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響く  作者: 綾瀬タカ
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きのこ雲

 あれは、いつだったか。

 広島に家族旅行に行ったとき、私はひとり、原爆資料館へと向かった。

 当時の写真と、そこに残ったものの複製。

 それらは、戦争の恐ろしさと、爆撃の酷さを、十分に教えてくれた。

 その中で、もっとも目を奪われたもの。

 それが、空に映った、きのこ雲の写真だった。


 そして今、この爽やかなウィーンの朝にも、同じ景色を見た。

 

 

 ただ、それは、遠かった。


 そして、世界コンクールの行われる会場とは、逆方向だった。


 だから私は、あまり気にも留めずに、事故が起きているくらいにしか思わなかったのだ。






 会場入りしたのが、12時。

 姉と陽路くんは両親を迎えに空港へ行ってから来ることになっていた。

 コンクールの開始が午後1時。飛行機の到着は12時半ごろ。空港からここまで、タクシーを使って20分もかからない。

 陽路くんの両親は3日後に控えた演奏会の準備に行っていて、私の出番には抜けてくる、と言っていた。

 参加者は30人ほど。私の出番は7番目。


 午後1時ちょうどに、コンクールは開かれた。

 といっても、晴れやかなセレモニーなんかはもちろんなくて、1人目の演奏者がすでに演奏している。

 2人目、3人目、4人目・・・・・・コンクールは順調に進んでいた。


 だけど、姉も陽路くんも両親も、誰も、来ていなかった。


 5人目が演奏しているときに、私は会場の外まで出た。目の前の広い道路は、空港までの道のりを案内してくれる。私はそこをじっと見ていた。

 1台でもタクシーが停まれば、それはきっと・・・・・・。


 すると、目の前でちょうどタクシーが停まった。

 急いで降りてきたのは、陽路くんの両親だった。

 私は2人に駆け寄って、言った。

「おじさん、おばさん。あのね、お姉ちゃんたちがまだ・・・・・・」

「望ちゃん! 一緒に来て!」

 おばさんは私の腕を引っ張って、タクシーへと乗せた。

 私は力を込めて手を振り払うこともできずに、言われるまま“どこか”へ行った。

「ねえ、どこへ行くの? もうすぐ私の番なの。もう間に合わないよ」

 私はだんだん遠くなっていく会場を後ろ向きに乗り出して言った。

 会場は急速に離れていき、ついに、見えなくなった。


 あと少しで夢が叶うの。


 なのに、なぜ邪魔をするの。


 この夢だけは、絶対に叶えるんだから。


「止めてください。ストップ!」

 私が運転席まで身を乗り出すと、運転手は驚いて私を見た。けれど、ハンドルはしっかりと握られたまま、アクセルは力を込められたままだった。

「望ちゃん、聞いて。さっき、飛行機事故があったの。私たちが向かっているのは、飛行機が墜落したところ。陽路と叶ちゃんは、先に行ってるわ」

 おばさんは、興奮した私の肩を両手で押さえるようにして言った。

 

 飛行機事故。

 さっきのきのこ雲。


「飛行機事故? お姉ちゃんと陽路くんもそこに?」


 わたしが「まさか」と思っていること。

 「そんなことあるはずない」と、思っていること。


 おばさんは言葉にできない様子で、けれど、ぐっと息を呑んで、言った。


「その飛行機に、望ちゃんのお父さんとお母さんが乗っていたのよ」


 飛行機事故。


 それに、両親が乗っていたとは。


 さっきのきのこ雲。


 あれが、両親の姿だったなんて。


 

 

 いったい、どうやって、想像できただろうか。



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