キャッチボール
短編小説は初めて書きました。誤字脱字などがありましたらコメントでお知らせ下さい。
藍深は人に嫌われることをひどく嫌がる子だった。人には個人差があり、誰にも好き嫌いはあるもの。それでも、藍深は人に嫌われていることが分かるととても心が痛んだ。もし友達に裏切られたりしたら、不登校になるかもしれない。
だからこそ、いつも人の目を気にして動いたり話したりしていた。そのため、藍深は自然とあまり喋らない子になってしまった。何かを言おうとしても、すぐ言葉を飲み込んでしまう。会話が続かなくなってしまったり、話の話題がなかったりして、友達との会話がなくなっていく。
そうやって過ごしている内に中学三年生になり、藍深にはだんだんと友達が少なくなってきた。唯一最後まで友達で居てくれたのは、梨乃ただ一人だけだった。梨乃は、藍深が何も言わなくてもずっと喋っていてくれる。藍深にとってはとても有り難いことだった。
「藍深!今日新しい先生が来るんだって!どんな人かな?」
「うん」
「格好いい人がいいなあ。男の先生らしいんだけどね、一部の女子によるとイケメンらしいの!」
「へえ」
「早く見たいなー!朝からテンション上がるね、藍深!」
「うん」
このように、藍深は「うん」とか「へえ」とか言うだけで、一方的に梨乃が話しているだけなのだ。キャッチボールのように考えると、梨乃が投げてくれたボールを藍深は受けて、投げ返せずにいる状態だ。何度もボールを笑顔で投げ続けてくれているのに、その一つ一つのボールを返せずに地面に落としてしまっている。これではキャッチボールにならない。キャッチボールも会話も、同じようなものなのだ。
「うーん、わたしはあの先生そんなに好きじゃないかも……。藍深は?」
「えっ……と、うん、わたしも。そんなに」
「だよね~!あ、もう帰ろっか」
時計は午後五時を指していた。今はもう冬だから、三年生は部活を引退している。
今のように、少しだけ長めに答えるのは本当に稀だ。基本的には「うん」か「へえ」しか言わない。というか、言えない。自分が言った何気ない言葉で梨乃が離れていってしまったらと思うと、何も言えなくなってしまうのだ。
だからといって、いつまでもこうして不完全なキャッチボールをしているわけにもいかない。藍深は心のどこかでそう思い始めていた。
そうして、ある日、藍深はある決心をした。
その日の帰り、藍深は梨乃と分かれる場所で梨乃を呼び止めた。
「り、梨乃!」
「……藍深?」
「わ、わたし・・」
そう言い出せたものの、言葉がうまく出てこない。また言葉に詰まってしまった。何とか言葉を絞り出しても、梨乃にちゃんと伝わらないかもしれない。心配だったものの、言い出したら止めるわけにはいかない。藍深はそのまま続けた。
「幼い頃から、ずっと人に嫌われるのが……怖くて。だから、話すときにいつも人の目を気にして話すようにしてた。……でも、うまくいかなかった。だんだん喋れなくなって、友達が減ってきて……」
目から大粒の涙がこぼれ落ちているのが分かった。梨乃はその場で静かに藍深の話を聞いていた。
「でも、梨乃だけはずっと、友達で居てくれた。わたしが何も言わなくても、ずっと話してくれていた」
「……藍深」
「まだうまく返せないけど、でも、いつか返せるようになるから。だから……」
いつのまにか、藍深は自分でも信じられないほどに大泣きしていた。いままで、こんなに泣いた日は無かったかもしれない。
「これからも、ずっと、ずっと、いつまでも友達でいてください」
その瞬間、梨乃は藍深をとても強く抱きしめた。そのとき、梨乃も涙を流しているのが分かった。
梨乃は静かに口を開いた。
「……当たり前でしょ。藍深は優しい子だって、わたし知ってるもん。……がんばったね藍深。大丈夫、藍深にも藍深の良いところがあるから。無理なんてしなくていいんだよ」
その言葉にどれだけ救われただろう。藍深は、梨乃を強く抱きしめた。
「……ありがとう」
その日、二人は前よりも距離が近くなった気がした。
そのときの夕焼けは、今までで一番綺麗な色をしていた。
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