後悔
それから私は、洸が春にしか現れなかった理由を、聞いた。
「音楽学校に通うこと、医者はすごく反対してた。でも洸自身、ピアノで元気を取り戻したのは事実だし、少しの間だけっていう条件で、許可を出したんだ。そのとき洸は、こう言ったよ」
――じゃあ、毎年同じ季節にして。ひとつの季節にしか現れないなんて、なんか不思議じゃん。そしたら俺のこと、忘れないよね。
「洸は夏がいいって言ったんだけど、気温も高いし、なにより学校が夏休みだから。それならってことで、春にしたんだ。暖かい季節だから、洸の調子も一番良かったし」
洸がだんだんはっきりと、思い出される。
私の知っている洸は、体が弱いなんてちっとも感じさせなくて、それどころか私よりも元気で、明るかった。
その洸が、私の記憶の中で、本当に春の使者みたいに現れて、いなくなったのを、ようやく思い出している。
もし私が洸との出会いをもっと大切に思っていたら、彼が春にしか現れないことにも、きっと、気づいていて。
あのころ私が愛のかたちを知っていたら、洸のことを、愛していたのだろう。
そして、洸が生きていたら、私は彼と、ともに人生を歩んでいた。
洸が生きていれば。
生きてさえ、くれれば。
「ノンさん」
私を呼ぶ岬さんの声が、遠くで聞こえたような気がした。
私は、頬に涙が伝ったのを感じると、とめどなく涙が溢れてきて、どうしようもなく、泣き叫んだ。
耳には自分の声だけが、響いていた。
気がつくと、岬さんは崩れ落ちるようにして泣く私を、頭から抱え込んでいた。
背中にあたる岬さんの手には、ぐっと、強い力がこもっていて、熱かった。
「・・・・・・落ち着きましたか?」
岬さんは私の肩を抱き起こして、言った。
私は彼の胸をぎゅっと掴んで、言った。
「岬さん。洸のところへ連れていってください」
春の中庭で、あなたと初めて会ったときを、今なら思い出せる。
あのときの笑顔を、私は忘れてはいけなかったんだね。
冬の名残りの中で、洸は風に連れ去られて、去っていった。
笑顔に、いたずらを遺して。
洸の仕掛けたいたずらは、しっかりと私の元に、返ってきたよ。
洸、もう一度あなたに会うことができたら、私は何て、声をかけるんだろう。
そんなことを考えながら。
岬さんのあとを、私はついていった。
岬さんの向かう先、洸のいるところへ。