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第一章‐⑩ 1st bout VSオベロン・ガリタⅢ

「はぁ……はぁ……我ながら、無駄に運動神経あってよかった……」


 三階にたどり着いた佑真は、廊下にてひとまず溜め息をついた。

 威勢よく怒鳴っていた佑真だが、心の中に『死ぬ! 怖い!』という感情があったことは否定できない。更に言えば、直接焔を喰らっていないとはいえ熱線で肌に火傷のような痛みを感じるし、初撃の殴打だって無視できない激痛を残している。


「……けど、そんなこと気にしてる場合じゃない!」


 ぶんぶんと首を横に振った佑真は階下へ目を運び、


「――――っ!?」


 金髪の大剣使い、オベロンが波動を撒き散らしながら駆け上がってくる姿を目撃する。

 オベロンは佑真を一瞥すると、つまらなさそうに言葉を吐き捨てた。


「安心しろ。この寮にはすでに《神上の光(ゴッドブレス)》はいない。お前の思惑通り、彼女は逃亡できたようだ」


 しかし刹那、纏う空気が変わった。

 獲物を襲う獣のそれに――――。


「つまり俺は役目を失敗したことになるな。その分の償いというわけではないが、口封じをさせてもらうぞ」


 空気を引き裂き、緋炎を纏った大剣が振り上げられた。

 熱波が佑真の夜空色の髪を乱暴にかき上げる。下肢に力を入れるが堪えきれず、体ごと廊下の端まで吹き飛ばされた。

 両脚を滑らせて体勢を整える佑真のかかとに、コッと何かがぶつかる。


(……消火器?)

 いざという時のため、学生寮の各階廊下の端に置かれているものだ。スプリンクラーもあるのだからと必要性に疑問を感じていたが、佑真は追撃を振るうオベロンよりも早く、それに手を伸ばした。


「消火器で薬品を撒くには時間がかかる。それを理解しての行動か?」

「重量あんだから、こうやって使うんだよ!」


 両手で赤い消火器を持ち上げ、オベロンに向かって投擲した。

 大剣を振りかぶっていた彼の眼前へ飛来するも、


「そんなもの通じん――ッ!?」


 軌道を変えた漆黒業火の大剣によって、中央より両断された。

 しかし回避ではなく斬撃を選んだオベロンへ、薬品の粉塵が降り注ぐ。

 消火器の中身である消火剤が舞い上がり、彼の視界を奪った。


 隙を利用して階段を上へと駆けのぼる佑真。

「待て!」という怒号に大きな戦慄を覚えるが、足を止める余裕もまたない。


 最上階まで上がったところでふたたび消火器を確保。

 駆け上がるオベロンに対し、消火器を背に隠しながら、階段の傾斜を利用して勢いつけて飛び降りた。


 発火能力者に自ら近づくのは言うまでもなく愚策。

 オベロンは冷静に豪炎を使って盾を張り、迎撃の姿勢に入る。

 その瞬間に佑真は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「クソッ!?」


 バシュッ!!! という炸裂音にオベロンが反射的に剣を薙ぐがもう遅い。中身の薬品が舞い上がり、白い薬品と赤い炎熱の幕がオベロンの視界を覆う。

 その中央を、死力を込めて突き抜ける佑真。


「――ぉおおおらあッ!!」


 振り抜いた右脚がオベロンの顔面をとらえ、肉の感触を覚えた瞬間に、全体重を乗せて蹴り飛ばした。


「っ、がは……っ!」


 オベロンが派手に踊場の壁にぶつかる様を見送りながら、全身に走る激痛に思わず身をかがめる佑真。そもそも薬品粉末式の消火器に冷却的作用はないのだ。布をかぶせるように可燃物に覆いかかることで、可燃物が酸素と反応する『燃焼』の抑制を主とする。

 ようは大気に舞う消火剤の壁では、火力を完全に抑えられない。全身火傷を覚悟しての特攻の一撃。


「はぁ、はぁ……顔面ヒットだぞ。流石にこれでしばらくは動けな――――」


 その瞬間。

 紅の炎華が、佑真の目の前で爆裂した。

 衝撃波に体があおられる。

 熱波によって上の階へと運ばれ、気付いた頃には勢いのまま背中を壁に打ち付けていた。


「……が、は」


 肺から息を漏らした佑真は、熱波の放出源たる階下へ目を配る。踊場に立つオベロンの纏う殺気は、数秒前までの何十倍にも膨れ上がっている気がした。


「…………自殺覚悟の特攻、見事だった。まさか超能力すら使わない相手から一撃を喰らうとはな。完全に予想外である」


 だからこそ、とオベロン。


「いい加減超能力を使ったらどうだ、少年。俺をも退けることが出来るかもしれんぞ?」

(……クソ、頭を蹴られてほぼノーダメージかよ!? それに超能力を使えんなら何だって使ってるっつーの!)


 たとえランクⅠ程度の超能力者であろうと、戦闘中に全く役立たない超能力は数少ない。正真正銘の『零能力者』だからこそ、身近な物を利用した戦法で頑張って




 ――――――瞬間、轟音が思考を断ち切った。




 反射的に閉じたまぶたを開くと、真っ赤な焔が眼前で黒煙を撒き散らしていて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 正確に言えば、階下へ降りる側を完膚なきまでに瓦礫の山へと変貌させていたのだ。


 周囲への被害状況とか修理代とか巻き込まれた人がいないかとか、いろいろ浮かんでもいいはずなのに、佑真の思考は一色に埋め尽くされていた。

 逃げ道を断ったのだ。

 そういわんばかりの行動に、佑真は恐怖による体の震えを抑えることで精一杯だった。


(……本気だ。コイツは本気でオレを殺しにきている……)


 怯え切った佑真の眼前で、オベロンが業火の大剣を構えた。


「終わりだ。もう命乞いは間に合わないと思え」


 オベロンは大剣を引き戻し、右腕で乱暴に一閃。

 烏の大群のような業火がふたたび爆発を起こす。

 学生寮の廊下を粉砕した派手な一撃が逃げ場を奪い、焼き尽くす余剰効果は周囲の酸素すら失わせた。


(やばっ、こ、今度こそ――)


 腕を交差し全力で後方へ飛び退いた佑真だったが、それでも焔の餌食となる。

 ふわ、と体の浮かぶ感覚を得た。

 実際に体が浮いたワケではなく()()()()()()()()()()と認識できたのは、背中を床に強く打ちつけてからだった。


 先述した『イジメ』やその後の諸々で、不本意ながら超能力者との戦闘に慣れている佑真も、他者を殺すレベルで容赦のない一撃はまともに喰らったことがない。

 ここまでの実力を持つ相手には、勝てる気がしない。


『零能力者』は世界最弱。

 故に反撃の機会を得ることもできず、ひたすら回避と逃走を繰り返して相手の『根負け』を目指すのが対超能力者戦でのセオリーだ。

 しかしここは、回避できる場所のない狭さを持つ学生寮。


 幸い脚は動くが――両腕はもう使い物にならない。

 先ほどの攻撃の際もろに炎を喰らったせいで、皮膚が爛れて持ち上がらないのだ。


 そんな佑真をよそに、業火の大剣が『佑真を殺す』というただ一つの明確な意思を持って、幾度となく襲い掛かる。

 勢い止まらない大剣は学生寮を粉々に砕き、熔かしていく。

 大剣による攻撃に対し、人がすれ違う程度の広さしかない学生寮の廊下で佑真にできることは後方への退避、ただ一つだった。


 いずれくるとわかっていた限界――逆側の端は、驚くほどすぐに訪れた。

 階段の反対側に位置するエレベーターの扉に、佑真の背中が当たる。


「はぁ……はぁ……」


 朦朧とする思考で、佑真の身体は勝手にその扉に背中を預けていた。

 万事休す。

『零能力者』の佑真にできる機転など、もう存在しない――。


 それを実感すると、佑真の全身が今度こそ震え始めた。

 止めたい。敵にこんな情けない姿を見せたくないと思っていても、目の前まで迫った死の恐怖が心を萎縮させていた。


 これが現実だ。

 物語の主人公のように、女の子のために戦ってみても、『零能力者』は敗北する。

 ただ、目の前に立ちはだかる圧倒的力量差に屈服させられる。


(くそ……クソクソクソクソ、クソッ! まだだ。まだ諦めるな。最後の最後まで諦めんじゃねえよ。立てよ。立って戦えよ。震えてんじゃねえよ……ッ!)


 どれだけ言い聞かせても、体の震えは止まらなくて。


「そう絶望するな。俺を相手に、お前は十分健闘した」


 斬、と大剣を体の前で払い、オベロンは右手を引くように構えた。

 2メートルもの大剣が、獲物を射程に捉える。


「………………テメェは、恥ずかしくねえのかよ? たった一人の女の子にそんなすげえ超能力を振るって、血まみれにして、テメェにとって超能力って、そんなクズみたいな使い方しかできねえのかよ!?」

「そのために与えられた力なのだから、仕方あるまい」


 慈悲のない冷たい一言が呟かれ、オベロンの右腕が動く。




 その少し前に、寄りかかるエレベーターの扉が開いた。




 佑真の体が支えを失い、後方へと倒れていく。

 開かれた扉の中には、蒼髪をなびかせる〝少女〟がいた。

 彼女の手首のSETが起動され――サファイアの波動に包まれる。


「伏せて、佑真くん!」


 伏せるまでもなく尻餅をついた佑真の頭上を通過する、一筋の冷気。

 ――――強烈な吹雪が、波瑠の手のひらより射出された。


「むおっ!?」


 冷気の突風が轟! とオベロンの懐に突き刺さり、身長百九十センチの男を吹き飛ばす。

 辺り一体に氷塊を生み出し、煌めくダイヤモンドダストの軌跡。

 佑真は吹雪を放った蒼い少女を呆然と見上げ、


「……は、波瑠? それに寮長も!?」

「早くエレベーター内に入るのじゃ!」


 グイッと寮長にフードを引っ張られ、エレベーター内に放り込まれる。ガラス越しにオベロンが体を起こした頃には一階へと下降を開始していた。

 緊張感から一時的に解放され、佑真はへなへなと脱力する。


「……助かった、のか?」

「まだオベロンはここにいるから、離れないとダメだとは思うけどね……」


 誰にともない問いかけに、不安げに返答するのは波瑠。

 そこでようやく、佑真は『誰が助けてくれたのか』という点を意識する余裕を取り戻した。


「……波瑠、なんでお前がここに戻ってきてんだよ。あの野郎に狙われてんのはお前なんだから、オレに構わずさっさと逃げろよ! ふざけ」


 だが佑真の怒鳴り声は、すぐに途切れた。

 正確には『途切れさせるしかなかった』というべきだろう。

 突然波瑠が抱きつき、佑真の胸元へ顔を押し付けてきたのだ。


「だって私が戻ってこなかったら佑真くんが死んじゃってたんだよ!? そんなのダメだよ。私が巻き込んだんだから、何も関係ない佑真くんを助けに行くのは当たり前じゃない!」


 波瑠は佑真の両腕をそっと取る。


「っ……!」

「それに、ほら。超能力が使えないのに、超能力者に対してこんなになるまで頑張ってくれたじゃない。一歩間違えれば、絶対に、佑真くんは……」


 電流を浴びたような激痛に顔を歪めた佑真は――視界に入った両腕のあまりの無残さにゾッと寒気を覚えた。腕だけでこれだ。炎を受けた全身もこのように爛れていると思うと衝撃的すぎて、いっそよく動けたなぁオレ、という他人事のような感想を抱いてしまう。


「でも、生きててよかった……佑真くんが生きてて、よかったよぉ……っ」


 ふえっ、えっ、と嗚咽を漏らす波瑠。

 大粒の涙がぽろぽろと瞳より零れ落ち、佑真の黒ずんだ手の甲へと落ちた。今の佑真には彼女を抱きしめてやる権利も、慰める権利もない。

 背中をさすることもできず、ただ頭を下げる。


「ごめん、波瑠。泣かせるつもりはなかったんだ……本当にごめん」

「んーん……」


 波瑠はぶんぶんと首を振り、嗚咽とともに涙をこぼす。


「っと、そこまでじゃおんしら。一階につくぞ」


 そこまで沈黙を保ってくれていた寮長が告げ、エレベーターが一階についた途端、佑真たち三人は急いで学生寮から離脱した。

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