●第九十五話 I can't escape...
第四章兼並章のエピローグにあたります。
長々のんびりとした更新になってしまいましたが、お付き合いいただき感謝です。
【エピローグ】
それは二日後の昼間の出来事。
「――――あれ、集結?」
大人数の被害者が集う病院内の――自販機の前。
最弱の少年――天堂佑真と、
「……零能力者か」
最強の青年――集結が、なんの因果かふたたび遭遇していた。
☆ ☆ ☆
一瞬気まずさを感じたり感じなかったりしたのだが、はいそこ名前教えたんだから零能力者なんて堅苦しい呼び方はしない! という謎の啖呵を切られた集結は拍子抜けて、構うことなく缶コーヒーを手に取った。
「テメェ、腕はどォした?」
佑真に自販機前を譲りつつ、集結は彼の両腕に視線を落とす。
自分がボロボロに破壊したはずのその腕は、今や傷一つない健康体そのものだ。
「なんとなく察してると思うけど、波瑠――《神上の光》に治してもらったんだよ。今回の動の負傷者は軍人民間人の全員が、今も尚各地を回っているアイツの処置を受けてるからな。オレも例外じゃないってだけだ」
「ハッ、味気ないモンだな。こちとら殺すつもりでバトってたんだが」
「その死を理不尽なまでに覆すのが《神上の光》だ。治すにこした事はないけど、こうも便利だと頼りすぎになっちまうからいただけないぜ」
佑真はコーラ、オレンジジュース、緑茶にヤクルトの四本を買ってきれいな両腕で抱え、
「頼りすぎるのも考え物なんだけどね」
「だろォな。いくら負傷しようが回復できる――といって自滅覚悟の特攻を繰り返せば、テメェの精神がいつか破綻しちまうぜ。攻撃の度に痛みは体験してんだろ?」
「そういうこと分かってるならちょっとは手加減してくれ」
「次は善処してやる」
「ネクスト!? 第三ラウンドあるの!?」
冗談だ、と告げるとふざけんなテメェ、と喰ってかかろうとして缶を落とす天堂佑真。哀れみに満ちた想いで、缶を追いかける背中を目で追う。
「……そういえばさ」ちょっと震えた声で、「集結はさ、なんで病院にいんの? またオレと戦いに来たの?」
「そォしたいのは山々なんだが、生憎SETは持ってねェ」
「やっぱり第三ラウンドやる気満々マンじゃねえか! オレは御免だぞ、テメェと戦うと無傷どころじゃ済まねえもん!」
「治してもらえんだからいいだろ」
「さっきの自分の台詞お忘れ? 天堂佑真の精神という精神が破綻しちゃうんですよ? ってそれは置いといて」
置いといて、というジェスチャーをしたいのか、両手の埋まった佑真が体を横に揺らす。集結は腑抜けた態度に何とも言えない溜め息をつき、
「一つ目の質問に答えろってんだろ?」
「そうそう。なんで病院にいるの?」
「テメェと別れた後にいろいろあってな。左腕が消し飛んで強制入院だ」
「………………リアクションしにくい深刻なことをさらりと言うのな」
呆れる佑真を放っぽいて、ぐいっとコーヒーを飲み干し缶をゴミ箱へ放り込む――その動作を行ったのは、集結の左腕だった。
「つうことは、それは義肢なのか?」
「まだ二日目だからほとんど馴染んでねェけどな」
グーパーしてみせると、興味津々そうに佑真が眺める――しかし近づいてこようとはしない。目を無邪気な子供のように輝かせているのに躊躇うその姿は、餌を『待て』された犬のようだ。
「……興味あんのか?」
「……後学の為に触ってもいいか? 不意打ちで殺したりしない?」
「してもいいのか?」
「能力無しのバトルなら正直負ける気がしないけど、よくはない」
「うるせェ。触りたきゃ触れ」
「んじゃ遠慮なく……」
肌色のコーティングがかかった義肢に、宿敵の手がおそるおそる触れる。しかし、人肌の感触や柔らかさを再現したそれを義肢と見抜くのは難しいのだろう。あれー? と首をかしげた佑真が何故か悲嘆に満ちた面で、
「機械機械してないんだけど!」
「義肢は普通義肢だってのを誤魔化すモンだろうが」
「えーでも天下の集結様なんだから、魔改造して隠し刃とか隠し銃とか仕込んでたり、バリッバリの金属アームだったりをご所望しますー」
「…………」
「……え、なにその『それいいじゃねェか!』と言わんばかりの表情は。魔改造して更なる強化を成すおつもり!? お前が銃火器手に入れたらもう止められるもんも止めらんないよ!?」
「俺が能力に拘ってたのはテメェの《零能力》と同じで皮肉目的みてェなトコがあったからなァ。そォいう改造はロマンがあってイイ」
「悪人面! 様になりすぎてるよ悪人面! いやアイデア出したのオレなんだけども!」
にたぁ、と子供が見れば泣いて逃げそうな程度に邪悪な笑みを浮かべる集結に、佑真の全力制止が入った。
「ていうか、お前も魔改造にロマンとか感じちゃうんだね。天堂佑真、少しびっくりだよ」
「自分で言うのはナンだが、俺ァアメコミとかSFオタクくせェトコがあったからな。ヒーローを目指した始まりだって――いや、語りが過ぎたか」
「ははは、まあいいんじゃねえの? 男子なんて皆、心のどこかに少年心を残してるもんよ」
にっしし、と笑いかけられ釣られて口角を上げかけた集結は、ふと気づいた。
あれだけ敵対した宿敵を前に超平然と会話してる俺達って、何かおかしくね?
「それで、ヒーローにはなれたのか?」
なんて集結が考えていたのがわかったのかは定かでないが、楽しそうな表情のまま、そのヒーローが問いかける。
「さァな……たった一人を救っただけじゃあ、ヒーローなんて呼ばれるには程遠いんじゃねェか」
――自分で告げて、その通りだと集結は噛み締める。
犯してきた罪。奪ってきた命。その総量と比べれば、たかが一人の女の子を救っただけの自分がヒーローと呼ばれる資格はない。犯罪者のみっともない更正の一部であり、本当の意味で集結が社会から認められる日はきっと来ない。
ヒーローだなんて、未来永劫に叶わない幻想に終わる。
それでも目指すと決めたのだ。
幼心に抱いた夢に向かって、マイナスからでも歩んでやると。
「理想が高いねえ」
ほのぼのと告げた佑真がついに缶を近くの台に置いた。立ち話をする気満々マンのようだ。
「テメェに言われたきゃねェよ。万人を救うなんざ、無茶苦茶な夢抱きやがって」
「いいんだよ、夢物語なんだから。甲子園だって目指さねえと絶対に行けないだろ?」
「……甲子園?」
「嘘でしょ集結さん甲子園知らないの!?」
「知らん」
「久々に上手い例えが炸裂すればこれだよ全くやれやれだぜ。いいか、甲子園ってのは夏の高校野球の――」
二人の会話は続く。
互いの信念をぶつけ合ったからこそ、彼らは旧知の友のように遠慮ない言葉で自販機前を騒がせる。
☆ ☆ ☆
二人の少年が言葉を交わしている頃。
同じ病院の別フロアにて天皇真希は、日向克哉と共に今回の『東京大混乱』における数多の報告に目を通していた。
「被害額はとんでもないわね……死傷者、行方不明者は『零』。二日経ってこれなら概ね安心、といったところね」
「そうですな。警察に【生徒会】、そして我々軍隊と実質東京の総力を尽くしたことになりますが、波瑠お嬢がいたという事を加味しても上々の結果ですぞ」
「今回の功労者は間違いなく波瑠ね。何人救ったんだかわかんない程駆け回って貰っちゃったし」
トラウマたる『死』に幾度も対面させたことへの罪悪感から、後で存分に我が儘を聞いてやろうと決意する真希。
一方で日向は、戦果の欄を見るなり笑い声を上げた。
「はは、こりゃすごい。撃退数一位は小野寺の長男か。丸一日戦い続けて一人で三百以上を相手してますぞ」
「とんでもないわね……ていうか一位を私達が取れないっていうのはとんだ話ね」
「どころか真希殿、二位は清水優子君が、三位は彼女と協力していた瀬田七海君が取っている。四位にようやくオベロン君が入るくらいだよ」
「――で、五位も火道寛政君か。彼は佑真君関係で出遅れたって感じかな」
実に五位中四名が民間人である。次世代の台頭は喜ばしいことではあるが、軍としては格好がつかないの一言だ。
「言い訳するなら、班単位で動くから個人単位での撃退数は散ってしまった、って感じかしら?」
「非公開情報なんですから、言い訳は必要ないでしょうに。それに全員が無事ならそれでよしというやつです」
「…………ま、外側はね」
真希はちらりと、精神科という案内板を視界の端に映した。
「この騒動で第三次を思い出してしまった人は多い。戦争を知らなかった世代も、戦争に限りなく近い状況を知ってしまった。市民に刻んだ『心の傷』は計り知れないわよ」
なに、死を恐怖するのは波瑠に特別したことではない。第三次世界大戦で大切な人を失った人の中には、銃火器や焼夷弾のレプリカを見るだけで我を忘れる人もいる。
心の傷ばっかりは、たとえ波瑠にも癒せない。
そういったケアが終わらない限り、此度の騒動は結末したとは言えないだろう。
結末というのなら、条件はもう一つある。
「結局、誰が何の目的でこのようなテロを起こしたのでしょうな」
克哉の呟きが、真希の顔色を暗くする。
そう――全無人パワードスーツを制圧した彼女達だったが、破壊を巻き起こしたあれらがいつ、どこから調達され、誰によって使用されたのか。
肝心な『黒幕』が不明なまま、事態は収束してしまったのだ。
無論この点は、各種マスコミや団体によって何度も何度も言及されている。
無回答を貫くしかない真希達には本来どうしようもないが、責任を追求される始末だ。
……確かに、あれだけの数のパワードスーツを隠し持たれていたのは国防軍の名が廃るけれど、国会とか政治側にも責任が向いていいと思う二十九歳経産婦。
「桜にも追跡しきれなかったし、パワードスーツの中身はすべてが無人だったから拷問する敵もいない。ただ一つの手がかりといえば、佑真君や雄助君に当たってもらった精神系能力による《認識阻害》だけだし、」
「その能力者は見つからず仕舞いときた」
「なんもかんも『してやられた』わね。すべてを後手から対応したとはいえ、もし敵が本当に国を落としに来ていたらヤバかったわ……」
そのイフが起こっていたらと思うとゾッとする。
今回は『守る』ことに意識を置きすぎた。
国民を守る代表として、もっとしっかりしなければ。
これだけの騒動を起こした犯人を野放しにするのは許されないのだから。
ふう、と長く息を吐く。
「……じゃ、私は娘達に顔見せてから多摩に戻ります。克哉さんは?」
「アーティファクト殿に呼ばれているのでその後で」
「ええ。ごめんなさいね、克哉さん。アーティファクトの対応を任せちゃって。本当は私がすべき役目なのに」
「構いませんぞ。彼の人とはなかなか話も合いますし……何より、真希殿は昔から多くを背負いすぎだ。これくらい任せないと、パンクしてしまいますぞ?」
まだ二十九歳で、娘が三人もいる若き女性が背負うものは、驚くなかれ……全国民の命への責任だ。
真希は「大丈夫ですから」と――娘と瓜二つの作り笑顔で、克哉に別れを告げた。
☆ ☆ ☆
佑真と集結の会話は、佑真にジュースを買うようパシった桜からの催促メールでやむなく打ち切ることとなった。
「悪いな集結。連れがキレてる」
「苦労人だな、ヒーローも」
「桜にとってのヒーローはオレじゃなさそうなんだけどね――なんて、お前にはどうでもいいか。んじゃまた今度な。再戦じゃなくて、のんびりとヒーロー談義でもしましょうや」
「ハッ、気が向いたらな」
ばいばーい、と呑気に手を振り、天堂佑真は両手にぬるくなったジュースを抱えて去っていった。
そういえば奴がなぜこの病院にいたのかは聞いていないが――まあいいだろう。
集結も移動しようと思ったら、佑真が走って戻ってきた。
「……忘れモンか?」
「いや、その、連絡先を交換してなかったなと、思い出しまして!」
……。
はァ? と、雑じり気のない疑念が、集結から放たれる。
「テメェ、俺と連絡する用なんてねェだろ。アホか」
「阿呆で結構! だけどさ、せっかくお互い摩擦もなくなったんだし、いざという時に使えるように交換しておいて損はないと思いますけど!」
「俺ァいざという時にテメェは頼りたくねェぞ? 基本的に弱いじゃねェか」
「じゃあオレが一方的に頼るから! これでも貸は今回の件で作ったんだからな!」
「…………わかった。何でもいいからごねるな面倒くせェ。本ッ当に自分の決めたことは曲げねェ奴だなテメェ」
もめるだけもめて、ぴろりん、とあっさり交換は成立した。
「じゃ、今度こそまたな、集結」
すい、と佑真が手を挙げる。集結も一人の男だ――その意味がわからないわけがない。
「じゃあな。天堂佑真」
パン! と小気味いい音を鳴り響かせて、最強と最弱はすれ違う。
おそらく二度と、敵意を以てすれ違うことはないというほど清々しい笑みを交わしながら。
★ ★ ★
クライと共用している病室へ――彼女は行き場がないのでとりあえず集結と同室にぶちこまれた。彼女自身はピンピンしている――戻る途中、集結の前に一人の女性が立ちはだかった。
「……天皇夕日」
「お久しぶりだね、集結くん」
左腕を失った彼を病室へぶちこんだ、天皇夕日。
実に事件以来、二日ぶりの再会だ。
「私が手配した義肢の調子はどうかな?」
「それなりに使えてるレベルだ。で、今日は何の用だよ」
「ちょっと集結くん、私に向かってそんな態度でいいのカナ? 君とクライちゃんが生き延びれたのも、今ここで仮初めの平穏の中にいられるのも、全部私のおかげなんだよ?」
腰に手を当て、ババァがやるにしては胸糞悪くぷうっと頬を膨らませる。確かにコイツの言う通り、左腕を失い多量出血にあった集結や波動の乱れたクライを病院に運んだのは夕日だ。
クライを苦しめる主犯だった神父を捕らえたのも、最後まで意識を残していた夕日がやったこと。
そんな天皇夕日の表情の裏に張り付く、このキミガワルイ感覚はなんだ?
「……何の用だって聞いてんだよ。義肢の調子を確かめたいなら俺じゃなく医者に聞きやがれ。水無瀬なら懇切丁寧に回答すんだろ」
「おおっと集結くん。私は波瑠ちゃんや天堂佑真と違って甘いけど優しくはないからね? いつまでも上から目線で当たってると痛い目見るのはそっちだよ?」
人差し指を頬に当て。
とぼけるようなその演技。
苛立つほどわざとらしい振る舞いの裏に、コイツは何を隠してやがる?
「いいから用を吐きやがれ、クソッタレ」
「わかった、わかったよ。もう、我慢できない男の子は嫌われちゃうんだからね」
何千人へと向けた殺意を露にすると、夕日もようやく根負けした。しかしその態度に余裕があるのは、彼女自身が集結からSETを取り上げていたからだ。
殺される心配はあからじめ、病院に入れた時点で潰しておいた。
「つい五分前。君が天堂佑真とのんびり会話している間に、クライちゃんの身はこちらで預からせて貰いました」
だからこそ。
集結がぶちギレかねない言葉も、簡単に口にできる。
「…………テメェ、やりやがったなこの野郎」
「えっへへ、これでも私だって天皇家の一員だよ。優樹と舞が死んでから、その異常性は加速に加速を重ねた。精神年齢の退行と共に、他の人類とか愛とか正義とか、綺麗事が総じてどーでもよくなっちゃったんだ」
本性見せやがったな――と集結は奥歯を噛み締めた。
まともなようでいて、それは表面だけ取り繕われた偽装。
一枚剥がせばその裏には、二人の子供を失った母親の闇が。
天皇の苗字たるに値する、最悪を極めた性格が露見する。
例えクライを救う為に協力したからと――信用するのは早計だった。
天皇夕日は天皇夕日なのだ……ッ!
「まあそんなわけで、入院にかこつけてクライちゃん、もとい《神上の勝》は手中に収まっちゃった。これがどういう意味か、集結くんならわかるよね?」
「あァ――言うこと聞かなきゃクライを殺す、とでも言うんだろ?」
悪いな、と。
集結は心の中で、自分に光を見せたヒーローに謝った。
(天堂佑真。どォにも俺は――悪から逃れることは、許されねェみてえだぜ)
「流石、お利口さんだね、集結くん」
ニコニコと。
幼児に向けて然るべきというほど完成された笑顔が、集結に毒牙を剥く。
「いらっしゃい――いや、お帰りなさいと言うべきかな」
一を救う為に、彼は自身の理想を捨てる。
「楽しい楽しい新世界創造計画を、また一緒に頑張ろう!!」
この上ない喜びに満ちた声が、彼の地獄への凱旋を祝福した。
【第四章 英雄の資格編
並章 東京大混乱編 完】
次回はおそらく恒例、誰得あとがきという名の愚痴コーナーです。




