●第七十七話 常闇を翔ける蒼い流星
ついに今回で本編終了!
残すは第三章オーラス、見届けてやってください!
「……わたしさ、最初、自分の意志で【神山システム】との接続を受け入れたんだ」
落ち着いた、といって頬を赤く染めつつ波瑠の抱擁から逃げた桜は、《神上の光》を使う波瑠と使われる佑真のそばで、ぽつりと呟いた。
「最初って……五年前に、私達の前でやった時の?」
「ううん、そっちじゃなくて、お姉ちゃんと別れた後――わたしが、鉄先恒貴のトコに連れて行かれた時のこと」
《神上の光》の波動を使ってもなかなか治らない亀裂を訝しげに思いながら、波瑠は顔を上げた。
「あの時ね、わたし……すごい後悔してたんだ。もしわたしがもう少し強ければ、守られるだけの存在じゃなくて美里やお姉ちゃんみたいに戦える力があれば、もしかしたら、お姉ちゃんたちと離れ離れになることはなかったんじゃないかなって……ずっと」
「桜……」
「強くなりたいって願ってたわたしに、白衣の大人が言ってきたんだ。『すぐに力が手に入る方法がある。二度と辛い思いをしたくないなら、我々の実験に協力してみる気はないか?』――だったかな。無力を噛みしめていた当時のわたしにとってそれは、希望にしか聞こえなかったんだ。今思えばどう考えても釣りだったのにね」
天を仰ぐ桜。
「佑真さん、お姉ちゃん……わたし、今からでも、やりなおせるのかな」
「……どういう、意味だ」
「わたしにずっと繋がれていた【神山システム】が、《集結》を『絶対』へ昇華させる計画を組み立てた。ううん、それだけじゃない。一回目――お姉ちゃんを利用した《神上》光臨計画も、【神山システム】が演算して出した結果なんだよ」
「……まさか、テメェ」
「500人の超能力者を殺す計画を立て、実行させたのは『わたし』。お姉ちゃんを犠牲にしようと計画したのは『わたし』。七月から始まったすべての出来事の原因は、『わたし』に繋がっているんだよ」
「……違う。それは、桜が望んでやったことじゃないでしょ!?」
「わたしの脳と【神山システム】が演算して出した結論には変わりないよ、お姉ちゃん」
空虚な微笑みを前に、波瑠が息を呑む。
「『わたし』は500人を殺した大罪人だ。実の姉に危害を加えた最低の人間だ。本意だろうがなかろうが、『わたし』がやったっていう事実だけは変えられない……なのに、こっから普通の人生を歩んで、許されると思う?」
少女が無茶をして、仮面で本心を覆っても、涙が止まることなくボロボロと流れ落ちる。
「殺した人に向ける顔がない。その人たちの家族に向ける顔がない。その人たちのことを思うと、そ知らぬ顔で生きようとしている自分が許せない! だけど――――――お姉ちゃん達と一緒に帰りたい!! やっと【神山システム】から開放されて、自由になる権利が手に入って……幸せになりたいって、普通は思うじゃん!!」
「だったらなっちまえよ」
よっこらせ、と言いながら佑真が立ち上がった。まだ傷の回復は終わっていない。《神上の光》を以てしても、佑真の全身に走る亀裂は癒しきれていない。
それでも彼は立ち上がり、ぽん、と桜の頭に手を乗せた。
「罪悪感を持てるだけ、お前は集結よりずっとましだよ。つうか、聞かせてやりたいくらいだぜ。実際に手をかけてすらいないのに罪悪感抱けるお前は、十分幸せになる権利を得ていると思うけど」
「……佑真さん、でも」
「でも禁止」
デコピン。
「あうっ……だ、だけど」
「だけども禁止!」
ふたたびデコピン。額を押さえる桜の前で、佑真が本気で苛立っていた。
「あーくそデジャヴ! お前ら姉妹、『でも』とか『だけど』とか、ホンット好きだよな。なんでもかんでも一人で背負い込もうとする辺り、マジでそっくりだ。腹立つんだよそういう自己犠牲!!」
突然の大声に、桜はビクッと体を震わせる。
「ああ、確かに全部お前がやっちまったことなんだろう。その過去はそりゃどうしたって変えられない。許されないことかもしれない。けどそいつは所詮、過去なんじゃねえか」
「え……?」
「オレはちゃんとお前の呟きを聞いてたぞ。『天皇桜が救われる』――そう、アカシック・レコードには書かれてたんだろ? だったらその未来は、何としてでも成し遂げなきゃな」
佑真がぽりぽりと頬を掻き、波瑠はニコニコと妹を優しく見守ってくれていた。
「罪悪感抱くなら、その罪を償えばいいじゃねえか。納得するまで償って、いいことを積み重ねればいつか絶対に許される。そうして、お前の中で整理がついて心の底から笑えるようになるまで、オレはとことん付き合ってやるからさ。ちょっとばかし頑張ってみようぜ?」
「……佑真さん、わたし、罪悪感に押しつぶされて逃げるかもしれないよ?」
「了解した。その時はお前がどんだけ拒絶しようと、何が何でもオレがお前を幸せにしてやる。覚悟しろよ桜、オレは絶対に諦めないからな」
――――――諦めが悪いことだけが取り柄だぜ、と笑顔を見せた人がいた。
正直、不可能かと思っていた。
集結を倒し、《神上》を消し去り、そして――地獄の底にいる自分を救う。
この人はそれをやり遂げた。大好きな姉と一緒に成し遂げたのだ。
ズルすぎる。卑怯すぎる。かっこよすぎる。
涙が止まらないのは、絶対、この人のせいだ――――――
「…………肩、貸して。……泣かせて。いっぱい、いっぱい泣かせて」
何も言わず、背中に手を添え、ぽん、と軽く叩く佑真。
それが引き金となった。
大声で。
五年間、溜まりに溜まった涙すべてを流す。
佑真は無言でその涙を受け止める。
その最中だった。
ガクン!! と視界が大きくブレる。
「なん……だっ!」
「地震!? 二人とも大丈夫!?」
バランスを取る三人だが――その震動はまるでツリーの上にいる三人を振り落とそうといわんばかりの巨大な揺れ。ツリーが歪んでいるのではないか、という不安が過ぎる頃には、ふたたびぐわん! と大きな揺れが襲った。
視界が激しくブレる。すでに疲労困憊の三人に対し、この揺れは凶器と化している。
「なんだってんだよ。一体何が起こってんだよ……っ!」
「…………ツリー内で戦いすぎたから?《神上の力》、集結や【使徒】クラスの能力がツリーのバランスを崩したから、一番上のターミナルであるここがこんなに揺れているのかもしれない……!」
「……クソッ、波瑠、桜、できるだけ体勢低くしろ! さっさと降りるぞ――――」
瞬間。
グラリと、ここまでで一番大きく揺れた。
視界が斜めにずれるほど彼らの体はよろめき、足が浮き、中空へ投げ出され、
最悪が、起こる。
「あっ……」
無限に広がる常闇へ、桜の体が放り出された。
原色に輝く魔方陣より投げ出され、桜の体が自由落下を開始する。
佑真が手を伸ばすが、無情にも掴み取ったのは虚空だった。
あと十センチだけ届かなかった。
地上何十万メートルという天空から放り出されることが意味するのは、『死』以外の何でも無い。ましてここは宇宙空間、今から突入するのは大気圏。こんな位置からの落下では、彼女の体は断熱圧縮が起こった空気で燃え尽きる。
重力の感覚が消え失せ――――桜には、絶望の感情すら芽生えなかった。
(あーあ。どうしてこうなっちゃうんだろう……やっとお姉ちゃんに会えたのに、もう、わたしは、死んじゃうんだ………………逆、かな。神様は、わたしが死ぬってわかってたから、お姉ちゃんに会わせてくれたのかな。だとしたらそれは……あんまりだよ、神様)
地上に背中を向けて落ちたため、桜の視界に映るのは星々の輝く美しい夜空だった。
(まあでも、これが運命だよね。散々ひどいことしてきたんだから、仕方ないか……)
その常闇を、蒼い流星が翔けた。
「桜ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ぎゅっと。
その腕は、強く桜を抱きしめる。
絶対に離さない、絶対に守るという強い意志が桜を包み込んだ。
桜が見たものは、なびく美しい蒼髪だった。
「お、ねえ、ちゃん……?」
「あなたは絶対に死なさない。私が守るから」
全力で《神上の力》とぶつかり合い――それだけではない。波瑠は幾度も幾度も戦い続けてきた。今日もほぼ立ち止まらずに戦い続けていた。
とっくに限界を迎えているはずだ。
なのに。
だけど。
だからこそ。
波瑠は、死力を尽くす。
「SET、開放ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
凛とした波瑠の雄叫びが響き渡った。
《霧幻焔華》
全日本第二位を誇る超能力を使い、波瑠は『死』に立ち向かう。
まず、死なない程度に調整された重加速度へ抗うための対抗気流。落下に伴って発生したGに対し、一気にゼロにすると衝撃で圧死してしまうので、大きさを調整しながら(それでも莫大な)逆向きの運動エネルギーを放つ。
次に、大気圏突入時に立ちはだかる熱の壁に対する凍結能力。通常は入射角を斜めにするなどの工夫をして軽減するところを、真っ直ぐ落ちた波瑠と桜にかかる熱量や気体の圧迫度は尋常ではない。それでも、凍結は波瑠の最も得意とする技術。妹の体へは一切の傷をつけさせない。
轟音で埋め尽くされた世界。生身で耐え得る速度をはるかに超えている。
能力が途切れれば、その瞬間にすべてが終わってしまう。
脳がはちきれそうなほど痛み、軋む。全身が熱い。他の事を考える余裕は微塵も無い。
幾度も幾度も演算を続け、つづけ、つづけ――――――
バッと、雲を突き抜けた。
速度は想像を絶している。七月のエアバイクの比にならない加速を行い、視覚聴覚ともに正常に機能しているとは思えない。大気が武器と化して立ちはだかる。
諦めない。
絶対に諦めない。
腕の中には命を賭してでも守りたい少女がいるんだ。諦めてたまるか!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
最後の咆哮が天地に轟く。
皮肉にもそれを合図として、唐突に波瑠の能力が途切れてしまった。
波動の限界。
数ヶ月間連続での戦い。それに加えて今日は命がけの戦闘を嫌というほど繰り返し、超能力を使い続けてきた。むしろよくここまで保ったと言えるだろうが――よりにもよって、このタイミング。
最悪?
否。
最高だった。
黒夜を羽ばたく虹色の翼。
「鳳凰、ぶちかませ―――――ッ!!!」
キュオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッッッ!!!
五色の翼が生み出した風が波瑠と桜の体をふわりと持ち上げ、落下の威力を、異能の力によってノーリスクで打ち消した。
落下速度を失い、けれどすぐに重力落下を再開――ぽふっ、と。
暖かい、肌触りの良いふわふわの毛並みに着地した。
「こ……こは、」
「………波瑠ちゃん、生きてる?」
キョロキョロと首を動かす波瑠の前に、真紅の髪の少女――水野秋奈がひょっこりと顔を見せた。ほっと胸を撫で下ろす彼女は、その体に紅の波動と九つの尾――『九尾の衣』を纏っているらしく、瞳が金色に輝いている。
「秋奈ちゃん……? じゃあここは……いや、ここって言うのは失礼かな」
波瑠の独り言に、大鳥の前方に立っていた少年――小野寺誠がくるりと振り向いた。彼もまた全身傷だらけだけれど、秋奈同様安堵の笑みを浮かべている。
「察しの通り、ここは《鳳凰》の背中の上だよ。お嬢……ん、秋奈が九尾の《千里眼》で波瑠と妹さんが落下し始めたのを見つけて、速攻飛び出してきたんだ。ぶっちゃけギリギリだったけど、間に合ってよかったよ」
「誠くん……二人がいなかったらやばかったよ。ありがと。鳳凰もありがとね」
波瑠が毛並みを撫で下ろすと、鳳凰は嬉しそうに『キュオオウ』と鳴いた。
波瑠の腕の中では、桜が『展開についていけない』といった様子で目を丸くしている。
「桜。後で説明するけど、この二人は私の友達。小野寺誠くんと水野秋奈ちゃん。二人とも、桜を助けるために力を貸してくれたんだよ。それと――秋奈ちゃんが抱いている女の子は、ユイちゃん」
秋奈の腕の中では一人、すやすやと眠っている幼女がいた。小さな手には、大切そうにサファイアが握られている。
「………ん、ユイちゃんの《一角獣》があたし達の九尾と鳳凰を回復してくれたから、ここまでこれたの。頑張った」
「ま、あとでユイが起きたら褒めてあげてよ」
「うん。ユイちゃんありがと~」
秋奈の腕の中で眠るユイの頬を撫でると、「うにゃう」とむずむず体を動かした。
桜と顔を見合わせ、ふわっと頬を緩ませる。
「お嬢様、佑真はまだあそこにいますか?」
「………ん、いる」
天を指差した誠に対し、秋奈はこくりと頷き返す。
「そうですか……」
――――――あとはお前が帰ってくるだけだよ、佑真。
悪友の無事を気にかけながら、誠は鳳凰に指示を出し、静かに地上へと進路を取った。
☆ ☆ ☆
頭上に広がる大宇宙。
巨大な魔方陣に一人残された天堂佑真。
彼の前には、簀巻きになっている男を運んできた女性――無機亜澄華が現れていた。
緊急時用脱出シャトル『ハレー』を操縦して、である。
「どうもはじめまして。あんたが無機亜澄華……っすよね?」
「ええ。面と向かって話すのははじめましてね。天堂佑真……波瑠から、話はよく聞いていたわ。主に惚気だったけど。」
「惚気ってそりゃまた……ま、そんなことはいいや。波瑠が世話になりました」
差し出された手に手を重ねる佑真。
「で、早速本題に入ってもらいたいんすけど……無機さんは、わざわざオレを回収しに来てくれたっつー認識でいいんすかね?」
「ええ。一つだけやってほしいことがあるのだけれど、本目的はそれよ。」
あ、これ裏目的の方が面倒くさそうだ、と顔をしかめる佑真。生憎彼に他者へ気遣うだけの体力・精神力はもう残されていなかった。
「単刀直入に言うと。あなたにやってほしいことはただ一つ――――この足場となっている《四大元素大天空魔方陣》を、その《零能力》で消し去ってほしいの。」
「………………よくご存知で」
「波瑠から聞いてたのよ。」
自分のことがほいほい語られすぎていて、かなり複雑な佑真である。
友人や日常を明かす、というのは波瑠が無機亜澄華に全面的に心を許している証拠であり、悪いことではないのだが……嫉妬心みたいなものだ。
「別に消すのは構わないんだけどよ、この魔方陣があるから今この場に立つことができていて、呼吸ができて平然としていられるんだろ? これを消しちまったら、オレの体って破裂するんじゃねぇの?」
目の表面の水分が一気に気化して破裂、気圧が消え去ることで肺の中の空気が膨張して身体破裂、同様に血管破裂などなど。先ほどの戦闘までで亀裂まみれの身体でなんだが、たとえ波瑠の《神上の光》があっても死にたくない。破裂死なんてごめんすぎる。
「そこまで残忍な使命は与えないわ。」対し、無機亜澄華は無表情なまま、「少し強引な方法になるけれど。天堂佑真、あなたが犠牲にするのは右腕一本だけよ。」
「一本は犠牲にしなきゃダメなんですか!?」
「右腕一本で人類の危機が救えると思えば。安いものよ。」
「うわ物騒な犠牲論来た………………ジンルイノキキって何? え、そんな大事まで発展しちゃってんの!?」
思わずタメ口になる佑真は、一人の命を犠牲にして大勢の命を救う理論が大ッ嫌いな少年である。それはともかく、無機亜澄華の口から出てきた言葉に目を丸くする。
「ええ。たぶんあなたに理解できるとは思えないんだけど……《神上の力》の出現が、元からアストラルツリーの保有していた莫大な量の『霊力』に干渉して地球上の『竜脈』に乱れを起こし、このアストラルツリーに集約させすぎた。現在【メガフロート】地区を中心として起こる地震をはじめ、いずれ地球全体に大きな自然災害――――自然の乱れによる大災害が起こりかねないの。その対抗策として、アストラルツリーを切り離すことで強制的に『竜脈』との干渉を断ち切ることが考案されている。地上の能力者は着々と計画実行の準備を進めているのだけれど。そこで障害となるのがこの、《四大元素大天空魔方陣》なのよ。」
「…………あんた、オレがエンスト起こすとわかっててまくしたてやがったですね?」
「あなた。敬語苦手なんでしょう? 別に溜め口でもいいわよ。」
「なら遠慮なく……なんかおっかないことが起こってて、それを逃れるためにはアストラルツリーを切り離さなきゃいけないんだけど、切り離すのにこの魔方陣が障害になっている――つう認識で事足りるか?」
「それで十分。――切り離すを言い換えて『宇宙へ飛ばす』過程でこの魔方陣が障害となる理由は至って簡単なのだけど、『重力が働いているから』よ。」
「上向きに飛ばしたいのにこの魔方陣がてっぺんから下向きの重力をかけているから、真上に飛ばす際に障壁となる……だから、オレにこの魔方陣を消せ、と」
こくりと頷く無機亜澄華は言葉を繋げ、
「事は一刻を争うわ。ツリーが下手に倒れれば地球に氷河期が再来するかもしれない。そうでなくとも自然界のバランスの崩壊はいずれ人類へ牙をむく――それら『災害』を防ぐためには、どうしてもあなたの力が必要なの。お願い、協力して。」
深く、深く頭を下げた。
佑真は腕を組み、考える。
沈黙はほんの三十秒足らずだった。
「……もう一度だけ、確認させてくれ。今、この場でオレが動けば全人類が救われる……いや、そんな大事に考えなくていいや。オレが協力すれば、みんなを救うことができる。それは絶対だな?」
「嘘をつく余裕もない。」
「なら喜んで差し出してやる。この天堂佑真の右腕、好きに使ってくれ」
決意は即決だった。
佑真は決して、全人類を救う英雄になれるから頷いたわけではなかった。
大切な姉妹の因縁から始まった物語へ、終止符を打つために。
「それじゃあ。帰る準備に入りましょうか。」
「へへっ、おうよ。――――そういや、アストラルツリーなんて超巨大な建物、どうやって宇宙へぶっ飛ばすんだ?」
「その点については。心配ご無用。」
詳しい説明はまた後で、と言われ、二人は準備に取り掛かる。
☆ ☆ ☆
天堂佑真が右手を振るう。
《四大元素大天空魔方陣》の中心――天王星の紋章へ。
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
拳が撃ち抜かれた、三秒後。
色鮮やかに輝く巨大な魔方陣が、跡形も無く消え去った。
その瞬間を地上から目視した木戸飛鳥は、無線機へ大声を放った。
「アストラルツリー、分離!」
指示を聞いた金城神助・土宮冬乃・月島具の三人は、第一ターミナルと地上を繋ぐ極太のワイヤーへ、全力で《超能力》を叩き込んだ。
ワイヤーを原子レベルにまで『分解』し。
あるいは蒼い焔で熔かし尽くし。
はたまた、すべてを『消滅』する光線を貫き、地上から切り離す。
三箇所すべてから切断開始の報告が入ると同時に、清水優子が超能力を発動した。
《静動重力》――『力』を操る超能力。
アストラルツリーを囲う領域を設定し、重力を反転させる。
超重量の物体を、寸分の狂いも無く天空へ運ぶために。
「これでゲーム、イズ、オーバーだ!!」
海原夏季の《座標転送》によってツリー内から脱出した神助たちは。
一方、《鳳凰》に乗り、ツリー周辺を飛翔していた小野寺誠たちは。
その様子を目撃していた。
全世界最高の建造物。日本には建造不可能とまで言われていた軌道エレベーターが、宇宙へと猛スピードで上昇していく様を。
【メガフロート】地区を襲っていた激震が収まる。
天空に、星々の輝く冬の夜空が取り戻される。
「…………これで、終わったの、かな……」
蒼い髪の少女は、妹を抱きながら、ぽつりと呟いた。
☆ ☆ ☆
――――――以上が、2131年12月21日に行なわれた戦いの始終である。




