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第一章‐⑨ 1st bout VSオベロン・ガリタⅡ

 波瑠を連れて寮を飛び出したはいいが、多量の出血であまり長い距離の移動はできない。

 かといって四肢を肉が見えるまで切断された少女を下手な場所へ連れてもいけず、寮長は寮からすぐそばの河川敷の橋の下を選んでいた。

 できるだけきれいな場所へ下ろし、傷口に自身の着ている衣服を脱いで押さえつけながら携帯端末を取り出した。


 腕の中で、今にも死んでしまいそうなほど弱った波瑠と視線があう。

 寮長は安心させるために、自分の顔面の傷を完全無視して笑顔を作った。


「大丈夫じゃ。わしの知り合いに腕利きの医者がおる。そやつに事情を話してここまで来てもらうからの。それまでの辛抱じゃ」


 波瑠は弱弱しく、首を横に振った。


「……ち、が……違う……」

「違う? 何か、伝えたいことがあるのかの?」


 こくり。今度は頷く波瑠。


「……通報は、しないで……わ、たしの指示に……したがって……まほ……ぐうっ!」


 波瑠が身を震わせる。体が動くたびに、傷から鮮血があふれ出す。


「魔法で、なおせ……る、から……まほうじん、を……指示どおり、に、かいて……!」


 大丈夫だ――寮長は直感的にそう感じた。

 彼女は生きる希望を持っている、だから、まだ生きる!


「魔法陣を描けばいいんじゃな!? そうすれば、おんしは回復できるんじゃな!?」


 こくり、と。

 こんな状況でありながら、波瑠はほんの少しだけ、遠慮がちに微笑んだ。




 ――――波瑠の血液を使って、まずは大きな(サークル)を描いて、円周の十二箇所に十二星座(ゾディアック)紋章(マーク)を配置。中央には六芒星(ヘキサグラムマ)。その更に真ん中に天王星(ウラノス)紋章(マーク)を刻む。六芒星の正三角形(フロントトライ)の頂点を目印に、今度はサイズの小さな円を――――




「……っ」


 寮長はこの一連の作業に、不安しか覚えていなかった。

 進展し続けた『科学』の限界点と称される二十二世紀に生きる寮長には、今彼女に指示されている行動がいかに『非科学(オカルト)』じみているかを理解できてしまう。

 浮かび上がるのは、こんな方法で波瑠を救えるのか? という疑念と焦燥。


 十二星座の紋章、天王星の紋章などと言われてもパッと画像は頭に浮かばない。

 つっかえるたびに波瑠が解説をしてくれるが、手が止まった回数は二桁に昇る。

 傷だらけの彼女に負荷をかけていることが、寮長の精神を追い詰める。


 いつまでも停滞していては、佑真を助けに行くのに間に合わないかもしれない。波瑠を無事に逃がす使命はそういう意味でも重大だ。

 だからこそ、魔法陣製作に時間がかかればかかるほど、焦燥が襲う。

 ついに震え始めた寮長の手。


「…………おち、ついて……わたしはまだ……だいじょうぶ、です」

「……うむ」


 それを止めたのは、波瑠の微笑みだった。


「……さい、ごに……私の、ゆ、……びに血をつ、けて……、ちゅうし……ん、に……」

「わかった。痛かったら言うんじゃよ」


 そっと細い腕に手を添え、波瑠の指に血をつけ、不格好な魔法陣の中心へ運んだ――次の瞬間だった。


「っ!?」


 純白の光が波瑠……正確には彼女の背中から放たれ、寮長が地面に描いた魔法陣も呼応するように輝き始めたのだ。

 光の正体は〝純白の粒子〟だった。

 水源のようにあふれ出す、蛍火のように淡く美しい〝粒子〟。それは傍にいる寮長に日光のような暖かさを感じさせた。やがて〝粒子〟は血だらけの波瑠の全身を包み込み、長い蒼髪をふわりと、そよ風を受けたように広く浮かび上がらせた。




 ――――《神上の光(ゴッドブレス)

 太陽光に引けをとらない、直視不可能の輝きが放たれる。




 思わず瞳を閉じる寮長。

 瞼を上げた瞬間、寮長は思わず「……は?」とマヌケな声を上げてしまった。


「……よかった。間に合った……」


 血だまりの中心に倒れていたはずの波瑠が、全身を血色に染め上げながらも、深く斬られたはずの両脚で立っていたからだ。


(肩で息をするほどの疲労とはいえ、それでも自分の両脚で自立しているだと!? なんじゃコレは!? あれだけ大きな傷を本当にたったの一瞬で回復させたのか!?)


 唖然とする寮長の前で「うっ」と波瑠は口元へ手を運ぶ。


「……ぐっ、げほっげほっ……血が足りない……かな……?」

「……波瑠、おんしは」

「あ、寮長さん。ご心配おかけしました、もう、大丈夫ですよ」


 えへへ、と愛想笑いを浮かべた波瑠は――すぐにハッと立ち上がる。

 しかし「っ!?」とこめかみを押さえ、ふらついてしまった。


 寮長は慌てて波瑠を支え、ついでに切り裂かれた衣服の隙間より傷口を確認した。

 十五歳の少女のキメ細やかな柔肌だ。手術後などに残るような傷跡も一切ない。


 まるで時を巻き戻したかのように完璧な『治癒』。

 もしこれが超能力であれば、ランクⅨは間違いないだろう。

 しかもこの傷を治す力は、あくまで死者を生き返らせる『奇跡』の片鱗に過ぎないのだから――――


(《神上の光》か……世界中の人間が求めるのも納得じゃな)


 寮長は嘆息をつき、


「にして波瑠、どこへ行く気じゃ? 確かに傷は塞がったようじゃが、斬られた事実までは変わりあるまい。体力も残っとらんはずじゃ。今は体を休めるべきじゃないかの?」

「それでも行かなくちゃ。佑真くんのところに」


 寮長の支えを解き、波瑠は一歩一歩、ふらつきながらも進んでいく。

 うっすらと轟音の聞こえる学生寮へ向けて。


「ど、どうしておんしが戻るのじゃ!? あの大剣を持った男の目的はおんしじゃ! 佑真はわしが必ず助けるから、おんしは逃げるための体力をつけないと――」

「私のせいで誰かが死ぬところを見たくないんです!」


 波瑠の放った言葉に……波瑠の初めて放った怒号に、寮長は思わず口をつぐむ。


「……怒鳴ってすみません。でも、私のせいで今、佑真くんは危険な目に合っている。私には彼を助ける責任があるんです。行かせてください、絶対無茶はしませんから」


 頭を下げる彼女に、寮長は溜め息をついた。


「わかった。その代わりわしも同行するぞ、佑真はわしの教え子だからの。そして重ね重ね言うが、狙われているのは他ならぬ波瑠なんじゃ。決して、無理をしてはならぬぞ」

「ありがとうございます、寮長さん。……佑真くん」


 自分のために命を懸けて戦ってくれている少年の名を呟き、波瑠は歩む。

 あの少年のところへと急ぐ。

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