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●第八十八話 You are "HERO" ――so you can't say "give up"

第四章もついに最終回。


 神父の命により、数多くのシスターは教会の庭や聖堂の周囲の警備にあたっていた。

 外側からの奇襲を受けないように――後に『東京大混乱』という呼称で片づけられる現状で聞くと『パワードスーツ』を警戒するように、と取れるがその実は『一人たりとも侵入者を許すな』という命令だ。

 現在教会では、神父が長年の野望を叶えるべく《儀式》を執り行っている。侵入者などを許せばシスターたちに明日は来ない。彼には、決して信者の前では見せない『裏の顔』があることをシスターたちは把握し、把握しているからこそたとえ非人道極まりない行為を行っていようが、彼には逆らえないのだ。


 なんて余談はともかく。

 シスター達は、警備にあたっていた(、、)

 生憎、数秒前までの話だが。


 続けざまに、教会の建物すべてを押し潰すほどの闇の太陽が落下する。

 まき散らされるステンドグラス。粉々と化した聖堂の中央に、金髪の少年が降り立った。

 零能力者と別れてからわずかに五分、集結(アグリゲイト)は教会へとたどり着き、けれど周囲を見ても、転がっているのはシスターのみ。


「あァ? いねぇじゃねぇか」


 彼の手に浮かぶ漆黒の球体は生島つぐみが《集結の片割》という形で使用している、一度感知した波動の持ち主であれば、居場所を正確に指し示すことができる感知特化の能力使用法だ。

 その精度は地球の反対側にいても寸分の狂いなく、である。

 助けを求めていたあいつ――クライの居場所を傷つけないように、という調整を行った上での砲撃だったのだが、広がっているのは元・教会の更地のみ。

 だが、彼の着地した地点を、球体は激しく示していた。


「ここで間違いねぇ。じゃあ、一体どこにいるってんだ? 地下室があればその高度までコイツは示すはずだ。空間移動能力(テレポート)で咄嗟に逃げた? いや、それでもコイツで追うことができる。視覚操作もこの俺には通用しねェ。となると、残された可能性は……」


 集結の口は小さく、《神上の勝(ゴッドブレス)》と声を漏らす。

 クライのうなじに似つかわしくない、空間を司る奇跡だ。

 これを使えば、次元を無視した空間が創れるらしい。空中であろうと地中であろうと、その先に新たな、クライが意のままに設計(デザイン)した空間を生み出せる。

 仮定で構わない、根拠は必要ない、ヒントを並べろ。

 クライは教会に住んでいると言っていた。神父が《神上の勝(ゴッドブレス)》について知っているとまず仮定する。その上で、善意を装った神父が『教会に空間を創ってほしい。神への祈りを捧げるために』などのデタラメを――けれど、クライが信じそうな嘘をつき、彼しか知らない空間を創らせていたとしたら。

 クライは《儀式》と言っていた。非科学は鞭に等しい集結(アグリゲイト)だが、その空間は最初から儀式場として創られているかもしれない。《思念伝達(テレパシー)》越しに聴こえた声色から窺うに、クライはその儀式の渦中にいる。

 そして彼女の示される居場所は、集結の立つこの大地。


「そォか」集結は理解する。「入口(ゲート)は足元か」


 集結の足が地面を踏みにじる。純白の光が――《神上の敗(ゴッドブレス)》の持つ力が聖堂の床へ染み渡る。『偽装された状態(変えられた姿)』から『偽装が施される前(あるべき姿)』へと強制的に姿を変える。


 浮かび上がる魔方陣。

 円周には十二の星座。中央には六芒星。天王星の紋章の代わりに、仰々しいまでの扉が設置されている。集結は笑みを浮かべた。あとはこのゲートを強引に開き、完膚なきまでにクライを救い出すまでだ。


 ――――別に、クライを特別助けたい理由なんざ、持ち合わせていない。

 ただ、助けてと言われて見捨てることは、今の彼には許されない。


 ドッ! と集結の背より、闇の波動が巨大な腕を形成する。

 拳にして3メートルを誇る両腕が、ゲートを強引に握った。


「ォォォオオオオオ――ッ」


 集結が咆哮する。

 ガコン! と大きな音が鳴り響いた。同時にこの世に存在してはならない禍々しい妖気が、開かれたゲートより溢れ出してくる。混沌と化した回廊をくぐり抜け、集結はその空間へと躊躇なく飛びこんだ。


「オイオイ、なんだよこれ……!?」


 彼は思わず目を丸くする。

 数千本に上る棘が空間をギュルギュルと蠢き、天井では万華鏡のように極彩色が目を眩ませる。最下層には《神上の勝(ゴッドブレス)》を模造・拡大した魔方陣。十二星座の紋章のちょうど上に乗るように、十二人の男女が転がっていた。

 その全員から黒く波動が溢れ、宙に浮く紫炎のリングへと流れていた。

 リングに祭られるかのごとく中央を陣取るは、浮遊する足場に乗った神父と、紫の手の模型の上で、十字架と棘で雁字搦めに縛られているクライの姿。紫炎のリングは十二本の光線をクライへと射出し、棘は雷電で彼女の表情を苦痛に染める。


「あ、集結(アグリゲイト)!?」

「天皇夕日? テメェ、なんでここにいやがる」


 視線を向ければ、同じく棘によって拘束されている夕日の姿があった。

 彼女まで拘束される訳は概ね想像できる。クライと同行し、この儀式に感づいたがクライ自身を人質に取られてしまったのだろう。子供に甘い夕日ならばそれで十分だ。

 集結(アグリゲイト)は闇の翼を器用に扱い夕日に近づき、


「ともかくすべて簡潔に説明しろ、天皇夕日。後は俺が全部やってやる」

「珍しいじゃない、集結くんが手伝ってくれるなら話は早いかも。オカルト話はよくわかんないだろうから飛ばすけど、この《儀式》が完了すると十二人の命と引き換えにクライちゃんの《神上の勝(ゴッドブレス)》の性質を変化させることができる。あの神父の意のままにコントロールできるよう書き換えるつもりらしいよ」

「なるほどな。無限の空間を生み出せ、且つ空間情報を操作できる力。世界を破滅に追い込んでから新しい空間を提供させ、無限の富を得ようって所か? ケッ、つまらねェ外道だ」

「……とにかく、クライちゃんと十二人を助けて……なんとか、この儀式を食い止めて!」


 返事はない。

 代わりに、集結は中央の紫の巨腕へ――クライと神父の下へと向かった。

 神父は怒りに満ちた顔でクライの棘の拘束を強め、桃色に染まった少女の髪が引き抜けかねないほどの力で引っ張り上げていた。


「調子に乗るなよクライ、俺の前で《思念伝達(テレパシー)》を使えるなどと思い上がるな! 助けを求めたのが誰だかは知らんが、この儀式はじきに終了する! お前は直後から俺の傀儡と化すのだからな、少しでもいい扱いを受けたければ大人しくしているがいい!」

「嫌、デスよ……! アナタ一人の下らない野望のために、何億人を危険に晒していいわけがありマセン! ワタシは意地でも歯向かいマスよ……ッ!」

「貴様ッ!」


「喚くなよ、羽虫風情が」


 は、と振り返った神父の体が大きく吹き飛ばされた。ステンドクラスのような壁に激突し、けれど落下前に自動で真下へ回り込んだ黄土色の足場に受け止められた。


「痛っ……な、まさか――――助けを求めたのは集結(アグリゲイト)だったのか!」

「よォ。愉快なことしてるみてェだが、この辺で終わらせる」


 集結は神父へ顔を向けず、激痛に顔を歪めるクライの前へと降り立った。

 汗にまみれたピンク色の髪の間から、瞳がのぞく。


「集結……来て、くれたんデスか?」

「テメェが俺を呼んだんだろォが。待ってろ。今、助けてやる」


 これが、彼から出た言葉だと信じられた者は、クライを除いてこの場に一人もいなかった。夕日に至っては夢でも見ているのか、と自分がおかしくなったのかを疑う始末だ。そんな視線に構うことなく一式《儀式》を観察した集結だが、やはり彼には糸口が見えない。素人が下手に干渉するくらいなら、天皇家の苗字を持つ奴に指示を仰いだ方が的確だろう。


「天皇夕日! この儀式の止め方を教えろ――」

「残念だが、この儀式はもう止まらないぞ、バケモノ!」


 夕日の発声を待たずして、神父の狂喜に満ちた声が響き渡った。


「この儀式は始動されれば、完了まで止めることは不可能なのだ!《神上の勝(ゴッドブレス)》が十二人の波動を以て書き換えられるその時まで、あるいはクライ自身が死を迎えるか、そのどちらかでしか儀式は止まらない!」

「つまりこちらからの干渉は、不可能ってこと……!?」


 夕日が噛み締めるように呟くその言葉は、集結(アグリゲイト)に重々しく圧し掛かった。

 このやり取りの間にも儀式は進み、クライが激痛に苦しんでいる。彼は考える。まだだ。儀式を執り行う本人の誤魔化しにすぎない。必ず救い出す方法は存在する――


「――まだだ! 俺がクライ(コイツ)を強引に引き摺り下ろせば」



「降ろせば、下にいる十二人は波動の逆流によって一瞬で死んでしまいますが、それでもよろしければどうぞお好きに?」



 クライへ手を、伸ばしていた集結(アグリゲイト)がぴたりと動きを止める。棘を切るために伸ばした波動も、同時に超振動を収めた。


「十二人の命を捨ててクライを救いたい、というのなら決して止めませんが、一人のために大勢を見殺しにするというのは、とても褒められたことではありませんよね?」


 こんな時に限って神父は聖職者に相応しき微笑みで集結(アグリゲイト)を迎え撃つ。


「ク……ソッタレが!」


 鋭い眼光が神父を捉え、波動で作る鋭い刃を幾本も放った。棘をすり抜け神父へ刺突する数十本の斬撃は、



「ぁぁぁぁぁああああああああああアアアアア!」



 なぜか、クライの悲鳴を生み出していた。

 集結の放った刃はすべて、神父の周囲に集められた棘が盾となり防いでいたのだ。いくら空間に蠢く棘をすり抜けようと、最後の目標地点たる神父周囲の全方位に棘を敷かれては集結(アグリゲイト)にも攻撃のしようが……。

 ――――否、そうではない!


「棘を通じて、俺の攻撃のダメージが、クライに移ったってのか!?」

「流石No.1、見事な洞察力だ。この棘がただの儀式道具だと思ったか? 無関係だよ! これは()の超能力《棘地獄網(デッドオブローズ)》! この棘を通じ、触れた者に自在にダメージを押し付けることができるのだ! そう、今俺へ攻撃しようとすれば、クライまたは天皇夕日のどちらかを、お前の最強の刃で殺すことになる! 無論、お前自慢の《集結》も通用しない! クライないし天皇夕日の波動ごと徴税してしまうのだからな!」


 つまり。

 集結(アグリゲイト)には、成す術無しということか?


《儀式》を自分の手で中断させることは不可能。

 かといって、神父を追い詰めて止めさせることもできない。


(クソッ……俺には、何もできねェってのか!?)


 集結は考える――ふと、最悪な方向に。

 ――――ここにいるのがあの零能力者だったら、一発で救えたのではないか?

 波動を自在に操る超能力にはできなくても、触れるだけで異能を消し去るあの異能(、、、、)があれば、《儀式》ごと消し去れたのでは……。


 そォかよ。

 俺のこの能力は、《集結》は、何一つ救うことのできない、自分のための『異能(チカラ)』なのか。

 誰一人として救えない、救う資格など最初から宿していない、殺戮専用の『最強(どうぐ)』なのか。

 結局、ヒーローになる資格なんて、なかったんじゃないか――――……


「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 集結が、大きく咆えた。

 それは、絶望の咆哮。

 一瞬だけの幻想だった。この力を使えば、今まさに助けを求めているクライを、この《儀式》に関わる全員を、救い出せるのかと思っていた。

 結局それは理想に過ぎなかった。過去の塗り返し。夢物語は夢で散る。

 最強とヒーローは、等式では結ばれない。



「――――――諦めないで」



 そこへ舞い降りる、一つの声。

 集結(アグリゲイト)の目の前で、手の届く距離で苦しむ少女が絞り出した、魂の言葉。



「アナタにしか、できないんデス……! 大丈夫……アナタの能力は、最強、デスから!」



 少女は、笑っていた。

 集結(こんなヤツ)を信じてくれている。

 一人、『何か』に気づいていて。

 それを完璧に伝える体力も残ってないくせに。

 彼に、もう一度だけ立ち上がれ、と手を差し伸べた。


 ――――目指さなければ、始まらない。

 最強とヒーローは等式ではない。

 だからといって、最強(おれ)正義の味方(ヒーロー)を目指してはいけないなどと、誰が言った。

 さあ立ち上がれ、愚か者。

 天堂佑真が折れる姿を、お前は見たことがあるのか――――――ッッッ!



(考えろ。俺とあいつは違う。俺にはあいつみてェな力はねェ。だが、俺には『力』があるだろォが! あいつと俺の違う点を、俺にしかできねぇ方法を考えろ!)


 集結(アグリゲイト)は全身を硬直させる。

 彼と零能力者にある、埋めようのない絶対の差。

 否、全世界の人間も体験していないようなことが唯一、この身には刻まれている。

 名だたる超能力者五百名との本気の殺し合い。

 戦闘の過程で蓄えられたのは、ありとあらゆる局面での応用力と思考力。


(考えろ)


 考える。自分の存在意義ではない。自分が悪なのか、正義なのかもどうだっていい。

 少女を救い出す方法を、考えろ――。


『助けてクダサイ』『ワタ……の《神上の勝(ゴッドブレス)》を悪よ』『終わればたぶん……タシの意識も……』


 ヒントを探せ。


『大丈夫だよ、集結(アグリゲイト)。このオレが保証してやるよ。お前は世界で一番強い。Nо.1っつーのはその証拠だろ?』


 思い出せ。


『この《儀式》が完了すると十二人の命と引き換えにクライちゃんの《神上の勝(ゴッドブレス)》の性質を変化させることができる』『クライちゃんと十二人を助けて……なんとか、この儀式を食い止めて!』


 必ず、どこかに突破口はあるはずだ。


『残念だが、この儀式はもう止まらないぞ、バケモノ!』『《神上の勝(ゴッドブレス)》が十二人の波動を以て書き換えられるその時まで、あるいはクライ自身が死を迎えるか、そのどちらかでしか儀式は止まらない!』


 記憶の中から、言葉から、突破口を切り開け。


『――まだだ! 俺がクライ(コイツ)を強引に引き摺り下ろせば』


 自分の発言でも構わない。


『降ろせば、下にいる十二人は波動の逆流によって一瞬で死んでしまいますが、それでもよろしければどうぞお好きに?』『これは()の超能力《棘地獄網(デッドオブローズ)》! この棘を通じ、触れた者に自在にダメージを押し付けることができるのだ!』


 鮮明になる視界の中に、一筋の、勝利への道が切り開かれる。


『大丈夫……アナタの能力は、最強、デスから!』


「ハハ……そォかよ」


 集結(アグリゲイト)はクライの手をとる。

 同時に彼の背中から伸びた波動が、最下層にいる十二人へと繋がった。

 ――――その顔は、勝利を見出したことに対する笑顔だった。


「ア、グリ、ゲイト……?」

「クライ。テメェのおかげで正解がわかった。突破口は、俺自身だ!」


 瞬間――逆流し始めた。

 クライを包み込む黒紫の波動が。

 紫炎よりクライに向けて放たれていた光線が。

 紫炎へと昇り、吸収されていく十二人の波動が。


「グノアアアアアアアッ!?」


 棘に流れていた雷電までもが、逆流を開始する。


「い、一体、どうやって――」夕日はわずかな思考をはさみ、「っ! そういうことか!」

「クッ、な、なぜ、十二人の波動が、逆流するのだ!?」

「《集結(アグリゲイト)》が、波動を操る能力だからだよ!」


 雷電の中、忌々しく叫んだ神父に対し夕日が叫ぶ。


「《AGGREGATE》――その名前から、波動を『集める』能力だと思われがちだし、彼を巻き込んだ計画は《集結》を活かしたものだった。だけどこの力が最大に恐ろしいのは、超能力の原料であり人間の生命力(、、、)の象徴である『波動』を自由自在に掌握してしまうこと」

「――――ま、まさか!」

「その『まさか』だ! あなた自身が語ってしまっていたんだよ、この《儀式》は十二人の波動(、、)と引き換えに異能を書き換えるものだって! その波動すべてをクライちゃんから彼ら十二人へ戻してやったその瞬間、クライちゃんを救い出すことができる!」


 集結(アグリゲイト)がより近い正答へ近づけたのはそれだけではない。

 神父の言葉には『波動の逆流』という単語まであった。波動さえ流れているならば、そこはすでに彼の領域だ。

 ただし――引っかかる点は『逆流によって一瞬で死ぬ』というセリフ。集結(アグリゲイト)が波動を操ったところで、逆流させた波動は彼らの体を蝕むのではないか、という疑問は生じて然るべきだろう。

 ここは、波動に関する性質の知識が必要だ。


 人によって波動の色が違うように(波瑠=蒼、秋奈=紅といった具合)、『波動』とは人間の情報によって個体差が生じ、微々ながらに性質が変わる。

 紫炎を通過した時点で、十二人の波動は『各々のもの』から『儀式のエネルギー』へと変化し、それこそ全く別の性質を持った波動となる。

 それが戻ると拒否反応のようなものから波動の根源である生命力が乱れてしまい、一瞬で生を失ってしまう。一番近いイメージは輸血。血液型の違う血を輸血すると拒絶反応を起こしてしまうのが、この現象とほぼ同じだ。


 つまり――十二人の波動の性質・情報を完璧に理解し、集結(アグリゲイト)を間に挟んで波動の情報を書き換えさえすれば、彼らの体へ波動を戻すことも可能となる!


 ただし、そのような所業はかの集結(アグリゲイト)であっても初めてだ。当然。今まで彼は奪う者であり、与える者ではなかった。想像を絶する負荷を覚悟の上で――他人を救うために、この男は窮地で更なる能力使用を開闢する!


「ば、バカな……ッ! ありえない、ありえない! そんな形で、私の夢が、潰されるわけが……っ!」


 驚愕する神父だが、棘を通じて逆流してくる雷電に、まともな身動きが一切取れない。かといって《棘地獄網》を解除すれば、すぐさま集結は、自分を殺しに来るだろう。

 と、彼が勘違いしているだろう事実が、集結(アグリゲイト)にはありがたかった。


 十二人分の波動の変換なんてやったことがない。

 寸分狂わず、クライの体も傷つけず、きっちりとした演算を行い、波動を変換していく。

 周囲を確認する余裕、五感に意識をまわす余裕はない。限界を超えた行使に能力演算領域が軋み、血管が限界速度を超えて尚脈を打ち、肺が潰れんばかりに酸素を求める。予想はした。覚悟も定めた。だがしかし――ここまで己を捨てることになろうとは思わなかった。


 少しでも気を緩めたその瞬間、能力は止まり、自分も死を迎えてしまう。

 だが、彼は諦めない。

 徐々にクライの顔色が良くなっていく。終わりが近づく実感が、ひとえに彼を奮い立たせる。


(もォ少しだ。あと少しで、コイツらを救い出せる。絶対に、ぜったいに――)



「させるかァァァ――――――ッッッ!」



 怒号が異空間に響き渡る。

 わずかに遅れて鳴り響いたのは、銃声だった。

 タイミングが幸いか、寸前で意識に余裕の生まれていた集結(アグリゲイト)は視線を動かし――驚愕した。

 神父はよりにもよって、クライを狙って銃弾を撃ち放ったのだ。

 棘に拘束されている彼女に――ただでさえ疲弊している彼女に、回避はできない。

 天皇夕日は身動きが取れない。

 闇の波動を操る余裕はもう残されていない。

 だったら、


「    」


 銃弾を、左手で受け止めた。

 波動による防御も何もない。素手で迎え撃った銃弾は皮膚を貫通し、肉へとめり込む。鮮血が舞い散り視界を紅に染める――だけでは、収まらなかった。


 突如、弾丸が起爆し。

 左肩より先を吹き飛ばした。


 肉片と化し、そこら中に飛び散る左腕。

 断面となった肩より、鮮血がドボドボと終わりなく噴出する。


「は、はは……やった、やりましたよ! 私は、あの最強を穿った! さすがにこの致命傷ならば、ヤツも抵抗することは不可能だ――――――」


 歓喜する神父。

 彼が大口を開けた瞬間。


 空間を、他の何色も許さず燃え盛る紅蓮の業火が支配した。


 集結(アグリゲイト)の腹部が――十二星座の魔方陣が、突如として輝きを放つ。

 彼の背より伸びる翼は六本。そのどれもが豪炎によってコーティングされ、彼の者を宙へと誘った。その男の右腕の中にはクライ。何よりも熱く、何よりも眩しい焔は彼をこの世の支配者と認め、巨大な光輪と化して異空間に舞い上がる。


 神的象徴(シンボリックアームス)完全開放(フルオープン)――――


 ――――〝全天支配/覇王の光輪(クワルナフ)


「んなモンで、この俺を止められると思うなよ」


 空間中に広がっていたはずの棘すべてが焼き尽くされて。

 炎が弧を描き、神父を煉獄で包み込む。


「舐めんじゃねぇぞ。俺ァ、もっと強ェ奴らと戦ってきたんだよ。テメェのちんけな外道なんかに潰せると思ったら大間違いだ」

「な……おい、」


 神父の体を、炎が徐々に侵食する。


「この俺を殺したいのなら、徹底的な『悪』になれってんだ」

「やめ、ろ、いや、やめてくださ――」


 灼熱の翼が、神父の命を奪うため、大きく開かれた。


「見せてやるよ小悪党。これが本物の『悪』だ」


 劫、と空気をも焼き、紅蓮の翼が振り落される。

 光を求めた最強は、最後の最後で、すべてを解放する。

 徹底的な悪党のまま――。



「やめて、ください」



 その絶望を止めたのは、一人の少女だった。

 豪炎は、神父の鼻先で停止する。


「もう、いいデスよ。儀式は終わりマシた。皆救われマシた。アタシは、それで十分デス」

「………………」

「アタシはもう、アナタに傷ついてほしくありません」

「…………」

「殺すことは、望んでいません。早く、病院へ行きましょう。アナタのその腕が心配デス。こんなところでアナタに死なれたら、アタシはきっと、何十倍も悲しいデス」

「……」

「………………ありがとう。そう判断してくれて、嬉しいデス」


 背中の翼が収束し、金髪灼眼の少年が気を失った。

 自由落下を始める二人を受け止めたのは、出鱈目な重力を利用して飛び上がった天皇夕日。


「ギリギリセーフ。二人とも、大丈夫……ではないね」


 夕日は、受け止めた二人分の質量に苦笑いした。高校生二人となると、いかに軍人だった夕日といえど重く感じるどころの話ではない。この空間の重力がデタラメに弱くなっていることに、ひとえに感謝だ。


「クライちゃん、大丈夫?」

「はい、大丈夫デス」


 クライはちょっとだけ恥ずかしそうに、けれど笑顔で頷いた。

 気を失い、更に左腕を失ったというのに、集結(アグリゲイト)の右腕はクライを抱いて離さない。

 少なくとも、彼の納得いく結果に辿り着いたのだろう。初めて安堵の表情見せる彼を、クライは慈しむように撫で下ろした。




次回は恒例の後書きです。

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