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●第九十七話 通称『寮長』、本名は才波有希

初の寮長回です

寮長メイン回なんて金輪際こない気がするんですけども

『前例がないのでこちらもなんとも言えませんが……超能力が使えていない、あるいはごくごく弱すぎて観測しきれないかのどちらかでしょう』


 ――――そんな宣告を受けたのが、三回前の春だった。



   ☆ ☆ ☆



「……じゃ、確認すっぞ」


 緊張に満ちた趣でタブレットと向き合う天堂佑真。彼の周囲で、部屋の主たる寮長をはじめ波瑠、桜、楓に誠と秋奈、いいんちょさんこと古谷に岩沢鈴木、神崎まで加えた大勢が、同じく緊張感をもって頷き返す。

 何を隠そう――三月一日、本日はかの盟星学園高校、合格発表の日なのだ。


 ちなみに小野寺誠は余裕の合格。

 学校こそ違えど古谷と神崎、岩沢鈴木のコンビも無事に第一志望に受かっている。

 寮長の知りあい、或いは受け持つ生徒で残すところは天堂佑真、ただ一人なのだ。


「やばい、佑真くんのことなのに私の方が緊張する」

「緊張するからといってわたしを抱きしめる力が強すぎるよお姉ちゃん」

「………自己採点でなまじ高得点だっただけにね。低すぎれば諦めがつくものを」

「小四から学力底辺だった佑真がホント、よくここまで伸びたよ」

「佑真くん、『できない』じゃなくて『やらない』だったってだけみたいだもん」

「そして本番は得意な分野だらけのミラクルテストだったかんな! 流れは完璧にオレへ向いている! 頼む、奇跡を起これ(メイクミラコゥ)!」


 受験番号と学校より届いたパスワードを入力! エンターキーを叩――――


「…………腹痛くなってきた」


 ――――こうとした人差し指は、空中で静止した!


「「「早く押せよ!」」」

「あ、待って蹴らないで男子お三方! 本気(マジ)で! 本当に腹が急に痛みまして!」

「………ビビリ」

「なっさけないわね。代わりに押しちゃうわよ?」

「行け、楓ちゃん! エンターの四文字を叩くのだ!」

「らじゃ!」

「おい神崎さん楓ちゃんを利用すんな! って本当に押したぁ!」


 てい! と二歳児の小さな指がクリーンヒット。男子たちに袋叩きにされていた佑真の目視することなく、無慈悲に結果が表示される。


「「「………………おぉ」」」

「待てよオレだけ結果が見えない! その微妙なリアクションは何? 落ちた溜め息なの!?」

「そこは自分で確認すればよかろう」

「寮長の言う通りだな。楓ちゃん、タブレットパス!」

「ほいー」


 シュッと畳の上を滑り、この短時間でボロボロな佑真の手に収まるタブレット。仰向けの姿勢で画面を覗きこみ、


「………………おぉ」

「お前もその意味わかんない溜め息かよ」

「………とにかく佑真、」

「合格おめでとーっ!」


 わーパチパチパチパチと狭い部屋に拍手が響き、起き上がった佑真には、珍しく人目を気にしないで波瑠が抱き着いてきた――明記しておくと、波瑠は佑真へのデレっぷりこそ幾度となく衆目に晒してきたが、他者の前では意外にもボディタッチが控えめになるのだ!

 おっと、と波瑠を抱きとめながらぺこぺこ頭を下げる佑真の顔は、


「なんとも、現実に理解が追い付いてないといった表情じゃのう」

「実際のとこ追い付いてないぞ。寮長、オレマジで合格したん?」

「嘘だと思うなら何千回でも確認するとよい。何度見たってそいつは、お前の名と受験番号じゃよ」

「……このサイトがオレを騙すためだけの偽装サイトという可能性は」

「誰がそこまでのドッキリ仕掛けるのさ。流石に性質(タチ)が悪すぎる」

「っていう誠が一番張り切ってオレを貶めそうなんだけど。波瑠、頬をつねってくだされ」

了解です(らじゃー)。じゃ、目を閉じてください」


 閉じる必要なくね? と思いつつも瞼を降ろす。今日ばっかりは痛覚さん全力でお仕事してくださいと祈る佑真は頬に、少しばかりしっとりとした感触を得た。

 それも、両頬に。


「ほえ?」

「ほら、夢じゃないでしょ」


 目の前にはにこにこと自分のことのように嬉しそうな波瑠。左右を見れば、


「なんでわたしが佑真さんの頬にキスせにゃならんのだ……」


 と真っ赤な顔で波瑠の肩におでこを押し付ける桜と、


「ゆうまにーたん、おめっとー!」


 こちらは純粋に佑真を祝ってくれる天使、もとい楓。つまりはそういうことらしい。


「波瑠が唇を奪う的なベタ展開じゃなくて、妹たちによるキスのサービスで現実をご確認ってわけですか」

「えへへ、佑真くんへのお祝い何にしよっかって三人で相談してたらね、桜が提案してくれたんだよ! サプライズになったのは予定と違うけど、本当に合格おめでとう!」


 こんなに嫌がってるのにぃ? と桜をちらっと見れば『冗談のつもりだったんだよー!』と苦笑いが返ってきた。そいつを本気にした姉に付き合ってあげる辺りは桜も姉に心底甘く、そして嫌々でもきちんと祝ってくれたのは心の底から嬉しい。


「ありがとな、桜」

「ま、わたしにまで勉強教わりに来た時はもうダメだと思ったもん。佑真さんの人生最後の努力賞だよ。感謝してよね」

「ははは、人生最後てツンデレちゃって。姉ちゃんと違って素直じゃないんだから」

「つ、ツンデレてないし! 佑真さんへのキスなんて金輪際ありえないもんねー!」

「はいはい可愛い可愛い。楓ちゃんも、ありがとね」

「にーたんうれしい?」

「当ったり前よ。可愛い妹二人のキスで喜ばない兄などいない!」


 やったー、と無邪気に微笑む楓が波瑠の代わりに腕の中へと飛び込んできた。本日の天堂佑真、天皇姉妹ハーレムを堪能し放題らしい――


「………血が繋がってないのにあの台詞」

「犯罪臭しかしないよね」


 ――外野から注がれる視線はいっそのことスルー。

 もういいもん、と桜が楓を抱いて部屋の隅へ行ってしまった。神崎や岩沢が「祝いの宴じゃあ!」と底辺校っぷりをいかんなく発揮してすき焼き鍋をテーブルに召喚する騒ぎに混ざろうとした佑真の袖が、くいっと引っ張られる。


「ん? 波瑠、まだ何かあるの?」

「佑真くん、合格手続きだけは絶対に忘れないでね、あと……」


 ちょいちょいと手招きに従って顔を近づけると、ほのかな囁き声が耳を撫でた。


「私からのお祝いは、あとで二人っきりになった時にね」

「…………お、おう」

「えへへ、こうご期待」


 料理手伝ってー、と呼ばれて向かう波瑠の余裕に対し、赤面硬直する佑真。付き合い始めてこの方、優勢は完全に佑真のものだと思い込んでいたが……どうやらあちらさんも、いつの間にやらからめ手を習得していたらしい。


「波瑠もやるようになったのう」

「……寮長、聞いてたのかよ」


 ほい、とコップを手渡してきた寮長は佑真の隣に腰を下ろした。


「囁き部分は推測じゃが、外野から見ておればなんとなしにわかるもんじゃよ」

「そういうもんすか」

「おんしらは表情に出るから特にわかりやすいわ」


 くっくっく、と声を殺して笑う寮長。目の前では岩沢が『では不肖ながらわたくし岩沢大毅が音頭を取りたいと思います。えー、わたくしと天堂が出会いましたのは――』と長話を始めてブーイングを受けている。


「ま、わしからも言っておくぞ。合格おめでとう、佑真」

「最後の最後まで迷惑かけてごめんな寮長」

「謝るなら敬語で謝らんかい」

「最後の最後までご迷惑おかけして申し訳ございませんでした、才波(さいば)先生」

「………………タメで良い。ついでおんしに本名で呼ばれるとくすぐったいからやめてくれ」

「ははっ、『才波先生』と『寮長』だと確実に寮長のが多く呼んでるもんなぁ」

「クラス全員がそうじゃろうな。挙句の果てには職員室で『寮長先生』と呼ばれる始末」

「本名忘れられてるんじゃねえの?」

「……今度確認せねば」

「おい寮長、表情がマジだぞ」

「割と冗談になってない気がしてのう……岩沢の奴、つまらん上に長いのう」


 寮長のジト目の先には、佑真の出会いからくどくど話して現在はようやく中三の夏に差し掛かったらしい。誰一人として話を聞かずにすき焼きを分け合っている光景はある種のイジメに見えなくもない。


「新任教師が愛称で呼ばれてんだから、愛されてるって受け止め方でいいんじゃないの?」

「岩沢は止めないんじゃな。――流石にもう三年もおれば、わしとてキチンと馴染んどるか。最初の頃は随分と苦労させられたがのう。こんな見た目じゃから舐められた舐められた」

「ペロペロ? ロリコンでもいたの?」

「舐めとんのか」

「冗談です。……てか、それマジ?」


 おう、と頷き返される。我慢しかねた鈴木が岩沢の腰に蹴りをねじ込んだ。


「その上で『零能力者(おんし)』の面倒見を任されたのじゃぞ。一年目のわしの心労は、第三者には計り知れなかったじゃろうなぁ。うっ、思い出すだけで肩こりが」

「テメェの肩はどんな仕組みでできてんだ。揉みますよ。遠回しに脅しやがって」

「ははは、恩の貯蓄がこうも大量にあるといくら使っても終わらんのう」

「クソが」

「何か言うたか?」

「なんでもございません。ちょっと乾杯の音頭だけ取ってくるね」


 えーそれじゃあオレおめでとう! 乾杯! と強引に宴の幕を開けさせて早々、佑真は寮長の下へ戻った。すき焼きのおまけつきで。


「おや、宴の主役がこんな端っこにいていいのか?」

「構わないだろうよ。話の途中で折るのも悪いし、何よりオレが気になるし。――寮長さ、ぶっちゃけ教師生活一年目でオレを受け持って、どうだったよ」

「……そうじゃなぁ。最初はふざけんなよと、正直に言えばそう思ったのう」


 辛辣ですな、と佑真。寮長は笑いを返す。


「ベテラン教師でもきっと同じ感想じゃよ。ただでさえ浅い超能力学に、前代未聞の『零能力者』の登場じゃ。どう扱えばよいのかわからんかったし、おんしは級友に苛められるし、その癖、苛めを教師に打ち明けようとはしなかったし。爆発寸前の爆弾処理班の気分じゃった」

「実際に起爆するとは?」

「予想はしとった。じゃが爆発の規模が違った。生徒二十数名を骨折その他軽傷にし、机や窓をあらかた破壊し尽しての脱走なんて予想出来たら予知能力者じゃ」

「昔の話を掘り下げられると耳が痛いぜ……。本当にすみません」

「何度も言うとる、この事だけは謝るな。…………わしは予知能力者ではないが、学校の先生じゃった。おんしがそこまで巨大な爆弾を一人で抱え込んでいたのは、予測せねばならんかったのじゃ。爆発させた責任は全部、未熟だったわしにある」

「……今なら、抱え込まずに大人しく相談しとけよとか思えるんだよ。抱え込んだオレが全面的に悪いに決まってんだろうが」

「それは子供だったおんしが、いろんな経験をえて大人に近づいたから言える言葉なんじゃよ」


 寮長の子供みたいな手が、ぽんと佑真の髪に乗る。撫でられるのかと身を引く前に、ぐしゃぐしゃとかき回される。


「……思い返せばお前はわしの知らないところで喧嘩して、無茶して、命を危険に晒して! ようやく更生したかと思えば、挙句の果てには女の子まで拾ってきおった!」

「怒鳴るの!? とりあえず落ち着け!?」

「この三年間でわしがどれだけの胃薬を消費したかわかっておるのか!? お前一人にどんだけ時間を割いたか……無鉄砲で無茶ばっかりするお前のことを、どれだけ心配したか……」

「うわ、寮長泣くな――……よ……?」


 佑真の言葉が疑問形に終わったのは、彼が突然、寮長に抱きしめられたからであり。

 寮長の涙が、佑真の頬を撫でたからだった。


「お前を無事に高校に送り出せて、本当によかった。佑真が更生して、誰よりも成長して寮に帰って来てくれたのが、自分の事のように嬉しかった! わしが今、先生になれてよかったと思えているとすれば、それはお前がいてくれたからなんじゃ……!」

「……恥ずかしいこと言うなよ」

「恥ずかしくなんかない。わしは、お前がわしの初めての生徒になってくれたことに心の底から感謝する。三年間ありがとう、佑真。至らぬ教師で苦労をかけたが、お前はよう頑張った。高校合格、本当におめでとう」

「……だから、言うなってば。周りのテンションとの落差がやばくなる」


 主に岩沢鈴木を中心に起こる喧噪の中で、解放された佑真はばれないように目元を拭う。


「おいそこ二人、さっきからなーにシンミリしちゃってんの! 盛り上がろうぜ!」

「そうよ先生、卒業式は二週間後よ。泣くのはそこじゃなくって?」

「っか天堂だけ特別扱いすんなし! んで天堂は宴で泣くなし!」

「私達も先生が担任で楽しかったですよー!」


 ――――ばれてました。

 台詞は順に岩沢、古谷、鈴木、神崎。腐れ縁で付き合いの続いた、佑真の中学時代を語るに――寮長の教師生活を語るに外せない者達の声に応えないわけにはいくまい。


「はは、ずっと聞かれてたのかよ。死ぬほど恥ずかしい」

「わしのが死にそうなんじゃが……まあよいか。今宵はわし持ちじゃ、ガキ共は大人の財布を使って飲め食え歌えっ!」

「つうか泣いてねーし! 目にゴミが入っただけだし!」


 二人を交えて更なる盛り上がりを見せた全員第一志望合格祝いの宴(尚、若干二名ほどの中学三年生は試験すら受けていない)は夜遅くまで続き、桜と楓が流石に帰宅しなければ、という午後十時に一旦お開きとなった。


 今宵はお泊りする気満々の古谷や神崎、秋奈は男子部屋のシャワーを占拠。岩沢と鈴木は誠を引っ張って第二陣のための買い出しへ出かけ、佑真は桜たちをサイドカーに乗せてエアバイク三号を走らせているところだろう。


 食べ終わったすき焼きの後片付けを任された波瑠は、寮長と肩を並べて台所に立っていた。とはいえ料理こそ手作り派の波瑠と寮長だが、食器洗いは全自動に任せて現代の流れに逆らったりしない。適当に放り込んでスイッチを押せばお仕事終了だ。


「佑真らが戻ってくるまで時間がありそうじゃな。茶でも入れるか」

「と言うと思ってすでに入れてあったりします」

「こりゃ一本。気が利くのう」


 ちゃぶ台を囲み座布団に座り、ほっと一息。二人での生活も半年に及んだせいか、すっかり落ち着いた雰囲気で当たり前のようにお茶請けへ手を伸ばそうとした寮長は、皿が空なのを受けて手を空中で持て余す。


「そういえばさっき食べきってしまったんじゃったなぁ」

「そのための買い出しですからね」

「いつもは波瑠が何かしら用意してくれるから、すっかり……波瑠がいなくなった後しばらくは一人でこのボケをやりそうじゃな」


 あははと自分で笑う寮長だったが、波瑠の表情は暗い。求めるリアクションと違うと顔を覗き込む頃には元に戻っていたので、


(つまらなかったのかのう……)


 と勝手に落ち込んでいると、波瑠が改まって正座で向き直った。


「寮長さん。半年間お世話になりました」

「いやいや、こちらこそじゃ。二人になって家事負担が増えるかと思えば、波瑠がしっかりしすぎているおかげでこっちが甘えっぱなしになる始末、申し訳ないくらいじゃよ」

「そんなことないですよ。居候させてもらったんですから、家事くらい当然です!」


 寮長は思う。よく飯をたかりに来るどっかのバカに聞かせたい、と。


「それに、桜絡みで秋頃もいっぱい心配させちゃったし、ううん、夏にはオベロンが寮自体を滅茶苦茶にしちゃっていくら謝っても足りないくらいで、それに寮長さんを私の追っ手との戦いに何回か巻き込んだことだってあって、」

「それ全部を覚悟で居候を認めたんじゃから、今更謝らんでいいぞ? 大剣使いの方はたっぷり資金をいただいたから結果オーライじゃったわけだし」


 ぐふふ、とよからぬ笑みに当事者波瑠は苦笑いしか返せない。完全な余談になるが、あの後で寮のエレベーターがいつの間にか二つに増えていたことは生徒の間で長期間噂になっていた。


「……とにかくですね。寮長さん、今までお世話になった身で言うのは大変あれなんですけど、一つだけ、確認させてもらっても、いいですか?」

「うむ?」


 どうぞとジェスチャーで示すが、あーでもやっぱりどうしよっかなー、とうんうん唸る波瑠はなんだか照れくさそうだ。


「何を確認したいのかは知らんが、今更わしに気遣うことなんて何一つなかろうに。小さな体でどんなお願いも、ドーンと受け止めたるわい」

「…………じゃ、じゃあ、言います」


 こほんと赤面で咳払いを挟み、


「卒業して、寮を出た後も、気が向いたらこの部屋に遊びに来ても、いいですか?」

「………………そんなことか?」

「………………いやだって、親離れできない子供みたいな意見じゃないですか」

「はっはっはっはっは! 親離れというか教師離れというか――はぁ、可愛いのうお前はいつもいつも! 庇護欲そそる天才か!」


 わしわしわしわしー! と蒼髪を撫でる寮長は至極楽しそうに笑い声をあげ、ひゃあああああ、と悲鳴を上げる波瑠は至極恥ずかしそうに顔を両手で覆う。


「あはははは、いつでも帰ってくるがよい! ここはおんしの家も同然で、家族同然の生活をしてきたわしらに何を遠慮することがある! 背伸びしよって可愛いやつめ! 照れ屋さんめ、こいつ!」

「寮長さん、やっぱ今日テンションおかしいですよ! お酒飲みました!?」

「お前も佑真も下手に人の心をくすぐるのがいけないんじゃー! 大好きじゃよ波瑠!」

「私も寮長さん――いえ、有希(ゆき)先生が大好きです!」

「突然本名で呼ばれると至極マジっぽくてゾクゾクするからやめるのじゃ」

「有希って名前可愛いから私、寮長さんって呼ぶより好きなんだけどな。てか寮長さん自身が『寮長』に慣れ過ぎてますね。来年の新入生、やばいんじゃないですか?」

「う、確かに三年間ずっと『寮長』と呼ばれておるからのう。『才波』で呼ばれても反応できないやもしれん。どうにかせねばな」


 言葉に反してあっはっは、と笑い飛ばす寮長の性格が、波瑠は大好きだ。

 小さな体に大きな心――そんなキャッチフレーズがこれ以上に似合う人が存在するとは思えない。

 波瑠もつられて、こらえきれずに笑みをこぼすのだった。



   ☆ ☆ ☆



 無事に桜と楓を自宅――というか仮住まい?――に送り届けた佑真は一人、夜の街にエアバイクを走らせていた。


(昔はこんくらいの時間帯が活動開始くらいだったよなぁ。能力者狩り……殺し目的だったけど……を始めて、でも案外速攻で傷ついて動けなくなるから、路上で寝ちまうか、適当な廃ビルに乗り込むか、カラオケか漫喫か……気絶で一晩越したこともあったっけ)


 佑真の中で過去は基本的に黒歴史扱いなので、これ以上の例を挙げるのはやめておく。

 寮生活の佑真だが、まともに利用していたのは三年間の合計で一年半に満たないだろう。

 それでも自分の部屋からネームプレートが消えることはなかったし、たまに帰ってくると、使われていないはずの部屋には塵が積もっていなくて、何度も何度もびっくりした。


 部屋の掃除をする物好きな輩は、佑真の部屋に握り飯を置いていくのだ。

 鮭とおかかと梅。シンプルな三種類はサイズがやけに小さいが、その代わりといわんばかりに二つずつの合計六つ。子供のような小さな手で、毎日握ってくれたのだろう。


 それを食べるとどうしてか、いつも涙が止まらなかった。

 毎日作っては置いているのかと思うと、申し訳なくて。

 腐りきった自分に構う善意が、無性にうざったかったけど。

 そんな些細な暖かさが、佑真を化け物でなく人の域に収めてくれたんだと思う。


「もう一回だけでいいから食っておきたいな、あの握り飯」


 佑真はわずかに速度を上げる。

 荒れ果て、壊れ切っても尚忘れなかった陽だまりへ向けて、エアバイクは舵を取る。




というわけで、佑真達は休んでませんが【春休み編】は終了です!

古谷さんや岩沢達、何より寮長の出番がしばらく来ない(どころか未定)のが寂しいですが物語も移ろうということで。


次回より、ついに高校編こと【水晶の魔眼】編をお楽しみに!


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