●第八十二話 『変』の脚部を心にすると
初の差し込み投稿です。時間軸的には冬休み期間の真っ最中。本編に影響のない間のお話ですが、すみませんでした!
【第八十二話 『変』の脚部を心にすると】
最近、わたしは何かが変だ。
具体的にはよくわかんない。けど、確かに何かが変だ。
この『変』が始まったのは、『あの日』から――――――
☆ ☆ ☆
雪が今なお降り続けている冬空を、窓越しに。
「車椅子ならぬエア車椅子。今の病院ってこんなのまであるんだねぇ」
お姉ちゃん――波瑠お姉ちゃんが、のんびりした声で笑いながら、わたしの座る『エア車椅子』を押す。
エア○○っていうとエアギター系列を連想しがちだけど、わたしが座るエア車椅子は『反重力モーター』搭載の車椅子のこと。エアバイク系列だ。
出力を自動調節してくれるので、些細な段差はおろか階段すら上り下りできる優れもの。戦中くらいから、病院のみならず障害者さん達にもたくさん利用されていたみたいです。
佑真さんは『ほほう、これが寮長の言ってた「戦争の遺産の正しい使い方」ってわけだ』とか言ってた。
「乗ってる方は少しふわふわして変な気分だよ、お姉ちゃん」
「へぇー。ちょっと乗ってみたいかも」
にこっと目を細めるお姉ちゃん。妹が言うのもなんだけど、すごく可愛いその笑みにわたしの頬も緩んでしまう。
ところで――わたし、天皇桜は、お姉ちゃんと佑真さんに救われた通称『オリハルコン事件』以後、身体に不自由を抱えていた。
全身、特に下半身が、うまく動かせなくなってしまったのだ。
【ウラヌス】の専属医師である白神さん、寮長先生の知り合いという脳外科医さんなどたくさんの人と機械に検査してもらい、原因は『【神山システム】の長期使用による反動』、と落ち着いた。
【神山システム】は、わたしの首に巻いていたチョーカーから電気信号を強制遮断/強制送信することで、わたしの身体を乗っ取っていた。
動作、思考。
果ては超能力まで。
消化器官や五感などの機能を除いたすべてが【神山システム】に奪われる。
機械に支配され、そこに『天皇桜』はいない。
あるのは、『天皇桜』という身体を纏う『神山桜』という意識――ズレた存在。
そんな、寄生されたような状態に、五年間で数え切れない回数なっていた。
体内電気すらも操る《雷桜》――先天的能力者でありながら、極端に言うと、わたしの脳は筋肉の動かし方を忘れてしまったそうだ。
幸い、全く動かない訳じゃない。
手を借りれば、おぼつかなくとも歩くことができた。
だから、今はリハビリ期間。
電気を操る能力者の中でも高位、日向克哉さんという【ウラヌス】の方と、お医者さんの立ち会いの下、再び自分の脚で歩くために、毎日『思い出す』訓練をしているのだ。
……だけど。
お姉ちゃんには絶対内緒なんだけど……実はわたしは、この車椅子生活を、あまり苦に思っていなかった。
「でも運痴な私でも安心して押せるんだから、便利なものだよねぇ」
「うわっ、そういえばお姉ちゃん運動音痴だった……急に怖くなってきたよ」
「桜、それは失礼だよ。エア車椅子は全方位にセンサーがあって位置や高度や障害物にセミオートで対応を」
「車椅子の性能頼りには変わりないんだね」
だって意外と難しいんだもん、とお姉ちゃん。
他の人も押してくれるけど、わたしの車椅子係はお姉ちゃんが率先してやってくれる。
車椅子の時は必ず、大好きなお姉ちゃんを独占できるのだ。
お姉ちゃんも、ずっとわたしと話してくれる。
そのことが、信じられないほどの幸福感をわたしに与えてくれた。
きっと波瑠お姉ちゃんも、同じ気持ちなんだと思う。
空白となった五年間を埋めるかのように、最近はずっとそばにいてくれるから。
わたしの病室に着くと、お姉ちゃんは抱っこしてわたしをベッドに戻してくれる。
多少なら動けるって言ってるのに、お姉ちゃんはここを譲らない。
抱かれると、鼻先にお姉ちゃんの蒼髪が来る。不思議と甘い香りが鼻孔をくすぐる。
胸だけじゃない、柔らかな全身の感触に、驚きと羞恥に近い気持ちがこみ上げる。
五年会わないだけで、お姉ちゃんはますます美人になっていたけど。
密着すると、大人になっていることがよくわかって……なんか、『変』な気分になる。
心臓が無駄に早鐘を鳴らし、頬が自然と熱くなる。自分の知らないお姉ちゃんの一面に、緊張でもしているんだろう――早く慣れないと。
「よいしょっ、ふう。今回も事故なくリハビリステーションから病室への移動できました、桜殿!」
「お疲れ様であります、お姉ちゃん」
ビシッと敬礼のお姉ちゃん。すごい可愛い。写真に撮りたい。
こういうところを見ると、中身は言うほど変わってなくてホッとできる。
「そういえばお姉ちゃん、わたし抱っこできるよね」
「そりゃお姉ちゃんですから――どういう意味?」
「いや、重くないのかなって。お姉ちゃんって自他共に認める運動音痴じゃん。腕も細いし体も小さいし」
ちなみに身長はわたしの方が四センチだけ高い。佑真さん曰わく『どっちもちっちゃい』けど、この姉に勝るのは身長だけだ。
「ふふ、抱っこってコツがあるんだよ。さすがに長時間長距離は無理だけど、これくらいなら楽勝だよっ。それに桜は軽いしね」
頭を撫でられる。また頬が熱を発する。『変』な自分に違和感だ。
なんなんだろう。
触れ合いたい、のかな。
……甘えたいのかな。
昔はよく抱きついたし、抱きしめられた。お姉ちゃんは『シスコン』を公言する程にわたしを大切にしてくれたし、両親の遠くて寂しい生活で、わたしにたくさん甘えさせてくれた。
わたしだって、世間からすればシスコンの域に入っちゃうだろう。
……お願い、してみようかな。
「…………あ、のさ。お姉ちゃん」
「ん? なーに?」
首を傾げるその仕草すら愛おしい。救われてから、あなたの一挙一動は眩しく見える。
「……ちょっとさ。ちょっとだけでいいんだけどさ。昔みたいに……ギュッて、してくれません…………か?」
「お安い御用ですむしろこっちからお願いします!」
「ちょっ、即と――むぐっ!?」
抱かれた。
目を輝かせた姉に、有無を言わせず抱かれました。いや頼んだのはわたしなんだけども。
最初はやっぱり、心臓が飛び跳ねた。間違えて放電しそうになるくらい飛び跳ねた。
たぶん顔は真っ赤だ。
だけど、一分も経たないうちに静まった。
わたしを、安心が包み込んでくれた。
母親よりも好きだ。
この人の腕の中。
「……桜、あったかいなぁ。昔からそう。柔らかくて、暖かくて。冬は湯たんぽみたいで」
「実の妹が湯たんぽですか」
「えへへ、ごめんごめん」
大きな双丘のふかふかした感触越しに聞こえる、姉の、ほんの少しだけ速い心拍。
愛おしい。大好きだ。二度と離れ離れになりたくない。
溢れる感情に身を任せ、姉にどんどん甘える。ギュッと抱きついて、顔をこすりつけて、頭や頬を撫でてもらって。
……一瞬やましい感情がよぎったけど、さすがにこらえて。
お姉ちゃんもお姉ちゃんで、終始デレデレ嬉しそうだ。あなたにとっても五年振りだもんね――わたし、なんでもしてあげるよ。お姉ちゃんのしてほしいこと。
「ふふっ、可愛いなぁ桜。ほんと可愛い。私の自慢の妹だ」
「えへへ……お姉ちゃん、大好き」
「私も大好きだよ、桜」
姉妹で親愛を確かめ合う。またギュッと、お姉ちゃんが力を強める。
シスコン? なんとでも言ってくれ。
もともと、両親は家を空けがちで。
美里――黒羽美里さんはいてくれたけど、家族はお姉ちゃんしかいなかった。
だから、わたしはお姉ちゃんが大好きなんだ。
わたしの一番は、お姉ちゃんなんだ。
だからね、お姉ちゃん。
わたし、本当は――佑真さん、あんまり好きじゃない。
いや、人としては尊敬できるし、話してて楽しい人だし、救ってくれたことは感謝してるけど。
婚約なんてズルいよ。
お姉ちゃんを奪っていく。
やっと会えたばかりだっていうのにさ。
お姉ちゃんは、わたしのお姉ちゃんなのに。
佑真さんの前で見せるあなたの笑顔を見ると、なぜか胸がチクリと痛む。
さすがにこれは口にできない、わたしの中の秘密だった。
お姉ちゃんといると感じる『変』な気持ちに拍車をかける、我ながら嫌な感情。独占欲。
口にしたら、何かが壊れそうだから。
「大好き、お姉ちゃん」
「……もう、何回も言い過ぎ。恥ずかしいよ」
だから今は、姉妹として。
この愛を、あなたにたくさん伝えたい。
佑真さん、わたしを助けてくれてありがとう。
お姉ちゃんと会わせてくれてありがとう。
いつか必ず、佑真さんをきちんと受け入れるから。お兄ちゃんって、呼べるようになりたいから。
もうしばらくだけ、時間をください。
姉といる、この時間を。
お姉ちゃん、わたしを助けてくれてありがとう。
かっこよかったよ、お姉ちゃん。
わたしにとっての勇者は、お姉ちゃんだよ。
いつか絶対、恩返しをするから。
だから今は。
この『変』な気持ちに溺れていくことを、許してください。
世界で一番愛しています、お姉ちゃん。




