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●第九十六話 上京って緊張すんべ

第五章幕開けの前に少し寄り道。春は出会いと別れの季節ってことで、出会いと別れのお話を二話だけお送りします。第四章と第五章に関係のあるお話ですのでそこはご安心を。


 時はわずかに進んで二月初旬。

 異例の極寒記録の連打から一転、節分を過ぎて早々に日本は温暖な気候を迎え、二月と思えない麗らかな日常をもたらしていた。

 わずか数日前に『東京大混乱!』と新聞に取り上げられた大事件の足跡は各地に残るものの、穏やかな日々を取り戻しつつあるのは良いことだ。


「あ、いたいた。ごめん待った?」

「………ん、まったく。具体的には三十二秒前に来たところ」

「やった、秋奈ちゃんならこれくらいに来ると思ったんだ」


 そんな爪痕を残した激闘の功労者二人は、待ち合わせ時間の五分前きっかりに合流していた。

 天皇波瑠と水野秋奈。

 共に【太陽七家】の名字を背負う少女達は、同級生の受験競争の最中に『家が勝手に推薦合格にしちゃったから、進路確定ですることないね』というわけで、大分前から約束していたデート決行に至ったのだ。


「………波瑠ちゃん、すっかり春服?」

「うん。一足先に桜と楓と、お母さんの四人で買いに行っちゃった。定住してからは夏秋冬しか揃えなかったからね」

「………パーカーは佑真のパーカー好きの伝染?」

「あはは、まあそうかも。昔より着る機会は増えたかな」


 基本的にパーカーとシャツと適当なズボンで年中済ませる野郎の影響を受けるのは、女子としてよろしくないことだ。いつか修正しなくてはと心に誓う秋奈である。

 それでもチェックのスカートやブラウスを合わせた波瑠は、至極女の子らしいふわふわした雰囲気をかもし出していて可愛い。素材がよいだけに何でも着こなしているように見えるのはかなり反則だ。


「そういう秋奈ちゃんは珍しい格好してるね」

「………男装を目指してみました」


 普段はサイドでまとめる紅髪をポニーに。めったにはかないデニムを引っ張り出したり男子大学生のよく着てそうなワイシャツを誠から借りたりと、波瑠を意識してあえて男装っぽくしてみた次第である。

 胸が大きいので似合わなさそうと思いきや、これがなかなか様になっている。身長さえあれば美少年と見間違える可能性も捨てきれないだろう。

 そんな秋奈は、波瑠の手に自らの手を重ねた。応じた波瑠もすぐに指を絡めて繋ぐ。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。


「………今日はあたしが波瑠ちゃんをエスコートするので。行きましょう、姫様」

「ふふっ、はーい。よろしくお願いします」


 冗談めかしたやり取りにくすっと笑みを交わし、二人はぶらぶらと歩き始め――


「ひったくりだァ!」

「誰か、そのバイクを、止めてくださーいっ!」


 ――――四歩目にして叫び声である。


「なんか物騒だね! 秋奈ちゃん状況わかる?」

「………こちらに向かって走るバイクが一台。透過能力で回りの人をすり抜けながら逃げてる」

「透過能力ってまた厄介な組み合わせだなぁ」

「………ん、相性最悪」


 バイクと運転者が取り押さえに入る人々や障害物をすり抜けてしまうので、警察も後を追えてはいるものの取り押さえるには至れないようだ。

 どうしたものかとSETに指を添えながらも能力使用を躊躇う波瑠の肩を、ポンと秋奈が叩く。


「………波瑠ちゃん、建物をすり抜けないあたりに一考の余地あり」

「距離か時間か、とにかく透過状態には限度があるってこと?」

「………ザッツライ。というわけで、捕まえるにはこうすればいい。SET開放」


 秋奈の《物体干渉(ファクトブラウザ)》が発動される。

 手頃に地面に干渉し、逃走バイクの真正面に突如としてそりたつ壁。バイクの男が透過能力を発動したのか壁の中に突っ込むが――壁の厚さは十メートルに及ぶトンネル規模!

 通行人が暴走バイクを避けるために直線を開いていたのも幸いだ。

 秋奈の加工は粘着質だったらしい。壁に突っ込んだ男とバイクがネチャネチャ音を立てて包み込まれていた。


「………犯人確保」

「流石秋奈ちゃん、プロの御業だね!」

「………それほどでもある」


 周囲から上がる拍手に、秋奈は一礼で応えた。



 無事に警察が犯人を確保し、台詞もなく連行されていく。

 一方で、秋奈達の前にはひったくられたカバンを大事そうに抱えた女の子が連れてこられていた。


「どうしてもお礼が言いたいとのことです。我々も、ご協力ありがとうございました」

「あ、あのっ、ありがとうございましたっ」


 肩までかかる長髪。コンタクトやレーシックが主流の現代で珍しい眼鏡。言葉を選ばずに言えば地味目な彼女の心の底からの安堵が感謝の言葉に詰まっていて、波瑠と秋奈は思わずにやけてしまう。……波瑠は何もしていないが。


「………気にしないで。困っている人がいたら助けるのは当たり前」

「で、でも、上京してきて、いきなりひったくられて、すごいビックリして……本当に、ありがとうございました……っ」

「わわ、泣かないでください! 無事に戻って来たんだから不幸中の幸いですよ!」

「………東京に来たばっかりなんですか?」

「は、はい。受験するために二週間だけ東京に……ダメ元受験ですけど」

「………高校? 大学?」

「高校受験です」

「珍しいですね、高校受験で上京するって」

「………ていうか同い年だ。失礼じゃなければ、受験校を聞いてみても? ひょっとしたら同じ高校かもしれない」

「そっか。上京してまで受験するってことは有名校かもしれないもんね」

「え、ええと……だどもダメ元ですから、入れるかわかんないですよ……?」


 ちょびっとだけ方言が出てきて、お、と日本中を回った波瑠は出身地割り出しに入る。

 しかし気弱な少女が口にした高校名で、余儀なく思考停止を強いられるのであった。



「盟星学園高校っていう、超能力専門の特殊な高校だって紹介されたんですけど」



「………あら」

「本当に同じ高校だ」


 目を丸くする秋奈と波瑠。

 はえ? と少女は理解が追い付かないのか首を傾げていた。


   ☆ ☆ ☆


 小野寺家。

 剣道の名門として名高い道場の中で一人。

 血の繋がらない長男、小野寺誠は義父の到着を正座で待ち受けていた。


 彼は波瑠や秋奈と違い、盟星学園へは試験を経る必要がある。能力者育成を掲げる当校の試験は実技と筆記の二種を突破する必要があり、誠は目の前に待ち受ける試験の対策に追われている最中である。

 だが、家主であり剣の師たる義父の呼び出しを無視することはできない。


 座してから五分がたったところで――誠が自ら時間の十五分前より待機していることを明記しておく――義父、小野寺(れん)が現れた。

 現代に生きる侍。彼の者の衣装は袴姿。(おとこ)らしい堂々たる上背に鋭き眼光。どこを取っても自身にはない威厳は、誠の羨んで止まないところである。


「待たせたか?」

「いいえ。父上、お久し振りです」

「しばらく家を空けていてすまなかったな」

「父上は九州方面での他国の警戒任務であったと耳にしています。お疲れ様でした」

「何も動きがなかったのは幸いだが、無意な時間だったよ――そういえぱ、こちらでは何やら面倒な事態があったと聞いたな。大活躍だったそうじゃないか」


 にい、と父としての喜びを露とする連。

 誠はにやけそうな気を引き締め、


「剣を扱う者として、当然のことをしたまでです」

「相変わらずつまらん意地を張りよって。父の誉め言葉くらい素直に喜べ」

「……まあ、これが僕ですので」

「『らしさ』は分かっている。分かっているが、父としてはどうもむなしくてな。子供の頃から優秀でありながらちっとも誇ろうとせんのは美点であり汚点であると幾度も幾度も」

「今のは記念すべき八十一度目ですよ、父上」

「…………この手の話ではもうお前に勝てんからつまらん」


 がしがしと大きな手で後頭部を掻く連。

 余談になるが、連は誠のややひねくれた性格や口調を好んでいない。

 いざ剣を握れば太刀筋は驚くほどに素直であり、そちらこそが誠の本性だと勘繰る父はなんとか化けの皮を剥ぎたいのだが、ここ数年は赤面させることすら敵わない。


「先の事件の折に誠。お前が《雷切(ライギリ)》を使ったと恋から聞いたが」

「父上の許可なく持ち出したことはお許しください。しかしあの刀、姉上から渡されたものなのですが……」

「案ずるな、お前を責めるような真似はせん。責めるは恋だ――と言いたいところであるが、この成果を見せられては責められん。良き判断と言わされたよ」


 ――――宝刀。

 陰陽術を操る【水野】の分家たる小野寺の家には、数本の宝刀が倉に眠っている。使用権限は家主たる連が有しており、滅多な事態のない限り鞘から抜かれることもない。

《雷切》もうちの一本に相応しい。かつて一人の侍が雷を断ったとされる刃が持つ切れ味は、無数の鋼の装甲を切り伏せた事実が。歯こぼれ一つない化け物じみた頑丈さは、長時間の戦闘の後でなお健在している事実が物語っている。

 必殺の一斬を放つ宝刀。誠が今まで握ったどの刀剣より優れるそれに魅了されたのは否めない。


「それで《雷切》の使い心地はいかがだったかな?」

「――恐怖を覚えるほどでした。万物を断つあの刃がなければ僕は戦果をあそこまで叩き出すことはできなかったでしょうが」

「珍しく素直な返答だな」

「ここで意地を張る必要がなさそうでしたので」

「普段から父に意地を張る必要はないはずなのだがな。――なれば、しかし。誠に《雷切》を託すのはまだ早いのかもしれんなぁ」


 連が顎に手を添え呟く苦悩に、誠は「は?」と思わず声に出してリアクションしてしまった。


「なに、驚くことではなかろう。誠、お前の太刀筋はもはやこの父に勝る域に到達している。のみならず、お前には水野の一人娘を守護する役もあるのだ。宝刀を譲るには申し分ないと、私は考えているぞ」

「…………」


 水野の一人娘。

 誠が魂を賭して護らねばならぬ姫。

 彼女を引き合いに出すのは、いささか卑怯だ。それに――


「まさか父上からそれほどの評価を受けていただなんて思いませんでしたよ。一応確認しますが、世辞ではないですよね?」

「息子に世辞を言う必要はないだろう」

「……へへ。流石に嬉しいや」


 義理といえども、十年以上の時を父子として過ごした絆は本物だ。申し分ない称賛に世辞の一つも混ざらないというのは息子として誇らしく、弟子として喜ばしいものだった。

 誠の笑顔を久しぶりに見たのか、連は満足そうにうなずき、


「とりあえず《雷切》の使用権限は誠、お前に託すぞ。後に正式に書類にまとめるとして、まずは鍛錬を積み重ねて身体で刀を覚えてくれ。敵へ刃を向けるのはその後だ。宝刀は使いようで身を亡ぼすからな、くれぐれも心して扱ってくれ」

「了解します――って身を亡ぼす!? やっぱり今回の無断使用やばかったんじゃないですか!?」


 ははははは、と笑うも父から『冗談だぞ』のフォローがない。

 後でレン姉とっちめるか、と決意する誠であった。


   ☆ ☆ ☆


 事情聴取を終えた波瑠と秋奈は、同時に解放された被害者の女の子と一緒に行動することにした。デートはいつでもできるが、この世は一期一会でできている。


「んじゃ改めて、私は……天皇波瑠。よろしくね」

「………なぜ躊躇ったし。あたしは水野秋奈。よろしく」


 一応【太陽七家】という素性を明かすかどうかを迷った波瑠だったが、どうせ秋奈ちゃんは言っちゃうか、という思考の間が挟まれていた。

 そんな彼女の配慮はあってしかるべきだったらしい。「はえー」と溜め息のような声を漏らしたっきり、眼鏡の少女は固まってしまった。


「ほらほらほら! 突然天皇とか水野とか言ったら驚かれちゃうって!」

「………水野は日本中にいると思うけど」

「天皇の後に言ったら誰でも七家の『水野』だと思っちゃうよ!?」

「………つまりゴキ◯リほど存在する全国の水野さんが波瑠ちゃんの後に名前を言えば、誰しもが七家っ面をすることが可能と」

「全国の水野さんの枕詞がひどすぎるよ!? そして秋奈ちゃんなんかキツい!」

「………波瑠ちゃん、ツッコミがワンパターン。叫ぶだけがツッコミじゃない。ボケにボケを重ねるみたいな技術が欲しい」

「ツッコミ不在になる方がまずいと思うんだ……とりあえず起こそうか。おーい、大丈夫?」

「………………はっ! あまりに衝撃的な情報でびっくりしちゃいました!」


 ぱん、と手を叩く少女にほっと一息の波瑠。一方で秋奈は『天皇とかいう苗字が珍しすぎるんですよ』と先ほどの会話を気にしていた。


「………まあ、七家だからといって重く考えないでほしい。ご覧の通り波瑠ちゃんは身長とシスコンを除けば純粋なまでに親しみやすい美少女だから、普通の女の子として接していただけると嬉しい」

「そういう秋奈ちゃんも可愛い女の子ですので、気負わずに単なる同級生として仲良くしてくれると嬉しいな」

「ま、まだ同級生と決まったわけではないですよ?」


 またまたご謙遜を、と呑気に笑う二人は推薦合格という建前の下に強引に盟星学園に放り込まれた暇人であり、受験を控えて孤独に上京してきた少女の不安は微塵もわからない。


「ええと、わたしは戸井千花(せんか)と申します。千の花と書くんですが、漢字で書くとよく読み間違えられちゃうんですよ」

「………『ちか』かな?」

「それですそれ」

「へえ、いろんな読み方できると大変なんだね。私一度も間違えられたことないからなぁ」

「その方が絶対にいいですよ。誤解を解くのが結構大変で、病院とかでも間違えて呼ばれると一瞬『他人かな?』って躊躇っちゃったり……」

「………名前と言えば、二十一世紀頭くらいには『キラキラネーム』とかいうパッと見ても読めないような名前が流行してたらしいよ。『皇帝』で『カイザー』とか」

「はえー、漢字からは絶対に読めないですね、それ」

「あはは、連想ゲームみたい。それだけインパクトあると一瞬で名前覚えてもらえそうだね」

「学校の先生は何十人と相手にしなければならないと思うと、すごく大変そうです……」


 あまりの流行に一般的な名前の子がイジメられる始末、のオチは暗すぎるからやめておこうと誓う秋奈。ちなみにキラキラネームではないが、波瑠の友人キャリバン・ハーシェルの『キャリバン』は女性にはあまり相応しくない名前だったりする!


「………で、千花はどうして盟星を受験しようと思ったの?」


 盟星学園は『超能力者育成』を掲げた特殊な高校。受験者数は開校以来年々マシマシと先日調べ(ググッ)た秋奈だが、それでも物好きが入学志望する印象が強い。

 正直に言ってしまえば、超能力なんざ鍛えなくとも日常生活にはなんら支障がない。

 おまけに超能力を鍛えたところで活きる職業と言えば警察や消防か、はたまた軍事関係か。少しずつ一般的な仕事にも超能力使用の場面は増えているが、より強力なものを求めるジャンルになればなるほど、命の危険度が増すのはデータとしてある事実。

 気弱そうな女の子が進んで受験するような学校ではないと思う秋奈の考えは、的外れではなかった。


「それが、学校の先生に勧められたからなんですよね……」

「………能動的にってわけじゃないんだ?」

「でも『盟星学園を志願できるほどの能力者ではある』って先生に認められてるんだよね。千花ちゃん、なんかすごい超能力持ちなの?」

「………他人の超能力詮索はマナー違反」

「初対面から数時間後に詰め寄って来た人が言う台詞ですか」

「………そこはまあ、あたしと波瑠ちゃんは運命の相手だからしょうがない」

「その誤魔化し方は嬉しいので許しちゃいます。千花ちゃん、無理にとは言わないからさ。もし教えられるなら教えてほしいかも」

「……ええと、その、それがその、わたしが盟星を志願したもう一個の理由があんですけど、そこに超能力が絡んでまして……」


 顔を伏せ、縮こまってしまう千花。デリケートゾーンに踏み入れてしまったか? と波瑠と秋奈は顔を見合わせる。


「……わたし、自分の能力が上手く使えないんです」

「………というと?」

「なんかわたしの能力、癖があるんですよ。発火とか転移とかわかりやすいもんじゃないし、他の人がいないと全く役に立たないし、だけど周りからは『すげー』とか『珍しい』とか言われてしまって。何がすげーのか自分でもよくわかんないから困ってたら、先生が盟星を勧めてくれたんです。

 もしかしたら、盟星(ここ)でならお前の能力の使い道がわかるかもしれない。先生じゃ力になれないけど、超能力を専門に取り扱う学校なら新たな扉が開けるかもしれないぞ、と背中を押してくれて。その言葉を信じて、勇気出して東京まで来たんです」

「……そっか。私もわかるよ、その気持ち」


 波瑠は千花に共感の意をもって頷き返した。生まれ持っての天才である彼女に今のNо.2があるのは、相当な努力を積んだから。エネルギー変換という簡単なようで操縦の難しい能力者だからこそ、『できない』の壁に幾度も阻まれてきたのは同じである。


「無事に合格して、超能力をうまく使えるようになるといいね!」

「は、はい! 頑張りますっ!」


 ぐっとガッツポーズを見せた瞬間、千花の手首から音が鳴った。リストバンド型携帯端末のメール受信音のようで、「すみません」とご丁寧に断ってから背を向けた千花の背中がビクッと震えた。


「どうしたの、千花ちゃん?」

「大したことではないです。母に『東京に無事に着いたら連絡しなさい』と言われてたの忘れてて、心配メールを送られちゃいました」

「………無事の到着じゃないからセーフ」

「ぐうの音も出ません……。カバン取り返してくれて、本当にありがとうございました」

「何はともあれ到着報告だね! 写真送ろう写真! いきなり友達できましたって!」

「え、ええ!? だから合格と決まったわけではないんですけど」

「………出会ったのは何かの縁。たとえ落ちようとも友達にはなれる」

「こら秋奈ちゃん、そういう後ろ向きな考え方はいけません。どうせなら同じクラスになれるよう祈っちゃおう!」

「と、とりあえず波瑠さんは勝手にカメラ起動しないでくださいっ!」


 はいチーズぅ、と千花を真ん中にしたスリーショット。ピースする二人に挟まれはにかむ千花の姿は無事に彼女の母へと送信された。


   ☆ ☆ ☆


「へっくし」


 くしゃみに『この時期に風邪かなぁ』と首を傾げた佑真は、


「大丈夫かい? ちょっと根を詰めすぎたかな?」

「ああ、大丈夫っすよ師匠。目覚めてこの方風邪をひいたことのない健康体質ですんで」


 ならいいけど、と師匠こと火道寛政に心配されていた。


 佑真が今いるのは、火道家の道場の奥にある茶の間。流石に受験を目の前にして勉強しないわけにもいかなくなり、タブレットとの悪戦苦闘を繰り広げる真っ最中なのだ。

 寛政は武術のみならず『頭脳明晰』と自称するに相応しい頭脳と佑真の性格を把握しきった指導力で、勉強面でも佑真を支援してくれている。佑真はここまで世話になるのが申し訳ないくらいなのだが、今回は事情が事情なのだ。


 即ち、ド底辺男子中学生が日本トップクラスの盟星学園高校に合格した話、を出版可能な状況にしなければいけないと、国家防衛軍【ウラヌス】の天皇真希大佐から直々に『お願い』されたのだ!


 それがどれくらい難しい話かというと、今現在寛政に『それってバカは風邪ひかないってやつじゃないの?』と思われてしまう彼の学力で察してほしい。


「無理はしないでよ。風邪で受験日に倒れるなんてオチ、絶対に笑えないからさ」

「寮長にいいんちょさんに誠に秋奈に、もちろん波瑠と師匠。果ては桜から絢音ちゃんにまで勉強教えてもらったんで、本当に笑えません」


 佑真の知る能力者の中でも指折りの連中のオンパレード。元からダメ元受験なので落ちるのは許してくれそうだが、欠席は死んでも許されなさそうだ。


 ところで。

 これまでは『超能力者育成の機関』とまでしか紹介してこなかった盟星学園だが、超能力すら使えない佑真にも入学する道はある。

 盟星学園は超能力者を育てる前に軍事学校の一端である。

 オペレーターや軍医、工学方面の技術士といった枠の育成も、メインの能力者と比べれば極々少数だが行っているのだ。超能力を持っているに越したことはないそうだが、筆記試験のみでも合格可能の一枠を佑真は狙い撃つ。


「しっかし、急に佑真クンが盟星学園(うちの)高校を受験するって言いだした時はびっくりしたよ。秋頃からコツコツ勉強してたとは小野寺クンから聞いていたけど、最初から受けるつもりじゃあなかったんでしょ?」

「勿論、先週まで微塵もありませんでした!」


 すがすがしいほどの断言に、寛政は佑真らしいなとほっと息をついた。


「【火道】だから師匠も知ってると思いますが、波瑠が盟星学園に推薦合格しちゃったじゃないですか」

「ああ、主に【七家】の権力で強引に押し込んだアレか。俺の頃に子息令嬢の進学絶対化が決まっていれば、受験する手間が省けたんだから残念だ」


 ふわっと前髪をかき上げる寛政。久々のナルシズム行為に軽くイラッとする佑真。


「師匠の気持ちは置いといて……〝波瑠の守護者(ガーディアン)になると決めた〟以上は、高校も同じじゃないと、立場上まずいっぽくて」

「それでどうにか超能力者育成機関に入る手立てを模索して、学力だけで入れる学科もあったから狙うことにしたんだ」

「最低ラインで偏差値60相当っすよ。地獄かっつの」

「その地獄に挑もうってんだから、佑真くんはつくづく愛に生きているよね。ハルちゃんの為なら空だって飛べそうだ」

「……確かに波瑠と一緒にいるために志望校選んだけど、指摘されると死にたくなるなこれ。どうせ守護者とか真希さんとかは言い訳だよ。できるだけ長い時間一緒にいたいだけだよ」

「お、珍しくノロケ?」

「いや最近あいつが桜とか楓ちゃんとか秋奈嬢とかに構ってばっかで寂しいっつー話です」

「ははは、嫉妬か。強敵揃いだね」

「し、嫉妬じゃねー……いや嫉妬か。つかなんで師匠にこんな恥ずかしいこと打ち明けてるのかな……」


 赤面した佑真が顔を伏せた、その瞬間に。

 ぴろりん☆ という電子音と、続けて「やっばい音鳴った!」「何やってんだよ姉貴ッ!」という囁き声が扉の微妙な隙間から聞こえて来た。

 ニコニコと笑顔仮面を即座に作る寛政。ピキピキと眉間にしわを寄せる佑真。


「逃げるよ達也!」「合点だ!」

「達也、絢音ッ! テメェら今すぐ録画録音撮影したモン出しやがれ! つうか勉強の邪魔しないでぇ!」

「後半が本音なのが辛いねぇ、佑真クンは」


 最後の一秒まで諦めないど根性が奇蹟を呼ぶことを信じ、寛政はとりあえず追いかけっこを止めようと腰を上げるのだった。



   ☆ ☆ ☆



 千花を二週間滞在するホテルまで送り、波瑠と秋奈は二人で街中を散策していた。


「千花ちゃん。無事に合格できるといいね」

「………ん。連絡先は手に入れたので、吉報を待つ」


 彼女の受験の邪魔をするわけにはいかないので、波瑠たちからの連絡はできない。ちなみに佑真と最近距離を置いている理由の一つも、同様の配慮が元なのだ。


「………波瑠ちゃんはさ、高校生活楽しみ?」

「ん? そりゃまあ、楽しみじゃないといえば嘘になるけど」

「………ならよかった。親に強引に決められた進路だし、波瑠ちゃんは中学の同級生ともお別れになっちゃうじゃん? 寂しいかなって」

「出会いあれば別れあり。それに高校が別になるだけで、永遠に会えなくなるわけじゃないもんね。寂しいけど、我慢できる寂しさだよ」


 そっか、と秋奈が頷く横でこっそりと。


「……まあ、一人だけはどうしても、離れたくない相手がいるんだけどさ」


 誰にも聞き取れない程小さな声で、そんなことを呟いた波瑠は秋奈の手をとり、


「秋奈ちゃん、まだお昼頃だしデート再開だよ! 楽しんでいきましょー!」

「………全力で行かせてもらう」


 今日と言う日はまだ半分を迎えたばかり。

 暇な美少女二人は、その後道中で数多の男性の視線を寄せながらデートを謳歌したという。


   ☆ ☆ ☆



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