●第七十九話 告白
二人で手を繋いで帰る――――前に。
エアバイクを止めている駐車場の手前で、佑真は、波瑠を引き止めた。
そこは少し高台になっていて、【メガフロート】地区特有の海風が、二人の髪や衣装をゆらゆらとなびかせる。
「なあ波瑠……今言うのはなんだけどさ。『後で何でも一つお願い聞いてもらう』ってオレが言ったの、覚えてるか?」
「覚えてるよ。すっごいタイミングで助けに来てくれた佑真くんが、そう言ってた……」
波瑠が顔をぼうっと赤く染める。少し元気は欠けているがそれでも平常運転に近くなっていることが確認でき、佑真はほっと息をつく。
「そのこと、今話していいか?」
「え、と、うん。いいけど……お願いって、何?」
こてっと、まだほんのり赤い頬のまま首を傾げる波瑠。
そんな一つ一つの、何てこと無い仕草に佑真の心臓がトクンと跳ねていることを、たぶん波瑠は気づいていない。
この少女は、自分の恋愛感情はむき出しなくせに、佑真の感情を全然理解していないのだ。
こっちがデートに誘うだけで、いつもどれだけ緊張していると思うのか。
手を繋ぐ、たったそれだけでどれだけ嬉しく恥ずかしく感じているのか。
男がそれを話す時、どれだけの勇気が必要か――などなどを。
「オレさ、波瑠と出会えて、本当によかったって思ってる」
「……こんなにいろいろ、辛いことにも巻き込んじゃってるのに?」
「それでもさ。――――それを上回るくらいに、波瑠と出会えたことは、オレにとって価値のあるもんだったんだ」
佑真はなんとなく、視線を雪空へ逃がした。
「オレもお前と一緒で――波瑠と出会うまでは、一人ぼっちだったんだよ」
「……ふえ? でも、岩沢くんとか鈴木くんとか古谷さんとか……それに、学校は違うけど誠くんも秋奈ちゃんも。寮長さんもいるよ?」
「いや、そういうんじゃなくてだな……オレが五年前に記憶喪失の状態で誠たちに拾われた、っつー話は前にしたよな?」
「うん」
「その、拾われた当時から今までさ。オレに家族っていないんだよね」
「……」
「誠と秋奈はオレが荒れてもずっと友達でいてくれたし、寮長は零能力者ってわかってもオレを見捨てなかった。その優しさに救われたけど……それでも、家族がいない寂しさってもんだけは、拭えなかったんだ」
どうしても、寂しかった。
自分が誰かもわからなくて。
家に帰っても待っている人は誰もいなくて。
辛くて泣きたいような時に、弱音を吐き出せる相手もいなくて。
「寮長や誠達には弱音を吐けなかった。オレのこと気遣ってくれて、たくさん心配かけてるってわかったからこそ、これ以上弱みなんか見せられなかった。……ま、そんな風にかっこつけてるうちに、こう見えてもメンタルがズタズタになってたんだよね」
だけど、と佑真。
「お前と出会えて、お前のことを好きになれて……何かが、変わったんだ」
「っ!」
「辛いことがあっても、嫌になるようなことがあっても、波瑠の笑顔をちょっと見るだけで『また明日も頑張ろう』って気になれた。波瑠のこと幸せにするっつったけど、たくさん元気をもらっていたのはオレの方だったんだって、やっと気づいたんだ」
お前の笑顔が、オレの寂しさを埋めてくれた。
この気持ちがより一層、オレの『好き』を大きくさせた。
もう手放せない『好き』になった。
初めて会った時に、一目惚れした。
だけど今はもう、そんな簡単な言葉で片付けられない。
うまく表現できないけど。
「波瑠のことが好きだ」
精一杯の気持ちを、伝えよう。
「だから、十七歳になったらオレと、結婚してください」
きょとん、と間の抜けたような表情になって。
数秒間見つめ合って。
波瑠の顔がボン! と効果音を鳴らしそうなほど真っ赤に染まって。
そして。
「はいっ!」
満面の笑みで、頷いてくれた。
「……いい、の?」
「うんっ」
「でも、えっと、こんな甲斐性なしで、」
「でも禁止」
「だけど、け、結婚って」
「だけども禁止! もう、告白したの佑真くんの方なのに、佑真くんが動揺してどうするの?」
くすくすと体を揺らす波瑠。
なんだか佑真がお子様すぎるような扱いで、頬に嫌というほど熱が篭っていく。
波瑠が両手を胸元で折り重ねた。
「私、泣きたいくらい嬉しいんだよ? ずっと佑真くんと付き合いたかった。付き合って、結婚して、家族になりたいなって毎日考えてた。普通の女の子みたいに、幸せになりたかったの」
だからね、と上目遣いで。
「佑真くん、私のこの夢、叶えてください」
「…………」
そっと、波瑠の頬に手を添える。
びくっ、と怯えるように小さな体が跳ねた。
手を離そうかと思ったけど、その時にはもう、波瑠のほうから佑真の首に腕を回してきた。
頬はすごく熱かった。
波瑠が静かに瞳を閉じた。こういう時の作法というものだ。
顔を持ち上げる。
そっと背中に手を回し、抱き寄せて、顔を近づける。
吐息があたった。
「…………んっ」
唇を重ねた。
ほんの数秒だったかもしれないし、たっぷり一分だったのかもしれない。
時間の感覚が失われていた。
少ししっとりしていて、柔らかくて、波瑠の体温が伝わってくる。このままとろけてしまいそうなほどの甘さが胸の奥から全身へと広がっていく。
冬の寒さがよりいっそう、波瑠を求めさせる。
抱きしめる力が、自然と強くなった。
感情が、心の底から熱を発した。
名残惜しいと思いながら、唇を離す。
波瑠がそうっと、おそるおそるといった様子で瞳を開いた。
なんだか笑いたくなるほど、二人とも顔が火照っている。
「…………ナニコレ。くそ恥ずいな」
「……んっ、だよね。よかった、恥ずかしいの私だけじゃなかったんだ」
「これ平然とできるカップルってマジですげえよ」
「うん。すっごく心臓ばくばくしてて……佑真くん、ちなみに私のファーストキスでした」
「……っ!」
――――さすがに、佑真も限界だった。
溢れて止まらない感情を、佑真は思い切り抱きしめるという形で全面に押し出した。
「ちょ、ゆ、佑真くんっ」
「あーもうほんともう、くそっ、こんな気持ちになんなら、もっと早く告っときゃよかった」
ほんとだよ! と腕の中で顔を上に向けながら叫ぶ波瑠。身長差のせいで必然的に上目遣いになる彼女は、幸せそうに言葉を紡いだ。
「これからもよろしくお願いします、佑真くん」
「こちらこそよろしくな、波瑠」
愛しいパートナーの名前を呼び合い、ふたたび口づけを交わす。
降り注ぐ泡雪が、静かに二人を包み込んだ。
☆ ☆ ☆
ようやく想いに決着をつけた二人は、とある病室へと戻った。
そこでは、二人がどうしても助け出したくて、そして助け出すことのできた、とある少女がベッドの上で横になっていた。
少女の名前は天皇桜。
彼女は今、【神山システム】の影響が身体に出ていないかを検査するために、本格的に入院中だ。
病室に入ってきた波瑠と佑真を見て、ぱあっとわかりやすい笑みを浮かべた。
「あ、お姉ちゃん! 佑真さんも、お帰りなさい!」
「うん、ただいま桜っ。佑真くん、上着かけてきちゃうから貸して」
嬉しそうに――普段からテンションがそこそこ高い波瑠だが、現在は五割増しくらいか――桜へ返事をし、佑真からウインドブレーカーを受け取ると波瑠は病室の端のほうへ向かっていった。
残された桜は佑真を見るなり、視線で『どうだった?』と確認してきた。手で『オーケー』と示すと、
「あー、よかったぁ。ま、お姉ちゃんが断るはずもないよね」
「ははっ、頭ん中じゃ『いける』ってわかってても怖かったよマジで。ほんと、敗北じゃなくてよかったよ……」
「お疲れ様、佑真さん。今後ともお姉ちゃんを、よろしくお願いします」
「こちらこそ。お姉さんを精一杯幸せにするんで、よろしくお願いします」
顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出す。
不思議と気が合う佑真と桜は、帰還後すぐに仲良くなることができた。最初は敬語を時折使っていた桜も、今ではすっかりため口である。
「んーんっ、違うよね」
「ん? 何が違うんだ?」
「いやね、わたし、佑真さんのことを『お兄ちゃんみたいな人だなぁ』って思ってたんだけど、いつかお姉ちゃんと結婚するんだから、実際にいつかは『お義兄さん』になるんだよね」
「気が早いぞ桜。少なくとも、あと二年はかかるぜ」
ちなみに戦争を経て、結婚するには『男女ともに十七歳以上』と法が変わっていた。佑真と波瑠が結婚できるようになるのは、最短でも二年後の七月二十日。本当に気が早い話であり、
「~~~~っ!」
その日までずっとドキドキしなきゃいけないのかと思うといろいろ考えたくなる波瑠は、一人で耳まで真っ赤になっていた。
その様子を見て、佑真も桜もにやにやしてしまう。
「お姉ちゃん、羨ましいなぁ。佑真さんみたいなカッコいい人にプロポーズされるなんて」
「オレ、カッコいいか?」
「カッコいいよ。少なくとも、わたしが人生で出会った男の人の中じゃ一番カッコいい」
「……そういうことをさらりと言えるあたり、お前らって姉妹だわ」
「お姉ちゃんも言うんだ、ちょっと意外。てかあの人はいつまで悶えてるんだろう……」
何か妄想にでもふけっているのだろうか、悶える波瑠に桜の呆れ濃厚な視線が刺さる。時折トリップしちゃう波瑠ちんも可愛いと思ってしまう佑真はやはり、『恋は盲目』というあれなのかもしれない。
「おーい波瑠、ただ上着置いてくるだけなのに、いつまで時間かけてんだよ」
「ひゃいっ!」
「うおい、そんなに驚くことか?」
「ち、違うの。その、ちょうど佑真くんのこと考えてて……」
「ねーお姉ちゃん!」会話を遮断するように桜が大声で割り込み、「そういえばだけど、佑真さんにどんな感じに告白されたの?」
「ふえっ!? えっ、えっとねっ、17歳になったら結婚してくださ――」
「波瑠! 素直にバラすんじゃないッ!! つーか桜も唐突に何聞いてんだよ!」
「はいはい、ごめんね佑真さん。じゃあお姉ちゃん、後で二人きりになった時に、たっぷり惚気てね♪」
茶目っ気あふれるウインクが弾け、ついでにアホ毛も跳ねた。湯気が出そうなほど顔を厚くしてコクリと頷く波瑠。おいこら、と佑真。
なんてことのない日常。
のどかなひと時は、一つの戦いの終わりを静かに実感させる。
いつまでもこの時が続いてほしい――――――そう願わずにはいられなかった。
尚、日常は騒がしさを伴って続くこととなる。
問い詰められたら逃げられない超素直少女、波瑠によって『告白』の全容が次から次へと友人たちの知るところとなり――――ほとぼりが冷めるまで、佑真はこのネタでからかわれ続けるのだった。
【第三章 天使光臨編 完】
これにて第三章、完結です。ここまでありがとうございました。
おおきな章後恒例、『あとがき』は後ほど。あとほんの少しだけお付き合いください。
……いや最終回じゃなくて、受験前の本編更新ラストなだけですけどね(笑)




