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●第八十話 誤差零ミリの使徒の交差

受験前最終回です!

こんな回がです!


番外編、時間軸そのままに『同世代』のみんなでワイワイするだけのお話ですので頭を空っぽにしてお楽しみくださいな。

 ――――12月31日。

 物語は、とある軍用施設内の病院で始まっていた。



【メガフロート】地区を舞台に起こった『オリハルコン事件』から、早くも十日が経っていた。

 世間は年始を迎えようというところ。アストラルツリー跡地をはじめとした【メガフロート】地区は、国防軍【ウラヌス】の協力も得てさくさくと修復が行なわれている。

 日本最大の建造物が失われた痛みは大きかったが、くよくよしていては先に進めない、と現代を生きる者たちはみな第三次世界大戦で学んでいるのだ。



 そんな『オリハルコン事件』に参戦した中学生、全12名は今。

【ウラヌス】の力によって、国立病院に『検査入院』という名目で叩き込まれていた。



 彼らは決して怪我を負っているわけではない。彼らには《神上の光(ゴッドブレス)》という、いかなる傷でも治す奇跡の魔法がついている。

 入院する必要があったのは、《神上の光(ゴッドブレス)》を使用しても治癒に時間のかかる亀裂を全身に走らせた天堂佑真、身体制御を長い間【神山システム】に支配されていたため検査を必要とした天皇桜の二人のみ。

 ではなぜ他の者たちも『検査入院』しているのか、という疑問については後述。


「あ~~~~」


 天堂佑真は今、この病院の地下にある、大浴場へと足を運んでいた。


『修学旅行で1クラスが一気に入れるかどうか』ほどの広さだが、病院なので許容範囲内。むしろ病院にでかい風呂があること自体驚きな佑真さんである。

 お湯は調整された『人工温泉』だ。病院というだけあって、疲労回復はもちろんのこと、筋肉痛や関節痛に利くお湯が用意されている。

 佑真は微弱な電流を流して筋肉をほぐす、そのまんま電気風呂に浸かっていた。


「こ~の~痺れ具合が~癖になるんじゃ~」

「佑真、さっきからおっさんみたいだよ?」


 わずかに震えた声で独り言をポンポン呟く佑真に対し、サウナから出てきた小野寺誠がしかめ面を返す。

 誠の髪は今回の戦いでいろいろあって肩の高さで切り揃えられることとなったが、それでも髪の女子のような艶やかさは変わりない。もとより中性的な顔立ちも相重なって、あそこさえなんとかすれば女湯行けるんじゃね? と佑真は思っていたりいなかったり。

 もっとも、トレーニングを積んでいる誠の体つきも誤魔化せないだろう。


「この際おっさんでも構わんわ~。それよりも~お前もどうだ~?」

「僕はさすがにもう飽きたよ。もうここのお風呂も十回目くらいだし」

「あ~、さいでしか~」


 うるさいな、と誠は思うものの、しかし今回の戦いで一番深手を負ったのは佑真だ。無機亜澄華に関するいろんなことからよくここまで立ち直ってくれたよ、と安心もしていた。


 湯船には、先客の金城神助がいた。彼らの中では一番大人びており、『男性』という表現を使って問題ない唯一の人物だろう。クールで、且つ知性的イケメンは素直に羨ましい。平均以下の身長に加えて超中性的な誠は非常にコンプレックスだ。


「神助、おじゃましますよいっと」

「おう。……む、小山は?」


 小山、こと小山政樹。佑真達の年下であるが、《障壁》と呼ばれる強固な防壁能力を有している立派な超能力者だ。雰囲気としては少し頼りない後輩男子、といったキャッチコピーが似合いそうだった。

 彼は先ほどまで、誠と一緒にサウナにいたのだが。


「あー、小山君なら死んじゃった。僕がどうしても色っぽくみえてダメだーって倒れましたよ」

「小山は小心だし、それに加えてお前の女子のような色っぽさは俺も把握している」

「うぅ、髪の長さは家の決まりだからどうにもならないんだけどな……」

「髪だけではないと思うが……知っているぞ。男女関わらず髪を伸ばすのが、『小野寺家』の義務なのだろう?」

「う、うん」


 この情報は誠が教えたものではなく、神助が最初から知っていた情報なのだ。その他にも神助は、誠の『雑学』とは別ベクトルで博識であり、たびたび誠達を驚かせてきた。それでも決してお硬くはなく、話せば面白い相手だというのも把握していた。


「あ~~~~、しびれびれ~~~~」


 誠が湯船に浸かり、髪が少し浮いた瞬間に響く声。二人で顔を見合わせ、ため息をつく。


「……天堂はどこでも楽しそうだな」

「人生楽しんでるよね。バカだから」


 誰がバカだ~!! とやはり揺れた声が飛んでくるが、誠はいっさい気にしない。

 神助は、佑真をじっと見てふと告げる。


「俺は未だに信じられん。あの男がこの事件の根源を穿ったという事実」

「あはは、日常的にはただのダメ人間だもんね。ま、ああ見えてやる時はやる男だからさ。特に今回は佑真の愛する人をめぐる戦いだったわけだしねぇ」

「おいコラ、人のことを勝手に語るなよ」


 バサァー、とお湯を溢れさせて佑真も湯船に浸かる。余談だが、身長は神助が一番高く、体つきは佑真が一番良い。誠が一番伸びているのは髪くらい。涙は流さない。


「つーか、波瑠が関わったから頑張ったわけじゃねえよ。桜のためでもあったし、全く知らないヤツが困ってたってオレは頑張ったさ」

「だろうね。佑真はそういう人だもんね」

「だが、天皇姉が関わらなければお前は参戦すらしていなかったのだろう? 最後の魔方陣も考慮すると、お前がいなかったら『オリハルコン事件』はバッドエンドで終わっていたかもしれん。そう考えれば天堂の頑張りは大した成果だ」

「神助やめろよ褒めちぎるなよ――それに、バッドエンドは逃れたといっても、オレにできたのはそれなりのエンドを迎えさせることくらいだったしな」

「「……」」


 それなりのエンド。この言葉に含まれる意味がわかっているだけに、神助と誠は口を開けなかった。

 今でこそ明るい佑真だが、無機亜澄華を失った直後の彼の荒れようは、例の不良時代の殺伐とした雰囲気を再現するかのようなものだった。

 波瑠や桜がいなければ、また孤高の世界へ向かっていたに違いない。


 その天堂佑真が、突如、バッと手で二人を機先した。


「な、なに、佑真。どうかしたの……?」

「静かにしろ二人とも」なぜか声のトーンを下げ、「そろそろ来るぞ」

「「???」」


 二人は首を傾げる。佑真がなぜか真面目な顔で耳を澄まし――――



 ウィーン、と自動ドアの開く音が、神助の寄りかかる壁越しに聞こえた。


『ふぃー、やっとお風呂だよー』

『………ん、では「洗濯機」へ』

『秋奈ちゃん、そろそろ「洗濯機」じゃなくて一緒に洗いっこしましょうよー』

『せやせや。ウチにその大きなお胸を洗わせてくれや』


 いくつもの女子の声が、彼らに降り注いだ。



「「おい。」」

「へい」


 グッと、なぜか親指を立てる佑真。


「いやぁ昨日一人で入ってる時に知れたんだけど、ここってめちゃくちゃ静かにしてれば向こう側の声が聞こえてくるんだよねー」

「だから声を小さくしてるんだ」

「昨日からずっとこうだったのか?」


 二人は気づいていないが、佑真につられて声が小さくなっている。


「ああ」コクリと頷き、「今日は、静かに過ごそうぜ?」

「同意」

「俺はもうなんでもいい」


 誠と佑真は静かに拳を突き合わせ、神助は呆れた様子で湯に浸かる。

【FORCE】の大将は気づいていない。

 今までの自分ならこの盗み聞きを止めていただろうことに。そして――自身の思考がじょじょに、佑真達に汚染され始めていることに。



   ☆ ☆ ☆



 そんな会話が行われているとは露知らず。

 女子陣は、男湯を鏡写しにひっくり返した女湯へ突入していた。バスタオルを巻いているだけだったりもはや隠さなかったり、とてつもなく扇情的な光景を覗く穴だけはない男子禁制の楽園である。


「では、つぐみは向こうの岩盤浴にいってまいります!」

「はっ、了解した! ウチらは普通に浴槽におりますので、何かあったらその都度連絡するように!」

「何してるのよあんたらは」


 月島具のつっこみなんか気にしない、海原夏季と敬礼を交わした生島つぐみは単独、以前から興味があったという岩盤浴へ向かった。

 体を各々洗い(フルオートモーションの『洗濯機』と呼ばれる全身洗浄機なんてものがある時代である)、早速湯船へ突貫。仲の良い友達しかいないこの空間で、少女たちは人工温泉に心をなごませる。

 ただまあ、これだけ女子がいれば、何人かは『いじられる』対象になりかねないわけで――


「わはぁ……何回見ても圧巻やわぁ」

「………ん?」


 夏季の妖艶な声色による呟きに、浴室にいる全員の視線がサーっと――――水野秋奈のある一点へと、集中された。その視線に気づいているのかいないのか、頬を健康色に染めている秋奈は首をかしげる。


「………どうしたの、夏季」

「いやぁ、秋奈嬢さぁ、そのぉ……そろそろ揉んでいい?」

「………ダメだけど」


 さっと胸元を腕でガードに入る秋奈。夏季はオーバーリアクションで『がっかり』して、浴槽へパシャーンと浸かった。


「秋奈ちゃんってホントおっぱい大きいですよねー」

「羨ましいわ」

「仕組みが謎よねホント……遺伝なのかしら」


 木戸飛鳥、土宮冬乃、そして具と次々に感想を述べる。彼女らも15歳としては充分なくらいだが、秋奈の大迫力な双丘は、同性として無視できるものではないらしい。

 ちなみに冬乃はまな板だ。まな板だ。


「あ、秋奈さん!」

「………桜ちゃん?」


 ――――波瑠の隣にいた桜がバッと手を挙げ、割かし真剣な表情で、


「どうすれば成長するんですか!?」

「………知らない」

「知らないなんて冷たいですよぉぉぉ!」

「ほんまやで! ウチら貧困組の気持ちを思い知れ! ていうか仕組み判明させるために揉ませろぉぉぉ!!」

「………怖い。怖いって夏季」

「待てやこんちくしょおおおおお!!」


 夏季の魔の手が胸元へと伸び、速攻離脱する秋奈。

 一歩前進する夏季。

 一歩後退する秋奈。

 一歩前進する夏季。

 一歩後退する秋奈。

 壁に背中が当たる、秋奈。


「………波瑠ちゃん、助けて!」

「うぅ~、さすがに無理というか……」


 波瑠へ向けられる秋奈の視線は、男に追い詰められている恐怖とさして変わらないんじゃないかってくらい怯えていた。実はこういう系の絡みに耐性のないご令嬢。


「ふっふっふ、これで逃げ場はなくたったでぇ秋奈嬢さん。ウチがたっぷり可愛がってあげるから、今すぐおっぱいの秘密を教えるんやあああ!!」

「………む、胸なんて、あってもいいことないよ? ね、波瑠ちゃん? 飛鳥?」

「あー、走る時とか邪魔だよね」

「足元見にくいから、靴紐結ぶのも一苦労です」

「自慢かあんたらッ!! B組担任冬乃先生、一言お願いシャッス!!」

「そんな脂肪の塊なくたって生きていけるわ!」

「負け惜しみにしか聞こえないです冬乃さんっ!」


 話を振られた冬乃の視線は自身の胸元へと向いていた。ぺたーん、である。

 ともかく、秋奈に向けられた視線はどれも好奇の視線だ。女子同士の冗談の範疇ではあるんだろうが、それにしては目の前のボーイッシュ少女の手の動きは怖い。腰掛けたり肩まで浸かったり、全員、目が笑っている。

 その中で一人、同じく笑っていながら秋奈には女神に映った少女が一人。


「………む、胸の話なら、波瑠ちゃんでいいんじゃ、ない?」

「友達を売っちゃった!?」


 波瑠が叫び、瞬間、全員の視線がギラッと輝きながら波瑠へ向く。


 大きさだけで言うならば確かに秋奈の方が大きい。けれど、絞られたウエストやきめ細やかな白い肌、髪の艶やかさに加えて、もはやアイドルの次元を超えた可愛さなのだ。上気し、健康的に素肌が染まっているのも要因かもしれない。滴る髪の妖艶さも、やや童顔なところも。

 同性とかそういう問題ではない。

 彼女の肢体は、性別の垣根を超えて魅力的なものだった。

 誰かが、ごくりとつばを飲む。

 波瑠は思わず、桜を抱きしめた。


「いや、待ってよお姉ちゃん」

「ん? どうしたの桜」

「今の流れでわたしを抱きしめるのはおかしいよね。何かしらのアクションを起こすにしてもわたしを抱きしめるのは間違ってるよね!?」

「いいんだよ。だって桜が可愛いから」

「り、理由になってないし! あと、可愛くないもんわたし。ここにいる皆さんと比べたら……ていうか、ここのレベル高すぎるんですよっ!」


 桜は思わず立ち上が――ることは波瑠に抱きしめられてできないので、アホ毛をひょこひょこ跳ねさせる。


「飛鳥さんも冬乃さんも具さんも夏季さんも秋奈さんもつぐみさんもお姉ちゃんも、ここはどんだけ美少女天国なんですかっ!! 男がいたら大興奮間違いなしですよっ!」

「桜可愛いよ桜っ! 私のヒロインは桜だけだから安心して!」

「ちょっ、抱きしめるなー!」


 桜は気づいてしまった。全員が、『ツンデレちゃって可愛い妹キャラめ』という視線を桜へ送っていることに。

 ようやく再会できた姉とのコミュニケーションなわけで、ツンデレちゃうのが照れの裏返しなのは自覚していて……しかし、姉のシスコンっぷりもなんだか進行している気がする桜。

 姉妹がバシャバシャと水面を鳴らす中、一人の金髪少女が立ち上がった。


「波瑠、違うわ」

「ふ、冬乃ちゃん。何が違うって?」

「な、なによこの緊張感は」


 キッと視線を交える【使徒】二人に、浴室内の空気が変わる。冬乃がザバアッと立ち上がり、


「あすかの方が可愛いわ」

「ぶふっ!? ふ、冬乃ちゃん!?」


 思いがけない反論に目を丸くする飛鳥。対し、


「いいや、冬乃ちゃんでもここは譲らないよ! この中で一番可愛いのは桜なんだからね!」

「あすかの方が可愛いわ」

「……」

「……」

「二人ともSETを取りに脱衣所へ戻らない! 二人ともくだらないことに熱くならないの!」

「「くだらなくない」」

「二人とも視線が怖いでぇ……」


 とある研究所での死闘再現の危機が逃れ、各員はほっと大きく息をつく。強いほど変人というのが真実だと、ここに証明された気がする。

 変人(しと)の残る一人が指を立てた。


「せやね。ならいっちょ、ここでどっちのが可愛いか、決めればええんとちゃうん?」

「ナイスアイデア夏季! 冬乃ちゃん、言葉で戦おう!」

「わかったわ」

(((わかっちゃった!?)))


 最強同士の激闘が、今ここに再現される。


「桜のほうが断然可愛いもんね! 妹だよ妹! もうそれだけでたまらなく可愛いじゃない!」

「………ほとんど理論になってない」

「あすかの髪は甘い香りがするわ。清楚は正義よ」

「ウチ、女子の髪が甘い香りする理由は、髪長いからシャンプーの香りが落ちにくいって聞いたことあるで」

「桜の未成熟な身体はこの慎ましい胸にこそ意義がある! ぺったんこすっとん、抱きしめ放題の小さな体がたまらなく可愛いの! まあ身長はもう私のほうが低いんだけどね!」

「ぺったんこで悪かったなお姉ちゃん……ッ」

「あすかは綺麗な美乳。寝心地よし・触り心地よし・舐め心地よしよ。三拍子」

「「「舐め心地って何!?」」」

「ふ、冬乃ちゃん自粛! ちょっとは抑えてくださいよっ!」

「「ぐぬぬ……」」


 ギャラリー、そして当事者達を存分に驚かせ、あるいは悶えさせながら、波瑠と冬乃の闘志は燃える。


「冬乃ちゃんは強かったけど、まさかこんなところでふたたび戦うことになるとはね」

「はる、手加減しないわ」


 女子の、何かを賭けた戦いが始まる。

 飛鳥と桜の羞恥を度外視して。



   ☆ ☆ ☆



 一方の男子サイドは、なんともいえない空気に落ち着いていた。

 壁越しにドタバタバシャバシャキャッキャうふふと聞こえてくるのはいいのだが、いかんせん童貞男子中学生には聞くのも憚られるような――けれども聞いてしまう、不思議と魅力的な会話が壁の向こうで繰り広げられているのだ。


「つか、舐め心地ってなんだよ……」

「言わないで佑真。今、脳内に浮かんでしまった映像を取っ払うのに必死だから」


 真っ赤なのは湯船のせいなのだ。という言い訳をしたい佑真と誠は、顔色一つ変えない神助を異星人だという認識でまとめた。朴念仁なんて言葉では済まない落ち着きっぷりはもはや同性と、地球に生きる男性と認めたくない! 体育座りで前かがみな理由も聞かないでほしい!

 そんな彼らの気持ちを理解しているのか、神助が口を開く。


「天堂は天皇姉と付き合っているんだよな」

「ん、まあな。ふっふっふ、羨ましいか」

「いや一切。ところで――――あの発言類は放置でいいのか?」

「あはは、僕も知らなかったよ。波瑠ってひどいくらいシスコンだったんだね」


 神助の言わんとすることは、小声で誠が笑って告げた。佑真は後頭部を掻き、


「あー……オレもつい昨日知ったんだけどね、あのシスコン。ま、五年ぶりに再会した妹なんだし、しばらくの間はタガが外れてても仕方ないんじゃないかな」


 さらっと、顔色一つ変えずに述べた佑真。


「すごいな、天堂。男をかっこいいと思ったのははじめてだ」

「うん、僕も今のセリフを顔色一つ変えず、それでいてうざくなく言えるキミを尊敬するよ」

「お前らそれ、『あの波瑠を受け入れられるなんてすげえな』って意味で言ってるだろ」



   ☆ ☆ ☆



 騒ぎも一段落し、年頃の女の子が集まれば、無条件で話はそっち方向へ動いていた。


「へぇー、ウチの読みどおり、やはり秋奈嬢は寺くんのことを」

「………う、うん。好き、だよ」


 ちなみに寺くん=誠。夏季は他者の名前に勝手な呼び名をつける傾向にある。秋奈=秋ちん、波瑠=波瑠ちん、飛鳥=飛鳥っちなどなど。


「分家と本家、ガーディアンとお嬢様の禁断の恋愛! あすかは応援しますよっ!」

「………あ、ありがと」


 あからさまな片想いの秋奈が格好の獲物すぎて、自然と攻め立てられてしまうのだ。

 そんな秋奈を可愛いと思い、夏季や飛鳥は攻め立てているのだが。


 一方で、具と波瑠は長い髪を湯船に浮かばせ、腕にすーっと手を滑らせたりしながら、ようやく普通に会話していた。余談だが、波瑠の髪も誠と同様に戦闘中に切られてしまい、今はだいたいセミロングくらいの長さとなっていた。


「波瑠と天堂、この前告白して付き合い始めたのよね。あの男のどこがいいと思ったの?」

「結構、あれで佑真くんはかっこいいんだよ? いざというときは頼りになるもん…………いざというとき以外は、ちょっと頼りないけど」

「そこをボソリと呟いちゃダメでしょ」


 ぺい、とつっこまれて苦笑いの波瑠。


「いいなあ波瑠。よろいは出会いの場すら一切ないし」

「【FRIEND】は女の子だけだもんね。吊り橋効果も起こらないや」

「そうそう、男と一緒の組織じゃないとダメよダメ……ん?」


 具はそう言って、何かひっかかりを覚えた。


「男の子と同じ組織に所属していて、幾度も危険を共にして、吊り橋効果を得られそうな女子。ふふふ、いるじゃない」

「いたね。ここにいたねぇ」


 顔を見合わせて頷きあった波瑠と具は、好奇の視線を彼女へ向ける。今まで常にいじる側で、尚且つハイテンションな【使徒】の一人。


「…………ん? なんやなんやこの空気」

「夏季ちゃんってさ、金城くんと付き合ってないんだよね?」

「せやけど……?」


 瞬間、全員が瞳を輝かせた。


「夏季、金城くんのこと好き!?」

「………実はもう好きとか」

「夏季、やっぱり戦場を共にすると金城君のかっこよさを垣間見る機会も多いんじゃないですか!?」

「素直になる瞬間よ! 聞こえてないんだから正直に言っちゃいなさい!」



   ☆ ☆ ☆



「「聞こえてますよー」」


 小さな声でつっこむ佑真と誠でした。



   ☆ ☆ ☆



 いじられることは苦手なのか、狼狽した夏季は手を顔をブンブンブンブン横へ振る。

「べ、別にウチと金城君はそんな関係やないから! 恋愛感情とかないから!」

「ふーん、にしては必死な否定だよねぇ」

「………ん、明らかに何かを誤魔化してる」

「貴様ら、仕返しか……っ!」


 今度は波瑠と秋奈が夏季を追い詰める。夏季の頬は、風呂とは明らかに違う理由で赤く染まり出した。


「素直に言っちゃいなよ夏季っ」

「せ、せやかて……っ!」

「………あたしは誠が好きって教えた。ほら、夏季も」

「修学旅行でみんな言うからお前も言えっていうあのノリやなコンチクショウ! ウチは今更金城君を恋愛対象としてみることができんほどの付き合いや!」

「「「つまんねー」」」

「あんたら言い分が勝手すぎるわっ!」


 この十日間近くで、初めて夏季が涙目で静かに座り込んだ瞬間である!


「当の金城くんはどうなんだろうね。夏季のこと好きなのかな?」

「うーん、金城君は朴念仁ですからねぇ。攻略不可能って感じかと」



   ☆ ☆ ☆



「だよと神助。お前はどうなんだ?」

「海原はまず女子として見たことがない」

「「……つまんねー」」



   ☆ ☆ ☆



 男湯なんざ気にならず、少女達の会話は男子品評会へ移っていた(丸聞こえだと考えると、かなり大胆な会話だ)。


「ぶっちゃけさ、ウチは金城君よりも、天堂君や小野寺君みたいにノリいいヤツのほうが好みなんやけど」

「よろいは小山みたいな頼りない男子に萌えるわね。面倒見たくなっちゃう感じ」

「あー、あすかもわかりますよその気持ち。では、波瑠ちゃんと秋奈ちゃんは置いといて、冬乃ちゃんは?」

「「………………え? なんでスルー?」」

「聞いても答えが見えてるからですよ。さ、冬乃ちゃんどーぞ」

「ふゆのはあすかが好きよ」

「冬乃ちゃん愛してます! さて、そんなあすかも冬乃ちゃんに同意見ですので略させていただいて。桜ちゃんはどうですか?」

「わ、わたしですか!? そうですね……「愛してるのはお姉ちゃんです」わたしのセリフみたく言っても無理だからねお姉ちゃん。……まあ、お姉ちゃんのことも好きだけど」

「……っ! 桜っ! そのセリフは卑怯だよぉ!」

「お姉ちゃ、抱きしめすぎっ、苦しいっ!!」

「で、結局誰が一番なのよ?」

「佑真くん」「………誠」

「佑真くん!」「………誠!」

「「「そろそろ上がろっか。この展開さっき見たから」」」


 みんなでつっこんで、そしてみんなで笑いあう。




 大浴場で仲良くおしゃべりする彼女達が、『オリハルコン事件』の中心で活躍していたことを知る者は数えるほどしかいない。

 今日は、そんな彼女達の、つかの間の休日だ。




「ところでつぐみちゃんは?」

「………岩盤浴んトコで爆睡してる」



   ☆ ☆ ☆



 超能力適合世代。

 第三次世界大戦終戦の二~三年前、あるいはそれ以後に誕生した子供たちは、そう呼ばれている。


 前時代を生きた『大人たち』と比べて、彼らは《超能力》へ大きな適応力を示す。

原典(スキルホルダー)』『多重能力(デュアルスキル)』――【使徒】構成員すべてを十八歳以下で占める――などが、顕著として現れる例だろう。


 科学兵器を容易に圧倒する最大戦力《超能力》に現時点で優れている彼らは、即戦力として無数の戦場へと送り出されている。大人が責任を放棄したのではない。大人では手に負えない事態を子供が処理する時代が、訪れてしまったのだ。


 子供たちはそんな現実を、当たり前のように受け入れている。

 彼らが育った頃にはすでにこの考えが社会に染み付いていたのだ。命を削り激戦へ身を投じることに違和感を覚えられないのである。


 第三次世界大戦は、そんな『現実』を残した。

 子供が大人の代わりに『戦闘』するのが、基本の時代となった。


 何よりの問題は。

『戦闘』の種を生み出し育てているのはほぼすべてが大人である、ということだろう――――




「――――だから、病院に『検査入院』という形で閉じ込めることで、『子供たち』を『戦闘』から遠ざけて、わずかとはいえ休息の時間を与えたのですか」


 軍用病院、『天皇桜』――唯一、身体に本格的な検査を必要とした少女の《雷桜》の検査を担当させられた電気系統能力者、日向克哉が顎鬚をなでながら、不敵に瞳を細めた。


「相変わらずあなたは本当に子供がお好きですな、天皇真希殿」

「あら、それを克哉さんが言うかしら?」


 対し、言葉を向けられた女性も似たような笑みを返した。

 天皇真希。

 天皇家特有の蒼い髪と祖母から遺伝し(てしまっ)た低い身長、しかし成熟した身体美を持ち合わせている、波瑠と桜の実母である。

 凍結系統の能力者として名高く、現在は『育児休暇』を取っているが、弱冠29歳で国防軍【ウラヌス】の独立大隊の隊長を任されている、と【天皇家】の血筋がはっきり表れた才能の高さを経歴に記していた。


「確かに私も子供に厳しくできないという点では『子供好き』と言えるかもしれませぬが、しかし真希殿には敵いませぬよ」


 日向は両手を挙げ、


「今回の入院費を自らの財布から全額出したり、逃亡中であった天皇波瑠を『早く取り戻したい』と口で言いながら、あの娘の通帳にお金を振り込み続けたり……いやはや、天皇家のお方とは思えないまともなお方(、、、、、、)で」

「それは我が家が全員気違いだ、と言ってる風に聞こえるわよ?」

「真希殿は実際、そう思っているのでしょう?」


 ふふふ、と意味深な笑みを浮かべるのみで、真希は深く語らない。


「さあどうかしらね。少なくとも、波瑠と桜はまともに育ってるわよ。意図したことではないとはいえ、【天皇家】から一番大事な時期を離れて過ごすことができたおかげか、二人ともすごくいい娘に育ったみたい」

「私が口を挟むことではないかもしれませぬが、そろそろ娘たちに『帰宅』してもらうのも頃合では?」

「そうねぇ……楓ももう二歳、そろそろお姉ちゃん達に会わせておかないと、いろいろ複雑になっちゃいそうだし。波瑠の高校の話もしておかないといけないしね」


 ちら、と真希が視線を向けた先では、金髪碧眼ゴスロリ私服の少女、キャリバン・ハーシェルが年齢二歳の蒼髪幼女とぎゃーぎゃー格闘していた。


「【七家】の苗字を持つ子供には、超能力者育成専門・五大高校への進学義務が課せられたのでしたかな?」

「ええ。波瑠をはじめ、皆が持っている才能を無駄にしないために、ってね」


 幼女がどうやらグズり始めたらしい。真希はそちらへ歩み寄る。


「天皇波瑠・桜、水野誠・秋奈、火道寛政・絢音・達也、金城神助・霞、海原夏季・美月、土宮冬乃、木戸療・飛鳥。【太陽七家】に偶然揃った、超能力の才能を一般人とは桁外れなレベルで持つ『選ばれし子供たち』……ですか」

「偶然揃ったっていうよりは、戦中戦後だったから皆が皆、避妊具を使いたがらなかっただけだと思うんだけどねぇ」

「生々しい話はしないでいただきたい」


 こほん、と咳払いをうつ日向。


「そういえば、オリハルコンの鉱石の行方はどうなったのですか?」

「それがねぇ、宇宙から帰ってきた時、波瑠はすでに持ってなかったみたいなの。海に落っことしたみたい」

「……まさに、砂漠の中からダイヤモンドを探すような事態になりましたな」

「軍ではもう捜索しないわよ? 予算ないし、あとは大爺ちゃんの趣味になるわ」


 言いながら、蒼髪幼女の頬を撫でる真希。キャリバンから幼女を受け取り、よっこらせ、と抱き上げた。


「ね、楓」

「ん? なぁに、ママ?」

「実はね、あなたには二人お姉ちゃんがいるの。会いたい?」

「……??? おねーたん?」

「あの隊長、たぶんカエデ、『姉』っていう概念がよくわかってないんだと思いますよぉ?」


 首を傾げる幼女――天皇楓の内心を代弁してみるキャリバン。それもそっか、と真希はまだまだ若々しい微笑みを浮かべた。


「ていうか隊長、そろそろアタシと日向さんをここに呼んだ訳、話してくれませんかぁ?」

「ええ、そうね」


 その表情は一瞬で切り替わる。


「日向中佐、ハーシェル一等兵。二人に私から任務を下します」

「「はっ」」

「この任務を最重要として、いかなる事よりも優先させてください」

「して、その内容とは?」



集結(アグリゲイト)――――負けた最強(、、、、、)。彼は現在、殺しこそしていませんが、意味もなく一般人を攻撃し、大怪我を負わせるような事態を繰り返しているそうです。彼の手から一般人を守れ、という不可能なこと(、、、、、、)は言いません。極力で構わないので、彼に人を近づけないようにし、そして傷ついた人々へ治療をしてあげてください」




 最弱(てんどうゆうま)は今、幸せとは言い切れないものの、ゆっくりと前へ進み始めている。


 最強(アグリゲイト)は今――――どこで、何をしているのだろうか。




   ☆ ☆ ☆




 白い部屋に、少女が一人。

 おさげの女子高生は、机の上に腰掛けていた。


「やれやれ。スグといい、大爺ちゃん――もとい天皇劫一籠といい、どうして力ある者に限ってとんでもない計画(コト)ばかり思いつくのかしらね。今回の騒動も規模が大きいったらありゃしないわ」


 その部屋には明かりがなければ、学校にある机と椅子以外に目立ったものが何一つ置かれていなかった。


「そうねぇ……比較対象を出すなら、九月頭に起こった小野寺誠君の一戦。あれなんかと比べると、規模の違いがよくわかるでしょう? 佑真が関わった戦いでは《神上の力(GOD KNOWS)》をはじめとしてとんでもチカラが出てくるけど、誠君のほうはあくまで警察沙汰止まりってトコかしら」


 ただ一つ、特筆すべきものがあるとすれば。


「このあたりに、やっぱりスグで言うところの『主人公属性の純度の高さ』、大爺ちゃんで言うところの『救世主の素質』の違いがあるのかしらね」


 その部屋の壁、だろう。


「主人公属性が高ければ高いほど、関わる事件の規模のでかさも肥大化し、その分乗り越えなきゃいけない困難や未だ明かされていない過去も複雑なものとなっていく――――ほんと、その通りよね」


 少女の対面する壁には、特殊な仕掛けがほどこされていた。


「無機亜澄華の死を乗り越えなきゃいけない『困難』。記憶喪失で抹消されている『過去』。ほとんどが謎に包まれた状態の『零能力』。そして――最大の謎といえば、果たして『天堂佑真とは何者なのか』という点よ」


 その壁は、合計で四重の板で構成されている。


「類まれなる身体能力と動体視力・周辺視野を持ち、その戦闘センスと伸びしろは底知れない。頭脳面は置いておくけど、それでも気になるところがたくさんあるわ。体そのものがとっても頑丈で、普通の人なら倒れてもおかしくない攻撃を耐え抜くことができる点とか」


 四枚の壁それぞれには、特殊な魔方陣が描かれていた。


「ホント、零能力者っていう肩書きさえなければ『神童』とでも呼ばれてたんじゃないかしら」


 しかし――そのうち最も外側の壁の魔方陣だけ、色が他と違っていた。


「――ここまで特異点を持っている天堂佑真とは、一体何なのか」


 まるで、何かが起こり始めているかのように。


「彼が記憶を失う前は、どんな人格だったのか」


 何かが変化し始めたかのように。


「なーんて。彼は『今』を懸命に生きているんだから、わざわざ語られもしない『過去』を追及するような野暮な真似、しないわよ」


 ――――おさげの少女は、ふっと微笑んだ。


「意志の主人公――天堂佑真」


 立ち上がりながらくるりと回転し、スカートをなびかせる。


「感情の主人公――小野寺誠」


 その少女の髪は。


「そして、第三の主人公」


 夜空のように澄んだ、美しい黒髪だった。


「『この世界』が真っ直ぐに辿っている《未来》への、唯一の対抗策である三人の主人公」


 おさげの少女は白い野球帽を目深に被る。


「彼らが『この世界』を守り抜くか、大爺ちゃんが野望を叶えて『次の世界』を誘うか」


 背を向けた壁の魔方陣の中央には、巨大な天王星の紋章が刻まれていた。


「そのたたかいは、もーはじまっている。なんてね」



 次の瞬間にはもう、少女は空間から姿を消していた。




   ☆ ☆ ☆



 オマケ



「ゆ、佑真くん? どうしたの?」

「…………の、のぼせただけだ……(くそっ、結局聞き入った末にお前らの話が男子の盗み聞きしちゃいけないような『生理』だの『スタイル』だの『結婚』だのの会話まで逸れて辛かったんだよ! こっちは今にもお前を押し倒しそうなんだ察しろ! 波瑠可愛いっ!! てか湯上り危険っ! その隙だらけのシャツ一枚でオレの前に現れないでッ!)」


 この入院生活で一番得をしたのは、コイツかもしれない。




【行間 番外編 完】

えー本当に、読了感謝感激です。


受験後、第四章からはリメイク前よりもブーストかけて、展開サクサクバトルも強化できるよう頑張りたいと思います。ついで第六章以後、未だプロットのみのエリアも手をかけていくので、はてさて作者のネタはもつのか。


ここまでありがとうございました! また半年後くらいに会いましょう! 受かれ俺! のしのし

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