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●第八十三話 Who are you?

今宵、ついに物語は動き始める……!

と、いうわけでお待たせ致しました! 第四章の更新を開始します!


 アメリカンコミック――アメコミ。


 アメコミの代表といえば言わずもがな、『スーパーヒーロー物』である。

 凄まじい力を持った正義の味方(ヒーロー)達は、街中に現れた怪物や悪の組織と激闘を繰り広げる。


 愛する者。

 守りたい家族。

 そして、罪なき一般市民を守るために。


 勧善懲悪。

 己が正義の旗の下に、邪悪な敵を殲滅する。


 特別な力を他人を助けるために使うその勇ましい姿は、数多くの少年を引きつけた。

 悩み苦しみ、けれど戦い続けるその姿は、大人達にすら魅力に映った。

 悪いことはいけない。

 他者を助けることこそ正義。

 ヒーローに憧れた少年たちの心には、そんな『当たり前』なことが強く強く刻まれた。


 現在より遡ること十二年。第三次世界大戦で休戦協定が結ばれ、わずか三年が経った頃。

 アメリカ大陸のどこかの街に、一人の少年がいた。

 その少年もまた、ヒーローに憧れた『ごく普通な少年』の一人だった。

 友達とヒーローごっこをしたり、将来はヒーローになると公言したり。

 その瞳は、自分が将来ヒーローになることを疑うことなく真っ直ぐに、未来を見つめていた。

 ある契機を迎えるまでは、彼もそんな、普通の無垢な少年だったのだ。


   ☆ ☆ ☆


【これが奇跡の零能力者(アムネシア)


   第四章 英雄の資格編】


   ☆ ☆ ☆


 天堂佑真は記憶喪失である。

 推定十歳の時に発見され、それ以来天涯孤独の運命に生きてきた彼は、発見してくれた友達、彼らの親に教師、そういうボランティアの方々エトセトラ。様々な人々と関わり、時に力を借りて生きてきた。

 本人的には――『零能力者』を除けば――それとなく楽しんできた人生で。


 実は、家族というものをよく知らないまま生きてきたのだ。


 第三次世界大戦前後から十五年が経つが、佑真のように親を知らずに生きる子供というのは、不幸なことながら別段珍しくはない。施設のお世話になりながら高校まで過ごす、というのもよくある話であり――佑真も小学生の間は『月島園』に、中学に入ってからは寮生として常に保護者がいてくれた身だ。

 とはいっても、佑真は家族を知らない。

 母の愛を知らなければ、父の厳しさも兄弟喧嘩も知らないのだ。


「それってどんな気分なんだろう……」


 ――と、呟いたのは佑真ではなく、天皇波瑠。

 つい一月前に佑真の婚約者へと進化を遂げた彼女は、佑真を起こしに来るついでにその寝顔を堪能し、更に髪を勝手に撫でながら、そんな疑問を抱いていた。

 波瑠も波瑠で、両親と共に過ごした時はさほど多くない。とはいえそれでもたくさんの愛を受けてきたし、可愛い妹は――今もなお病院暮らしとはいえ――側にいる。

 ふと気になった、どうでもいいといえばどうでもいい疑問。

 基本的に親の愛は、多岐にわたる例外を除いて、享受出来て当たり前のものなのだ。


「でも佑真くんだからなぁ。どうせ聞いても『気にしたことねえや』とか言ってきそうだなぁ」


 くーすかぴーすかぐっすり眠る佑真。

 勝手に頬もつつこうかな、と迷いはじめたところで――佑真の部屋にわざわざ来た目的を思い出した。彼を起こしに来たのだ。


「……も、もう少しだけ見てたいけど……」くっ、と逡巡を呑み込み、「起きて佑真くん。朝ですよー」


 体をゆさゆさ揺らす。けれど佑真は眠りが深いため、目覚める気配はない。どうしたものか。前に誠が起こした際は即刻殴って起こしていたが、さすがに波瑠はそこまで非道になれない。もうちょっと乱暴にやった方がいいかな、と力を込めてふたたび揺する。しかし「あと五年~」と規格違いの寝惚けが返ってきただけだ。


(流石は佑真くん、強敵だ……いや、これはひょっとすると、チャンスじゃないのですか!?)


 彼氏が寝ている。揺すっても起きない。

 これは友達から話に聞いた、絶好の機会というやつだ。


 海原夏季秘伝――愛しの彼を起こしちゃおうぜ☆作戦を、実行しちゃおうぜ!


 念のため説明しておこう。

 海原夏季とは、【太陽七家・海原家】の直系の娘にして、現在は暗部にて活動中の超能力者であり。

 波瑠の友達、普段は出鱈目ちゃらんぽらんな関西人である!

 そんな彼女の作戦ははっきりいえば、まともなわけがないのであった!

 だがしかし、天皇波瑠は素直なことに定評がある。

 即興出鱈目極まりない夏季の言葉をも、友達だからの五文字で鵜呑みにしちゃうのだ――!


「え、えとえと……まずは、佑真くんの顔に近づいて……」


 耳元へ、囁くように口を近づける波瑠。


「ゆ、佑真くん、朝ですよー。起きないなら、き、キスしちゃいます、よー……?」


 ベタすぎる台詞。言ってから二重の意味で恥ずかしくなる。やっぱり普通に起こそう、と体位を変えようとした、その時だった。


「…………起きないから、キスしよ……」

「へっ? え、と、ま、待って佑真く――――んんっ!」



 ぐいっと。

 佑真に後頭部を掴まれたと思いきや、そのまま思い切り口付けされた。

 頭真っ白。


「ん、んむ、んんんんん~~~~!?」


 離れては口付け。離れては口付け。繰り返すこと三回。

 満足したのか、唇を離した佑真は波瑠をぎゅっと抱き締めた。


「おはよう波瑠」

「…………な、なんですかその、驚くほど平然としたリアクションは」

「ふっふっふ、実はずっと起きていたのだよ。波瑠が揺すったり囁いたりもぞもぞしてて可愛かったから、からかっちゃった」

「待って佑真くん恥ずかしさで死にそう」


 言葉通りに耳まで真っ赤にする波瑠。ちなみに抱き締められたままだ。


「ていうか! き、キスしたのに平然としすぎなんだよっ」

「……装ってるってわかんねえかな。ま、一か月でやっと慣れてきたけどね。波瑠こそ毎回リアクションしすぎだろ」

「だ、だって、いつもは私主導だったから、不意打ちはずるいよぉ」

「でもそんな波瑠も可愛いすごい可愛い」

「……もう、ばかっ、褒めれば許すと思うなっ」


 ポカポカと叩く波瑠。あははと笑う佑真。


「朝っぱらから何やってんですかあんた達ぃ……」


 雪積もるベランダで溜め息つくキャリバン。


「「………………」」

「ああ大丈夫、キスシーン写真撮ったからって多分おそらくメイビー悪用しないと思われなくもない気がするような気分なので安心してくださ」

「できるかッ!」


 枕を投げるも当たるは窓ガラス。遠慮することなくガラガラと手動で開き(窓も手動(マニュアル)の学生寮なのだ)、キャリバンは部屋へ侵入してきた。


「なんなんだよテメェ! 何しに来やがった!?」


 ブチッと切れるキャリバン・ハーシェル。


「何しにも何も迎えに来たんですよッ! もう迎えは来てるんですから早く降りてきてください! つうか呼びに行ったはずのハルがミイラ取りになってどーすんですかぁ!」

「至極面目ない次第であります……」

「ん? 迎えってなに?」

「あァ!?」


 とぼけた佑真の顔に、キャリバンの怒りゲージは朝から全開に達した。


「今日は隊長――もとい真希さんと対面する約束の日でしょーが! テメェが今日を指定したんだぞこの野郎ッ! こっちは車の手配会場セッティングその他もろもろ雑用オンパレードで疲労溜まってんだその上リア充のクソ甘ったるいやり取り見せつけられていろいろ最近忙しくて休みすら無かったってのにうがあああアアアアアッ!!」

「キャリバン落ち着いて、キャラが危ないよ!」


 波瑠に諭され、金髪少女は闇落ちからなんとか救われる。


 とにかく――本日、二一三二年一月三十日。

 以前冬休みに決めた『天皇真希と対面する日』がやって来た。


 キャリバンをはじめ、国家防衛陸海空軍・独立師団【ウラヌス】・第〇番大隊――佑真的には面倒くさいので【ウラヌス】一括りで認識している――の面々とは、波瑠を巡る戦いの中で、この数ヶ月で何度か共闘した。


 が、しかし佑真はそんな彼らの隊長様と会ったことはない。


 しかもその隊長様は波瑠と桜の母親――嫁入りではなく天皇家の直系だ。無断で娘さんと付き合っていることも気にかかってはいるが、二度も天皇劫一籠の計画を打ち破っている身としては、天皇家というだけで会いづらいことこの上ない。

 忘れていたというよりは、脳が覚えているのを拒絶していたという感覚だ。佑真は額をかかえ大きなため息をうついてから、腹をくくることにした。


「ほんじゃ準備しますかー。ほれ二人とも退室せい。オレが着替えると文句言うんだから」

「わ、私は別に文句があるわけじゃなくてゴニョゴニョ……」

「あと十分でエアカー出しちゃいますから急いでください。ハルも遅れないでくださいねぇ」


 佑真はジャージを脱ぎつつ学ランを手に取る。赤い顔した波瑠を一瞥したキャリバンは、ひょいとベランダから飛び降りていった。三階からの飛び降りも、彼女の《風力操作(エアロキネシス)》をもってすれば楽勝らしい。

 超能力の乱用に苦笑いしつつ窓を閉めていると、結局部屋に残っている波瑠が背中に語りかけてきた。


「佑真くん、私のお母さんと会うの、ちょっと憂鬱?」

「そりゃあな。冗談でなく、これからも一緒にいるためには『波瑠をお嫁に下さい』くらい言わなきゃいけないだろうし、そうでなくとも【ウラヌス】には散々世話になってきたからな……そりゃ、会わないで済むならその方が気楽だったよ」


 顔をしかめる佑真。


「……この期に及んで怖じ気づいても仕方ねえか。波瑠をお嫁にくださいって言うぞー!」

「絶対主旨はそこじゃないけど頑張って! 私は駆け落ちも辞さないけど!」


 おーっ、と拳を突き上げ、両隣から『朝からうるせえ天堂ッ』と非リア共の壁ドンが響く。

 天涯孤独な天堂佑真は、今日も今日とて賑やかに一日をスタートさせた。



   ★ ★ ★



 ――――黒い鞭のようなものが、一閃。

 曇天の日だと路地裏は日中でも夕刻や夜とさほど変わりない暗さを見せる。その環境で雪は溶けることなく積もり続け、今や一つの山を作るほどとなっている。

 そんな道の数カ所に。

 打ちのめされた人間が、倒れていた。


「くっそ……なんだってんだよ……」


 彼らは武器を持ち、あるいは超能力を使い、


「……ありえねぇ。こちとら六人がかりだったんだぞ。あの噂、嘘なんじゃねえの!?」


 一つの噂を聞きつけるなり『ある少年』に喧嘩を売り、


「強すぎる……やっぱ、ランクⅩなんかに喧嘩ふっかけんのが間違いだったんだ……」


 ものの一秒足らずでぶちのめされたのだ。

 とはいえ、喧嘩を売った相手が悪かった。

 ソイツはかつて、『波動を操る超能力』を利用し『絶対』の力を手に入れようと、その手で千を超える人間を殺してきた怪物だ。いくら『零能力者に敗北した』という噂が流れていたとはいえ、ソイツは依然としてランクⅩの頂点に君臨しているのだ。対峙し、生きて帰れた人間はまさに噂の零能力者ただ一人なのだ。むしろ殺されていないことを喜ぶべきだろう。



 彼の真名を呼ぶ者はそういない。

 人はそんな怪物を、集結(アグリゲイト)と呼ぶ。



 耳にはイヤホン。今時めったに見ないコードの音楽プレイヤーで外界の音を遮断し、白と黒の簡素な衣類に身を包み、目的もなく街中を彷徨っていた。

 その金髪灼眼に、ある者は恐れをなして目をそらし、ある者はその存在感に圧倒され、またある者は彼を知っているのか、顔を見るなり距離を取った。少なくとも好意的な視線を向けられることはない。語りかけてくるとすれば、先ほどのような所謂『不良』という連中だ。

 どこで聞いたか『零能力者に敗北した』という噂が広まりつつあるらしく、『ならば俺達にも倒せる』と勘違いした馬鹿共が徒党を組んで攻撃を仕掛けてくるようになった。


 たった一度の敗北は『最強』の称号に随分と深い傷をつけたらしい。

 その腹いせという訳ではないが、集結(アグリゲイト)は全員をキチンと相手取ってきた。無論、反撃も許さぬ一撃で終わらせながら。


 しかし、馬鹿共は全員等しく生きている。

 昔なら容赦なく息の根を止めただろう。《集結(アグリゲイト)》は敵から波動を吸収することで自分の力とすることができる能力だ。倒せば倒すほど、殺せば殺すほどに己の力に磨きがかかる。


 千人を超える同族(にんげん)を殺してきた自分に、今更躊躇う理由はないはずなのに。

 なぜかあの日――初めて負けたあの日以来、命を奪うことができなくなっていた。


「…………チッ」


 胸糞悪い。舌を打ち、地面を蹴る。

 脳裏ではまた、勝手にあの日の記憶が反芻される――――――



 ――――――すべてが順調だった。

 すでに『計画』に必要な能力者の九割から波動を奪っていた。その日中にも必要な能力者全四九三人からの波動の徴税を終え、『絶対』の力を手に入れるはずだった。

 残すは天皇波瑠、十六夜鳴雨、月影叶の三人のみ。

 最終地点、アストラルツリー――大詰めの舞台で、あの零能力者は現れた。

 奴からは波動が吸収できなかった。

 あらゆる攻撃をぶつけても、何度だって這い上がってきた。

 挙げ句の果てには、すべての攻撃を回避されてしまった。

 左拳が貫かれた瞬間、集結(アグリゲイト)を『絶対』へ昇華させる計画は破棄された――――――



「……あぁ、クソッタレが。くだらねェこと思い出してんじゃねェよ、クソッ」


 ムシャクシャをぶつけるように後頭部をかきむしる集結。


 ――――計画の破棄は、同時に生きる理由の喪失へと繋がった。

 彼の生まれはこの日本列島ではない。戦後、《集結(アグリゲイト)》という能力を買われて日本に連れてこられたのだ。絶対の力さえ手に入れば何でもよかった。世界最強になれればどうでもよかった。だが計画は勝手に頓挫して、集結には用無しの通告だ。


 たった一度の敗北で。

 その相手が、記録上は(、、、、)致命的なほど(、、、、、、)弱い(、、)ということに(、、、、、、)なっている(、、、、、)せいで。


 今更自由になったところで、集結にすることは何一つなかった。仮登録されている高校へ行くつもりは微塵も無い。一般人に成り下がるには闇へと踏み込みすぎたし、そもそも自分は普通とかけ離れていたから、計画へと身を投じたのだ。

 すべて帰するは零能力者。

 アイツさえいなければ、今頃は――。



(……俺は何回同じ問答を繰り返せば、気が済むんだろォな)


 胸焼けのような鬱陶しさにイヤホンを引き抜き、天を見上げた――その時だった。




 何か、得体の知れない物体が、曇天の空に現れていた。




 その物体はみるみるうちに大きくなり、単に遠近法で落下とともに大きくなってるだけか、と冷静に観察する。

 受け止める気は毛頭無かった。

 どしゃ、という惨めな音とふぎゅ、という情けない声が耳に届く。落下地点は目の前、進路をふさがれて仕方なく歩みを止める。

 ピンクだ。

 ピンク色の毛玉だ。

 ピンク色の毛玉が、もぞもぞ何か喚いている。


「……」


 回り込んで先へ行こうと歩を進めたその三歩目に、ピンクの塊の中からにゅっと手が飛び出した。集結は軽く脚を上げて回避。完全に背を向けその場を去――


「ちょっとそこのアナタ! 美少女が落ちてきたんデスから助けてクダサイよ!」


 去ろうとしたら、ピンク色の毛玉が起き上がった。

 起き上がって、集結の前に立ちはだかってきやがった。毛玉の中から人間の腕だけが伸びているのは滑稽であるが気味が悪い。

 集結は足(?)から頭(?)まで視線を走らせた後、深々と溜め息をついた。


「……ギリースーツはちゃんと植物に擬態する柄を選べ」

「戦場のダッサいスーツじゃないデスこれ全部髪の毛デス! いいからちょっと助けてクダサイ!」


 桃色ギリースーツ(仮称)はのそのそと集結の前へ回り込んできた。進路を断ちたいのか両手を広げているが、やはり腕だけ伸びるその姿は哀れだ。


「つーかお前もう立ち上がってるだろォが」

「立ち上がればゴールと!? この状態を見て言うことがそれだけデスか! 前すら見えないワタシをなんとか助けようとは思わないのデスかアナタは!?」

「思わねェ」

「ガーン……デモ必ずアナタは後悔するのデス。不良品染髪剤のせいで変色&育毛しまくった髪の中に美少女がいると知った時、必ず後悔するのデス」

「うるせェどけ」

「…………お願いデス。助けてクダサイ……」


 先程までの意味の分からない強気はどこへやら。急に驚くほどしおらしい声に、集結も不抜けてしまう。チッ、と舌を打ち、


「…………わかった髪は戻してやる。その後どかなかったらぶち殺す」

「本当デスか!? ありがとうございマス!」


 ぺこりと頭を下げる桃色ギリースーツ。

 集結は何度目かわからない溜め息をつく。柄でもない癖に、何をこんな『人助け』まがいなことを引き受けているのか。苛立ちをぶつけるようにやや乱暴に、桃色ギリースーツの頭に手を乗せた。ぎゅむ、という声は気にしない。


「今からテメェの髪を一瞬で望む姿に変えてやる。だがミスったらしばらく戻らねェからな」

「はぁ……えと、何をするんデス?」

「手品みてェなモンだ」集結は数秒瞳を閉じ、「髪型を想像(イメージ)しろ。俺のこの力はテメェの想像(イメージ)に大きく影響を受けるからな」

「え? 何をイメージするのデス?」

「テメェが『そうあるべきだ』と考える、テメェ自身の髪型だ」

「……どういうことデス???」


 集結は、己の腹部にもう片方の手を当てる。

 そこを源泉に、白い波動の粒子が溢れ出す。


「いくぞ」

「ちょ、えと、説明が――――っ!」


 ギュッと(おそらく)目をつぶった桃色ギリースーツ。

 その瞬間。

 集結の手を伝って溢れ出した白い粒子が、ピンク色の髪全体を包み込んだ。

 暖かい日光のような輝きを放ち――わずかに一秒後。

 粒子が晴れたそこに立っていたのは、ショートヘアの、一人の女の子だった。


 銀色のコート。透き通るような白い肌。予想外に顔立ちは大人っぽさも感じ取れる。自称美少女は伊達ではなかったらしいが、生憎集結は異性というものに微塵も興味がない。見惚れて呆然とするというリアクションは取らなかった。

 元桃色ギリースーツ少女は前髪やうなじ付近に触れ、無事に桃色短髪一般少女になっていることを確認して「おおぉ……」と感嘆の息を漏らす。


「す、すごいデス! 元通りデス! なんデスか今の、超能力デスか!?」

「違ェよ。ともかくこれで用件は終わりだ。どけ」

「そ、そうデシタね。ありがとうございマシタ。これでまた、きちんと移動できマス」


 ぺこり、と今度は人間の風貌でピンク頭を下げる元ギリースーツ。


 深々と必要以上に頭を下げたその時。

 うなじに、六芒星と十二星座の魔法陣が見えた気がした。


 黒々と焼き付けられたそれを見た瞬間、集結は無意識に少女の肩を掴んでいた。

 強く壁へと押し付けられ、少女は激しく狼狽する。


「え? えと? なんデスか、予想以上の美少女登場にビックリしちゃいマシタ?」

「おいテメェ、うなじの魔法陣(それ)は何だ?」

「へ? えーと、これはデスね……」


 目を泳がせる少女。誤魔化そうとしているみたいだが、その素直なリアクションでは『特別な何かだ』と公言しているようなものだ。

 集結(アグリゲイト)は試しに、鎌を掛けることにした。


「ソイツは例えば――《神上(ゴッドブレス)》とか、呼ばれてンじゃねェか?」

「っ!」


 目を見開く少女。正解のようだ。


「……一体、どこでこれを知ったのデス?」

「どこでもクソもねェよ。さっき俺が使ったのはまさに、そのクソッタレな力だからな」


 集結は冷えた空気もお構いなし、服の裾を上げて腹部を顕わとする。

 そこには六芒星と十二星座(ゴッドブレス)の魔法陣が、何よりも濃い黒で刻まれていた。

 突然の脱衣に両手で顔を隠したクライだが、指の隙間から魔方陣を確認すると、複雑そうに顔をしかめた。


「……アナタもデシタか」

「まあな」服を戻しながら、桃色少女を退けさせる。「……ま、どォでもいいや。ついカッとなっちまったが、よくよく考えりゃ全く関係ねえ訳だしな。じゃあな同類。その奇跡の力とやら、悪用されねェように頑張れよ」


 と、イヤホンを突っ込みながら立ち去ろうとしたその時。

 ガシッと。

 桃色の少女に、あろうことか集結の腕を掴まれる。


(……あァ? 俺の腕を掴む? アホなのかコイツ。俺に触れたらいつ波動を《集結》されっかもわかんねェのに――そォいや名乗ってねェか)


 自分を知らないが故の、全くない警戒心。

 久しすぎる感情の向け方に対し困惑する自分に、軽い苛立ちを覚える。


「なんか用か」


 それ故に鋭くなった口調に少女は恐怖したのか、バっと手を離した。


「え、えっと、いえあの。アナタなら事情というか、境遇を理解してくれそうなノデ――――」


 く~きゅるきゅるきゅるきゅるぐ~、と。

 景気のよい腹の虫の音が鳴り、少女はあわわとお腹を両腕で隠す。


「…………朝ごはん、ゴチになってもいいデス?」


 なかなか絵になる上目遣いで頼んでくる桃色少女。普通の男なら焼き肉でも奢っちゃう程度には魅力的なのだが、不運なことに相手は強さ以外に興味を抱いたことのない集結(アグリゲイト)だった。


「断る。俺に利益がねェ」

「そうは言われてもワタシにできることなんて……そうデス。体売りマスよ?」

「自分の処女を易々と売ってんじゃねェぞクソが。生憎、俺に性欲はねェしな」

「うわ寂しいデスね! 三大欲求欠如とか!」

「食欲も睡眠欲も人並み以下だ」

「え、なんデスかその人間離れ……話ズレてマス! 何でもいいから奢ってクダサイ! 洒落にならない感じでおなかすい」ぐ~ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる

「……」


 腹が口より物を言う。

 集結(アグリゲイト)は本音七割演技三割で、大きな溜め息をついた。この少女と公道を共にしているとどうもため息で幸運を失いそうだが、付きまとわれるのも面倒だ。


「わかった朝だけついてこい。んで飯食ったら去れ。その代わり、テメェの《神上》を洗いざらい俺に教えろ。知っておいて損はねェからな」

「そんなのお安い御用デスよ。ではいきましょーっ」


 年相応にはある胸をポンと叩く桃色少女。

 集結は一か月前と違いすぎる自分の言動にキモチワルサを感じながら、ファミレスへと目的地を定めて移動を開始した。



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