疑問
前回の最後からの続き・・・とは考えないでみてください。
いちおう第2章突入です。
ここからは回想も多くなってきて、過去の謎が少しずつ解けてきます。
まだまだ終わりそうにはないですけどね。
大歓声が私に向けられる。
私はその期待に応え、この先に見える道を歩んでいく。
まだ知らない。
振り返ると、道には何度も塗り変えられた跡が残っている。
* * *
岬さんが花を届けてくれるようになったのは、いつからだっただろうか。
出会ったときのことはあまり覚えていない。花を持ってきた日とそう離れていないはずだが、その頃の記憶は別のことに使ってしまった。それの容量が多すぎて、岬さんとの出会いは引っ張り出すのが難しい。
初めて花を持ってきてくれたのは、出会って間もない頃だったと思う。
私の家は鍵をかけることがないので、いつも姉や岬さんは勝手に入ってくるのだけれど、あの日、岬さんは入ってくるやいなや、持ってきた花瓶に持ってきた花を挿してピアノの上に置いた。
あのころの私は、自分でいうのもおかしいけれど、本当に、死人のようだった。
部屋のあまりの汚さに姉が掃除をしに来るようになって、そのうち何もかもをするようになった。それが今の状態だ。
姉が毎回必ず大きな手提げ袋を持ってやってくるのは、部屋に来る前に食糧や生活用品を買ってくるからだ。
そんな生活が当たり前になる、だいぶ前。
閉じこもるようになった初めのころ。
「花がひとつあるだけで、気分が全然変わるんですよ」
と言って、花を置いたのだ。
もちろん私は何の返事もしなかった。
どこにいても花が見えるように計算されたその場所は、そのうちいつもの場所になった。ソファに座っていても、キッチンに立ってみても、ピアノの椅子に座ってみても、視界には必ず花が映っている。
そのときの花は確か、ヒマワリじゃない。
〈ヒマワリ好きでしたよね〉
〈僕が初めて贈った花って覚えてます?〉
岬さんのこの言葉には、何が隠されているのだろう。ますます分からなくなった。
ヒマワリに目をやると、それはまっすぐに私を見つめていた。
そしてあのヒメヒマワリは、今も私には小さなヒマワリでしか映っていない。
ヒマワリもヒメヒマワリも、その姿に私はあのひとを重ねてしまう。
あのひとは、このヒマワリのように私をまっすぐに見てはいないけれど。
* * *
「岬さん、私にはあなたがよく分からないです」
それは、岬さんが3度目のヒマワリを持ってきたときだった。
「僕がですか?」
岬さんは驚きながら自分を指差した。そして笑いながら言う。
「僕は至って単純な男ですよ」
「私もそう思っていました」
「それもなんだかなぁ」
と言って岬さんはいつもの場所に花瓶を乗せた。
「僕の何が分からないんですか?」
「全部です」私は続けて言った。「岬さんの言葉が、私には理解できません」
「それって、僕の伝え方が悪いんですか?」
「いいえ」
私はきっぱりと言う。
「きっと何か意味があるんだと思います」
岬さんは黙って、私の言葉に耳を傾けた。
「岬さん、もう2度ほど、あなたに聞きたいと思っていたことがあります」
「何ですか?」
「あなたは何者なんですか」
アイスを食べていたときの、あの空間が再現された。どちらかが何か話さなければいけない、どちらも追い詰められているような、あの空気。
「これだけは言っておきます」
今度は岬さんが空間を壊した。
「僕はただ単純に、ノンさんのことが好きなんです」
それ以上は何も聞けなかった。岬さんによってそうされてしまった。
「・・・・・・そうですか」
私も岬さんのなんだか曖昧な告白を流した。その言葉にはどんな真意が隠されているのかと、私はまた疑ってしまったのだ。
「分かりました」
私がそう言うと、岬さんは安堵の表情を見せた。ほんの一瞬だった。
「ノンさん、僕もひとつだけ聞いていいですか?」
私は何も答えずに、岬さんの言葉を待った。
「あなたが僕に全てを話してくれる日は、やってきますか?」
何を指しているのか。
岬さんは私のことを一体どこまで知っているのか。
私はどう答えるべきなのか。
「それは、」
そう言いかけたとき、玄関のドアが豪快に開いた。
「うわっ、あっつ〜い」姉が顔をパタパタ仰ぎながら入ってきた。
「あれ? お客さん?」さらに間髪入れずに言った。「もしかして、岬さん?」
急に変わった陽気な空気に岬さんは驚きながらも「あっ、はい」と返事をした。
「うわぁ、初めてだぁ。いつも話聞いてたんですよ。私、望の姉で叶といいます」
「あっ、お姉さんですか。初めまして」
岬さんは慌てた様子で頭を下げた。
「いっつも楽しみにしてるんですよ、お花持ってきてくれるの」
「それは良かった」
姉と岬さんが話す傍らで、私はここで姉が来てくれて良かったと思っていた。
言いかけたあの言葉は、岬さんは知らないほうがいい。
たとえ岬さんが私の何を知っていたとしても、
――それは、一生やってこないと思います。
3度目のヒマワリだけが、私をじっと見つめている。