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●第九十一話 I wonder if that boy can play "HERO".

wonder if で「~かしらと思う」というこの文。

習ったけど結局入試じゃ見かけなかった気がします

「さーくらっ」


 しばしの休憩タイム、と真希の言葉で挟まれた休み時間に入るなり、波瑠は後ろから桜へと抱きついた。もはや日常茶飯事と化しただけに誰一人として驚きもしない。


「どうしたのお姉ちゃん」

「えへへ、用もなく抱きついてはならない、なんてことないでしょ? まあ、何もないわけじゃないんだけど」


 耳元で囁きかける姉の声がくすぐったい。桜は身をわずかに震わせた。


「さっきさ、佑真くんが私の『守護者(ガーディアン)』になるって話の時、ちょっと元気なかったじゃない。どうしたのかなって。本当に嫌だった?」

「……嫌じゃあないよ。佑真さんなら信頼できる。お姉ちゃんを任せられるもん。けどちょっぴりだけ嫌だった」


 少し矛盾した発言だとはわかっている。

 前に回された波瑠の手に、自分の手を重ねた。


「お姉ちゃんが奪われちゃうのが辛い。佑真さんとお姉ちゃんは恋人だし、二人ともわたしの恩人だし、本当なら応援しなきゃいけないってわかってても……お姉ちゃんが遠くに行っちゃうみたいで、嫌なんだ」

「桜……大丈夫。お姉ちゃんは何があっても桜のお姉ちゃんだからね」

「ん。ありがとうお姉ちゃん」

「でも可愛いなぁ桜。嫉妬でしょ? 私のために嫉妬してくれたんでしょ? もおおおお!」

「うわっ、暑苦しいからあんまし強く抱きつくなーっ!」 


 抱擁からの頬擦りというコンビネーションアタックが見事に炸裂し、妹は真っ赤な顔で姉を突き飛ばしたいが話が話だっただけに突き飛ばせず、抱き枕と甘んじるのだった。

 そんなやり取りを見つつ、佑真は初対面たる日向雄助、師匠たる火道寛政と言葉を交わしていた。


「ハハハ、波瑠はどこだってフリーダムだなぁ」

「ここは実家も同然だろうからねぇ、特に被る猫もないんだろう」

「昔からあんな感じでしたけどね、あの二人は。しいて言うなら桜が素直にデレなくなったくらいっすかね」

「こら雄助くん! 今でも二人きりなら桜はデレッデレなお姉ちゃん大好きっ子だもんね!」

「あ、聞こえてたんだ波瑠さん。てか波瑠さんが言い返すんだね」


 佑真達と波瑠桜姉妹は円卓のちょうど対岸に陣取っているのだが、黙れお姉ちゃんのバカぁっ! という悲鳴はしっかりと聞き取れた。


「そういや雄助は波瑠達の幼馴染みなんだっけ?」

「うん。地位的には【水野】でいう本家と分家並みに壁があるらしいけど、父と真希隊長が同じ部隊にいた関係で――あと隊長のおおらかな性格もあって、ほとんど友達状態だったよ」


 ちなみに雄助は佑真たっての希望に従い、彼にタメ口で話すことにしていた。佑真の打ち解けやすい性格も功を奏しているのだろう、火道絢音・達也姉弟や桜なんかは許可せずしてタメ口上等であるが。


「俺は小さい頃から波瑠さんか桜の『守護者』になるよう教育されてきたから、正直二人とも失踪した時はどうなることかと思ったけど。無事に帰ってきたみたいでよかったよ」

「お前は探そうとか思わなかったのか?」

「……それがね佑真くん。俺が子供だからって、ついこの前まで誰も真実を教えてくれなかったんだよ。俺が波瑠さんの逃亡生活を知った時にはすでに、佑真くんが現れていた。桜に関しては『海外留学』で片付けられてたし」

「そうだったのか。ま、子供には隠すよなぁ、普通」

「言葉通りに死ぬほど危険だからね。子供好きと聞く隊長さんが雄助クンに教えるなんてあり得ないって」

「子供じゃないっすよ」

「中学一年なんてガキだガキ。……運転スキルは除く」


 むっとした雄助を中学三年のガキが一蹴するも、佑真の脳裏にはここまでエアカーを運転してくれた雄助のビジョンが思い浮かんでいた。


「雄助クン、聞いた話じゃ船も動かせるんだって?」

「はい。乗用車エアカー二輪車飛行機戦闘機補給艦から空母に爆撃機、自転車に一輪車まで。ロケット以外ならなんでも動かせますよ」

「化け物かテメェは。エアバイクの免許取るのにオレがどんだけ苦労したと」

「免許は一つも持ってないよ? 年齢制限が未だにひどくて、軍事活動の特例って扱いじゃないと警察に捕まる」

「……運転できるだけなのな。でもすげー」

「機械の補助あるとはいえね。立派な才能だよ」


 誉められまくる雄助を――更に弄ろうとした、その時に。



 屋外では、遠鳴りの轟音が地殻を揺らし。

 基地内部に――けたたましいまでの警報が鳴り響いた。



   ☆ ☆ ☆



 ゴオオオオッ! と聞きなれない轟音に、某中学でブラックトライアングルと呼ばれる超有名三年生の一角・岩沢は大きく体を震わせた。


「うおわっ!? な、なんだ今の超爆音は!」

VRMMO(ゲーム)でのフロアボス襲来並みの音だったな。どっかのバカが超能力でも暴発させてんのか?」


 缶コーヒーを片手に、鈴木が音の鳴った方向へと視線を向ける。そこでは黒い煙が立ちのぼり――加えて、何やらド派手な粉塵まで舞い上がっていた。たかが街中で暴発させる超能力者(アホ)に起こせる規模ではないことくらいは、落ちこぼれたる彼らにも把握できた。

 そんな二人が今いるのは図書館の入り口前だ。受験勉強と称して何かと仲の良い女子――古谷と神崎に誘われて勉強をしていたのだが、早々に飽きて羽を伸ばしに外へ出たところ、ちょうど地面が微動するほどの爆発と出くわした。

 じっと煙の昇る方向を見つめていた鈴木だが、早々に切り替えて空かした缶をゴミ箱へ放り投げる。


「……ま、事件が起こっても警察か【生徒会】辺りが適当に対処するだろ。さっさと戻らねえと、いいんちょさん辺りが激おこプンプン丸になっちまう。行こうぜ岩沢」

「――とか言ってる余裕がねえ状況になりそうだぜ、ダチ公」


 百年前のスラングを持ち出して引き返そうとしたのだが、坊主頭の友人は動こうともしない。疑問符を浮かべながら振り返った鈴木は、まず己の目を疑った。


「はは、おい岩沢、コイツは悪い冗談か? それとも今俺達がいるのはゲームの中だったか?」

「生憎ながらリアルワールドだ……しっかしまあ、生でパワードスーツとか初めて見たわ!」


 大通りの数十メートル先を、乗用車にお構いなしで突っ走る大きさ三メートルを優に超した鉄の兵士。右腕の巨大な重機関銃。左腕の歩兵対策か巨大な刃を以て、道行く市民を蹂躙する(、、、、)パワードスーツを目の前にして、二人の足は竦んでいた。

 なるほど、と鈴木は唇を噛んだ。

 さっきの岩沢は動かなかったのではない。動けなかったのだ。

 ゲームでなら見たことはある。映像資料も嫌という程見せられた。軍事学校へ進むとか大口叩いたりもしたし、喧嘩だってやり慣れている。

 けれど。

 だけど。


 俺達は、ここまで赤く染まる世界を未だ体験したことがない――――ッ!


 思考が止まる。悲鳴が聞こえる。体が動かない。悪魔はこちらに接近してくる。どうすればいい。血に濡れた刃が。逃げるか。振り上げられて。逃げるしかねえだろ。狙いを定めて。だって俺達は無力だ。襲い掛かる――

 ――――年端もいかぬ、幼い少女達に?


「「やらせるかあああああああああああッッッ!?」」


 その光景を目の当たりにした瞬間。

 鉄の棒と化していた両脚は着火し、二人は少女達を救うべく飛び出していた。

 理由はいらない。自分たちは弱い。超能力に頼ったところで何も生み出せない。


((それでも、自分たちより弱い子供を見殺しにできるはずがねえ!))


 自らの身を挺して、少女たちの壁となる。見たところまだ小学生だ。超至近距離で他人が死ぬ瞬間を見た少女達には、一生のトラウマになるかもしれない。けれど、死ぬよりは何十倍もましなはずだ。

 少年二人は背中に襲うであろう致死のダメージを覚悟し、歯を食いしばる。


「…………あ、れ?」「こねえ、な?」


 しかし二人の背中に刃は突き刺さらない。何故だ、という疑問を拭い去ったのは、


「この野郎ォ……私のクラスメイトに、何よりこんなに幼い子供に手ェ出そうなんて、この古谷早紀が見逃すとでも思ったかッ!」


 日常ではありえない憤怒に満ちた声と形相で、たったランクⅣの《念動能力(サイコキネシス)》を全開にした古谷早紀の姿であった。額には脂汗。距離数メートルがありながら岩沢達でもわかるほど顔を真っ赤に染め上げて、たったこれだけの能力行使で鼻血を出して(脳が悲鳴を上げて)――命を救おうと死力を尽くしている。


「今のうち! みんな、図書館に逃げて!」


 図書館の入り口で大きく手を振る神崎。彼女の声が聞こえるなり、呆然と泣きじゃくっていた少女達は一斉に駆け出した。岩沢と鈴木もこれ以上古谷に負荷を掛けないようすぐさま退くと、《念動能力》での静止が解かれて刃がゴウ! と虚空を裂いた。


「悪い古谷、助かった!」

「感謝する暇があったらアンタらもさっさと戻ってこいッ!」


 完全に背を向けずに、けれど岩沢達は持てる全力で後退する。

 古谷はすう、と息を吸い込んだ。

 ランクⅣ――波瑠と比べたらちっぽけな力。乗用車を持ち上げるのが全力という、陳腐な《念動能力》だけれど。


「波瑠の受けおりじゃないけど、私は私の目の前で誰かが傷つく姿を絶対に見たくない! 何が何だかわからないけど、あんたには一人たりとも殺させやしないわよ!」


 ごく平凡な少女は、そんなちっぽけな超能力と、大きな勇気を振り絞る。



   ☆ ☆ ☆



「――何事!?」


 場所は戻り、多摩基地の大会議室。

 警報が鳴り響いた後、室内にいる全員が、構内を流れる連絡に耳を集中させていた。

 はたしてその内容は、東京全域に及ぶパワードスーツの大量出現、及び民間人への攻撃に対する緊急出動指令であった。


 都内の複数箇所から止め処なく現れるパワードスーツの数は上限を知らず、観測開始から十数分ですでに五百を超える。

 敵の正体、および狙いは不明。

 路上に出現したパワードスーツは日常を過ごす民間人を見境なしに殺害しており、警察や【生徒会】が対応にあたっているが抑止といかず。その進攻は《第三次世界大戦》のそれに匹敵する規模とのことだ。


『国から軍への出動命令が出されました。多摩、横浜、入間など近辺にて待機、訓練中の者はすべてを中断し、すみやかに対処へあたってください』

「……っ」

「真希殿」

「わかってるわ。克哉さん、しばらく指揮をお願い。みんな、指示に従って」


 オベロンやアリエルら正規隊員達は真希から指示をあおぐなり、躊躇いなく部屋を飛び出していった。佑真達も何か掴みたいのだが、肝心の情報源となりそうなステファノもまたオペレーターとしての仕事で飛び出していった。今は連絡を取る真希からの報告を待つのみだ。


「全体の動きを教えてくれない?」

『はい。現在警察および伍島隊が先行して出撃していますが、対応が追い付いておりません。パワードスーツの出現地域は都内の全域ですが、23区内に集中しています。また神奈川、千葉、埼玉は隣接した地域のみに被害報告がありますことから、東京のみが狙いだと推測できます』

「了解、ありがとう。とりあえずうちのはいるだけ向かわせたわ。ステファノがそっち行ったから、メインオペレーターは任せちゃいな」

『了解しました』

「―――で、こっちはどうするか、だ」


 通話を終えた真希は、困ったように室内へ視線をめぐらせた。

 会議室に残ったのは佑真や波瑠、優子、寛政といった【ウラヌス】以外の子供が主だ。各人が戦闘力を保有してこそいるが、戦う義務はない。

 しかし――大の大人が言うには情けない話だが、彼らが手を貸してくれれば救える命の数は大幅に増える。その数は自分達が足手まといと見なされるほどかもしれない。

 迷い、迷い、迷った末に――真希は優子達に真剣に向き合った。


「【ウラヌス】陸軍第『〇』番大隊隊長として、あなた達に事態終息への協力を依頼します」


 それは公的な立場としてであり、真希の心情には大きく背いた決断であった。

 波瑠や桜の持っている『異常な愛』は母親に由来する一面があり、真希の場合は『子供愛』が、端から見れば異常レベルである。

 彼女からすれば、どれだけ力があろうと自立していない彼らはまだ、庇護下にある子供。護られるべき存在であるべきと願っている。

 しかし、現代社会はかつて大人が対応していた問題を、超能力者の子供達が解決する時代だ。第三次世界大戦を経て生まれた歪な関係は、真希の最も嫌うところ。

 天皇家の中で唯一『常識人』扱いを受けるのは、過剰な子供愛が裏にあったりするのである――という余談はさておいて。


「依頼されるまでもありませんが、了解です。清水優子、全力を尽くさせていただきます」

「わたしはあとたったの2ヶ月ほどで【ウラヌス】入隊ですし、当然力になりますよ」


 優子、七海が続いて頷き返す。一方で寮長も真希に期待の眼差しを向けられたが、そっと首を横に振った。


「すまんの、真希ちゃん先輩。わしの身体はパワードスーツと戦うようにできとらん」

「仕方ないわよ、あなたの謝ることじゃない。火道君は?」

「行きますよ……ただ、一つ『おねだり』をしてもいいですか?」


 寛政はちら、と佑真へ視線を向け、


「佑真クンを連れていかせてください」


 ――何やらとんでもないことをぶちまけた。はあ!? と声を上げたい佑真だったが、寛政のいつになく真剣な表情に口をつぐむ。疑問を感じたのは佑真だけでなく、この場に残った大半の者も同意見のようだ。


「……火道君」真希は腕を組み、「正直に言うと、佑真君を連れていくと確実に足手まといになるわよ? 彼は超能力者とこそ戦えてもパワードスーツとは戦えないわ。それは佑真君も自覚しているところでしょう?」


 少し悔しかったが、佑真は素直に首肯した。


「何か理由があるの?」

「彼に『本物』を経験させてあげたいんです。仮想現実(ヴァーチャル)でも資料映像でもない、本物の戦場を。市民が殺されている事態を利用するなど、最低な行為だというのは百も承知の上で、お願いします」


 まさか頭まで下げるとは思わず、真希は顎に手を当て黙ってしまった。

 師が弟子のために頭を下げる。殺戮ショーを利用してまで佑真を育てようとする。波瑠とキャリバンを介して知ったことだが、あのアーティファクト・ギアからも佑真は伸びしろを期待されていたらしい。

 当の佑真を見てみれば、頭を下げる寛政を見て、緊張に拳を握っている。

 私情を優先してしまうか、公的な立場を貫くか。

 真希はわずかな逡巡の末、「仕方ないわね」と言葉にしていた。


「その代わり、他者へ迷惑をかけないこと。佑真君、昔波瑠が見てきた地獄と比べれば今回はまだまだ序の口だけど、そいつをしっかりと目に焼き付けてきなさい。今日の経験を未来へ繋げること」

「……うす」


 重い。重すぎる。自分の気持ちに関係なく――自ら望んでではなく戦地に放り込まれる。それも、救うべき他者の命が踏みにじられる戦場を、成長の糧とすべく。ふざけるなと言いたかった。そんな他者の尊厳を愚弄する真似できるか、と言いたかったが――師匠には、真希にはきっと何か意図がある、と言葉を信じ、佑真は寛政の意見を受け入れた。

 真希は娘達の背後に回ると、二人の肩に手を乗せた。


「じゃあ、最後に波瑠と桜。あなた達にも出動してもらうわよ」

「「えっ!?」」


 てっきり『絶対に外へ出ないこと』と言われると思っていた二人は同時に声を上げた。


「すでに雄助君が出てるけど、二人にも《神上》所有者として力を貸してもらうわ」


 ん? と佑真は引っ掛かりを覚えるものの、話は進む。


「桜は私と一緒に前線へ出て《神上の聖》を使ってもらう。自衛で《雷桜》を使う状況になるかもしれないけど、体調は大丈夫?」


 真希が言及したのは、冬の一件の後に桜が『身体をうまく動かせない』状態になったことだ。【神山システム】に身体を乗っ取られていた影響で、桜は今も病院で身体を動かすリハビリを続けている。


「……一応、全力疾走ができるくらいまでしか体は治ってないよ。能力は普通に使えるけど、その辺はサポートお願い、ママ」

「わかったわ。無理のない範囲で手伝ってもらいましょう。波瑠、あなたは言わなくてもわかってると思うけど、」

「最前線で死者を救うのと、避難所で死傷者を回復させるのと、どっち?」


 すごい二択だね、と寛政がひとりごちた。ちなみに前者は【ウラヌス】の戦力維持、後者は民間人の救済が目的だ。


「今回は後者よ波瑠。あなたも前線へ連れていきたいけど、どうせ言うこと聞かずに戦いに行っちゃうんだもの。キャリバンに待機させてるから、彼女と一緒に都内の各地に向かって頂戴。死傷者も運ぶよう指示したから、戦場に出る必要はないわ」

「力を隠す必要は?」

「どうせバレるから存分に使いなさい。死傷者零で事を終えるには、もう二十四時間も残されていないんだから」


 ――――しっかしすげえな、と。佑真は真希の判断の素早さに嘆息をもらした。何かとうじうじ迷う自分と違い、真希の決断の潔さは見ていて気分がいい。

 二十代で何万の戦力を束ねる地位に就くだけはあるということか。


「有希。あなたはオペレーター室――ステファノの所に行ってて頂戴」

「了解じゃ、真希ちゃん先輩」

「では、各々、受けた役割に専念すること。子供だからといって命令違反で他者に迷惑をかけたら罰するからね。解散!」



   ☆ ☆ ☆



 佑真や優子達が会議室を出た頃、練馬区は大泉インターチェンジ前で、すでにパワードスーツと能力者による一つの交戦が幕を開けていた。


「――――はぁっ!」


 日本刀を一閃。打ち出された斬撃が装甲に綺麗な一文字を描き、高さ三メートルのパワードスーツをぶった切る。

 爆風を背に、小野寺誠はその一刀――《雷切》の柄を改めて握りしめた。自身の特殊な超能力を使い、一気に《跳躍》してパワードスーツの頭上を取る。

 周囲百メートルに存在する駆動鎧の数はパッと見でも三十。更に遠くへ目を向ければ数えるのも嫌になる。


「くそっ、この大量がどこに隠れてたってんだ――よ!」


 回転した誠の刀が衝撃波の豪雨を注ぎ、地上の鋼を蹂躙していく。一弾一弾が大地を揺らし、一撃一撃が民間人に猛威を振るう装甲を貫いては破壊した。

 爆煙舞う中へ着地した誠を狙い、銃口火(マズルフラッシュ)がそこかしこから輝きを放った。

 しかし誠には届かない。

 彼の周囲の空気はすでに誠の能力によって《硬化》され、日本第三位の能力者の拳でようやく突き破れるほど強固な盾と化していたからだ。

 反撃の為に能力を使おうとした誠だが、演算を中断した。

 誠を取り囲む無人の駆動鎧はすべて、ズブズブと、まるで足場が液状化したかのように地中へ飲み込まれていく光景を眺めながら。


「秋奈、やっと来てくれたんだ」

「………ん、遅くなった」


 日本第四位との激闘を経て身につけた『空気への干渉』を巧みに使って爆煙を吹き飛ばしたのは、紅色の髪の小さな少女。次に水野家を背負う秋奈は、巫女装束で一つの戦場に現れた。


「………東京に戻ってこようとしたら高速の入り口で止められて、家の名前使って降りてきたら誠が戦闘中。何事?」

「今わかってることは二つ。一つはこれらパワードスーツが都内全域に出現していること。二つは――こいつらは民間人を無差別に襲う、ということさ」


 話ながら《雷切》を薙ぎ払い、接近してきたパワードスーツの身体に傷を刻む。


「………そいつはなかなか面倒な事態のようで」

「死ぬほど面倒な事態だよ。僕ら【生徒会】は警察に、高速に乗られないようインターチェンジ前を制圧してって頼まれていたんだ。けど、まあこの敵数だから仕方ないけど、皆戦闘続行不能ってくらいに負傷しちゃってね。十五分間は孤軍奮闘中ってわけさ」

「………流石誠。強い」

「疲労満載へっとへとだけどね。秋奈も疲れてるだろうけど、手伝ってくんない?」

「………ん、手伝うのは当然なんだけどさ」


 秋奈は胸元に下がるエメラルドを握りしめながら、意地悪げに微笑んだ。


「………あたしに敬語じゃなくていいの?」

「あー……今わざわざ言うべきことじゃないですよ、お嬢様」


 苦笑しつつ秋奈に習い、誠もルビーの宝石を取り出す。

 双子故か――全く重なりあった呼吸で、


「「契約執行――」」


 陰陽師の血を継ぐ少年少女は、


「――――九尾の妖狐!」

「――――瑞獣・鳳凰!」


 民を護るため、はるか千年の時を超えて受け継がれる術を発動した。



   ☆ ☆ ☆



 二十二世紀における、日本と外国の新たな入り口【メガフロート】地区と本州を繋ぐ大橋の上で。白いコートの大男は、機械と機械が戦争のように追突する光景を見つめていた。


「クカカ、帰国を目の前にして、なかなかに愉快な事態が起こっているようだ」


 片方は【メガフロート】地区への侵入防衛システムがフル稼働し、しかしそれを押しつつあるのは侵攻側であるパワードスーツの群れ。彼の男に見覚えのあるモデルもあれば、全く記憶にない形状の駆動鎧も紛れていた。


「フム、狙いはなんだかわからんが日本の『正義』が対応に当たっているところを見るに、コイツらは駆逐すべき『悪』と見なしていいんだろうな?」


 巨躯なその男は、数歩後ろに立つ同国出身の少女に声をかけた。


「大丈夫そうですねー。【ウラヌス】が本土でパワードスーツと交戦し始めたようですし、民間人を護るという正当な理由もありますし。ただ、大橋の破壊だけはやめてくださいね。米国(ウチ)と日本の関係を悪化させることになりますから」

「力加減は苦手なんだがな」

「でしょうね! 真夏に【メガフロート】を大きく揺らして存在をバラしたくらいですもんね!」

「カカカ、そう怒るなローズ。しかしあの少年は元気にやっているのだろうかな――」


 高笑いする大男――彼の背後には、何百人という民間人がいた。

 彼らはこの大橋の上でパワードスーツに襲われていた者達だ。流れ弾を、男は《風力操作(エアロキネシス)》で作った不可視の壁で食い止めることで現在進行形で彼ら市民を護っているが――彼がこの場に現れる以前に傷を負った市民は多く、その中には様々な国の観光客も混ざっていた。

 かつて第三次世界大戦で名を轟かせ。

 世界級能力者の称号を授かり。

 米国民の英雄(ヒーロー)として讃えられる彼の男は、丸太のような右腕を天へと掲げた。


「――さて。オレの怒りを買ったことを今更後悔しても、知らんぞう?」


 周囲の大気が唸りを上げる。

 屈強な腕に集結するかの如く渦を巻き、多量の空気が流れ込むその様は、サイクロンかタイフーンか。とかく生涯でお目にかかることはないであろう、対軍にして必殺の一撃。


「アーティファクト・ギア。我が貫く王道は『正義』のただ二文字だ」


 その背中を追う一人の小僧を思い浮かべながら、罪なき者を傷つけた畜生共に戦意を剥き出しとして、


「全力をもって、貴様ら『悪』を駆逐しよう――――――《エアー・バースト》ッッッ!」


 大橋を激しく揺らす必殺の一撃が炸裂する。

 目撃者によると、その余波は天の雪雲をも薙ぎ払ったという。



   ☆ ☆ ☆



 一方、渋谷区はスクランブル交差点。

 平日休日関わらず人間に溢れるこの地はすでに阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「うわぁ……!」

「た、助けてくれッ!」


 横を見れば、そこに転がるは重機関銃によって蜂の巣にされた老体が。

 前を踏み出すにも、全身を紅に染めながら助けを求める幼子の姿が。

 そして周囲には、自身達を理由なく攻撃し、殺害する鉄の兵士が数えきれないほどに――その光景を、現代を生きる者達は語る。


 これは戦争か何かか――と。

 我々はあの悲劇を再び経験せねばならぬのか、と。


 何の罪も犯していない市民が無差別に、無作為に、無意味に命を絶やす人災の悪夢が終わってからまだ十数年しか過ぎていないのだ。PTSDを患った者。身体の一部を義肢に委ねる者。死の惨劇に多大な恐怖を覚える者にとってパワードスーツ強襲は、経験した絶望を再現するに足る。

 よく『未知の恐怖こそ最も恐ろしい』というが。

 心に刻まれた災厄以上に現代人を圧迫せしめるものなど、存在しまい。


「――だが、コイツは戦争じゃねえ。どっかの誰かが行う大規模暴動(テロ)だ」


 だからこそ、立ち上がるのは第三次世界大戦を休戦まで運んだ抑止力――日本が誇る最大戦力。


「行くぞテメェら。日常をぶち壊したクソ共をぶっ潰しやがれ」

「「「了解――――」」」

「陸海空軍独立師団【ウラヌス】『伍島隊』、出撃だ!」


 口の悪い隊長の号令に、十人の小隊全員から可視化した波動が鮮やかに溢れ出す。

 先陣を切ったのはまさに一番槍。氷槍を持った青年が二体の強化外骨格に突進した。連中の向ける銃口の先には、足をもつれさせた五十代の女性が四人。


「立ち止まるな、マダム達!」


 振りかぶり、全力を叩き込む!

 ズドッ、と装甲に風穴を貫く感触と共に、青年は女性達の盾となるべく回り込んだ。


「ひえっ」

「もう大丈夫です、避難誘導に従って!」


 張るはそびえ立つ氷壁。光学兵器さえ出されなければ鉄壁となるのだが、しかし。

 彼に向けられたのは、かつてヨーロッパ連合が使用していたレーザー銃に他ならなかった。


「ま、まず――」


 青年を焦燥が襲う。瞬間に思考を回すも対応が間に合う選択肢は見出だせない。『もう大丈夫』と告げてしまった自分に信頼を向ける彼女達の希望を奪うことになってしまう……!


 目映い閃光と共に、光速で万物を貫く破壊光線が射ち出され、

 青年は目の前の現象に目を見張った。

 真っ直ぐに向かってきたはずの光線は、まるで鏡に反射するかのように鼻先で跳ね返り、パワードスーツ自らの身体に真円を開けていた。


「え……え!?」

「――――ったく、世話やかせやがって」


 能力名《千畳反転(リフレクトレイヤ)

 小隊長・伍島の展開した膜にぶつかった物質は、かかっている運動ベクトルを問答無用で反転させられる。速度が光速であろうと万物を貫通しようと関係なく跳ね返す能力は、防御を最大の攻撃へと変貌させる。


「ご、伍島さん」

「いいからばあさん達を連れていけ、若造! この場は俺が引き受けた、カッコつけてる暇があったら一つでも多くの命を波瑠嬢に繋ぐことを考えろ!」

「はい!」


 若い兵士が女性達を連れる背中を見送ることなく、伍島信篤は両の手のひらを構えた。

 彼を最たる排除対象と見なしたのか、パワードスーツがわらわらとスクランブル交差点に集結してくる。

 伍島は渋さが合コンで好評の顔に不敵な笑みを浮かべ、


「さあやろうぜ、鉄兵士。真希も自慢の最強の盾の力、ここに見せてやるよ」


 たった一人の超能力で大群を屠り尽くすべく、下肢に力を込めた。



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