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響く  作者: 綾瀬タカ
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洗濯と選択

 体調も回復して土曜日、初めて自分で洗濯物を干した。

 高く遠く広がる空を見た。1年振りだった。

 背伸びをした午後は、気分がとても明るくなった。

 きっと岬さんのおかげだ。

 どこかへ出かけたいとは思わないが、外の空気を吸いたくなった。

 バルコニーに立つことさえ未だ敵わないことで、なぜそうなったかの原因も忘れてはいない。

 けれど、小さな窓の柵に小さなハンカチを引っ掛けることはできた。

 きっと、岬さんのおかげなんだろう。





「初めてじゃないですか?」

 と言った彼は「ノンさんが僕を見てくれるのは」と続けた。

 そのとき私は、人に、姉にさえ閉ざしていた心を、いつのまにか岬さんには開いていたのだと気づいた。

 もちろん全てではなくて、私の心が巨大な冷蔵庫だったとしたらその中の製氷室ほどしか見せていないだろうけれど、それでも凍りきった氷を溶かしてくれた。

 そう考えたら岬さんは他の人とは違うのだと、なんとなく感じたのだ。


 

 *  *  *


 

 鉄筋はまた音色を弾くようになった。

 姉は相変わらず、甲斐甲斐しく世話を焼きにやって来た。私の干した小さなハンカチには気づいていなかった。

「も〜お、またごはん残して」

「夏バテ」

 それだけが理由ではないけれど、文字通り「バテて」いたのは本当だった。

「なおさらちゃんと食べないとだめでしょう」

「支度するのも面倒なの」

「だから一緒に住もうって言ったのに」

「やだよ、そんなの」

「カゼひいたとき大変でしょう。こないだは岬さんが来てくれたからよかったけど」


 なぜそれを知っているのか。

 どこまで知っているのか。


「あ、昨日岬さんに会ったの。ほんとに偶然なんだけどね。そのとき望が寝込んでるから見に行ってあげて下さいって頼まれちゃった。望ったらクーラー止めないまま寝てたんだって? それじゃカゼひくの当然よぉ。岬さんがたまたま夜に来てくれたからよかったけど」

「・・・・・・それだけ?」

「なにが?」

「・・・・・・ううん、なんでもない」

 岬さんは私が部屋の鍵をかけていたことを、姉には話さなかったようだった。

 もしかしたら彼は人の心が読めるんじゃないか。

 鍵をかけたその意味を、彼は察知しているのかもしれない。

「やっぱり不思議な人」

 そう呟くと、心に温かいカイロを当てられた気分になった。小さなぬくもりが、心の中ににじんわりと伝っていった。


 

 

 夜になると遠くの方で花火の音が微かに聞こえて、窓を半分だけ開けた。

 

 ずっと近くなったその音の心地好さに浸りながら、少しだけ過去を忘れて現実を生きた。



 *  *  *



「今日も暑い一日になるでしょう」

 アナウンサーは3日続けて同じ言葉を発している。

 そしてその通り、朝から蒸した生ぬるい空気が漂っている。


 結局のところ、クーラーをつけてもつけなくても、なんだかんだ言われている。

 けれど、優先すべきはクーラーをつけるほうだ。


 クーラーをつけて頭痛と戦うか。

 つけないでピアノの音が狂うか。


 頭痛を起こしてまた岬さんに叱られるか。

 ピアノの音が狂ってとうとうあのひとが来るか。


 選ぶなら、クーラーをつけるほうだった。




タイトルがシャレになってしまいました。すいません。

最初は「回復と進歩」だったんですが、これには訳があります。

実はクーラーについての部分は後載せです。

もともとその前までだったんですが、それだけではちょっと短いかなと思い、付け加えました。

だからここだけ切り離して考えてもらうといいです。

ということで、タイトルも変えました。


次回は10月15日の夜に更新です。

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