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●第八十一話 ある冬の日のお話

受験勉強の合間でちまちま書いた話なんで、非常にメチャクチャな上にシナリオは一歩進めばいいトコの自由な回です。

……いつか正気になった日に削除するかもしれませんが、どうぞ!

 畳敷きの道場内を、肉と肉をぶつけながら物凄い速度と手数で縦横無尽に交戦する男が二人。


 片方は夜空のように美しい黒髪を有した少年――天堂佑真。

 その表情に余裕はなく、汗を額に狼のような鋭い眼差しで、組相手を捉え続ける。


 此方は余裕ありき、少女漫画に出てきそうな程の端正な顔立ちの青年――名前は火道寛政。

 彼はこの道場の未成年者内最年長者にして、佑真に指導し続けてきたいわば『師匠』なのだ。


 両者の組み手のルールは、当人達にはお馴染み『バーリトゥード』もどき。

 目潰し、噛みつき、顔面への故意なアタック以外『なんでもあり』というほぼ実戦に近い組み手だ。


 鍛錬の目的が佑真の近接戦闘力の強化であるが故、理にかなったメニューではある。

 しかしあまりに実戦に近しいせいか。

 門下生の子ども達が思わず己達の鍛錬の手を止めてしまう程の緊迫感とスピード感で、佑真達は肉体をぶつけ合っていた。


「喰らえッ」

「いいや、隙だらけだよ佑真クン!」


 だがしかし――佑真が仕掛けた回し蹴りを受け止めた寛政の、足払いからの寝技押さえ込みのコンボが炸裂。


「っ、痛い痛い! ギブギブ、オレの負けっす火道先輩!」

「はいお疲れ様~」


 軍配が寛政側に挙がり、決着となった。

 寝技から解放され、べたーん、と道場の畳に倒れ込む天堂佑真。


「あーくそ、また負けたー……」


 零能力者とか呼ばれている彼も、現在中学三年生。

 本来年明け冬休みなう、といえば受験勉強の追い込みどころのはず――というのは、はるか半世紀ほど前の常識だ。


 約七十年の《第三次世界大戦》開幕前後に軍隊戦力の所有と交戦権をふたたび得た日本では、同時に(主に)男子学生の進路に『軍事学校』という選択肢をもたらした。


 戦時中に徴兵令や軍事学校入学義務の法令が出たのはもちろんである。

 そして現在、戦後。

 より正確には『《第三次》の休戦状態』である現在の世界情勢を考慮に入れ、日本は引き続き軍人育成機関を残すことを決定していた。


 超能力者には、『五大高校』と称される国立超能力者育成専門機関が用意されている。ここもある種の軍事学校だ。

 東京・盟星学園はその代表例で、 日本国内でもトップクラスの超能力者が入学を許される。

(ちなみに統計的には、超能力の強さ(ランク)に男女間の差がほとんど見られないため、五大高校の入学者は男女だいたい六対四となっているのが現状だ)


 低能力者たちにも軍事系の進路はもちろん存在し、こちらは上記五大高校とは方向性の違う形で戦力となるようカリキュラムが組まれている。

 より軍事学校らしいのはどちらか、と聞かれれば低能力者側になるのは軽い皮肉だろう。


 そして軍事学校の受験における特色といえば無論、学力よりも体力の方が重視されることである!


 頭が全く必要無い訳ではないが、元々学力が低く運動能力の高い佑真は――己が正義感もあって――中学卒業後には軍事学校へ進学することを、中三になると同時に決意していた。


 余談になるが、かつて七月の一戦にて、オベロンやキャリバンの正体が陸軍第『〇』番大隊――【ウラヌス】の隊員だと知った時に若干戦意を失ったのは、この辺りの心情が影響していたのだ。

 とまあ、それはともかく。


 彼の友人、鈴木や岩沢なんかも同様の進路。


 だから勉強なんてしなくてもいいぜ! と、余裕をこいて遊んでいた中学三年の春、夏。

 そんな夏にあった一つの出会いは、佑真の進路に迷いを来す羽目となった。



 天皇波瑠。

 蒼髪が印象深い彼女は、今では佑真の恋人だ。


 そんな彼女は、死者をも生き返らせる魔法《神上の光(ゴッドブレス)》をその身に宿しているが故、世界中から狙われている。


 一生彼女の側にいて、そして襲い来る敵すべてを倒すと約束した。


 アーティファクト・ギアへの一度の敗北を経て以来、強くなりたいという決意はより硬いものとなっている。


 そして、愛する気持ちは日を経るがごとにとてつもなく大きく成長する。


 だから、迷っているのだ。


 一人の少女を守りたい。己が強くなるためには、進学する余裕なんてないんじゃないか?

 しかし、彼女を幸せにするためにしっかり学び、ある程度の職に就きたい、という願望もある。

 だが学力を考慮すれば、そんなのも夢のまた夢で――――……。


 思考はこの繰り返しだ。

 寮長に相談したり、波瑠自身に愚痴をこぼしてみたり、実際に軍隊に勤めるキャリバンの話を聞いてみたり。

 いろいろやっても結論は出ず、モヤモヤがたまった時は、とにかく体を動かすのが天堂佑真の流儀。



 ――そんなわけで、佑真は【太陽七家・火道家】の道場に今日も今日とて足を運んで。


「ははは、今日も30試合の23対7で俺の勝ちだ。佑真クン、いつもの罰ゲームね」

「師匠満面の笑みっすねコンチクショウ!」


 火道寛政に大敗するのだった。完!



   ☆ ☆ ☆



 ――太陽七家の中でも《戦》に特化している【火道家】は、日本の陸軍や警察の白兵戦闘術、剣術武術などを指南する役目を担っている。

 警察、軍事職務に関わる者で【火道家】の術に触れない者はいないと言われるほどだ。


 身近なところでいえば、小野寺誠。

 彼もまた守護者(ガーディアン)という特殊な立場上、幼少期に火道の戦闘術を学んでいる。


 小野寺が『剣』に特化していることに対し、火道は所謂オウルラウンダー。

 いざいざ刀の無い状況で戦闘の必要が出た時のため、と手解きを受けるには十二分の価値が存在していた。


 所詮民間人の佑真がこの道場に通えているのは、その誠のつてを借りることができたからなのだ――――



 道場主の長男息子、火道寛政は、先述通り佑真の『師匠』を任されていた。


【太陽七家】次期当主としての立場もさることながら、近接戦闘における専門家、という顔も兼ね備えている寛政。

 免許皆伝、超能力込みの零距離戦闘では日本でも五指に入るだろうレベルの超人だ――生憎『超能力者同士のバトル』は遠距離戦が有利な傾向にあるため、知名度は劣ってしまうのだが。


 そんな彼も弟子を持つのは初めてであり。

 佑真との相性は、最高の一言に尽きた。


 無論そこには『呑み込みがやたらと早い』『元から戦闘センスはずば抜けて優れていた』などの要因があったものの。

 天堂佑真が八月以来鍛錬を続け、この冬には、超能力者と《能力無しである程度戦えるまで成長できた》のは、寛政の功績でもあったのだ。



 と。

 以上は表面から見た、佑真と寛政の関係だ。



「それじゃー佑真クン、早速罰ゲームだ。腕立て腹筋負けた回数×50回、はい用意すたーとー」

「23×50って毎回思うけど非常識なん」

「カウントに遅れたら回数増やすからね。はい、いちぃー」


 天堂佑真、有無を言わずに即刻腕立て体制にシフト。


 肉弾戦のスペシャリストであると同時に爽やかアイドル系の魅力を持つ『イケメン』な火道寛政、コイツの出すメニューは基本的に、《常人には耐えられないように設定されている》!

《そのメニューに耐えられる異常な体力(と精神力)を持つ》佑真だからこそ、彼の弟子として成長できたのだッ!!


(23×50……ははは。四桁の腕立てオア腹筋が罰ゲームとかイカれてんだろ師匠! 人間の所業じゃねえよ!)


 ……まあ本人からすれば、厳しすぎる師匠はなかなかどうして、複雑な心境である。

 そもそも弟子入り最初の頃は、肉体労働専門の佑真でも、この馬鹿げたメニューを完遂できなかった。

 いつの間にか、やり遂げられるようになっていた。

 メニューに(精神的な意味で)耐えるのは、ひとえに、『これをこなせばまた一歩強くなれる』と信じているから。


 すべては波瑠を守るため。

 不可能を可能に変える程度には、恋する男は強いのだ。


「ゆーまさんがんばー」

「がんばれーゆうまおにーさーん」

「おー、天堂さん今日もペナルティーやってるよ。兄貴も容赦ねえなぁ」

「真冬なのに汗すっごいね……佑真先輩頑張ってー」


 門下生の小中学生や寛政の妹の絢音、弟の達也らの声援を受けて自らの腕をいじめる佑真。

 高校生や大人の人達が同じ目にあったことがあるのか、哀れみと同情の視線をくれるのもいつもの事だ。


 補足すると、佑真は寛政からの罰ゲームとは関係無しに、日常的に筋力トレーニングをこなしている。

 腹筋や腕立てを、最高で一日500回まで。

 寛政に『これ以上はダメ』と釘を刺されているのだ。


「そういや、火道、先輩。あんたはっ、1日のトレーニング、どれくらい、してるん、すかっ?」


 腕立てのテンポに合わせて声が途切れ途切れな佑真。寛政はそのことに苦笑いしつつ、


「1日500回が俺の『最低ノルマ』だよ」

「最低……つーことは、それ以上、すか」

「うん。だけど佑真クンは今日みたいに俺が指示した日以外は、500以上やっちゃダメだよ?」

「え? なんで、すか?」


 ――どうやら佑真の瞳に宿った『先輩に勝つために回数増やす!』という野心が読み取られたらしい。

 穏やかながら厳しさも見せる、という器用な表情を作る寛政。


「佑真クンはまだ十五歳。成長期真っ最中だからね。成長線が閉じた俺と違って、やり過ぎると身体の成長の妨げになりかねない。ハルちゃんに仕込んだアフターケアを考慮に入れて、その上で『ギリギリ無茶な回数』が500回だと俺は思ってるんだ」

「成長期、すか」

「うん。佑真クン今身長何センチ?」

「大体170、かと。それが?」

「キミ、夏はまだ165しかなかったんだよ。超成長期の真っ最中だっていうこと」


 言われてみれば、よく手を乗せる波瑠の頭の高さも、最近は更に低くなっていた気がする。

 縮んだ? とからかった事もあったが、自分が伸びていたのだ。


「それに、体重も増えてるだろう? だけど体の線は太くなっていない。引き締まった筋肉が着実についてきた証拠だね」

「……そっちは言われてもわかんないっすねぇ」

「ま、自分じゃよくわからないよね」


 あははと笑う寛政。ちょっと嬉しい佑真はちなまなくとも腕立て継続中。


「一応確認するけど、単純なトレーニングに欠かせないのは運動、食事、休養の三つだ。うち一つ、運動は申し分ない。休養もキチンと取っているかい?」

「取ってますよ。最低でも六時間睡眠」

「そして食事は?」

「自炊っすけど、いつの間にか波瑠と寮長の徹底管理にシフト中です。コンビニ弁当も久しいっす」

「いい傾向だ」


 寮長はもちろんのこと、波瑠の料理も味は不満一つ言えないほどの出来だ。周りに恵まれてる。


「きちんとした食事。十分な睡眠。そして適切な運動。この三方向をきちんと維持しつつ成長期を乗り切ることで、佑真クンの身体は大人になった時に文句なしの完成品になる。今はその準備期間だ。だから無理しようとは考えずに、ハルちゃんのために一緒に頑張ろうな」

「……うす!」


 にい、と口角を上げる佑真。寛政も威勢のいい返事に満足げだ。


 優しさと厳しさを兼ね備えた『師匠』と、負けず嫌いで素直な『弟子』。

 なんだかんだ、相性はいいのだ。


「しかし羨ましいなあ佑真クン。献身的な彼女がいて、しかも婚約してて」

「……達也も似たようなこと言ってたけど、あんた達なら彼女の一人や二人くらい余裕なんじゃ。先輩のファンクラブもあるって聞きましたよ?」

「ファンクラブはあっても彼女はいないからねー。その点ハルちゃんは可愛くて料理上手でしかも一途の超優良物件。ハルちゃんいいなぁ。奪っちゃいたいなぁ」

「おいこら先輩。波瑠奪おうとしたら本気で叩きのめすぞ?」

「お、そろそろ小中学生はメニュー変更の時間かな」

「おい誤魔化すなよ先輩。さっきの発言本気か? 冗談か!?」

「はいじゃあみんなー。佑真クンの筋トレは放っといて乱取り三十本だー」

「スルーすんなやおい、おーい先輩ッ」


 寛政が指示を出し、小中学生の門下生が「はい!」と元気な返事と共に乱取りを始めて道場に騒音が響き始めた。

 同時に佑真も、ようやく300回の大台を見据える。


 と、そんなタイミングで。


「天堂君、キミにお客さんだよー」

「オレですか?」


 火道の家の召使い(メイド)さんが顔を覗かせ、たかと思えば一歩引いて「ささ、遠慮せず」と背後に続いていた『お客さん』を促した。

「失礼します」という声。そして見えたのは蒼い髪。


 佑真の心臓が、ほんの少しだけ音を速める。


「もしかして波瑠?」

「もしかして私だよ、佑真くん。久しぶりに来ちゃった」


 脱いだコートを片手に、波瑠がやや照れくさそうな微笑みと、ついでにわざとらしい言い回しで、召使いさんと入れ替わりに道場へ上がって


「ちわっ!」「こんにちは!」「こんちわっす!」「天堂さんの嫁さん、もとい波瑠姉さんお勤めご苦労様です!」「波瑠ちゃん先輩久しぶりーっ! 今日も可愛いよー波瑠先輩ー!」


 ――来るなり、体育会系特有の挨拶ラッシュが炸裂した。


 なまじ武道だけに幼子まで徹底されているかと思えば、達也・絢音の『火道家子女』二人がふざけた挨拶をしているのはご愛嬌。

 少し圧倒されつつ波瑠も、門下生達に挨拶を返す。もちろん誰もが見とれかねない天然の微笑みで。


 それに対し、より過剰に反応するのはなぜか、火道家長女、絢音だったりするのだが。


「はあっ……あの笑顔。天使のような美しさ。それでいて親しみやすい愛らしさ。ねえ達也、波瑠ちゃん先輩はどうしてあんなに完成されているのかしら」

「姉貴目が怖い台詞が怖い。……ま、男から見ても文句無しだけどさ。波瑠姉さんは遠目ですら美人。姉貴なんか比べモンにすらならないよな」

「そりゃそうよー。ウチと波瑠ちゃん先輩を比べようなんて冒涜よ冒涜! やーん波瑠ちゃん先輩ほんと可愛いなぁ」


 絢音が呼びかけると、波瑠も笑みを浮かべて手を振り返してくれる。その笑顔に対し、達也はこっそり舌を打つ。


「ううくそ本当に美人だなっ。俺もあんな彼女欲しい!」

「無理よ無理。この世に波瑠ちゃん先輩並みの美女なんて存在しないんだ、か、ら」

「ルックスだけじゃないよ……天堂さんはかっけえし波瑠姉さんも美人だけど。憧れてるのはむしろ関係。あの二人くらい愛し愛されの関係には、俺はなったことねーから……」


「あらなーに? なになに? もしかして今まで彼女をとっかえひっかえしていた達也が! あらゆる女の子を貫通してきた達也が! 今度は純愛を貫きたいと主張してるのでありますか!!」

「……、」

「一月に一人彼女を変えて、週に一人ストックを作って、日に一人はメアドを手にして、朝昼晩と女の子に唾つけてたあの達也がねぇ。佑真先輩達みたいな純愛ねぇ」

「黙って聞いてりゃそこまでひどくないよ!?」


「ところで我が妹たち、乱取りの最中だってこと忘れてないよね?」


「「御意に」」


 ニコッと寛政(アニキ)から警告を受け、そそくさと乱取りに戻る姉弟。

 寛政は軽いため息をついてから、絶賛腕立てなう、な佑真とその横にしゃがみこんだ波瑠の下へ歩み寄った。


「や、ハルちゃん久しぶり。あけましておめでとう」

「寛政さん、お久しぶりです。あけましておめでとうございます。いつも佑真くんがお世話になってます」


 なんのなんの、と軽い言葉ながら挨拶はきちんと済ませる。新年のご挨拶は大切なのだ。


「で、ハルちゃん何か用? それとも単純に旦那さんの応援かな?」

「だ、だん………………いえあの」


 嬉しいことに、否定はもうできないのだ。


「火道家自体に特に用事はないんです。寄り道っていうか、ことのついでというか」

「あー先輩。オレと波瑠、この後ちょっと出掛ける用があって、稽古が終わり次第合流するつもりだったんすよ」

「ふうん。デートかい?」

「違いますっ」

中学の面子(クラスメート)で集まって、受験前最後の足掻きですよ」


 少し不服そうな波瑠に苦笑いしつつ、佑真が補足説明を加える。


「なるほどねー。佑真クンを普通にしごいてたから意識してなかったけど、そういえば受験生なんだよなぁ。懐かしいなぁ」

「先輩はどうせ余裕の合格だった?」

「まあね。容姿端麗頭脳明晰運動神経抜群、我ながら非の打ち所が無さ過ぎて怖いくらいだよ」

「自慢かコラ」

「自慢だそりゃ」

「さも当然のように認めやがった!? いや自分から言ってたけど」

「でもあの盟星学園に余裕で合格ってすごいですよね」


 波瑠の尊敬の眼差しに、寛政はそんなことないよ、と謙遜してから、


「あそこは学部学科によるけど超能力ランク次第じゃ、本当に余裕合格できるトコだからね。ハルちゃんは正直余裕しゃくしゃくだよ」

「ランク10だしな。今更にも程があるっていうか」

「あはは……でも、盟星学園に興味ないしなぁ」

「佑真クンいないから?」

「はいっ」

「羨ましいほどの笑顔をありがとうハルちゃん。ちょっと勿体無い気はするけど、本当にいいの?」

「ていうか、そもそも高校には、通えるかわかりませんし……」


 えへへ、と何かを誤魔化すように微笑む波瑠。

 そっか、と寛政。


「そっか。《神上の光(ゴッドブレス)》」

「はい。――何の偶然で半年近く、なんだかんだ安全に過ごしてこれたのかはわかりません。だけど……ん、だからこそ。普通の女の子みたく過ごせているこの時間が失われるのは、そう遠くない時だと思うんですよ」

「波瑠」

「……わかってるよ。ありがとう佑真くん。でもね、何回も言ってきたけど――私を取り巻く環境は《本来こんなに生ぬるくない》。知ってるでしょ?」

「まあな」

「でもそんな《生ぬるくない》環境で、ハルちゃんと共に生き延びる。そのためにこうして特訓してるんだろ、佑真クン」

「うっす。そっすよそっすよ」


 寛政の言葉に、重くなりかけた空気が和らいだ。


「でも佑真クンと同レベルの高校ってなると、頭脳明晰容姿端麗運動音痴、せっかくのハルちゃんの才能が腐っちゃうかもね。それだけは避けた方が良さそうだ」

「ナチュラルに罵倒混ぜませんでしたっ!?」

「間違ってはないけどな」

「も、もうっ。どうせ私は運痴ですよーだ」


 ちなみに体力テストは柔軟だけ高かったりする波瑠なのだった。



   ☆ ☆ ☆



 たっぷり筋トレ、その後シャワーを借りるなど経て小一時間。

 火道邸を後にした佑真と波瑠は、エアバイクがないので公共交通を利用することしばらく、学生寮まで戻ってきた。


「やっぱバイクねーと不憫だよなぁ」

「残念佑真くん、正解は『不便』なのです」

「…………」


 向かうは我らが寮長の部屋。名義は『勉強会』のため、快く部屋を貸してくれたのだ。

 相変わらずの手動扉の前でピンポーン、とベルを鳴らすと、『鍵空いてるぜー』と聞き覚えのある声が届く。佑真の悪友、岩沢だ。


「うーす、ただいまと言うべきか、あけおめと言うべきか」

「あけおめでいいんじゃないかしら、天堂君」


 遠慮なく六畳一間に入るなり、『いいんちょさん』こと古谷早紀の若干呆れた返答が届く。


「波瑠もあけおめ」

「ん、おめでとー早紀ちゃんっ」

「つか天堂、テメェ年初めから姫様とデートかコラ。姫はじめでもしちゃってんのかコラ!?」

「デートだコラ。そこまで進んでないんだよコラ!」

「ちょっと鈴木も天堂もいきなり下ネタとかやめてよねー。我らが純情お姫様、波瑠が固まっちゃったよ」


 古谷の親友にして美少女と名高い神崎から蔑視を受け、佑真と鈴木は責任のなすりつけあいを開始。

 岩沢は一人、(姫様、姫はじめの意味知ってんのか……)と謎の衝撃を喰らっていた。


 そんなわけで『勉強会』のために、寮長の部屋には六人もの生徒が集まっていた。

 具体的には、天堂岩沢鈴木ブラックトライアングルの男子三人組に古谷(いいんちょさん)、波瑠や神崎といった女子グループが合体した構成となっている。


 男女比だけ見れば天堂岩沢鈴木はなかなかどうして、リア充街道を突っ走っていそうだが、『恋愛対象にならない』と公言されている身だ。


 コホン、と仕切り直しの意を込めて咳払いする古谷。


「えー、それじゃあメンバーも揃ったわけだし、入試まであと1ヶ月。早速始めるわよ、みんな!」

「おうよ! テメェら準備はできてるか!?」

「ったりめぇよ! 締めのうどんは買ってきたぜ! この人数に対応すべく鍋もバイト先から借りてきた!」

「抜かりねーな、流石我がクラスの誇るバイト戦士鈴木ィ!」

「材料は十二分にそろってるんだよ!」

「下拵えも波瑠たちの到着前に終わったし!」

「受験勉強なんてクソ食らえ!」


「「「すき焼きパーティー開幕だァァァ!!!」」」


 学生揃わば騒ぎ時。

 善行などは愚の骨頂。

 赤信号、みんなで渡れば怖くない。


 忘れてはならない――佑真達は全員、落ちこぼれの揃った底辺中学に通っているということを!


   ☆ ☆ ☆


「ちょっと男子ぃ肉ばっか食ってないで野菜も食えー!」

「うるせえいいんちょう! 否、すき焼き奉行!」

「目の前に肉があって手を出さない理由がないわ!」

「ええい子供か貴様ら!」

「「じゃあ酒飲ませて!」」

「犯罪はえぬじーよ」

「「ですよねー」」

「姫様ー卵取ってー」

「はいはいどうぞー」

「っか神崎テメェも野菜食えし! さっきから鈴木バイト先店長贈与牛肉(六千円)ばっか食うなし!」

「ふふふふふ、貧乏な家に生まれた私に遠慮の二文字など存在しないということを教えてあげよう」

「読モやってるくせに」

「この前グラビアやってたくせに」

「へそ出してたくせにへぶっ!?」

「なっ、なっなっ、なんで知ってるのっ!」

「なっ、なっなっ、なんでオレだけ殴られるのっ」

「近くにいたからだろ天堂。ちなみにソースは姫様だ」

「波瑠ぅぅぅ!!!」

「抱きついてこないで神崎ちゃん苦しい……。だっ、だって買ってる雑誌に出てきたから、それ佑真くんに見られて」

「結局アンタか天堂ぉぉぉ!!!」

「待って四の字固めは筋肉痛の体に来るんがぁぁぁ!!!」

「神崎アンタスカートん中見えてるわよ」

「れ、レース……神崎ちゃんすごい……」

「いてて……驚いてるとこなんだが波瑠、お前もはいてなかったっけ?」

「「「なぜ天堂がそれを言う!?」」」


 ストッパー不在のすき焼きパーティーは大いに盛り上がりを見せていた。


「いやぁこの前着替え中の部屋に入っちゃって下着姿の波瑠と偶然ばったり」

「「その話詳しく」」

「おーい男共本音出しすぎだぞー」

「あまりに可愛くてエロかったから押し倒して一発やっちまおうと思ったら、寮長に回し蹴り喰らったっつーオチなんだけどな。エロい話はないぞ」

「なんだつまんね」

「そーいや姫様、未だに処女なん?」

「…………」

「頷いたな。天堂、度胸ないな」

「頷いたぞ。天堂、失望したぞ」

「頷いたね。天堂、情けないね」

「あれ、オレが集中砲火?」

「天堂君のへたれは今更よー。それより波瑠、素直に答えなくていいのよ?」

「うぅー……」

「でも正直姫様が処女喪失してたら俺は悲しい」

「あ、俺もだわ。それって更に天堂の脱童貞とイコールだしな」

「あれ? 天堂もまだ未経験なの? 意外とモテそうなのに。ルックス悪くないし」

「波瑠が初恋初彼女だかんなー。機会がなかった……ていうか神崎さんだって知ってるだろ、オレが二年ほど不良やってたこと」

「あ、零能力者か。ごめん天堂」

「謝んなくていーよーもう気にしてないし。ちなみにいいんちょと神崎さんは経験は?」

「ないわよ。前の彼氏はカラオケで押し倒そうとしてきたから即ぶん殴って振ったわ」

「初めてがカラオケはそりゃ嫌だわな……」

「むふふ、ちなみに私はあります」

「「「我らの純潔アイドル神崎ちゃん伝説終了のお知らせッッッ!!!」」」

「ふふふ、でも今はフリーで彼氏募集中」

「付き合ってください神崎さん」

「真顔だ。鈴木さんや、岩沢の真顔って怖いな」

「コイツ一時期神崎さんにガチ惚れしてたからな。大胆な告白は馬鹿の特権だ」

「岩沢君。お友達から始めましょう?」

「友達ですら無かった!? 割と一緒に騒いでいたのに!?」

「しっかしお酒も無しにおんしら、よくここまで盛り上がれるのう」

「ホントですよねぇ」

「そうね。やっぱり天堂岩沢鈴木ブラックトライアングルが揃うとやかましいわね」

「全くじゃ。小奴ら揃わば『勉強会』などありえんよのう」

「ええ本当に………………ん?」


 ぴと、と。

 波瑠が首を傾げたその刹那、部屋に静寂が訪れる。


 三年間聞き続けた独特の口調。

 見た目は子供。頭脳は大人。四捨五入すると三十歳。

 見たこともない笑顔(怒り凝縮百パーセント)を引っさげて。


 我らが担任ロリババァ――寮長さんが、いつの間にかにお出ましなさっていた。


「しーかし関心しないのう。性の話に興味持って当たり前の年頃とは言え、男女交えて、しかも『勉強会』たる名目の場で行うのは」

「「「………………」」」

「その上、『勉強会』という名目で貸した部屋ですき焼きパーティーに洒落込むとは。まあまあ、ようやる度胸があったもんじゃ」

「「「………………」」」


「…………ちなみに寮長、経験は?」


(((天堂何聞いてんの!?)))

(嗚呼、みんなが佑真くんに総ツッコミしてるのがわかるよ……)


「こ の 外 見 で。あると思うのか、佑真?」

「極一部にだが需要はあるぜ、合法ロリ先生!」


 佑真が蹴り飛ばされ、寮長を交えてすき焼きパーティーは再開する。

 息抜きを許してくれる、なんだかんだ生徒に甘々な寮長なのだった。


   ☆ ☆ ☆


「神崎さん進路は?」

「チャリ圏内の普通科高校かなー。軍隊は怖いから行きたくないし」


 肉も無くなり締めのうどんも食べ終え、話題は紆余曲折を経てようやく受験生らしい『進路』にたどり着いていた。


「徴兵がかからん限りは女子に戦場への出番は無いじゃろうしのう。妥当な判断じゃ」

「寮長先生の助言あっての選択ですからねー。早紀は?」

「第一志望は私も同じとこよ。第三くらいに多摩の軍事学校が入ってるけどね」

「そうだったの? んじゃ早紀とまた一緒にいられるんだっ」


 抱きっ、と古谷に抱きつく神崎。波瑠と秋奈程ではないものの、この二人もなかなか密着が多いようだ。


「そういやいいんちょと神崎さんは幼なじみなんだっけか」

「小一からの腐れ縁よ。……ところで、あんた達男子組は進路どうなの? あるの?」

「さすがにあるよ!?」

「天堂はまだ迷ってるみたいだけど。俺と岩沢は軍事関係だ」


 やっぱりか、と呟きつつも古谷の表情は少し曇る。寮長、神崎も誤魔化しつつも視線はやや下がっていた。

 佑真はなんとも言えない笑みで、


「ま、同級生が軍隊に自ら入ってお国のために命を燃やす――気分は良くないわな」

「……ええまあ、ね」

「でも俺達バカだし内申壊滅的だし、選択肢ないし。それに、運動神経生かすにはこの時代じゃ天職みたいなもんだからな、軍隊は」

「だからといって、自ら戦地に向かうのは、わしはいつまでも反対じゃがの」

「悪いな寮長。これでも三人で相談してたんだぞ?」

「へえ、無い頭突き合わせて?」

「悪かったな脳筋でッ。流石の俺達でも自殺志願者になるのは躊躇った訳よ」

「全くじゃ。自殺志願者じゃっ」


 ぷうっと子供のような頬を子供のように膨らませる寮長。

 彼女が何より嫌なのは、担当した生徒が戦場へ赴くことだ。

 当時まだ子供だったが、己が暗殺者(、、、)として幾度となく危地に立たされたから――教え子に、自分と同じ目にあって欲しくないのだ。


「あっ……あああっ!」

「どした波瑠? 脈絡もなく声出して」

「い、いや、えっとね。佑真くんに伝え忘れてたことがあって……たぶん進路に関わることで」

「なにそれ。初耳なんだけど」


 ごめんなさい、と謝りながら波瑠は、自身のバッグから一枚の紙を取り出した。

 佑真が手渡され、脇から神崎と鈴木も覗き込む。


「えーなになに……『天堂佑真殿。はじめまして、私は国家防衛陸海空軍独立師団【ウラヌス】・陸軍第『〇』番大隊の隊長兼波瑠の母親を勤めております、天皇真希と申します』………………んん?」


 硬直する佑真たち一般人サイド。

 ぶふっ、とお茶を吹き出す寮長。


「……なんか、急にとんでもない話になってるわね」

「おい天堂、続きはよ」

「お、おう。『あなたの噂はかねがね聞いております。まず、娘を一時期とはいえ救っていただき、感謝しています。私自身、娘とは五年近く会っていませんが、娘は元気にしているでしょうか』……この手紙の経路は?」


 キャリバン経由だよ、と小声で波瑠。彼女も彼女で気まずそうだ。


「えーと、『天堂佑真君。あなたに一つ提案があるのですが、一度、私と会ってはくれないでしょうか。波瑠とあなたのこれからに関係する、大切な話がしたいのです』」

「これは天堂、あれだな」

「ご両親への挨拶と『波瑠をオレにください』展開だね! やだ何か私が燃えてきた」

「そんな安直な内容とは思えないがのう……」


 寮長の何かを知ったような溜め息に、波瑠だけ首を傾げる。過去に思い当たる節でもあるのだろうか。


 そして手紙には、『良ければメールで構わないのでキャリバン経由で返事をくれ。時間はそちらの都合に合わせる』、『七月の件は本当にご迷惑を~』などの事項が記述されていた。


「……で、どうするのじゃ?」

「寮長、どうすりゃいい。正直答えがわからない」

「と、突然すぎたよね。ごめんね佑真くん」

「でも両親へのご挨拶だろ? 姫様と結婚しちまったことも伝えた方がいんじゃね?」

「そうよ天堂君。今時駆け落ちなんて流行らないわ」

「お前らな……仮にも相手、陸軍所属ってわざわざ書いてるんだぜ。つかあの【太陽七家・天皇家】だし。んな用事でわざわざ手紙送るとは思えねーよ」


 というか、今の日本を牛耳る【太陽七家】に対し物怖じしない同級生達は何者なのだろう。


「何はともあれ、行ってみないと始まらないのやもしれんのう。真希ちゃ――こほん。『天皇』とはいえ波瑠の母親。娘に危害は加えんじゃろうし、信頼に足るキャリバンが仲介におる。それに『二人に関わる大切なこと』を話すんじゃから」

「…………波瑠は? 行く場合は無論同行してもらうけど、お母さんに会いたい?」


 もじもじ、と指と指をこすりあわせること数秒。控えめな上目遣いで、


「あ、会いたい……かな」

「くっそ可愛いなくそ」

「ふえっ?」

「いや何でもない。……しゃーない。会ってみますかお義母様!」


 ファイティングポーズを取る佑真。おおー! と呑気な同級生達の歓声が響いた。




 そうして、物語は再び動き出す。




(ついに真希ちゃん先輩が動くか……佑真と波瑠、二人の何かが変わるかもしれんのう。些細やもしれん。ガラリと変わるかもしれん。ともあれ……わしに出来ることは一つ。おんしらを、見守り続けることだけじゃ)



 これは、ある冬の幕間の話。

 なんてことない、日常の一場面。





これが深夜テンションの力よ! 脱落しなかった方、本当にこんな回ですいませんでした……。

寮長の思わぬフラグ回収は、機会があれば行います。

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