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●第九十話 You want to knead my other body parts, don't you?

この『don't you?』っていう質問の答え方を把握する前に受験勉強は終わりました。

YesとNoの使い分けが面倒くさかったことだけは覚えています……


「む、無理です」

「そもそもハルの『守護者(ガーディアン)』になるにはランクⅦ以上とか【ウラヌス】に三年以上所属とか条件あった気がするんですけどぉ」

「ていうか『守護者』に指名しなくても佑真さんなら勝手にお姉ちゃんに命かけると思うんだけどな」

「おや、キャリバン君か我が息子が『守護者』になるという話は消えたのですかな?」

「え、ワタシにそんな話あったんですかぁ?」

「親父、俺は波瑠さんか桜だ。特定はされてない」

「皆様ご静粛に」


 真希の爆弾発言、もとい佑真の『守護者』指名にどよめいた一同だったが、あくまで公的な場だけあってかステファノの一言に即座に口を閉ざした。


「で、佑真くん。『無理です』ってどういうこと?」

「え? いや、とりま笑顔が怖いよ波瑠ちん。その、急展開で頭が回ってなくて困ってるからとりあえず断っただけ。そもそも『守護者』って何ですか?」


 佑真が思い浮かべるのは、秋奈と誠の関係だ。あの二人は生まれた時から『主人』と『守護者』となる運命だったので特殊なケースかもしれないが、命懸けで『主人』を守ること以外は何もわからない。

 が、佑真の不安は杞憂だったらしい。


「さっき桜が言ってたけど、主にやることと言えば『命懸けで波瑠を守る』――キミにとってはこれまでと何も違わない、ただそれだけよ」


 真希の微笑みに、佑真もほっと一息。この場にいるもう一人の『守護者』に声をかけた。


「優子さんの方もそんな感じなんすか?」

「いや、私は学生なんで便宜を図ってもらってて、『守護者』といっても立ち位置は『秘書』の方が近いもんで参考にならないぞ。四六時中(、、、、)側にいる(、、、、)わけでもないし……もちろん、雪奈様の命が最優先だがな」

「なるほど、あざっす優子さん」


 ……波瑠が何やら挙動不審に身体を震わせたが、深くは考えないことにする。


「で、天皇家(こっち)はどうなんだよステファノ」

「生徒会長は丁寧語もどきで、ぼくは平常時でもタメ口なのですね……」狐顔に珍しく動揺走る!「雑用という雑用は定期連絡に、時折【ウラヌス】ないし真希様の下へ召集がかかる程度ですね」

「正式には戦闘訓練なんかも必要事項なんだけど」

火道家(うち)でこなしているから今のところは問題なし、ですね」


 ちなみに零能力者、次々と外堀が埋まってる事実には気づけていない。波瑠の時と同様に、多人数の賛同者を利用して場の空気をコントロールされているのだ。


「で、その『守護者』に契約してオレに利益はあるんすか?」

「利益と言うには微妙かもだけどね。第一に、天皇家からの正式な職務になるので佑真君にお給料が発生するわ。佑真君は保護者がいない身だから、結構大きいんじゃないかしら?」

「む、そうですね……中学の寮の金も出世払いにさせてもらってる訳だしな。お金の為に波瑠の『守護者』をやる、とか思われると癪だけど、実際心引かれます」

「一応口を挟むがの、佑真」寮長が小さな手を挙げ、「契約書はあるし、永遠無利子じゃから焦らんでもよいぞ? 稼いだ金は波瑠や桜ちゃんに使ってやるとよい」


 ――ところでだが、話の通りに佑真の中学の学費及び教科書代その他経費は、寮長が肩代わりしている。佑真は決して反故にするつもりはないが、出世払い、大人になったら必ず返すという旨の契約書も念のために作っていた。


「んや、波瑠達には悪いけど寮長に金返すのを優先するよ。禍根はさっさと断っておきたいし。すんません話逸らして。他には何かあるんすか?」


 佑真の問いかけにうーん? と首を傾げる真希。情報屋たるステファノもイマイチ思い付かないのか狐顔が硬直する中、


「【ウラヌス】の設備を自由に使えるようになることは、天堂佑真からすれば割と好条件なんじゃないか?」


 意外にも、これまで佑真達同様に驚愕を繰り返したオベロンが意見した。なるほど、と【ウラヌス】の戦闘員達に納得の波紋が広がる。


「オベロン……さん。設備ってどんなもんが?」

「お前が呼びやすいなら、俺は呼び捨てでも構わないぞ。――火道の道場には及ばないかもしれないが、訓練用のマシンや軍が使うVRの実戦シミュレーションなんかは役に立つだろう」

「それに天堂君、これまではその身一つで戦ってきましたけど、せめて銃とか防具とか、何かしらは持っていた方がいいと思うんですよね。その練習もできますから、いろいろ試してみては?」

「ちなみに全費用は軍持ちです。流石に一人当たりに回数上限こそありますが――」

「ふふ、任せなさい。佑真君は特例的にやりたい放題やっていいわよ。私のポケットマネーが支援するわ」

「ユウマは知識も乏しいですからね。カツヤさんやソウイチロウさんみたいに《第三次》の戦場で活躍してきた先輩方の話を聞くのも、意外と為になりますよぉ」


 アリエルやキャリバンによる追加情報もふんだんに詰め込まれ、ますます佑真の心を引き付ける。特に武装は佑真も考えていたものの、自費では陳腐なところで精一杯だったのでありがたい話だ。


「段々断る理由が見当たらなくなってきてんすけど、まだ何かあったりしますか?」

「そうねぇ……本家令嬢の付き人なだけに社会的地位は向上するけど、佑真君にはどうでもよさそうだし。ステファノ、まだ何かあるかしら?」

「取って置きのがあるじゃないですか、真希様」


 にやり、と細い目を更に細める狐顔。その眼光が捉えるは佑真と波瑠。




「即ち、お嬢様と合法的に同棲できること――ですよ!」




「――――っ!」

「うえええ!?」

「……ほほう?」


 波瑠が真っ赤な顔を伏せ、桜がすっとんきょうな声と共に立ち上がり、佑真が顎に手を添えた。


「待った待った、全力で待った!」

「あれ、桜が反対すんの!?」

「するに決まってんじゃんか! だって、同棲って大人がすることで、お姉ちゃん達はまだ中学生で!」

「三ヶ月後には高校生だぞ」

「佑真さん黙ってて」一蹴された。「とにかく、わたしは断固反対です!」

「最愛のお姉ちゃんが奪われちゃうものねぇ」

「若き男女が夜を共に過ごすとなれば、過ちの一つや二つは起こって当然。それが恋人同士ならなおのこと! ある意味で唯一の拠り所たる波瑠様が汚されるなんてこと、桜様には耐え難い所業……そのお気持ちは想像を絶するでしょう」

「んにゃ……っ! さ、最愛とか言わないでよママっ! ステファノさんも!」

「なんか狐顔の野郎が生き生きしてんな」

「桜、私のこと嫌いなの?」

「大好きだから話を逸らさないでお姉ちゃん! ていうかお姉ちゃん達は同棲とか大丈夫なの!?」

「…………」


 勢いに任せたダイナミック告白に一瞬瞳を輝かせるも、ふい、と顔を逸らす純情お姉ちゃんに、


「……そりゃまあ、流石に同棲は予想もしてない展開だけどな」


 佑真もそんなリアクションされては、こっちまで心臓が跳び跳ねるというものだ。


「ですが佑真様、お考えください。これは波瑠お嬢様と仲良くなるチャンスです!」

「はあ? これ以上仲良く?」

「ええ」狐顔は深く首肯し、「確かにお二人は充分な親密度でありましょう。正式な交際は一月前からと伺っていますが、それ以前から運命のようにお二人は愛し合っていた」

「……」

「よくそんなくっさい台詞真顔で言えるな」

「しかし! お二人の仲は未だ神聖な域に留まっています。精神的な、プラトニックな交際は学生として然るべき――なんて考えはとうの昔に消えていますよ。第三次世界大戦を経て得られた思想はレッツ異性交遊、アンド子作りです、佑真様! 波瑠様! 肉体的に繋がってこそ初めてわかることもあります。行為を通じてより一層の仲を深めることは男女交際の基本です! 今は寮の監視もありますでしょうが同棲とならば邪魔する者はありません! お互いの肉欲のままにギッコンバッタンしちゃってくださ――――」




「「ちょっと黙ってろッッッ!!!」」




 叫んだ佑真と波瑠の代わりに、オベロンが彼の者を窓へ吹っ飛ばすのだった。


「……あのー、そもそも、どっから『同棲』って発想になったんですか?」


 訪れるかと思った静寂は、これまで特に意見することもなく『なんで俺呼ばれたの?』という疑問に満ち充ちた第三者、日向雄助によって打ち破られる。


「ええと、たぶん『守護者は主人と四六時中行動を共にしなければならない』っていうトコからね。住まいを一緒にするっていうのは、雄助君も候補だったから知ってるでしょ?」

「はい。でも同棲って言うと、公私混同じゃないですか。あくまで【天皇家】からの直々の依頼なんですから、もっと真面目に考えるべきです」

「待ってくれ日向くん。オレの心に突き刺さる」

「元凶はステファノだがな」

「天堂さんを責めるつもりはないですよ。ま、俺も恋人同士で同居しろって言われたら、そりゃ抑えられる自信はないもん」

「……雄助、あんたもなかなかストレートに言うじゃん。昔からそうだったっけ?」

「なんだ桜。俺たちが最後に会ったのは六年も前だぞ、性格も変わるって」


 思いがけず親しげな二人のやり取りを不思議に思った佑真が助けを求めると、「あの二人は幼馴染みなんだよ」と波瑠が小声で教えてくれた。


「で、雄助君はようするに」

「わざわざ恋人である天堂さんを『守護者』にする必要はないんじゃないですか――って思っただけです。ガキの言葉なんで無視していいですよ?」

「いいえ、挙がって然るべき意見だわ。そもそも、波瑠を護る人間に『零能力者』を選ぶこと自体、違和感の塊ですものね」


 という真希の言に、


「それは私も少し疑問でした」


 と、優子が口を挟んだ。


水野家(うち)の誠君と秋奈お嬢様は特例としても、私情を挟んでしまうような人間に『守護者』を任せるのはよろしくないと思います。赤の他人をとは言いませんが、流石に天堂と波瑠程親しいのは問題がある気が……」

「波瑠ちゃんなら逆に佑真クンを庇って死にそうですしね」


 佑真と波瑠を年上という目線から見てきた寛政の一言は意外なまでに決定打となり、全員があり得る本末転倒な未来を想起する。当人達も否定できないが、正直なところ佑真は『波瑠なら誰だって庇っちまうだろ』と真に迫る結論を出していた。

 たとえ敵であろうと『人の死』を直面できないのが、彼女の唯一にして最大の弱点。


「……真希様」

「なに、ステファノ」

「真実を伝えてしまっても、よいのではないのですか? 一部下の身で出過ぎた真似と存じますが、今回得るべきは佑真様や波瑠様の同意ではありません。少なくとも、この場にいる全員に納得していただくには、本当の目的を話すべきだと思います」

「本当の――」

「目的?」


 波瑠と桜が仲良くリズムよく首を傾げた。

 真希は参加者の顔を一式見渡した後――はあ、と大きくため息をついて腰をあげた。


「その通りね。騙すつもりはなかったけど、隠し通すのは騙すに等しい。私が佑真君に拘る理由は主に二つに分けられるのよ」

「二つ、ですか?」

「ええ。一つは私情。波瑠を愛してくれる男の子を、波瑠を護るために頑張って実績を刻んできた男の子を無下に扱えるわけがないじゃない。この前なんか命懸けで桜まで救ってくれたのよ?」

「……別にオレは、自分がやりたかったからやってるだけで」

「そういうところが好きなのよ」


 大人故のストレート且つ不意打ちの『好き』に、佑真の頬が一瞬で朱に染まり上がる。ライクとわかっていても、波瑠はなぜか気が気でない。母親相手に気が気でない……。


「二つ目こそが隠し事。佑真君と契約を結んで、唯一の《神上》への対抗手段である《零能力》を手元に置くことが目的だったの」

「……」


 全員の視線が佑真へ集まる。当の佑真は、己の右手に視線を落としていた。

 自分でもよくわかっていない力。『誰かを救いたい』という感情に応えて時々力を貸してくれるが、普段はほとんど役に立たない《零能力》。


「夏と冬にそれぞれ起こった《神上の力》の光臨とそれに伴う大災害は、この場の全員が把握しているはずよね。佑真君、波瑠、桜は特に」


 三人は頷き返す。誰しものきつい面は、事後処理という間接的にしろ、その災厄を経験してきたからこそだ。


「抑止力として佑真くんを手中に収めておきたい。他の勢力に手を出される前に……。今まで『零能力者』は蔑称だった。佑真くんが《零能力》と名付けたのだって、」

「本当は皮肉目的だったんだけどな」


 グーパーする佑真は、この場で誰よりも真剣な眼差しだ。


「佑真くんに価値が生まれ始めてるってこと、なんだね。私達《神上》と同等以上に」

「ん? なんか嬉しそうだな波瑠」

「そりゃ嬉しいよ。佑真くんの努力が、やっと私や寮長さん以外の、世の中に認めてもらえたんだから」


 えへへ、と瞳を細めた波瑠の満面の笑みに、胸の奧がギュッと絞められる。高鳴る心臓、熱くなる頬。真希に対するそれとは格が違う。

 些細なことでも、どんなに場違いな席とわかっていても、実感してしまう。心の底からこの娘を愛しているんだな、と。


 ――などと佑真と波瑠は呑気にしているが、他の面子、特に寮長はその事実から目を背けることが出来ず、バレない程度に眉をひそめた。


(違うじゃろう、波瑠。ただの一般人だった……どころか一般人以下と称された落ちこぼれが《神上の力》に対抗しうる戦力と解釈されるということは、もう敵の慢心を誘うことがあり得なくなるということじゃ。

 それに、世界に《零能力》が知れ渡れば、佑真が持つアドバンテージ……『初見の相手に対する能力消去』も行えなくなるんじゃぞ。今後の戦いはより過酷となる。

 本当は、祝うどころか悔いてもおかしくないんじゃよ)


 自身の教え子が、特に思い入れの強い二人が更に危険な世界へと踏み入れてしまう。寮長は胃が痛くてしょうがなかった。


「さて、それでは脱線もしましたが、佑真様。結論の時と行きたいのですが」

「その場で結論出せると思うか?」


 タメ口なのはステファノに向けてだから。瞳は戦闘時に匹敵する鋭さで、


「オレだけじゃなくて波瑠にも関わることだし……なんだかんだ保護者やってくれてたからな。寮長だってどうせ意見したいだろ?」

「佑真がやりたいなら止めんが、まだ悩むところなどあるなら話し合おう。進路相談じゃ」

「ありがとよ、寮長。――つーわけなんで、悪いんですけど先伸ばしにさせてください。一週間で決めます」


 じっと佑真から離さない真希の視線と、真正面からぶつかり合った。言葉以上に意志を表す黒の瞳ほど、他者の意見を許さないものはない。


「わかったわ、佑真君。三月までで構わないから、ゆっくり考えてね。なにせ、一生ものの決断ですもの」


 真希からすれば、これほどに娘を大切にしてくれる男の子と出会えたのだ。娘を授かった時には劣るものの、その嬉しさについ微笑んでいた。


「ちなみに『守護者』を断っても波瑠とは結婚していいからね?」

「「…………~~っ!?!?!?」」


 が、真希は肉体年齢が若ければ、精神年齢は更に若い。

 思わぬ返しに両名の心臓は、どころか血管という血管が跳ね上がったかの錯覚を得た。


「な、なな、なんで知ってるんすか真希さん!」

「知らなくともわかるほどこの場でいちゃついてた癖に、何を言ってるのかしら?」

「まあ隊長、知ってましたけどねぇ」

「天堂さん。残念ながらこの場で知らない人がいません」

「日向くんまで知ってんのかいっ!」

「ていうかお母さん、いいの!?」


 佑真は『周囲に婚約まで知られていた』為にに驚き恥ずかしさがこみ上げたが、波瑠の驚きはかなり箇所が違う。

 結婚を許してくれるの――という部分にしか反応できていなかった。

 乙女全開な娘の反応ににやけ全開な母親は、


「ふふふふふ、佑真君のこれからの頑張り次第かなー」

「お義母様、肩をお揉み致しましょうか」

「あらら、肩だけでいいのかしら? 男の子なら他に揉みたいところがあるでしょう? そっちでもいいのよ?」

「…………………………」

「お母さん、佑真くんで遊ばないで!」

「隊長が見たことないくらい楽しそうですねぇ」

「真希ちゃんも学生時代はこんな感じでしたけどね」


 わいわいとやや無礼講に騒ぐ中で、


「………………」

(……桜?)


 桜の作り笑顔には、波瑠だけが気づいていた。



   ☆ ☆ ☆


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