●第八十四話 What's your name?
集結サイドを突っ走ります。
★ ★ ★
「えーと、ワタシは『クライ』と呼ばれています」
集結は当然というか、生まれてこの方料理をしたことがない。日本へ来てからは、外食するかコンビニで済ませる、容赦なき不健康生活を送っている。
今日もその流れで、午前中からファミリーレストラン。
席に着いて早々、元桃色ギリースーツ――もとい『クライ』はそんなことを口にした。
「あ? なんだテメェ突然」
「自己紹介しただけデスよなんで睨むのデスか……初対面なんデスから、自己紹介は基本デス。そちらは?」
「……集結だ」
「それは能力名じゃないのデスか? というかそもそも、なぜ第一位の能力名をアナタが?」
「俺がその第一位だからだよ」
「まっさかぁ。そんな冗談通じると思いマスか?」
「いいだろォ何なら証拠に辺り一帯の連中をブッ殺してやろォか?」
「じょ、冗談デス怖いデスよ……そうデスか。アナタがあの集結デシタか」
ほえー、とマヌケな顔で頷くクライ。
なんだか気の抜ける少女だが、なぜこんなヤツに《神上》が焼き付けられているのだろうか。【神山システム】が適正ある十二人の子供を選び出した、と聞いたが本当はあみだくじ並みに出鱈目に選ばれたのではなかろうか?
疑問を抱く集結と対照的に、クライは何に納得したのか、しきりに頷いていた。
「なるほど、《集結》なら《光》や《成》の方と同様に、アナタが《神上》に選ばれたのも頷けマスね……ではないデスよ! 名前! アナタの名前は!」
「集結」
「それは能力でしょう!?」
「名前みてェなモンなんだよ。日本に来てからはずっとこれで呼ばれてきた。もう名前なんて十年以上呼ばれてねェ。テメェもこれでガマンしろ」
集結が強く言い放つと、クライもしぶしぶ引き下がった。
事実、述べた通りに本名を最後に呼ばれたのは、両親から――十年以上も前になる。その時も決して好意的な呼ばれ方ではなかったが。
「んで、テメェの《神上》はなんだ?」
「と、唐突デスね。もう少し丁寧に相手して欲しいのデスが……まあ、奢ってもらう身デスし、従うのは義務みたいなもんデスよね」クライはしぶしぶうなじを指さし、「ワタシのこれは《神上の勝》と呼ばれていマス。空間軸を司る《神上》デス」
「空間軸ねェ……」
集結は届いたドリンクバーのコーヒーに、ブラックのまま口をつける。
「ワタシがさっき上から落っこちたのも、この《神上の勝》が原因デス」
「は?」
「逃げるために別空間を伝って移動してたんデスが、髪伸びすぎて怖くなって一旦出ようとした時に出口を作り間違えちゃいマシテ。上から落ちちゃいマシタ」
「……お前が《神上》に選ばれた理由が全くわからねェな」
「ワタシだってわかりませんよ。全然使いこなせませんし」
漫画のように首をすくめるクライ。マヌケは自覚アリらしい。
逃げるためという言葉に気づきながら、集結はあえてスルーする。
「そういうアナタは? さっき髪を直してくれた粒子はワタシのそれと性質が極々似てマシタし、さっき言った通り《神上》なのデショウ?」
「俺のは確か《神上の敗》。一応『生命の形象』っつーモンを司るらしいが、正直よくわかってねェ」
「せーめーのけいしょう、デスか……ぬ? 生命の形象を司るのに、どうしてワタシの髪を直せたのデスか?」
こてっと首を実際に傾げるクライ。
「さあな」
「えー教えてくれてもいいじゃないデスかぁ」
「隠してんじゃねェんだよ。俺にもマジでよくわかんねェんだが、この力は対象を『あるべき姿』に変えることができる。その姿は、対象の持つイメージに左右されちまうみてェだがな」
「だからワタシにこのショートを想像させたのデスね」
後ろ髪をいじるクライ。遠き記憶なのではっきりとしないが、《神上の光》で有名な天皇波瑠は背中の魔法陣を隠すために髪を伸ばしていたと聞いたことがある。
コイツも一人の少女だ、そういうことは気にしないのだろうか。……自らショートを想像するくらいなのだから、魔方陣のことをあまり気にしていないのだろう。
「超能力第一位にして神上所有者。豪華絢爛てんこ盛りって感じなんデスね……」
ほへー、と嘆息つくクライ。敵意がない、恐怖がない――どころか、敬意すら籠っていそうな視線が集結には居心地悪いことこの上ない。自分はそんな人物ではない。強さだけを求め、自分の為に他人を殺害し続けた。その両手は血で穢れきっている……。
やがて店員が、クライの分だけ先に料理を持ってきた。
クライは呑気に「いただきマース」とハンバーグに手をつけ始める。
「そういえば集結」
「あ?」
「アナタ、まだ『あの計画』を継続してるんデスか? あの、大量殺人のやつ」
あたかも世間話のように切り出したクライの言葉に、ガタッとテーブルが音を鳴らす。その音を生んだのは集結――彼の顔が動揺に染まるのに、クライは逆に驚かされた。
「……なんで知ってんだテメェ」
「噂というか都市伝説というか、そういう形で聞きました。知っているのはワタシに限りません。確証が生まれるかはともかく、隠蔽もそう簡単にはいかないということデスね」
思えば『零能力者に負けた』ことも世間的には噂に過ぎないが、毎日誰かが襲い掛かってくるほどに広まったのだ。このアホな少女ですら知っているということは、『あの計画』も――おそらく片鱗にすぎないだろうが――知ってしまった者は多いのかもしれない。
「終わったよ。集結の零能力者への敗北と【神山システム】破壊をもって、計画は全面凍結が決定だ。五百人を殺してあと一歩及ばず。天皇家は借金、俺は無職に成り下がりだ」
「そう、デスか。そんなに多くの人を……」
「ビビったか?」
「いえ。教会に住む者としてはできれば、計画そのものを否定して欲しかったデスかね。『それは根も葉もない噂であって、本当は五百人も死んでいない』って」
「……」
予想しなかった方向の反応に、集結はとっさに言葉が出なかった。期待したリアクションは殺人鬼におびえ、狼狽し、今すぐ席を離れようとする少女の姿――。
コイツは、五百人を殺した男が目の前にいて、なぜ同席を続けられる?
五百人殺した男を目の前にして尚、気に掛けるのは被害者たちなのか?
胸の中に苛立ちが蘇る。ああそうだ……あの零能力者とクライの言うことは同じだ。集結に臆することなく、五百人の被害者の弔い合戦の為に、愛する少女を守らんとして――悲劇しか生まなかった計画を終わらせるために、果敢に挑んできた。
百パーセント他人のために集結と対峙したアイツと、言っていることは同じなのだ。
後に、集結が人類史に名を遺すほど偉大な力を手に入れるにも拘わらず。
コイツらは、星の数ほどいる人間をたった五百人殺すだけの計画を『悪』と称し。
未来に在るはずだった集結の『力』を、根底から否定する。
クソッタレが、と口の中でつぶやく集結。
しばらく無言の時が流れる。クライは食事に徹し、集結は自身の分が届いても手を付ける気は起きなかった。店員の不思議そうな視線がうざったい。クライの『何デスかそっちも食べないならいただいちゃいマスけど!?』という無垢な視線もまた腹立たしい。
もっとも、彼女は会話が途切れてから、何かを言いたげにそわそわしているのだけど。
「……ンだよ。言いたいことがあんなら言いやがれ」
「えっと……聞いていいことかはわからないんデスが、いいデスか?」
クライはフォークを止め、真剣な眼差しで集結を見据えた。真っ直ぐに、恐怖という感情もなしに――あの零能力者ですら、少なからず怯えていたというのに。
先ほどからなんなんだコイツは。どうして、集結を見ることができるんだ。
「集結。アナタ、贖罪をするつもりは、無いんデスか?」
――――それは彼に聞いてはいけないことだったと、直後の態度でクライはすぐに理解する。テーブル上の食器が音を鳴らす。彼の飲んでいたコーヒーが零れる。集結から殺意がむき出しに引き出される。五百の死体を焼き付けた灼眼が、罪一つない少女を睨み付けていた。ひっ、と無意識に、クライの口から悲鳴が漏れる。
だがしかし、椅子から立った集結が新たな言葉を紡ぐことはなかった。
贖罪するつもりなんてない。そう答えるつもりだったのに、なぜか言葉は喉の奥で止まってしまう。五百人もの殺人は償いようがない。連中は集結が絶対へ至るための糧に過ぎず、死ぬのは当然の運命であって……。
家畜を殺した奴は罪に問われないだろう。虫けらを叩き潰していちいち懺悔する奴なんていないだろう。集結がやってきたのは『そういうこと』なのだ。だから俺に非は微塵たりとも存在しない……。
同じ少女に二度も言葉を止められた。そんなくだらないことにさえストレスを感じる自分が、どれだけ普段らしさを欠いているかにようやく気付く。
「……クソッタレが」
それだけ言い捨てた集結は電子マネーで支払いを済ませ、クライに背を向けた。
「…………あ、れ? どこへ行くんデスか?」
「帰んだよ。飯はテメェが責任持って食っておけ」
「待ってクダサイ! まだ答えを聞いてなっ…………いえ。なんでもないデス……」
殺意という武器をむき出しにするだけで、クライも結局他の者達と同じなのか。一瞥した集結はファミレスを後にする。間の抜けたクライの真ん丸に見開かれた瞳は、怯えたままその背中を目で追い続けているのだろう。店員たちは完全に委縮し、一歩退くという接客業にあるまじき反応まで取っている。
『敗北者』の殻を被れば、勘違いした連中が襲ってくる。
『殺人鬼』の仮面に戻せば、どんな奴でも恐れ、怯え、敬遠してくる。
そういった視線を受けながら一人で過ごすこの生活にも慣れたものだ――クライと別れたことで、集結は肩が軽くなった気がした。
同時に存在している胸の中のざわめきは、認識しないことにした。
★ ★ ★
クライにつけられたストレスを発散すべく路地裏で五~六人を仕留めた集結は、昼を前にしてすでに自宅へ帰り始めていた。
精神的に疲れていたし、日の下を――今日は曇天といえど――歩く気分ではなくなった。もともと行くあてもない彷徨だったのだ、そこに不都合はない。
加えて理由はもう一つあるが、今日は何かと気まぐれが多い。
雪原に足を止めた集結は、自販機の影へ視線をぶつけた。
「おいテメェ、さっきから俺の後をつけてんのは気づいてんだよ。姿を見せろ」
脅しとしてSETに手を添えると、観念した、といった様子で陰から一人の女性が姿を現す。
「あら、やっぱりばれちゃってたか。流石は全日本最強の超能力者様。追跡も通じないとなると困ったものだけど」
「……天皇夕日か。昼間っから俺のストーカーなんて暇そォだな」
「これでも暇っていうわけじゃないんだよ? ちゃんと隊長から承った任務の途中です」
天皇夕日。
彼女は現在、独立師団【ウラヌス】の総隊長を勤める涼介の妻であり、本人も『少将』の階級に位置している。天皇波瑠とは伯母と姪にあたる関係だったはずだが、集結はそのあたりを詳しくは知らない。
年齢的に無茶のある頬膨らませを見せた夕日は、余裕ある態度で集結へと近づいてくる。この女性もそういえば、集結へ敵意も恐怖も持たない風変りな人物の一人だった。彼女の場合は如何なる感情よりも『好奇心』が勝るので集結を観察しているという、やや稀有なタイプなのだ。
殺してしまっても構わないのだが、彼女を殺すと夫を主軸に構える【ウラヌス】すべてを敵に回すことになる。勝てないことはないといえど、軍壊滅後に侵略されて日本国が潰されることを忌避して、夕日には手を出せない。悠然とした態度はもしかしたら、集結に自分はどうやっても殺せない、と高をくくっているからなのかもしれない。
「ストーカーしてたっつーことは俺に無関係じゃあねェよな。少将様が直々に何の用だ」
「もう前線には立ってないから『少将』も名ばかりなんだけどね」にこっと大人の作り笑顔で対応し、「集結くん。正直に教えると私は今ね、『十二人の《神上》の捜索』を行っているんだ」
ぞわ、と胸の疼きがふたたび存在を主張する。今日は何かと《神上》に縁があるらしい。
夕日はそれを知ってか知らずが、言葉をつなげる。
「すでに所在が判明しているのは『天皇波瑠』をはじめ五つ。その中にはもちろん、集結くんの《敗》も入ってるわけだけど、私は残る七人を探しているってワケ」
両手で七を示す夕日。
集結自身もなぜかよく覚えていないが、十二人の子供に魔方陣を焼き付ける『the next children』関連の記録は天皇家の方でもほとんどが残っていないと聞いている。致命的なことに、十二人の子供達は身に宿した『奇跡の力』を使って全員が散り散りとなってしまい、今は顔写真はおろか、名前すらわかっていない状況だ。
ちなみに集結は『計画』の都合上天皇家にしか居場所がなかったため、波瑠と同じく最初期から《神上》所有者と判明していた――《集結》の知名度が高すぎるせいで、世間には知られていないが。
「で」集結は嘆息をつき、「捜索してるっつーなら俺で油売ってねえで、さっさと他の奴ンところへ行きゃいいだろォが」
「国内だけでも七桁いる候補の中から七人をノーヒントで探せると思う?」夕日は作り笑顔を崩さず、「波瑠ちゃんと桜ちゃんが姉妹でつながり、その姉妹と土宮冬乃さんは交友がある。ひょっとしたら《神上》所有者には横のつながりができる傾向にでもあるのかなぁ、なんて希望的観測で手当り次第に所有者に当たろうっていう方針で、」
「他者との繋がり皆無な俺んところへ来たっつーわけだ。ハッ、アホなのかテメェは」
集結は自虐的な台詞を述べつつ口角を上げる。
「俺の知り合いに《神上》所有者がいる? いいや、前提が間違ってんだよクソババァ。俺に知り合いと呼べる知り合いはいねェ。《神上》所有者を探す以前の問題だっつーの」
「まだ三十八だし。ババァじゃないし!」
なんだか哀れな反論を受け流し背を向けた集結は――超能力を掛けられた感覚に、SETへ手を伸ばしながら臨戦態勢を取った。
灼眼が天皇夕日を捉える――いつの間にSETを起動したのか彼女の身体は波動に包まれ、にこにこと不穏な作り笑顔で集結を睨み付けていた。それは悪事を誤魔化そうとする子供を叱りつけるような、単なる怒りとは別種の怒り。
「それに集結くん。十八歳にもなる君がウソをつくのはいただけないな」
「チッ、覗きやがったか……相変わらず愉快な能力使ってんな」
「ふふふ、覗くだけで廃人化させてないだけ、ましな使い方だと思いなさい?」
年齢にそぐわないウインクを決める夕日の超能力は《深淵投影》。
精神干渉系能力の一種であるこの能力は、任意範囲内にいる人間の脳、特に記憶・感情に関連する箇所に自在に干渉することができる。彼女の言う通り、その真価は今の一連では見られなかったが、単純に思考や記憶を覗くだけ、というのも可能なのだ。
今覗かれたのは、つい先ほどのクライと会話していた場面だろう。
「ふんふん。ピンク色のギリースーツに身を包んでいたところを集結くんの《神上》で直してもらい、その後しばしの動向を経てご飯をゲットし現在に至る、と。変わった女の子だね」
だいぶおかしいダイジェストだが、集結は突っ込まない。
「で、このクライちゃんも《神上の勝》の所有者なわけだ。いやー助かったよ集結くん! まっさかダメ元で始めた第一捜索案でこんな順調に事が運ぼうなんて、さしもの軍師も予想外だ! ま、君とクライちゃんが出会えたのは偶然極まりないようだけどね~」
「うるせえぞクソが。つうか、さっさと行かねェとアイツ、移動しちまってるかもしれねェぞ。空間軸を司るっつってたからな」
「別空間を創り出して移動するとなると、捕まえるのは難しくなるかもしれないね。なにせ、『誰かから逃げている』らしいし」
あえて集結が目を逸らした部分を強調する夕日――先ほどの能力での『記憶の盗視』は、記憶である以上当たり前だが、体験した本人の主観に影響する。集結の感情を読み抜いた上でいじってくる性質の悪さは大人げないことこの上ない。
もはや苛立ちを超えて呆れを感じていた集結――の腕に、夕日は躊躇いなく自らの腕をからませてきた。
「ようしそれじゃあ集結くん、クライちゃんのところまで案内してくれたまえ!」
「……テメェ、さり気なく俺のSET起動を妨害してやがんな?」
片腕を拘束すれば手動でのSET起動は難しく、また音声認識しようにも、現状はすでに超能力使用可能状態である夕日の方が手は早い。そして彼女の能力は、本気でかかれば一発即死の必殺だ。
思わぬ形で無力化されたことに驚きつつ、『触れるだけで波動を吸われる』という過大評価がどれだけ盾となっていたかを認識させられた。
「ほれほれ、記憶は見れてもファミレスの位置までは見てないんだよ。案内しなさい若人よ!」
「っせえな。また記憶覗いて場所も突き止めりゃいいじゃねえか」
「あの頃の記憶をリフレインされるのとお姉さんを案内するの、どっちがいい?」
……。汚い。このババァ、汚すぎる。
全日本最強の男。零能力者に敗北した男。
彼はなぜか、アラフォーの女に腕をキメられながら、同じファミレスに逆行する。




