やがてきちんとスカートを押さえながら波瑠も降りてくる。戦闘中は見たい放題なのだから今更だとは思うが、その辺の普通さが波瑠の可愛いところなのだ。


「そういえば佑真くん、和服の女の子の短刀を腕で受け止めてたけど、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。天堂佑真の秘密兵器が守ってくれたからな」


 佑真は切られた袖をめくり、手首付近を見せびらかす。そこには長めのリストバンドといった外見の武装『梓弓』が巻かれていた。


「この前の『東京大混乱』の時に借りたワイヤーを撃ち出す道具なんだけどな。重さと硬度を改良して防具にして、譲ってもらったんだ。厚さからして大した強度はなさそうに見えるけど、誠の持ってる真剣でも切れなかったからかなり硬いんじゃないかな」

「そっか。よかったあ。また無茶して戦ってるのかと思ってたよ」


 波瑠がほっと胸をなで下ろす。

 佑真としては『梓弓』で防御しなければならない程追い込まれる、という事態を作り出したくないのだが、刃物を持つ敵と戦う時はどうしたって接近戦だ。全身鎧で覆えない戦闘スタイルを確立してしまった佑真が譲歩に譲歩を重ねた『最低限の鎧』が、両腕の『梓弓』なのである。


 佑真は何気なしに波瑠の蒼髪に手を乗せ、


「それよりもだ。戸井ちゃんの話を持ち帰られたのはヤバいんじゃねえか?」

「…………ヤバい、どころの話じゃないかもしれませんね。よりにもよってあの二人、『月影』と名乗っていましたからぁ」


 キャリバンの表情が硬くなる。主の名は明かせない、と言っていたが『月影』となれば主の名前なんてすぐに思いつく。


「『月影』叶……あいつの主なんて、天皇劫一籠以外に誰がいるかよ」


 その名を聞いた瞬間、波瑠の背筋を悪寒が駆けた。佑真のスキンシップはこれを見越してのことかもしれないが、『佑真に触れられる』程度では、心を圧迫する感情の軽減は果たせない。


「クソッタレ、どうする? 今からでも探して口封じするか!?」

「……いや、情報を伝えて他の方々に追ってもらいましょう」キャリバンは冷静に告げた。「ユウマはマコトかアキナに事情を話してください。《神上》を知る二人なら協力してもらっても大丈夫でしょう、できる限りセンカと一緒に登下校して貰えるよう頼んでくれますかぁ?」


 了解、と佑真は通信端末を取り出し、すぐに誠へメールを送る。


 佑真はこれまで、あくまで『波瑠を襲う敵と戦う』、つまり常に後手に回って戦うことしかしていない。敵を捜し、先に討つのは逆に、キャリバンやステファノが『例の五年間』で永遠の地獄のように続けていたことだ。

 専門家に任せて、あくまで佑真には『守護者』でいてもらう――キャリバンはそう判断を下していた。


 そんな彼女にとって今一番気がかりなのは、


「ハル、大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ」


 作り笑顔で微笑んだ、波瑠の精神状態に他ならなかった。


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