最終話・幸せの音
ついに最終回を迎えることができました。
次回はおまけエピソードを載せたいと思います。
詳細はあとがきのほうで。
その瞬間、自分のいる状況すべて、忘れてしまうような衝撃を受けた。
涙を嗄らすほど泣いてしまったからなのか。それとも、悲しんでいないのか。
彼女は“ここ”で、ひとり、違っていた。
誰もが悲しむしかできないこの葬儀で、彼女は、ただ、立っていた。
全国コンクールで演奏していたときの、しゃんとした姿勢のままで。
涙など、ひとかけらも見せずに。
そのとき僕は、この人が「ノンさん」なんだ、と悟った。
彼女の隣には女の人が、他と同じように泣き崩れていた。
彼女の大切な誰かも、この惨事に見舞われたのだろうか。
端々(はしばし)にそんなことを思いながら、彼女を見つめていた。
僕はこのとき、初めて洸の愛する人に出会って、また、心を奪われてしまった。
一度も目が合わなかったはずの、彼女の瞳に。
まるで、洸の想いを、僕が引き継いだように。
* * *
「それ以来あなたは姿を消してしまった。だから、探しました。やっと見つけたあなたは、あの部屋でひとりきりだった」
岬さんは続けて言った。
「僕は洸のように、世界中を探し回って年中ヒマワリを贈ることなんてできない。だからせめて夏の間だけは、ヒマワリを贈ろうと。あなたに気づいてほしいと、思いました」
気づいてほしい?
「あなたはどこにいても、ひとりなんかじゃない」
そう言って、こっちに向けたままのヒマワリを、私の手に握らせた。
「愛されていないなんて、思わないでください。ご両親もお姉さんも、天宮さんも、洸も、みんな、部屋に咲き続けたヒマワリのように、あなたを見守っているんですよ」
目が震えてくる。私を愛してくれていた人たちの顔が、心の中に映し出されていく。
「ノンさん、言いましたよね。二度とピアノを弾くことはできないって」
――あのころの私が確かに愛されていたと思うことができれば、私は絶望から抜け出すこともできるかもしれない。でもそれは、絶対にありえないことだから。
「ノンさん、あのころも今も、あなたはみんなに愛されてる。それが、分からない?」
震える目から、とうとう涙が零れ落ちた。
私は詰まる言葉を必死に搾り取って、言った。
「分かる・・・・・・分かります」
「だから、あなたも愛してください。愛してくれた人、みんなを」
「どう・・・・・・やって? 今ではもう・・・・・・」
「遅くないですよ」
と岬さんは言った。
「あなたには、愛を伝えられるものがあるじゃないですか。遠くまで、空と海の向こうまで、音色を伝えられるんですよ。あなたは」
* * *
自分の存在を確かめるもの。
歓びを感じられるもの。
誰かに、愛を伝えられるもの。
「ノンさん、早くしないと遅れるよ!!」
外から、岬さんの早い音が聞こえる。
「ちょっと待って。髪形がいまいち決まらなくて」
慌ただしい日常。
「お父さん、お母さん、行ってくるね」
いつもの日課。
「髪型なんて、誰も見てないよ」
「何言ってるの、優勝したらテレビに映るかもしれないじゃない」
久しぶりの晴れ舞台。
「自信があるようで」
「もちろん!! 私には愛があるんだから」
私の足音が、鉄筋を鳴らす。
今日も、幸せな音色が響いている。
【END】
ご愛読ありがとうございました。
意見感想など、よろしくお願いします。
次回から、3夜連続でおまけの物語を載せたいと思います。
本編では描けなかったものたちです。
第1夜・岬さんが望の家を初めて訪れる日
第2夜・姉の心
第3夜・あとがき
〈予告〉
第1夜では、タイトル通り、岬さんが望の家を訪れるときを描きます。他にも、海で望が渡されたあのヒマワリはどうなったのか、なども書きたいと思っています。
よかったら読んでください。