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響く  作者: 綾瀬タカ
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空と海の向こう

 もう一度洸に会えたら、伝えたい言葉がある。





 

 岬さんのあとをついて、立ち止まったのは、海。


 彼が指さしたのは、果てしなく広がる空と海の向こう側だった。


「そこは、天国なんですか?」と、私は問う。

「そうかもしれない」

 岬さんはそう言って、ゆっくりと腕を下ろした。

「ここにいれば、洸に会える?」

「ノンさん、洸に会いたいの?」

「わかってる。そんなこと、無理だって。でも、もし会えたら、言いたいことがあるの」

 私がそう言うと、岬さんはもう一度、空と海の向こうを指した。

「洸は、あっちにいる」

「天国かもしれないところ?」

「違うよ。それは、もっと上の、空の向こう」

「じゃあ、“あっち”はどこ?」

「あっちは、海の向こう」

「どう違うの?」

「海の向こうには、ウィーンがある」

「ウィーン?」

 

 ウィーンには、両親がいる。

 天国みたいなところにも、きっといる。

 2人は、空と海の向こうにいる。


 洸は?


 洸“も”?


「岬さん、洸はウィーンの、どこにいるんですか?」

 私がそう聞くと、岬さんは私を見て、言った。


「ウィーンの小高い丘の上に、あなたの両親とともに、眠っています」



 

 あの日から、きのこ雲が、目に焼きついて離れない。

 

 そして心の中で、いつも叫んでいる。


 おまえのすべてを奪ってやったぞ、と。


 それを、今になって、本当に奪われてしまったのだと実感する。

 

 気づかないうちに、すべて。

 

 洸をも、つかまえて。





 

「なぜ、洸はウィーンに?」

「僕も両親も、知らなかったんだ」と、岬さんは話した。


 飛行機事故のあった日、洸が病室からいなくなったことに気づいたのは、昼過ぎだった。

 いつもは朝から両親が来ているのだが、その日は2人とも仕事が外せなくて、岬さんが大学に行く前に寄ったのだ。

 けれどそこに、洸はいなかった。

 朝食をいつも通りに食べて、そのあとはずっと、キーボードを弾いていたらしい。きっと、飛行機の時間もここから空港までの距離もすべて計算してあって、ギリギリに行動したのだろう。

 まさか空港に行っているなんて思わなかったから、いくら探しても、洸を見つけることはできなかった。

 

 夕方近くになって、家にいた両親の元に、1本の電話がかかってきた。

 

 洸だ、と思って電話に出たら、それは洸の、死亡を知らせるものだったのだ。

 

 遺体も遺品もすべて燃えてしまったから、搭乗記録のパスポートだけを手がかりに、死亡者を割り出したのだという。


 もしかしたら、洸じゃないかもしれない。

 だって、洸がウィーンに行く理由がない。


 3人とも、そう思っていた。

 

 でも、いつまで待っても、洸は帰ってこなかった。


 


 すると病室のベッドの下に、洸の字で書かれた、手紙があった。


   

   ノンさんのピアノを応援しに、ウィーンに行ってくる。

   絶対ダメだって言われるだろうから、言わなかった。

   父さん、母さん、潤、ごめん。

   明日、帰ってくるから。


 

 そこに、洸がウィーンに行った理由が、あった。




 

 


 岬さんは海の向こうを、懐かしむような目で、見つめた。


 まるで、彼には洸が見えているみたいに。


 目を、逸らさずに。




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