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●第七十八話 主人公に救えなかった者とは


 2131年、12月27日。

 相変わらず関東地方でも雪が降り注いでいる、何の変哲も無い一つの日。

 しいて言うならば、社会全体が新年に向けて慌ただしい雰囲気を漂わせている、といったところか。

 そんな日の、夜八時。

 天堂佑真と天皇波瑠の二人は――とある場所を、訪れていた。


 アストラルツリー跡地。

 現在、更地にするよう工事が進められている、【メガフロート】地区のちょうど中央に位置する、何もない場所(、、、、、、)


 厳密にいえばトラクターやらパワードスーツやらクレーン車やらの姿が多数見えるし、今は休憩時間らしいが、明かりをつけて、今宵も作業を継続していくのだろう。

 それだけのものがあれば、何もない、とは言い切れないのかもしれない。


 けれど、生産的な施設がなければ、集客力のある建造物もない。

 軌道エレベーターという宇宙開発の最前線が失われたこの空間には今、何もないのだ。

 そんな場所に、エアバイクを走らせ、国から(正確には国防軍【ウラヌス】から)許可を得て特別に入れさせてもらった二人は、


「…………何もねえなぁ」

「…………なんにもないね」


 空を見上げていた。

 初めて訪れた時には、首が痛くなるほど見上げても頂点の見えない塔が聳え立っていた。

 今は遮るものもなく、はっきりと雪雲を見ることができる。

 言葉が出なかった。

 繋いでいた手に力を籠める。


「寂しいもんだな。普段は視界に入ってても当たり前だったもんが失われるっつーのは」

「当たり前だったからこそ、失われてからその存在の大きさに気づくんじゃないかな」

「そういうもんか」


 はぁ、と佑真が吐いた息は、白く天へと吸い込まれていく。

 凍てつく空気に、二人は身を寄せる。


「…………んじゃ、迷惑かける前にさっさと済ませちまいますか」

「ん、わかった」


 工事中の現場まで踏み入れることは許されなかったので、いわゆる外周のあたり。

 真っ黒な画面をしているアストラルツリーの電光案内板の前で、二人は立ち止まった。

 手を解く。

 波瑠はすぐにしゃがみ、案内板の手前の花壇にそれを――――一房の花束を、置いた。

 両手を重ね、瞳を閉じる。

 佑真はそれを、少し後ろに立って見守っていた。

 数秒して、まぶたを持ち上げる波瑠。


「………………無機さん」


 ――――――無機亜澄華は十八歳という短命でこの世を去った。

 アストラルツリー破壊。【神山システム】破壊。その他多数の工場や研究施設への侵入・破壊など。懲役が総計四桁を超えるとんでもない裁判結果を下され、即刻死刑判決を下された。


 一見『天皇桜を救うため』=『正義のため』に行動していた彼女だったが、それはあくまで『見方』の問題だ。


 国家からしてみれば。

【太陽七家】から、【天皇家】から【月夜(カグヤ)】から、天皇劫一籠からしてみれば。


【神山システム】――神の領域に達する予想演算システムを破壊され。

 アストラルツリー――宇宙開発や他国に対する制空支配の『拠点』を破壊され。

 そのほかにも【メガフロート】地区で行なわれていた何種類もの計画を破壊されたのだ。


『悪』でしかない。

 国家に対して不利益な行動を起こし続けた無機亜澄華の大罪が許されたとしたら、その世界は歪んでいるだろう。


 波瑠や佑真へ一切の罪を背負わせずにすべてを背負った彼女は、本日午後六時から、電気椅子の上に座らされていたはずだ。

 これは死刑制度の存続されている日本でも、異例の速度で行なわれた『執行』となった。


 その背景には、天皇家――より具体的に言及すれば、天皇劫一籠とその傘下である【月夜(カグヤ)】の力が大きく働いていた。

 判決を覆させず、無機亜澄華の行動をこれ以上追及させないために、『権力』が働いたのだ。


 実際に現場に立ち会ったのは佑真や波瑠をはじめとした『子供たち』が大多数。アストラルツリーにいた最年長の男、鉄先恒貴は【月夜(カグヤ)】の一員なので発言するはずも無く、また、アストラルツリーと《神上の力(GOD KNOWS)》がもたらした『危機』に関しては、「非科学的根拠しか揃っていない」ことから発言力を有していなかった。

 佑真達にはすっかり当たり前となっていた《魔法》は、『表』の世界では幻以下、架空の存在に過ぎない。表舞台の正義にいくら話しても、それは気が狂った子供の述べる戯言としか認識されなかった。


 ――――元を辿れば、「《神上の力(GOD KNOWS)》によってアストラルツリーを切り離さなければいけない状況を作った」「天皇桜という幼い少女の身体を使って非人道的な事を行ない続けた」「人類に役立てるために開発された【神山システム】を悪用し続けた」天皇劫一籠が『悪』として裁かれるべきなのだろう。


 だが、人外が。

 そして今回の騒動を引き起こした【月夜(カグヤ)】が裁かれることはありえない。


 全日本を統括する【太陽七家】の更に中央に巣くう【天皇家】の頂点に立つ男は、日本の『裏』を掌握している。

 国全体を敵に回して無機亜澄華の死刑を覆せるほど――佑真も波瑠も、『力』を有していなかった。佑真は『波瑠を生き残らせるために』、波瑠は『佑真を生き残らせるために』……最悪の決断をする以外、道は用意されていなかった。

 体力が底をつき、精神力が減りきった状態で、黒装束の者たちに連れられる無機亜澄華を、たった十五歳の二人は引き止めることすらできなかった――――――




 無機さんがすべてを背負ったおかげで、私達は『日常』へ帰る権利を得た。

 本音を言うなら――そこは、私が帰りたかった『日常』ではなかった。


 私が帰りたかったのは、無機さんも生きている世界。ようやく打ち解けて、仲良くなれた彼女と、今度は普通の女の子としてたくさん喋りたかった。

 ショッピングに出かけたり、一緒に映画を見たり。他愛も無いような日常で笑う無機さんを見ることを、ずっと望んでいたのに。


 もう叶わない。

 私がどんな『奇跡』を使っても変えることのできない現実が、鋭く心に突き刺さる。




 ――――――引き止めることはできなかった。

 ただ、ブチ切れた。


 引き止めるなんて方法ではなく、敵すべてを叩きのめすという方法で無機を救おうとした。

 二人の『(マイナス)』の感情に作用して、佑真は《零能力》を、波瑠は《神上の光(ゴッドブレス)》を、一瞬暴走させかけた――――その時両者からあふれ出たのは、不気味なほどに鮮やかな黒い波動(、、、、)だった。


 その波動を抑え込んだのもまた、無機亜澄華だった。

 簡単に、三つの言葉をかけて。


『私は。ここで死ぬ運命にある。私が死ななければ、この罪はあなた達へ流れてしまう。せっかく桜ちゃんを救い出したんだから、三人で私の分も幸せに生きて。』


 ――――一つ目の言葉が、二人の動きを止めて。


『腐った人生だったけど。最後の最後に誰かのために死ぬことができて、私は十分幸せ。波瑠と桜ちゃんを会わせることもできて、もうこの世に未練はない。だから、死なせてほしい。波瑠、絶対に《神上の光(ゴッドブレス)》で生き返らせようなんて思わないで。』


 ――――二つ目の言葉が、佑真に無機の覚悟を理解させ。


『最初で最後の「お願い」なんだから。叶えてよ、波瑠。』


 ――――最後の言葉が、波瑠に大粒の涙を与えた。




 その優しさに満ちた笑顔を前に、波瑠は手を下ろすことしかできなかった。

 遺言すらなく、無機はその後、佑真達に背を向けて自ら、白と黒の車へ乗った。

 波瑠の手元に残った形見は一つ。

 無機亜澄華のチューニングがほどこされたSETだけだった――――――




「………………波瑠」

「……大丈夫だよ、佑真くん。もう、受け入れられたつもり、だから」


 不安そうに声をかけてくる佑真に、波瑠は笑って見せる。

 悲しくない? そんなわけあるか。好きな人が隣にいるはずなのにここまで心が沈んでいるんだ。それだけ、無機の死は波瑠の心を抉っている。


 大切な人との別れはスグ以来、二回目だ。

 目を逸らしたい。受け入れたくない。今すぐにでも乗り込んで無機の遺体の下まで向かって、《神上の光(ゴッドブレス)》で現実を捻じ曲げたい。


 だけど、その欲求に、無機の言葉が歯止めをかけてくる。

 初めてもらった最後のお願いを、守らなきゃいけない気がした。

 そう、落ち着いた。


「文句はたっぷり、今言ったから。勝手に死ぬなって。一緒に帰るつもりだったのに、一人で勝手にどっか行くなって。ちょっとすっきりしたよ。……ほんと、昔からいつもそうなんだから。桜がいなくなっちゃったあの時も、無機さん一人で全部背負い込んで、責任取ろうと無理しちゃってさ。全く、最後の最後まで変わらない人なんだから」

「…………」

「でもね、ちゃんとお礼も言っといたよ。約束を守ってくれてありがとうって。桜を私のとこまで連れてきてくれて、ありがとうって……私、ちゃんと……ちゃんと、言ったから……!」


 こつん、と波瑠の頭が、佑真の肩に擦るように当てられる。

 小さな両手が、パーカーにくしゃりとしわを作った。


「大丈夫、だから……私、ちゃんと前に、進めるから……っ!!」

「…………波瑠」


 佑真はそっと腕を回し、静かに涙を流す少女を、優しく抱き寄せた。

 少しでも力を籠めれば折れてしまいそうなほど華奢で、女の子特有の甘い香りがほのかに漂ってきて、きれいな蒼髪がなびいていて。

 この少女に訪れた、二回目の大切な人との別れを食い止めることができなくて。


 悔しかった。

 悔しかった。

 悔しかった――――――




 誰かが死ぬっつうことがこんなにも辛いなんて、知らなかった。

 オレはもう、二度と経験したくない。

 波瑠にもう、二度と経験させたくない。


 この悔しさを心に刻め。

 この痛みを刻み込め。

 そして握れ、両の拳を。

 無機亜澄華が命がけで守ってくれた『この世界』を、意地でも守りぬけ。

 それが、オレのできる唯一の弔いだ。

 それが、オレのできる最大の恩返しになるはずだ。




「……佑真くん、帰ろ」

「だな。帰るか」


 二人はぎゅっと手を繋いで、無機亜澄華の守った『世界』へと帰っていく。

 そこには、たくさんの友達が待っている。






 ――――――弔いだの恩返しだの言ってるけど。

 ――――――それは、無機さんを救えなかったことに対する言い訳じゃねえの?






 囁き続けるその声(、、、)から、必死に目を逸らして。


 


もう一話だけ、お付き合いください!

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