アザとーゼミ中学講座
パロディーなので思い切って外してみました。
そして、柿ノ木さんに捧ぐ。なのです
がしゃーん!
派手にガラスの割れる音。
春風わかば(12)は、教科書に向けていた集中を一気に失った。
茶の間から両親の罵りあう声が聞こえる。
「あんたがそんなだから、わかばの成績がさがるのよ!」
「はあ? じゃあ塾にでも入れればいいだろ!」
「あんたの稼ぎで、どうやって塾の月謝が払えるって言うのよ!」
これから夜中過ぎまで、あの耳障りな罵りあいが続くのだ。
たまらず両の耳を塞ぐ。
「止めてよ……もう……」
自分の人生を親の複写になどしたくはない。そう思って勉強してはいるのだが……この家庭環境では落ち着くこともできず、彼女の成績は低迷していた。
ノートに書きかけた文字を、ぽたりと落ちる涙が濡らす。
……中学校に入ったら……
吹奏楽部に入ろうと思っていた。成績は並でいい、ともかく高校にさえ入れれば……淡く思い描いていた夢が、再び響いたガラスの割れる音に打ち砕かれる。
がしゃーん!
「もう、いや!」
わかばは茶の間を突っ切り、あっけにとられた両親を残して家を飛び出した。
「ひゅー、お姉ちゃん、若いねぇ~」
ふらふらと繁華街をさまようわかばに声をかけたのは、ちゃらちゃらと着飾った男の集団だった。
太ももを這う、ぬめぬめとした視線の意味が解らないほどバカではない。
(それでも……いいか)
このまま進む将来など、どちらへ行っても暗いに決まっている。その闇に踏み込むのが少しばかり早まるだけだ。
わかばは力なく手を伸べ、男たちに引かれるままに歩き出した。
その一団を呼び止める、女の声。
「待ちな! あたしのダチをどうするつもりさ?」
男たちの通り道を塞ぐように、特攻服に身を固めた少女の一団が立ちふさがる。
振り向けば特に念入りな刺繍が特攻服に咲く、赤髪の少女がバイクに乗った一団を従えていた。
その刺繍の文字を目でたどった男たちが、一様に震えだす。
「邊熱瀬……」
このあたりで知らぬものはない荒女集団。
傍若無人、御意見無用、爆殺上等のレーディースの頭が……
「ユイ姉ちゃん!」
懐かしい幼馴染の登場にわかばは喜びの声を上げ、男たちは逃げ出した。
川原にバイクを止めた女郎どもは楽しげに己の武勲などを語り合っている。
その輪から少しはなれて、わかばと川岸ユイ(15)は暗い川面に石を投げていた。
ユイがポツリと呟く。
「あんたらしくないね。どうしたんだい?」
ユイはご近所だ。実の姉のように可愛がってくれた彼女になら、話すにも心易い。
「成績が……落ちたの。このままじゃ高校にもいけない」
「そんな先のことを、もう考えてんのか。わかばはしっかりしてんなあ」
「だって、ロクデナシになりたくないもん」
言ってしまってから、はっと口をつぐむ。
ユイの家庭も自分の家に良く似ている……いや、もっと悪いかもしれない。父親は正真正銘のアル中で、母親やユイを容赦なくぶつような男なのだから。
その視線に気づいたのか、ユイがにやりと笑った。
「なんか勘違いしてるようだけど……あたし、寅伊高校に合格したんだよ?」
「ええっ! あの?」
「それだけじゃない、滑り止めで受けた絶都高も、穂碑居高も受かったさ」
どれも県下で上位に入る難関校だ。
「ど……どうやって?」
ユイが背後から数冊のテキストを不自然に持ち出す。
「これさ! アザとーゼミ!」
ぱらぱらとページをめくってみたわかばには、再びの光明がともったようにも感じた。
「1日1ページ、たったの15分で要点を押さえた学習ができるから、基礎がぐんぐん身につくんだ!」
「たったの15分! それなら、お父さんとお母さんが喧嘩していない隙を狙えるねっ!」
「おまけにテスト対策の弱点攻略もあるから、苦手を徹底的に叩き潰せるんだ!」
「すごい!」
「時間に余裕ができるから、中学校生活を有意義に過ごせる」
ユイは仲間達を振り返った。
「だから……あたしは部活じゃなくてこいつらを選んだ。地の果てまでも共に爆走できる、最高の仲間をね!」
ぼうん!と爆音を響かせて、『仲間達』がそれに応える。
「カッコいい……」
「あんたも中学になったらいれてやるよ! 大歓迎さ!」
「ほんとうに?」
「ただし、勉強の方も手ぇ抜くんじゃないよ!」
「大丈夫。アザとーゼミがあるもん♪」
「そうか!」
明るい笑い声が川原に響いた。
家に帰ると、父母は茶の間に並んで正座していた。
「すまん、わかば! 俺たちが悪かった!」
「あの後、二人で反省したの。わかばの勉強の邪魔をして悪かったわ」
わかばは明るく笑う。
「いいのいいの。これからはアザとーゼミがあるから。あ、でも、1日15分だけは喧嘩しないでね☆」
「なんだ、そんなことならお安い御用だ☆」
わかばの明るい中学校生活が……スタートする。
さあ、君もアザとーゼミで、充実の中学校生活を手に入れよう!