特別編第3夜・姉の想い
ついに物語はすべて終了となります。
ただ、今回の姉の視点から描いた物語は、あまり最後にはふさわしくないものになってしまいました。
最後にこれかよ、って思う方もいるかもしれません。
でも、こんな想いをした人もいるということで、このまま載せることにしました。
最終的にハッピーエンドで終わってはいるので、これ以上は手を加えないつもりです。
次回はあとがきを載せようと思っています。
初めから、すべて知っていた。
* * *
ある夏の終わりに、こんな話を聞いた。
「どうしてお姉ちゃんなの。なんで、あそこにいるのは私じゃないの。そう思ってしまう気持ちを押さえ込んでいると、姉は私に向かって、笑顔で手を振ってくるんです。その瞬間、お姉ちゃんなんかいなくなればいいのに、って、私は思ってしまった」
少しだけ開けた玄関のドアを通して、大好きな妹がそう話すのを、私は耳にしてしまった。
――お姉ちゃんなんかいなくなればいいのに。
と、たったひとりの家族が、言っていた。
1年前、両親が飛行機事故で死んでしまった。
私は死の悲しみから立ち直ることができず、しばらく家に閉じこもって過ごしていた。妹もまた、ひとりでアパートに移り、そこから出なくなった。
そのとき私は、思っていた。
「なぜ、この家から出て行ってしまったの」と。
両親がいなくなった今、残された、たった2人の家族が離れて暮らす必要が、どこにある?
私には、妹の考えていることが分からなかった。
「ひとりになって考えたいことがあるんじゃないのかな」
と、ヒロは言った。
「でも、この家にだって望の部屋はあるんだし・・・・・・」
「叶には俺がいるじゃない」
「・・・・・・そうね、分かったわ。けど、望のことは放っておけないから、ときどきはあの子の家に行ってくるわ。望、掃除とか洗濯とか、好きじゃないし」
「うん。それがいいよ」
ヒロは私をぎゅっと抱き寄せた。
私は彼の腕の中で、安心して心を静めた。
* * *
私がこの家にやって来たのは、11歳のときだった。
3歳下の妹は、「よろしくね、お姉ちゃん」と、私に握手を求めてくれた。私は嬉しくて、すぐに彼女のことが大好きになった。
望の部屋には大きなグランドピアノがあって、彼女は私にピアノを弾いてくれた。
「すごい。のぞみちゃん、上手だね」
私は曲の終わりに拍手を贈った。
すると望は得意げに、
「私のピアノの先生はね、となりのおうちに住んでるの。あっほら、あれが陽路くんだよ」
と言って部屋の窓から、ちょうど家に帰ってきたばかりのヒロを呼んだ。
私も窓から顔を覗かせると、望の声でこっちを見た彼と、目が合った。
きっとその瞬間、私はヒロに恋をした。
私の想いが叶ったのは、望が音大を卒業するころだった。
「出会ったときから好きだった」と、彼は言った。
私は、彼が私と同じ気持ちだったということが本当に嬉しくて、幸せだった。
両親がいなくなってしまっても、望とヒロさえ、側にいてくれれば。
そう思っていた。
* * *
玄関のドアの隙間からは、部屋の中の声が、静かに聞こえてくる。
「墜落現場に着いて、姉と陽路くんを見つけたとき、2人は抱き合っていました。私は初めて、知ったんです。陽路くんが愛しているのは姉で、2人は同じ気持ちなんだって。私の陽路くんへの何十年もの想いは、いったいどこへ行くんだろうって思った。2人を見ているうちに、残された想いは、とうとう絶望に堕ちてしまった」
私はそこから動くことができなかった。
ただ、望の話す言葉ひとつひとつを、理解しようとしていた。
望が、ヒロを好きだった?
そしたら、私は望から、ヒロを奪ったことになるの?
思いもしなかった、妹の言葉。
私はそれを、黙って聞いていた。
「もう二度と、2人の幸せな姿は見たくないって、思いました。だから私はあの家を出て、ひとりで暮らし始めた」
あの家を出た理由。
「ピアノはもう二度と弾かないって決めたのも、そのとき。私がピアノを弾くのは陽路くんのためだったから、もう弾くことができなかった」
ピアノを弾かない理由。
望のすべてが、分かった。
私は静かに、そこから離れていった。
これ以上何かを知ってしまったら、私は引き返してしまう。
やっと手に入れた、幸せ。
幼いころから施設で育って、それを原因にいじめられた日々。
私にだって、幸せになる権利はあるのだから。
2日後に迫った、私とヒロの結婚式。
心がくじけてしまう前に、私は幸せを手に入れる。
大好きな妹の、気持ちを知ったままで。