●第九十五.五話 多角的バレンタイン戦線
挿入投稿でバレンタイン記念話を投稿すると気付かれなさそうなオチ。
そんなわけで多角的バレンタインです。途中メタいですが、まあギャグ回なので許してくださいな。
【波瑠→佑真】
「と、いうわけでバレンタインチョコでございます」
「ん、ありがとう波瑠」
ラッピングされたチョコレートを渡し貰う波瑠と佑真、in寮長の部屋。
「なんでわしの部屋でやるのかのう……おまけに死ぬほどあっさりしておるし。普段のバカップルっぷりをもう少し発揮してもよいものではないか?」
テレビを見ていた寮長は、脇の方で繰り広げられるやり取りを見て呆れた風に呟いていた。
「そう言われればそうだな。もっと甘酸っぱい初恋的な演出があってもよかった気がする」
早速ぺりぺりとラッピングを開きながら佑真が適当に呟くと、
「でも今更って感じもするんだよね。別に告白するわけでもないし」
と波瑠もはにかみつつそう答えた。
「そういうもんかのう。波瑠、作っている間はかなり楽しそうだったんじゃが」
「あれは桜と一緒に作ってたっていうのもあるし、秋奈ちゃんとかキャリバンにもあげるって思うと楽しくなっちゃって。実はできるだけ違う形のチョコを渡しているのです」
「ほう。佑真のは?」
「星形。本命なのにハート形じゃないようだ」
佑真が箱から一口サイズのチョコを一つ見せびらかしつつ肩をすくめると、波瑠が「ちょっと恥ずかしくて」と微笑んだ。
「でもね佑真くん。このチョコ、もっと甘い食べ方があるんだよ」
「甘い食べ方?」
「うん。一つ貸してね」
佑真が箱詰めされたチョコを一つ手渡すと、波瑠はその一つを口にくわえて、キスをするように佑真に上目遣いを向けた。
「んー」
「…………寮長、後生だ。一旦そっぽ向いてくれると助かる」
「二 人 き り で や れ ! ……ま、結局おんしらはバカップルなんじゃな」
寮長がやれやれと――けれどどこか嬉しそうに――頭を振り、財布片手にわざわざ退室してくれた。
「…………くそう、あと残り五つもチョコあるんだけど!」
佑真は波瑠の身体を抱き寄せ、チョコレートごと唇を奪う。
とろけるようなキスは、その後のことをちょっと忘れるほどに甘かったとか。
【秋奈→誠/誠→秋奈】
実はバレンタインデーこと二月十四日は、水野秋奈の誕生日であり、小野寺誠の『本当の誕生日』である。しかし双子という真実を隠している誠は誕生日を『五月五日』と偽って生きているため、特に祝われることはない。
祝われなくてもこの日は『秋奈の生まれた日』なので、誠にとって十二分に特別な日である。
「………ごめん誠、遅くなった」
「三分間も待ってないよ。誕生日おめでとう、秋奈」
「………ようやく十五歳ですよ」
秋奈の真顔ピースに笑わされる誠が訪れているのは、都心から少し離れたテーマパークだ。
二月十四日。誠と秋奈は必ず『二人きり』で過ごす約束になっている。身分も主従の関係性も忘れた『幼馴染』として、という注釈つきだ。
「………去年は『これ』できなかったよね」
「そうだね。佑真止めようと必死になってた頃だっけ?」
「………あたしの腕をへし折られた頃」
「ごめん。この話はやめよう。まだ『笑って話せること』にはなってないんだ」
「………ん、了解」
佑真を取り戻してから、まだたったの一年だ。誠の苦笑いに秋奈は頷きかえし、勇気を出してフリーな右手に手を伸ばす。指が触れ、気づいた誠は優しく微笑むと、ギュッと握ってくれた。
「それじゃあ行こっか、秋奈」
「………っ!」
『二人きり』で過ごすのは、幼少期に秋奈が誠に頼んだ『毎年の誕生日プレゼント』である。この日だけはいかに衆目があろうと敬語を使わない、というのが約束事なのだが――
(………誕生日のサービスなのかは知らないけど、怖いくらい優しくなるんだよね、誠……!)
手をつなぎ、微笑まれるだけで頬が真っ赤になる自分も大概誠が好きだよなぁ、なんて思いつつ握り返す。誠の手は竹刀や真剣でできたマメがタコになっていて、昔はそんなに大きさも変わらなかったのに、今は手を包み込んでくれるほど大きくなっていて。
とにかく心臓はドックンドックンと高鳴り、熱がこもって頭が空っぽになっていく。
「そういえば二人でこういう場所来るのは初めてかもね。乗りたいアトラクションとかある?」
「………とりあえず絶叫系から。悲鳴上げて腕に抱き着く、とかのイベントはないので安心してほしい」
「秋奈がそういうのにビビらないってことくらい知ってるよ」
誠にエスコートされながら、秋奈はギュッと鞄を抱き寄せる。その中にあるのは丁寧にラッピングされたハート形のチョコレートと、『あなたが好きです』の短いレター。
(………チョコ、今年こそ渡せるといいな)
自分の誕生日だけど、今日は何よりバレンタインデー。
少女は今年も、十年越しの恋と戦うのだ。
【桜→雄助】
「説明しよう。日向雄助とは、わたしが幼少期に数日間だけ一緒に過ごしたことのある知り合いであり、お姉ちゃんの『守護者』が佑真さんに決まったのでわたしの『守護者』候補になり下がった同い年の男の子のことである!」
「誰に向かって何を言ってんだ?」
「気にしないでね」
そんなわけで、桜は横須賀鎮守府まで足を運んでいた。
「つうか雄助、なんで海軍に来てるわけ? あんたの所属って陸軍じゃないの?」
「陸軍は常に陸だけにいるわけじゃないんだよ。乗り物ならなんでも運転できるから呼ばれたわけで、所属は陸軍第『〇』番大隊だぜ」
ふうん、と桜は買ってきた缶ジュースを投げ渡す。雄助がいたのは海軍の工廠で、ツナギ姿でカチャカチャと銃火器をいじっていた。
「つうか桜、逆に聞くけどお前はなんで横須賀にいるんだ? 今回の遠征に同伴するつもりじゃないだろうな?」
「いや、普通に別件だけど……遠征任務? どこまで行くの?」
「二週間くらい太平洋沖を彷徨ってくる。戻ってくる頃には三月になってるなぁ」
「そっか。じゃ、しばらくお別れだ」
そっけなく返答しながらプルタブを空けると、プシュッと小気味よい音が鳴った。一方で雄助に投げた方は炭酸が爆発して「うおおい!?」と悲鳴を上げている。
慌てふためく幼馴染の背中を見て、
「と、ところでさ、雄助。………………今日が何の日か知ってる?」
「ふんどしの日」
「典型的なボケはやめて。あんたが相手でも、切り出すの、結構難しいんだから……」
桜の心境的には『こんな幼馴染かもわからない相手に緊張する理由はない』なのだが、なぜだか口はうまく動かないし手は震えるし頬は熱いし頭はうまく回らない。機械いじりを続けていて、雄助が背中を向けっぱなしなことが救いだ。
「バレンタインだろ。この鎮守府に来てからすでに何十と貰ったからわかってるよ」
そして背中を向いたまま、雄助はそんなことを言いやがった。
「……意外。モテるんだ?」
「自分で言うのもなんだが、見てくれだけはいいだろ? それにどこへ行ったって俺は最年少だから、可愛がりとか面白がりで貰えるんだよ。大人からすりゃあペット感覚なんだろ」
やれやれだぜ、と雄助は肩をすくめた。それでも背中を向けているのは――――もしかしたら、コイツも少しは気恥ずかしさとか感じているのかもしれない。
「雄助、一応わたしもチョコ持ってるんだけどさ……」
「なに? くれんの?」
なんて想像は見当違いだったらしい。振り返った雄助の表情に動揺はどこにも見えず、だけどちょっとだけ嬉しそうだ。思わずドキッとしてしまい、うまいこと返事を紡げない。
ぱくぱく口を開閉するだけで何も言えずにいると、徐々に雄助の頬まで赤くなっていった。
「…………待て桜、なんで顔真っ赤なんだよ? え? もしかして本命だったのか!?」
「ちっ、ちちちちち違うから! あんたより佑真さんのが何十倍も好きだし、その数百倍お姉ちゃんの方が好きだから!! 雄助なんてわたしの中じゃありんこレベルの存在だからっ!」
「悪かったよ勘違いして! でもそこまで言うことないだろ!」
ついでに勢いでブン投げたチョコは、雄助が見事にキャッチしてくれていた。
ふー、と長い息をはいてから、
「わかってるよ、俺とお前が過ごした期間なんて、小さい頃を足したところで一か月に届くかどうかだろ? これだけで俺を好きになられたら怖い」
「あっそ。見てくれだけはいいんだから、一目惚れされる可能性は十二分にあると思うけどね」
「そいつはどうも。実際のところは?」
「『なんとなく仲の良かった男の子』程度しか覚えてなかった。ごめんね」
「お互いさまだ、謝るな。遠征任務が終わったらしばらくは東京にいるから、どっか遊びに行こうぜ。チョコありがとなー」
にっしし、と雄助は満面の笑みを浮かべて工廠から出て行った。
「クッソ、あいつ本当に同い年かよ……なんだよあの溢れる余裕は……」
横須賀軍艦カレーでも食べて帰ろうかなぁ、と強引にでも思考を逸らす桜の心臓は妙に高鳴っているのでした。完!
【海原夏季→金城神助】
「なあ金城クン、『完!』ってやった後でウチらの話しても意味ないと思うんやけど」
「そもそも俺達を覚えている読者の人数を危惧すべきだろうな。なにせ最後の出番はリアルタイムでいうと二年も前、実際の話数でも第三章第四章の二十万字ほど前の話だ。活躍すらしていない俺達を覚えている奴がいるとすれば――そいつはよほどの『零能力者』好きだ」
「先輩達ちょっと発言メタすぎません!? 佑真さんと波瑠さん、誠さんと秋奈さん、桜さんと雄助君と結構いい感じのショートショートが続いた流れぶった斬っていいんですか!?」
「ええんや。ウチらなんて所詮道化師。第三章も第三章で主軸に関わる戦闘は一切ない、アーティファクト・ギア処理係やったやないか。所詮この程度の役回りがお似合いなんよ」
「しかも集結に瞬殺されたしな」
「活躍のかの字もなかったっすねぇ……じゃなくて! 出番終わっちまいますよ!?」
「そもそも恋愛のれの字もないウチらには相応しくない舞台だったんや。はいチョコ」
「エイプリルフールにこうご期待だな。受け取っておこう」
「『形だけでもバレンタインやってやるよ感謝しろ』的な対応で終わらせた!?」
【岩沢】
「待て。男一人の名前な時点でオチが見えている」
ちなみに彼は朝起きて寮のポストを確認する時にドキドキし、寮を出る際にドキドキし、校門をくぐる時にそわそわし、机の中を覗いてそわそわし、ロッカーを開けてそわそわし、下校時にもう一度キョロキョロし、寮に帰ってポストをあさってガックシして今に至っている、極々健全な男子中学生なのだった!
「待て。本当に貰えないの? 古谷とか神崎とか義理でもくれそうなのに!?」
ちなみにブラックトライアングルの一角、鈴木はバイト先で無事に義理チョコを手に入れたのだった!
「その追い打ちいらねえだろオオオオイ!」
【キャリバン→たくさんの人達へ】
「というわけで、アタシはハルとユウマに作ってみました。ハッピーバレンタインですぅ」
結局場所は寮長の部屋。珍しく私服姿のキャリバンが、ちょっと照れくさそうにチョコレートを突き出した。
「わー、ありがとうキャリバン!」
「お、ありがとな。もしかしてこれ手作りか?」
「隊長が『教えてくれる』って言うんで作ってみました。味の保証はありませんが――」
「甘くて美味しいよ?」
「おう。ベッタベタに塩と砂糖を間違えて~、みたいなことはないぜ」
「――――食べるの早いですねぇ……ま、美味しいならよかったですがぁ」
にへ、とキャリバンは嬉しそうに頬を緩めた。佑真と波瑠の遠慮のなさにツッコミを入れたい寮長の手の中にも、キャリバンから感謝の思いを込めたチョコが渡されていた。
「何個くらい作ったんだ?」
「数えきれないですね。元々は隊長が『部隊の皆に感謝を込めて』って作っていたのを手伝わされただけですので。その中のいくつかを自分の分として貰った感じです。料理そのものも初めてでしたけど、誰かの為に料理するのって結構楽しかったです」
――――――その笑顔には、直視しがたい後光が差していたという。
「まっ、眩しい……! 純粋なまでにバレンタインを楽しんでやがるぜ……ッ!」
「真正面から見れないよぉ! ありがとぉキャリバン! 大好きだよぉ!」
二月十四日はバレンタイン。
企業戦略の渦巻く商戦日にして、乙女たちの聖戦日。
楽しみ方は、人それぞれ。




