●第百話 「搦め手なしの真っ向勝負」
「――――天堂の《零能力》は、《念動能力》のランクⅢで登録されているよ」
「《念動能力》っすか? えー、うまく使えるかな」
「はっはっは、そう心配そうにするな。あくまで『表向きには』だ。実際には普段君が使う珍妙な《零能力》と同じく、三秒間触れ続けることで相手の超能力を消すように設定されている。《念動能力》の特殊な運用法、と他の者達からは映るだろう」
「それはそれで問題があるような!? ……いやまあ、隠蔽工作に協力していただき感謝です」
「お礼はランク戦を管理している先生や生徒たちに言ってくれ。で、天堂。火道に勝つ算段はあるのか? 正直同級生の私からしても、あいつは相当の実力者だが」
「師匠に圧勝してるかいちょーさんが言いますか」
「ははは、私とあいつは超能力の相性が悪すぎるだけだ」
「ま、オレだって勝てないっすよ。師匠の強さはほぼ毎日手合せしてきたオレが一番知っている。能力なしの手加減でやっと七三なのに、今日は超能力込みのガチマッチ。正直拳一発叩き込めれば上出来です」
「言うなぁ天堂。それなのに挑むなんて、一体何を企んでいる?」
「んな楽しそうな顔されても、別に裏なんかないっすよ。ただ、全校生徒に知ってもらいたいんす。今年の新入生は小野寺や水野だけじゃない。サポート科に死ぬほど面白い一年生がいるんだなって」
☆ ☆ ☆
校内ランキング戦は放送部によって生放送されるため、校内の指定数か所で見ることが出来る。食堂や各教室備え付けのテレビ、そして観戦用のホールも設けられている。
ここでいう『観戦』はもっぱらお祭り騒ぎ用と扱われているが……本来の目的は『様々な超能力者の戦い方を見て学ぶ』ためであり、実際にランク戦に参加している上位者たちが偵察目的で席を埋めることもある。
そんなホールは今日――野次馬も教師も含めた超満員となっていた。
『と――いうわけで、一年生・ランキング初参加の天堂佑真君VSランキング二位の三年生、火道寛政先輩の試合開始まで残すところ数分となりました! 本放送は、毎度お馴染み放送部がお送りします!』
ホールのほぼ中央に特設された実況席では、放送部二年の女子がマイクを握っていた。
『実況はみなさんの耳の恋人、林田黒子。本日は解説席に、参加者二人をよく知る方に来ていただきましたー。まずは副会長の瀬田七海先輩です!』
『どもどもー』
七海が中継カメラに向かってひらひらと手を振り返す。副会長という座もあって全校生徒とほどほど交流のある彼女は、何かと実況に呼ばれる常連だ。
『続いては入学式で宣戦布告し全校生徒を敵に回した一年生、小野寺誠君です!』
『嫌な紹介してきますね……よろしくお願いしまーす』
『ふふっ、野心があってわたしは好きだけどね。黒子ちゃん、一年生が実況席に来るのって珍しくない?』
『入学式直後で呼ばれるなんて初めてですよー。小野寺君、快挙です!』
『それが佑真のおかげじゃなけりゃ喜ばしいんですけどね……』
『では早速。そんな小野寺君は天堂君と幼馴染だそうですね。正直に言って、火道先輩に勝てると思いますか?』
『無理です』
『ありゃりゃ、即答……』
『でも、佑真は火道先輩と師弟関係にありますからね。お互いの手の内が知れている以上、佑真が勝つ可能性は残っている………………と、信じたいです』
『これは手厳しい評価ですね……七海先輩は?』
『わたしも正直難しいと思うけど、小野寺君ほど天堂君を知ってるわけじゃないのよね。ただ、彼は面白い戦い方をするから、ジャイアントキリングを期待します』
『ほほう、お二人とも、天堂君が下剋上を果たす可能性はあるとの見解ですね。さあさあ、天堂君は実況席の期待に応えてくれるんでしょうか。試合は間もなくです! それまでしばし、御歓談を!』
――――ぱちり☆ と黒子がカメラにウインクを決め、巨大な液晶にはこの後の試合で使われるVRステージ『市街地』の全容が流れ始める。
「………ジャイアントキリングなんて、本当にできると思う?」
そんなことを波瑠に問いかけるのは秋奈。彼女たちは放送部に連行される誠に乗じて、実況席のすぐ前、すなわち液晶の真正面を陣取っている。
「いくら佑真くんでも厳しいんじゃないかなぁ。相手が相手だもん」
「………波瑠ちゃんまで厳しい評価」
「でも、七海先輩や誠くんの言う通り、佑真くんは数値じゃ計れない強さで今までだって何度も超能力者を脅かしてきたんだ。私は勝つって信じてるよ」
確信、とまではいかなくとも自信の篭った声音と表情を受けて、隣に座る千花は『お?』と秋奈とキャリバンに目配せをする。双方が深く頷き返した。
「天堂さんは波瑠さんの恋人さんなんですか?」
「ぶふっ! な、なにを突然言い出すの千花ちゃん……」
「………めっちゃストレートな質問」
「恋人どころか、親の認める婚約者ですよぉ」
「婚約者っ!? な、なんですかそれ!? まだお二人とも高校生ですよね!?」
「………後で佑真に会わせたげるから、その時に適当に質問するといい」
仏頂面を装いながら生き生きと瞳を輝かせる秋奈が、それよりも、と液晶を指さす。VR空間内のアバターを動かす佑真と寛政の映像が流れ始めたのだ。
『両者、早速体を慣らしていますねー。準備が整い次第試合開始となります!』
後ろの実況席も、合わせてふたたび動き始めた。
『ここでルールを確認しておきましょう。校内ランキング戦はヴァーチャル空間をいいことに、相手を戦闘不能にした方が勝ち! 超能力の使用制限は勿論のこと、事前に申請すれば武器を持ち込むことも可能です』
武器といってもサブウェポンや超能力の補助具しか許されない。あくまで超能力を用いた戦闘を念頭に置いた競技、というわけだ。
『けど、今日の二人はお互い素手で行くみたいね』
『佑真も火道先輩も近接戦闘タイプだから、当然っちゃあ当然でしょう』
『おっと、ここで両名より準備完了のメッセージが送られてきました。残りのルールもさらっとおさらいしましょう。
ランダムに選ばれるステージ内に配置されるオブジェクトも使用可能。制限時間は三十分で、もしも勝敗が決まらなかったら立ち会いの教師と委員会の協議によって決定します』
ぐっと屈伸の要領で体を縮ませる佑真。肩を伸ばす寛政。彼らの瞳はすでに、真正面の敵しか捉えていない。
『そして、スタート地点はステージ内であれば自由な箇所を選べるはずなんですが……せっかくビルの立ち並ぶ「市街地」エリアの大通りのど真ん中で、二人は向かい合っています!』
『大通りのど真ん中で真正面からタイマン。男の子らしいじゃない』
『搦め手無しの真っ向勝負かぁ。ますます勝ち目消してないか、佑真のやつ』
『一体どんな勝負が繰り広げられるのか――――カウントダウンです!』
5、4、3、2、1。
試合開始のゴングとともに、師弟は弾丸の如く飛び出した。
☆ ☆ ☆
市街地エリアは市街地と言っておきながら、事実上は立ち並ぶ高層ビルを使った三次元的な戦略戦がセオリーである。
遠距離系の攻撃が使えればなお有利、飛行能力でアクロバットな空中戦など、上に広がる空間を生かした躍動感溢れる戦闘が会場を沸かせるのだが、最初っから地面に立つ両者の戦いに上下動は生まれない。
かといって会場を沸かせないかと聞かれれば――超満員のボルテージは、開始一分で一気に最高潮を迎えていた。
飛び込んだ佑真の蹴りを躱した寛政が叩き込む平手を弾き、
低姿勢の寛政に追従する佑真の左足をバック転で避けたと思えば、
宙に浮いたまま《発火能力》で方向転換した寛政がロケットの如き勢いで拳を穿ち、
しかし最小の動きで避けた佑真が裏拳を薙ぐ。
その拳を伏せて避けた寛政は足を払うが、あえて払われた佑真は両腕で逆立ちすると自由となった両脚でベーゴマのように回転しながら連打を叩きこむ。
脚力全開の重撃は三発、しかし全攻撃を最小限の威力で受け流した寛政は逆立ちの背に容赦なく掌底を貫くのだが、突き出された腕を佑真の両脚が挟み込んだ。
佑真は関節を外さんと腕をねじるが、右腕をコーティングする炎熱がそれを許さない。
慌てて両脚を外した佑真に、力を込めた寛政の蹴り上げが襲う。
懐に突き刺さった一撃が佑真を蹴り飛ばし、しかし空中で立て直した佑真は受け身も取らずに両脚で着地した。
以上の攻防がノンストップで繰り広げられたのだ。
実況すら追い付かない。一挙一動を目で追うのが精一杯なほどの流水が如き連撃は――佑真があくまで『サポート科』の学生であることを、この場の全員から忘れさせた。
『いってぇ……師匠容赦なさすぎっすよ。最初っから能力使ってきやがって』
『本気で来いって言ったのはそっちだよ、佑真クン?』
『クソッタレ。いつまでも余裕でいられると思うなよ』
そして第二陣が幕開けする。
寛政の真正面まで一気に駆けたと思えば低姿勢、全速力のまま直角に方向転換を繰り返し、寛政の周囲を動き回って撹乱する佑真。時に近づき攻撃を試み、時に離れて出方を隠す。
元より彼は守りを持たぬ身――故に攻撃こそ最大の防御。超前衛姿勢こそが普段通り。
あろうことか一対一の格闘勝負で、体術のスペシャリストに全方位を警戒させるほど機敏に駆け回る佑真の獣の如き猛威が襲う――!
盟星の生徒たちは、数多くの学生を翻弄し、撃破してきた寛政の美しいまでに完成された戦闘術に追いつける者はいないと思っていた。重力操作で体術を完膚なきまでに封殺する清水優子以外に、寛政を追い詰められる者はいないと思っていた。
それが、どうだ。
サポート科の一年生が、寛政が焔を使ってでも防御に専念せざるを得ない状況を作り出している。
「お、おい。あの一年何者だ!?」
「あんな動き、俺の能力使ったってできやしねえ……体が追い付かねえよ」
『まさか本当に、勝っちゃうんでしょうか……!?』
実況席でさえそのような言葉を漏らす中で。
『こんなので勝てるなら、僕にだって火道先輩は倒せますよ』
しかし、誠が冷静に言葉を放つ。誠のみではなく、寛政をよく知る者達は早々に気づいていた。寛政が防御のみに追い込まれているようで、全くそんなことはない、と。
『佑真のラッシュが全方位から襲ったところで、結局は佑真一人しかいない。火道先輩は一挙一動を警戒し、佑真の放つ攻撃に対応していけば、いずれ佑真の方の体力切れで勝てます』
ですが、と誠はさらに言葉を繋げた。ほんの少し口の端を釣り上げながら。
『体力を消耗させられているのは、火道先輩も同じです――』
――――ゴッ! と鈍い音が轟いた。
それは、佑真の拳が寛政の防御をすり抜けて、その身を捉えた音だった。
『が――はっ!?』
ホールでどよめきが波のように広がる。林田黒子の『捉えたァァァ!』という叫び声が響き渡り、波瑠が祈るように両手を握った。彼女は佑真の表情から悟ったのだ、これが最初にして最後の、寛政を押し潰すチャンスだと。
(逃がさねえ――一気に仕留める!)
佑真の猛追が寛政の身を打ち殴る。師匠譲りの神がかった超連撃、刹那に繰り広げられる五体を使った御業。誠であっても超能力がなければ凌ぎきれないだろう。
だが、師は譲らなかった。
結局、一撃目を除いて届いた攻撃は一発も無く。
数瞬後に観客が見たのは、地に組み伏せられる佑真の姿だった。
『…………師匠、動きが怪物じみてたんだけど。途中から炎でオレの攻撃を包んで受け流してたよな。初めて見たんだけど何あれ反則だろ』
『それを言うなら佑真クンもだよ。ジャスト三秒間全身を使って強引に炎に触れ続けて、最終的には消しやがった。おかげで最後は体術に頼らざるを得なかったじゃないか』
『別にあんたの勝ちなんだから、文句言うなよな』
決着のゴングが響く。
結局超能力ほとんど使われませんでしたね、という誠の実直な言葉に笑いが起こった。




