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●第九十四話 I decided to be her Hero――so I can't say "give up"!!

長いことかかった第四章&並章もラストダンスです。かれこれ五か月以上かかってしまいました。


ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!


 何分間経っただろうか。

 五分か? それとも一時間? 時間を認識する余裕もない自分に笑いそうになるけれど、生憎ながら笑う余裕もありゃしない。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 集結(アグリゲイト)との死闘を終え、宿敵が正義の味方となるべく飛び出したのを背中で見送った天堂佑真は。


(…………思ったよりやべぇ……意識が、消えちまいそうだぞ……)


 倒壊寸前のビルの屋上で、がくりと膝をついた。

 元々普通ならありえてはいけないことだったが、今まで何度もボロボロになってきた両腕が今回は桁外れに潰れている。血黒く染まり、潰れひしゃげて、その癖感覚は痺れきっていて肩より先が本当にくっついているのか、実感も湧きやしない。

 全身は季節外れに汗でびっしょりと濡れ、全身の筋肉という筋肉が乳酸地獄に悲鳴を上げる。頭は鉛でも突っ込まれたかのごとくズキズキと痛み、吐き気がのど元まで蠢いている。

 正直に言おう。集結(アグリゲイト)の前で、人生最大級に見栄を張った。

 今度こそ死ぬかと思った。いや、一度は死を覚悟した。

 集結(アグリゲイト)最後の一撃(ラストアタック)を受け止めた時、偶然佑真の両腕から例の雷鳴(、、、、)がわずかながらも噴出されたから、腕以外の怪我は最大で筋肉破裂に収まっている(それはそれで洒落にならないが)。


 それ以上に体力の摩耗が激しすぎる。肉体を一ミリも動かすことができず、呼吸をするのが精一杯で、意識を保つのがギリギリで。

 オベロンや日向克哉あたりに連絡を取らなければいけないと頭でわかっていても、行動に移す気力が一ミリも残っていなかった。そもそも通信機も、集結(アグリゲイト)との戦闘の邪魔になると――少しでも意識を阻害するものがあれば負けるとわかっていたから――外してしまったのだ。瓦礫の中から探すか、持っていた通信端末が壊れていないことを祈るしかない。


(まあ、それを取り出す力も残ってないわけですが……)


 ブオウ、とどこからか風が吹き付け、それに逆らう力もない佑真は背中を押されるがままに上半身もばたりと打ち付け、


 ごく微量なその衝撃が。

 彼のいるビルを、頂点から完膚なきまでに倒壊させた。


 え、と思った刹那にはすでに、満身創痍の身体は空中に投げ出されていた。重力が佑真を地上へ引きずり落とし、体勢を正す余裕も時間も存在しない。せっかくもらった『梓弓』はとっくのとうに壊れている。


(……あ、死ぬのか)


 動体視力が普段の十分の一以下しか働かないが、どうやら周囲では瓦礫やパイプやピル内の鉄骨や備品も一緒に落下している。うつ伏せで落ちたのは最悪だった。このまま落ちれば自分が突き刺さるだろう突起物が見える。

 鋭利じゃなくとも佑真の落下力の方が勝手に貫通させてしまう。心臓だろうと内臓だろうと貫通してしまえば生き延びるのは不可能だ。


 自分も。

 ――――――他に落下している人達も。


 ああ、この倒壊で何人の一般人が死ぬのだろう。高層ビルだぞ? 働いていた人数、もしかしたらプラスで避難した人たちまで巻き込まれているかもしれない。そんなの不幸じゃすまされない。自分と集結(アグリゲイト)が勝手に起こしたいざこざで、自分たちは気がすむまで満足に戦って、お互いがお互いの生き方をぶつけ合って、わかりあって。

 その犠牲で、大人数を犠牲にするのか。


(……ダメだ)


 そんなことをすれば、正義の味方なんて二度と名乗れなくなる。


(あいつの前に立つ資格がなくなっちまう。あいつの傍にいられなくなっちまう――それだけは絶対に、ダメなんだ!)


 故に、天堂佑真は咆哮した。

 精神の奥底より煮え滾る生への執念を、己の力へ変換するために。


「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおオオオオオ――――――ッ」


 右目が焼けるように痛む。視界の半分が紅蓮に染まる。全身に、もはや馴染んだとすら思える雷鳴の感覚が伝う。

 今回必要なのは右腕の消す方(ブレイクダウン)ではない――左腕に全力を集約させる。

 波瑠や桜の再現した神の御業をも突破した雷電を拳の中へ。瞬く落下の刹那に、皆既月食の如く紅く血塗られた右目で世界を捉え、理を捕えよ。


零能力(コード)――――」


 其の力は、創造と破壊の担い手に許された唯一無二。

 虚無(ゼロ)にまで働きかけ、佑真の中で思い描いた具象を現実世界で現象化させる零能力。


「――――創造神の波動(クリエイション)!!!」


 佑真が全身全霊を込めて薙いだ閃光の衝撃波が、天地を貫いた。




 ビルを中心に起こった衝撃波は地表を席巻し、雪や瓦礫を容赦なく吹き飛ばす。人や動物も免れることなく――彼らは等しく、ビル倒壊の衝撃波が自身らに吹き付けたと勘違いをして――地面に身を打つ者も多い中で。


「佑真くんッ!」「佑真さん!」


 天皇波瑠、天皇桜の二人は日向雄助の援護の下、全パワードスーツ制圧の報告もそこそこに聞き流して、全力で現場へと駆け抜けていた。

 どちらかといえば体が細い方の二人が走れている理由は、日向雄助が《神上の魔(ゴッドブレス)》で佑真の起こした暴風の威力を、全方位を対象に削いでいるからだ。彼のおかげで波瑠が突風を受け流すことが可能になっている。

 現場は高らかと粉塵が立ち上っていた。周囲の建造物も衝撃を浴びて窓ガラスの雨を注ぎ、あるいは集結(アグリゲイト)との交戦でダメージを喰らっていたのか瓦礫を散らしていた。

 桜と一瞬顔を見合わせた波瑠は、風を使って煙を払っていく。下手に刺激を与えて二次災害を起こさないよう慎重に、けれど最愛の彼をはじめとした人々の為に迅速に。

 ついで桜は同時進行で、《神上の聖(ゴッドブレス)》を発動していた。《雷桜》のソナーで人を探したいのも山々だが、一旦この場ではできるだけ長い時間を被害者たちに生きてもらうのが優先だ。

 純白の光で被害者の生命力を強化し、救助が間に合う一分一秒でも長い時間を確保する。

 佑真を優先して探したいけど、自分は【天皇】桜だ。あの姉が救助を優先すると決めたからには徹底的についていく。彼女と合流するのを許可してくれた母や隊の方々から受けた指示も、姉に従え、だったから。姉を支えてこその妹だ。


「……ウソ、でしょ」


 決意を胸に晴れ行く粉塵を睨み付けていた桜は、そこに信じられないモノを見た。



「あれ? 俺達、確か、突然揺れて……」

「ああ。地震が起こったと思ったら建物にひびが入って、ぶっ壊れたんだが……」

「光がぶわーって足元から登ってきて、気づいたら瓦礫が全部あたし達を避けていったのよ!」

「信じられない。奇蹟だ……!」


 瓦礫の山の上に。

 何百人もの人が、ほぼ無傷の姿で呆然と立ち尽くし、あるいは座り込んでいたのだ。



「どういうこと? まさか、佑真さんが何かしたって言うの……!?」

「雄助くん! (エアカー)からは何が見えてた!?」


 波瑠が珍しく雄助に声を荒げて質問するも、俺もよくわかんねぇと返ってきた。雄助は衝撃波を弱めるのに必死だったのだ、仕方あるまい。

 あることが気にかかって呆然と立ち尽くす波瑠と桜の横に、別方向で佑真を探していたオベロンや【ウラヌス】の面々、警察たちが騒ぎを聞きつけて駆け寄って来た。


「お嬢様。我々は一般人の保護を優先します。あなた方は天堂佑真を優先してください」

「! う、うん! ありがとオベロン。桜行こう!」


 波瑠は一直線に、瓦礫の山の中央にできている人だかりへ向かった。中心には彼が、唯一ズタボロの身体で倒れている天堂佑真がいるはずなのだ。


「ちょ、あの、どいて……」

「すいません、天皇(、、)桜です! 道を空けてください!」


 あえて苗字を強調したことで、人垣がわっと道を空ける。わずか一か月ほど前まで姿をくらましていた『天皇桜』の名前を聞いたことのない大衆は驚きどよめきをより一層大きくするが、波瑠と桜の剣幕も束の間、気を利かせた日向克哉が大衆を誘導する名目で呼びかけた。

 他人の目も去ったところで、桜は視線をそちらへ戻した。

 意識を失った、天堂佑真の方へ。


「……」


 両腕は潰れている。衣装は血に染まり。肉体は引き裂けて。瞼は半開き。焦点の定まらない黒の瞳は虚ろを見つめ、波瑠がいることにも気づいていない。


「佑真さん……」


 死体か生き体かもわからない姿に、桜の内臓からこみ上げるブツを必死にこらえる。神山桜だった頃にいくつか死体処理を任されたこともあったが……義兄、身内になると勝手は違うらしい。胸を圧迫されるかの痛みに、当時自分より幼かった波瑠は、よくもまあ耐えてきたものだ……。

 蒼い顔をしているだろう桜の肩を、ポン、と波瑠の手が優しく叩いた。


「大丈夫だよ、桜。すぐに治すから」

「お姉ちゃん……うん」


 にこっと微笑む姉を見て、無駄な気を遣わせてしまったと気を引き締める。

 そっと膝をついた波瑠が両手をかざし、陽だまりのように暖かな純白の光を放出するのだが……。


(……お姉ちゃんの《神上の光(ゴッドブレス)》が、通じていない?)


 腕や腹にできた怪我は、時間を戻したかの如く一瞬で元の健康体に戻ったのだが、あらゆる傷を癒すはずの純白の粒子が、佑真の身体ところどころに通じていない。


「お姉ちゃん、これ」

「……前にね、桜と……《神上の力(GOD KNOWS)》と戦ったことがあったでしょ? その時に知ったんだけど、佑真くんは《零能力》を行使する度に身体のどこかが傷ついちゃうんだって」

「何それ!? 反動なの!?」

「本人もそれはよくわからないって言ってたけど……とにかく《零能力》でできた佑真くんの傷は、私の《神上の光(ゴッドブレス)》でも治すのに時間がかかるんだ」

「…………」


 絶句せざるを得なかった。

 いくら時間がかかるといえど、本来なら一瞬で治せる魔法を延長させるだけの抵抗力を備えてしまったのだ。いつか一生をかけても治らない程の大傷を負って、この人は死んでしまうんじゃないだろうか……。


「…………っ、く、は、波瑠……」

「! 佑真くん、気づいた!?」


 波瑠の大声で意識を引き戻され、嫌な予感をブンブン頭を振って払った桜も波瑠越しに顔を覗き込む。疲労困憊でげっそりとしていながら、早々に体を起こした佑真は周囲をぐるりと見回していた。


「……あれ、全員無事なのか……?」

「佑真さんがやったんだよ、これ。覚えてないの?」

「全く覚えてないな……無我夢中だったからな、自分も他人も生きる為に。って腕戻ってる!?」


 ガシガシと頭を掻いた佑真が、両腕が元に戻っていることに気付いてびっくりしていた。


「それはお姉ちゃんがやったんだよ。感謝しなさい」

「またお前の世話になっちまったのか……悪ィ。できるだけ《神上の光(ゴッドブレス)》は使わせないようにって、いつもいつも頑張ってんだけど」

「仕方ないよ、集結(アグリゲイト)を止めてくれたんだから。それより、お疲れ様」


 ――――うおい大胆だな、と桜は姉の行動に、少し頬が熱くなった。

 ぽす、と波瑠が優しく佑真を抱き寄せたのだ。もたれかかるような体勢の佑真は波瑠との密着に慣れていないのか、かあと一瞬顔を赤くしたが、やがて疲れに耐えられないといった具合に瞳を閉じた。


「……波瑠、寝てもいい?」

「うーんと、流石にここは危ないから一旦移動してからがいいな」

「流石に疲れたけど、波瑠や桜にオレを運ばせるわけにはいかないもんな……でももう、体動かね――――」


 へっ、と笑い飛ばすつもりだった佑真は唐突に言葉を止める。「佑真くん?」と首を傾げた波瑠を、最後の力を振り絞って突き飛ばした。

 瓦礫の山を乱暴に転がる波瑠は、自分を意味なく佑真が拒絶するはずはない、という絶対の信頼を以て慌てて顔を上げる。


「クソッタレが、まだ残ってやがったのかよ……ッ!」


 ――――――波瑠はその光景を見て、自分がよく気絶しなかったなと思った。

 何もいないはずの空間を背にした佑真の右腕が、半分くらいまでを引き裂かれていたのだ。おそらく残っていた『暗殺兵』の刃の仕業。腕を完全に切り落とされなかったのは、偶然にも『梓弓』の固定具が当たって装甲代わりの役割を果たしたからだろう。

 しかし断面より間欠泉の如く噴き上がる鮮血は、今の佑真には致死量に至る大量出血だ。


「桜、雄助、オレのすぐ後ろだ!」

「「わかってる!」」


 顔色を悪化させながらも叫ぶ佑真。彼の怒号の寸前から『暗殺兵』感知に挑んでいた桜が右腕を構え、上空(エアカー)から飛び降りた雄助の《神上の魔(ゴッドブレス)》が作用して虚空にノイズが走った。


「桜、叩き込め!」「雄助、行くよ!」


 紫電と蒼電の螺旋がノイズの走る空間を貫き、三メートルの巨体が姿を現すとともに沈黙する。桜の磁場を借りて衝撃を弱めて着地した雄助は、彼女と背中合わせに臨戦態勢を取った。


「まだいるか!?」

「いんや、わたしの第六感的にはもういないけど。雄助の方は?」

「生憎ながらとっくのとうに、周辺あらかた『弱体化』は叩き込んでんだよ。今の個体だけ、やけに《認識阻害》が強かったんじゃないか?」

「だよね、ちょっとだけ安心した。わたしも佑真さんがやられるまで気付けなかったもん」

「……つまるところは、佑真くんか波瑠さんを殺すために送り込まれた最後の刺客ってトコだろうな」


 ふう、と雄助は冷や汗を拭った。桜は念の為、早々に波瑠に傷を癒された佑真に視線を送る。意図を汲んでくれた彼は、もう大丈夫、と頷いてから瞳を閉ざし、今度こそ波瑠に身を預けた。


「あ、ちょっと佑真くん……寝ちゃった」

「え、マジで? 波瑠さん運べるの?」

「寝た人を運ぶのってほぼ全体重預けてくるからすっごく重そうだけど、頑張るよ。佑真くん今日は、朝からずっと振り回されて疲れてるもんね」


 えへへ、と笑って見せる波瑠。気丈を振舞っているのは伝わってくるけれど、ここはその気遣いが逆にありがたい。年長者が落ち着いていれば、年下も緊張せずに動けるのだと常に最年少だった雄助は知っている。

 念の為見回りしようかな、と思った雄助の背中にポスと何かがぶつかる感触。背中合わせでいたのだから、何が当たったかは確認するまでもない。


「桜、どうした?」

「流石の桜様も、自分の足と能力だけで東京横断したんだ。雄助、悪いけどわたしやお姉ちゃんを、自慢のエアカーに乗せてくれ」

「ああ――帰るか。どうやらちょうど、ステファノさんから帰還許可が下りたしな」


 気疲れを前面に押し出した笑みを交わし、桜に肩を貸して雄助は瓦礫を下り始める。

 案の定波瑠一人じゃ佑真を運べなくて、結局雄助も手伝ったのは、大規模テロの最後の最後に生まれた笑い話だった。



   ☆ ☆ ★



 衛星『月ノ箱舟』よりマスターへ通達

 現時刻を以て、パワードスーツ全四万機の動作停止を確認

 本作戦を中断します

 本機は収集したデータの確認、整理へ移行

 報告は後ほど送信するレポートをご確認ください



   ☆ ★ ★



 霊峰富士。

 度重なる噴火を経て形状を大きく変化させ、また一般人の立ち入ることが不可能となった日本最大の活火山の山中に在る、強固且つ壮大な壁に囲まれたビルディング。

 そこは、かつて天皇劫一籠が、十文字直覇に文字通り削られたその身体を療養するために使用していた、核兵器をも通さぬ城。

 彼の使役する集団【月夜(カグヤ)】の本拠でもあるそこにて――――此度のテロの主犯二名は会合していた。


「どうだったッスか、鉄先恒貴さん。満足できるだけの成果は得られたッスかね?」


 片方は、《精神支配(リメイクエモーション)》たる最高の精神干渉能力を誇る男、貝塚万里。


「ハハハハハ――はぁ。概ねノルマの六割っつートコだな」


 彼の問いかけに、もう片方の男――鉄先恒貴はやや不満げにため息をついた。


「六割ッスか。これは手厳しい」

「つっても仕方ねえよ、貝塚の兄ちゃん。『超能力のデータサンプル』を取る為だけに金に物言わせてここまで大仕掛けな事やってみたけどよぉ、やっぱ【ウラヌス】が動いちまえば、全力全開での超能力使用も見れる回数は減っちまうって」

「相手役として運用できたのも中古や継ぎ接ぎのパワードスーツだらけだったスからね。演習のデータに軽く上乗せするくらいの方が良いのかもッス」

「ま、それでも実戦だからこそ演習のデータと比にならない実力を発揮した輩は結構いる。複数の種類の能力を見れたってのもデケェし、今まで爪を隠していた鷹共をあぶり出せたってのも嬉しい誤算だ。コイツの性能を伸ばすって意味じゃ成功してるぜ」


 鉄先はくい、と部屋の壁一面を占める黒い箱を示す。


「『機械の演算による超能力の再現』――無機亜澄華にも到達できなかった、新たな超能力者の在り方だ。コイツが完成すりゃ世界のパワーバランスが大きく変動するどころか、劫一籠様の『計画』を数十段スキップする足掛かりになるかもしんねぇ」

「頑張ってくださいッス、鉄先さん」


 にぃ、と悪人面全開で野望を語る鉄先の脳裏には、此度の惨状をすべて覆し『死傷者零』へ持ち込んだ、一人の少女が思い浮かんでいた。

 無機亜澄華が、その命に代えてでも護ろうとした少女。

 天皇劫一籠が、幾度の失敗を経ても尚こだわる生け贄。

 冬の一件では大変世話になった。集結(アグリゲイト)と天皇桜の両プランをことごとく潰し、鉄先の駒であった研究所や工場も複数破壊。ようやく手に入れた念願の【神山システム】をも消し飛ばした――蒼い少女。

 唯一褒めるとすれば、常に目障りだった無機亜澄華を殺してくれたことくらいか。

 今回もまた、ついでに殺害を楽しんでやろうと思っていたにも拘わらず、奴は血みどろの悲劇をすべて捻り潰したのだ。


(ああ、今回も手前だ! 天皇波瑠! 天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠天皇波瑠! 手前は絶対許さねえ。劫一籠様の下へ送り出す前に、この俺が徹底的に地獄を見せてやる……)

「――そいつはさておき、だ。貝塚、お前の方の娘は?」


 あからさまに過剰な力を込めてグラスを握る鉄先。貝塚は動じずに目を細め、


「あちらも順調に完成に向かってるッスよ。ただ集結(アグリゲイト)と違ってランクⅩと直接戦闘すると逃げられないッスから、今回かろうじて《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》の演算の一部を覗けた程度。出力的な強さはまだまだ遠い道のりッス」

「そうか――俺達は俺達で気長にそれぞれの『計画』を進めりゃいいさ。本命たる《神上》は劫一籠様の方でやるだろう」

「それもそうッスねぇ――そういえば、そろそろ別の二つの《神上》を掌握する予定になってたはずッスが、あちらは上手く行くんスかね?」

「あ? あぁ、そういや明後日くらいだったか。あの御方がミスる訳ねえよ」

「それもそうッスねぇ」

「台詞を使い回すな」


 表舞台に上がらない『黒幕』は、不穏な言葉を残してお互いの持ち場に移る。

 私欲で起こした戦乱でどれだけの無関係者が犠牲になろうと、死を軽んじる彼らにとってはただの必要犠牲でしかない。



次回が第四章の真エピローグです。

改心しそうな集結(アグリゲイト)くん、約三か月ぶりに登場ですよ!

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